町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中でエレノア・コッポラ監督の『ボンジュール、アン』とソフィア・コッポラ監督の『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』を紹介していました。
(海保知里)じゃあそろそろ、本題に行っちゃっていいですか?
(町山智浩)はい。行きましょう。今日は2本の映画を紹介します。で、2本とも苗字が「コッポラ」という人が監督の映画なんですけども。ひとつはエレノア・コッポラさん監督の映画で『ボンジュール、アン』という映画なんですが。
(山里亮太)はい。
(町山智浩)これ、エレノア・コッポラさんという人は『ゴッドファーザー』とか『地獄の黙示録』の監督のフランシス・フォード・コッポラの奥さんです。で、この人は今回、80才にして初の劇映画の監督なんですよ。
(山里亮太)へー!
80才ではじめての劇映画監督作
(町山智浩)記録的だと思います。年齢的には。ただ、彼女はずっと『地獄の黙示録』とか『ゴッドファーザー』のプロデューサーだったんですよ。夫を助けて、彼女が製作を担当していたんですね。だから、実際に苦労したのは彼女、奥さんの方なんですね。で、今回の映画『ボンジュール、アン』っていうのはアンという主人公が世界的な映画監督を夫に持つプロデューサーの女性なんです。
(山里亮太)ん?
(町山智浩)自分のことなんですよ(笑)。
(山里亮太)そうですよね。
(町山智浩)ダイアン・レインさんが演じていますけど、この人もすごいですね。もう50代でいまだにきれいなんですけど。そのダイアン・レインが演じるアンがフランスのカンヌ映画祭に夫と一緒に行って。そしたら、いろんな飛行機のトラブルとかがあって、パリに自動車で行かなければならなくなるんですね。
(山里亮太)うん。
(町山智浩)そこでコッポラ……映画の中だから違う名前ですけども。旦那の友人のフランス人の車に乗って、2人で7時間かけてカンヌからパリに向かって車で旅をするという話なんですね。エレノアさん自身をモデルにしたダイアン・レインがね。ところが、その車に運転手として乗ったジャックというフランス人はフランス人ですから。仕事とか、結構いい加減なんですね(笑)。
(山里亮太)ああ、そうなんですか?(笑)。
(町山智浩)もっと人生を楽しむことが大事なんですよ。「仕事よりももっと大事なことがあるでしょう? せっかくカンヌからパリに行く間、フランスの田舎で美しいところだから、もっと景色を見ましょう。こっちにいい景色があるんですよ。ここにいいレストランがあるんです!」って。で、レストランに寄っちゃうんですね。
(山里亮太)うん。
(町山智浩)すると、アメリカ人とか仕事忙しい……まあ、日本人もそうですけど、ご飯って言ったらそれこそ牛丼で5分で済ませるとかいう人たちですけども、フランス人はご飯を3時間かけますからね。
(山里亮太)ええっ!
(海保知里)すごい(笑)。
(町山智浩)ゆっくり食べますよ。ゆっくり出てくるんですよ。少しずつ少しずつ。で、お酒を飲みながら。トークをしながら。それもすごくおしゃれで知的でなおかつユーモアがあってちょっとセクシーなトークをしながら、ゆっくりゆっくりご飯を食べて。景色を見ていくんですよ。
(山里亮太)はー!
(町山智浩)これじゃ7時間じゃあ着かないわけですよ。すると、夜になっちゃうわけですね。
(山里亮太)はい。
(町山智浩)そしたらフランスにはオーベルジュっていうのがあるんですよ。
(山里・海保)オーベルジュ?
(町山智浩)だから、すごいおしゃれな地元のレストランにちっちゃいプチホテルがついているところですね。
(山里亮太)なるほど!
(町山智浩)そこに行くわけですよ。すると、そこにはジビエ料理があるわけですよ。地元のね。で、また3時間かけてご飯を食べるわけですよ(笑)。それをやっているから、いつまでたっても着かないっていう話がこの『ボンジュール、アン』なんですね。
(山里亮太)ええっ!
(海保知里)そんな話?(笑)。
暴君 フランシス・フォード・コッポラ監督
(町山智浩)寄り道ばっかりしているわけですよ。でも、そのエレノア・コッポラっていう人はずーっと夫によってこき使われてきた奥さんなわけですよ。コッポラという人はもうほとんど暴君なんで。独裁者なんですね。映画監督としては。で、いちばん有名なのは『地獄の黙示録』を撮った時で、『地獄の黙示録』は実際にベトナム戦争を再現するために、フィリピン軍を使って、もうほとんど戦争のようなことを実際にやったんですよ。実際にヘリコプターを使って爆弾を落としたりね(笑)。
(山里亮太)ふーん!
