町山智浩『友情にSOS』を語る

町山智浩『友情にSOS』を語る たまむすび

町山智浩さんが2022年6月7日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中でアマゾンプライムビデオで配信中の『友情にSOS』を紹介していました。

(町山智浩)今日、ご紹介する映画はタイトルを聞くとね、「絶対に見たくねえ」っていうようなタイトルの映画です。『友情にSOS』っていう……。

(赤江珠緒)たしかにね(笑)。ちょっと、この令和の時代に珍しい感じですよね。

(山里亮太)そうね(笑)。

(町山智浩)これ、アマゾンプライムビデオで5月27日から既に配信スタートしてるんですけど。このタイトルだからね、もうだいぶ経ってますけど誰も見てないと思いますね。はい。「『友情にSOS』……見るか!」って、そんなやつ、いないですよ(笑)。

(赤江珠緒)たしかにね。タイトルはビビッと来る感じ、ないかも。

(町山智浩)どうしようもないなって思いますけども。もうちょっと、なんとかならなかったのかと思いますが。原題は『Emergency』という。「緊急事態」という意味ですね。全然違うんですが。

(山里亮太)この日本語に直す時に「なんで、それ?」っていうの、ありますよね。

(赤江珠緒)どうしてこれになったんだろう?(笑)。

(町山智浩)そうそう(笑)。でね、これは学園コメディです。大学生のコメディなんですよ。ところがね、ちょっと思いもよらない展開に入っていくんですよ。非常になんというか、ハードで。非常に重いテーマの方に入っていくんですけど。話はね、チャラいチャラいお坊ちゃん大学で始まるんですね。アイビーリーグだと思うんですけど。私立大学でね。で、95%の学生が白人という非常に居心地の悪そうな大学なんですが。その中で非常に珍しい黒人2人が主人公なんですね。黒人の大学生のお兄ちゃんです。

で、1人は優等生のクンレくんっていう……これ、すごい名前ですけども。ナイジェリアの人らしいんですよ。で、留学してるんだと思うんですけど。両親は医者で、お坊ちゃんで。大学では生物学を勉強してて。超名門のプリンストン大学の大学院に進学が決まっているという、お坊ちゃんのクンレくん。優等生ですね。それでもう1人、一緒に住んでるんですけど。家をシェアして住んでるんですが。もう1人はショーンくんという地元の子なんですよ。で、地元なんだけど、あんまり勉強できないのに入ってるからたぶん特別枠で入ってるんですよ。貧しい人とか黒人とか、特別枠でアメリカは大学に入れてくれるんですよね。ある程度の。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)で、このショーンくんは兄貴が麻薬の売人をやっていて逮捕されたりするようなですね、貧困とか犯罪とか、その黒人社会の中で育ってきたのにちょっと勉強できたんでしょうね。それか、スポーツかなにかわかんないですけど、いい大学に入ってるという設定で。これ、典型的にね、こういうショーンくんみたいなのを英語だと「ストリートワイズ」とか「ストリートスマート」って呼ぶんですね。街場のいろんなものを知ってる人っていう。で、クンレくんみたいなのは知識を本でしか知らないから「ブックスマート」って言うんですよ。

で、この2人は本来だったら絶対話さないんですけども。たまたまその大学に入って、ほとんど黒人がいないので2人で一緒に暮らしてて。で、もうすぐ卒業で。春休みになるんですけども。で、せっかく卒業するから、なんかちょっと残ることをしようよっていうことで、「フラタニティツアー」というのをやろうとするんですね。

(山里亮太)フラタニティ?

(町山智浩)フラタニティというのはアメリカの名門大学にはあるんですけど。「友愛会」って日本では訳されるんですけど。学生たちが共同生活をする家なんですよ。それはみんなで家を1軒借りてて、代々それを引き継いでいってるんですね。卒業すると、そこから出ていくんですけど。で、新入生はフラタニティのどれかに