(町山智浩)で、映画が撮れるかどうかもわからなくなっちゃったんですよね。お金をかけすぎちゃって。で、もうグッチャングッチャンになったんですけど、それを全部仕切ったのはこの奥さんなんですよ。
(山里亮太)ああ、プロデューサーだから。
(町山智浩)そう。夫のワガママの……はっきり言って「戦争をしたいんだけど、できないから映画で我慢する」みたいな人なんで。まあ、映画監督ってみんなそうですが。それを苦労して取り仕切っていたのに、その時にコッポラは女子大生の愛人とイチャイチャしていたんですね。
(山里亮太)ええっ!?
(海保知里)嫌だ、なんだそりゃ。
(町山智浩)奥さんが現場で仕切っているのにね。で、その女子大生っていうのはメリッサ・マシスンっていう人で。最初はソフィア・コッポラっていう娘がその時に5才だったんですけど。その子の子守として呼んだら夫とできちゃって。
(山里亮太)おおっ、泥棒だ。
(町山智浩)で、グチャグチャな現場があって。しかもその現場の製作日記をこのエレノア・コッポラさんは『ノーツ―コッポラの黙示録』という本にして書いているんですよ。そのことを全部。で、苦労を重ねた末に、現在80でお互いに何でも言っちゃうことになっているんですけどね。だからこの映画はジャックというその夫の友人と旅をしながら、だんだんロマンチックになっていくんですよ。
(山里亮太)うん。
(町山智浩)なぜならこのジャックは全く奥さんとして扱ってくれない夫と違って「あなたは本当に美しいですね」って言ってくれるんですね。「あなたといると本当に楽しいですよ。あなたはなんて魅力的なんでしょう」って言ってくれるんですよ。ジャックは。フランス人だから。夫は絶対に言ってくれない言葉を。
(山里亮太)うん。
(町山智浩)で、(夫は)デートもなにもしてくれないのに、最高のご飯を食べさせてくれて、最高にロマンチックなところに連れて行ってくれるんですよ。で、どうなるだろう?ってういう話なんですよね。
(山里亮太)はー。しかもこれ、自分ですもんね。自分になぞらえて。
(町山智浩)自分なんですよ。だから、「あんたは散々悪い、勝手なことをやっていたけども、あたしだってモテたのよ」っていう話ですね(笑)。「いまだから言うけど……」っていう。
(山里亮太)えっ、これ、じゃあ実話に基いているのかな?
(町山智浩)そう。まあ、僕インタビューしたんですけど、「これは本当にあったことですよ」って言ってましたね。
(山里亮太)ええっ!(笑)。
(海保知里)認めているし。実話……うわーっ!
(町山智浩)はい。しかもこの映画自体もお金を出したりとかしてくれたのも夫なんですよね。この『ボンジュール、アン』は。バックアップしてくれたのは。
(山里亮太)複雑だな!(笑)。
(町山智浩)もうだから、いろいろ人生あるんですよ。ちなみにその女子大生のコッポラが現場に連れてきたメリッサ・マシスンっていう人は現場で「この男とは別れよう」っていうことを決めて泣いていたら、それを慰めてくれたのが現場にいたハリソン・フォードなんですね。
(山里亮太)おおっ!
(町山智浩)で、ハリソン・フォードと結婚したんですよ。
(山里亮太)すげードラマチック!(笑)。
(町山智浩)そう。で、ハリソン・フォードと付き合っていて、『レイダース』の撮影に行っていたらそこでスピルバーグが監督だったんで、スピルバーグから「『E.T.』っていう話を考えているんだけど、シナリオを書いてくれない?」って言われて『E.T.』のシナリオを書いたんですよ。
(山里亮太)ええーっ?
(海保知里)えっ、もともとはベビーシッター?
(町山智浩)ベビーシッターだったんですよ。まあ、ものすごいいろんなことがあるんですよ。人生は(笑)。そしてですね、その映画がこの『ボンジュール、アン』でいま公開中なんですが。それで、アメリカの方でこのベビーシッターをされていたソフィア・コッポラさんが監督した映画が公開されているんで、そっちの話もします。それね、すごく英語としてあまり聞いたことがない言葉なんですが。『ビガイルド(The Beguiled)』っていうタイトルなんですよ。
『The Beguiled』
(海保知里)聞いたことがない。
(町山智浩)「Beguiled」っていうのは2つ、意味があって。まず「接待される・いろいろいいことをしてもらう」っていう意味があるんですね。で、もうひとつは「騙される」っていう意味なんですよ。それは表裏一体なんで。なんかいいことがあったら、絶対に悪いことがあるわけですよ。なんかいいご馳走をしてもらったら、なんかあとでその裏があるわけじゃないですか。それを一言でいう言葉が「Beguiled」っていう言葉なんですね。「騙されし者」もしくは「いいことをしてもらった者」っていう意味なんですよ。
(海保知里)ふーん。
(町山智浩)で、これ1971年にクリント・イーストウッド主演で映画になっています。
(山里亮太)そうなんですか。
(町山智浩)すでに。同じ原作で。そっちはね、タイトルはこういうタイトルです。『白い肌の異常な夜』。
(山里亮太)ちょっと怪しげなというか、エロスな感じ。
(町山智浩)そう。こっちは映画の中身がよくわかるタイトルなんですね。で、これは南北戦争の最中の南部が舞台で。北軍の兵士が戦場で傷ついて、南部の女子寄宿学校に救われるという話なんですよ。で、戦場に男がみんな行っているから、男がいない状態でエエところのお嬢さんばっかり集めた女子寄宿学校があって。そこにケガをした北軍兵士がたどり着いて。それがコリン・ファレルっていうイケメンの俳優なんですが。で、彼が見つかったら、捕虜として南軍に捕まって連れて行かれちゃうんで、彼をかばってあげてケガを治してあげるんですね。
(山里亮太)ほう。
(町山智浩)で、その寄宿学校の校長先生はまず、ニコール・キッドマン。製作当時49才なんですけども。美魔女ですよね。で、その妹がキルステン・ダンスト。この子は『スパイダーマン』シリーズのヒロインだった人で現在35才ですね。女教師です。で、そこに5人の女生徒がいて。いちばん上の17、8の年上の女の子がエル・ファニングちゃんという、ダコタ・ファニングの妹ですね。で、要するにはっきり言ってハーレムですよ。
(山里亮太)そうですよね。
(町山智浩)ねえ。イケメン男にJKと美魔女と女盛りの美女教師がいて。で、みんなでチヤホヤするわけですよ。男がいないから。で、具合が悪くて寝ていると、エル・ファニングちゃん、18才のJKが来ていきなりキスしたりするわけですね。
(山里亮太)わーっ!
(町山智浩)興味津々なんでね。でも彼はすごくそれまでの南部にいる男たちとは決定的に違うんですよ。南部では完全に男尊女卑社会なんですよ。それで女の人はコルセットでギュウギュウに締め付けられて、全く自由がない。女の人は職業にも就けないんですよ。女の先生以外は、ほとんど。で、その旦那の方は黒人女性に子供を産ませているんですよね。黒人奴隷に。で、それを売っ払っているんですけど。
(山里亮太)うーわ!
(町山智浩)でも、それを見ても黙っていなきゃいけないんですよ。文句を言っちゃいけないんですよ。白人の南部の女性はね。だからもう完全な男尊女卑の世界の中に白人だけども北部から来た非常にハンサムで、しかもリベラルで。女性の主張とかも認めて話を聞いてくれる男っていうのが来るわけですね。で、いままで女として、人間としてちゃんと扱ってもらえなかった彼女たちは初めて、ちゃんと話ができて、女性を人として見てくれる男性と出会うわけですよ。しかも、ハンサムでセクシーなんですよ。で、全員がその北軍の兵士を好きになってしまうんですね。
(山里亮太)おおっ!
(町山智浩)という、終末のハーレムなね、世界なんですけども。ただ、この兵士が考えていることは早くこの女を上手く利用して脱出することだけなんですよ。
(海保知里)ああ、したいんだ。
(町山智浩)だって殺されちゃうわけですから。南軍に。敵地だから。
(山里亮太)そうだ。
(町山智浩)でも、「誰を利用しよう?」っていうことで、全員にいい顔をしているんですね。全員に上手いこと言っているわけですよ。で、どうなるか?っていう話なんですよ。
(山里亮太)おおっ、面白そう。
(町山智浩)これがね、『ビガイルド』っていう話なんですけども。これ、クリント・イーストウッドが作った時は、クリント・イーストウッドっていう人はその頃、非常にハンサムだったんですけども。女の人にクリント・イーストウッドが捕まってギタギタに拷問されるとか、そんな映画ばっかり出ているんですよ。
(山里亮太)はい。
(町山智浩)イーストウッド自身は女性関係がめちゃくちゃな人で。いっぱい子供を作ったりとかしていたわけですけども。特に、自分の自宅の近くにファンの人といろいろする部屋を持っていたりした人なんですね。だからね、この人『恐怖のメロディ』っていう映画で監督デビューするんですけど、それはスターがファンに手を出したら、そのファンがストーカーになって彼を殺しに来るっていう映画なんですよ。自分自身の恐怖を映画にしているんですよ。
(山里亮太)すごい(笑)。
(町山智浩)だから非常にイーストウッドっていうのは面白い人でね。マゾヒスティックなところがあって。女の人に縛られて犯されるとか、そんな役ばっかりやっているんですよ。しかも、自分でプロデューサーして。
(山里亮太)公私混同だ。
(町山智浩)だからね、面白いんですけども。今回のこの映画化の方は女性の視点からそれを描いているんですよね。つまり、女性だけの女子寮に子犬が迷い込んだみたいな話になっているんですよ。するとみんなで「かわいい、かわいい!」ってやるじゃないですか。で、取り合いになったりするじゃないですか。で、それを隠すじゃないですか。そういう話になっているんですよ。
(海保知里)コリン・ファレル、ちょっと犬っぽいですしね。なんかね(笑)。
(町山智浩)犬っぽいんですよ(笑)。それが、だんだん嫉妬になっていくわけです。みんな「私のものよ!」ってなっていくわけですよ。っていう話でね、アメリカでこれが公開されて、ちょっと問題が起こっていて。南部なのに黒人が出てこないんですね。
(海保知里)ええーっ?
アメリカで問題視されたポイント
(町山智浩)だから、これはちょっとおかしい。当時、南部では絶対に黒人の召使いとかいたし、原作にも出てくるんで。まあ、すごくそういった現実問題とかを描こうとしていないんだということでソフィア・コッポラ監督は叩かれているんですけども、この人はいっつもこういう問題で叩かれている人なんですよ。
(山里亮太)ああ、そうなんですね?
(町山智浩)いっつもなんですよ。『マリー・アントワネット』っていう映画を撮った時は、マリー・アントワネットがフランスのお姫様で、贅沢して……っていう話を、贅沢しているところしか描かなかったんですよ。
(海保知里)ああ、そうでしたね。それで叩かれたんですか。
(町山智浩)あれ、叩かれたんです。贅沢してチャラチャラしていたら、庶民が怒るんですけど、庶民が一切画面に出てこないんですよね。あの映画。庶民がどれだけ貧しい生活をしていたか?っていうことを全く描かないんですけど、これはソフィア・コッポラっていう人はそういう風に育ったからなんですよ。
(山里亮太)へー!
(海保知里)なるほどね。
(町山智浩)コッポラ父さんの下で、もうやりたい放題で。だから政治とか、世の中の貧しい人の現実とか全然見えてないというね。そこがまた、それでひとつの作家性になっていて面白いんですけどね。すごく面白いですね。この人は日本に行った時、お父さんと一緒に行って、お父さんがサントリーのコマーシャルに出る時かなんかに行っていて。それを元にして『ロスト・イン・トランスレーション』っていう映画を撮っているんですね。
(山里亮太)それを元に?
(町山智浩)そう。あれの中に出てくるビル・マーレイ扮する60才ぐらいのハリウッドの映画俳優でサントリーのコマーシャルに出るというシーンはお父さんの話なんですよ。ところがそのお父さんと恋に落ちるんですよ。その映画は。実の父じゃないんですけども、お父さんをモデルにしたおじさんと自分をモデルにしたスカーレット・ヨハンソンが恋に落ちるという話が『ロスト・イン・トランスレーション』なんですよ。これ、ファザコンがキツすぎだろ?っていう(笑)。
(山里亮太)いろんな性癖を映画に落としていて……(笑)。
(町山智浩)そうなんです。だからこの2本の映画『ボンジュール、アン』と『ビガイルド』……これ、日本語タイトルがどうなるかわからないんですけども。これは見る前に監督たちの私生活とかを知って見ると、「ああ、だからこういう話なのか!」っていうことが非常によくわかるので。これだけ単独で見てもね、「なんだろう、この映画?」っていうところがあるんで。今回の放送を参考にしてください。
(海保知里)はい、わかりました(笑)。町山さん、どうもありがとうございました。
(町山智浩)どうもでした。
(海保知里)ソフィア・コッポラの『ザ・ビガイルド』はこの冬に日本公開予定でエレノア・コッポラの『ボンジュール、アン』は現在公開中です。町山さん、ありがとうございました。
<書き起こしおわり>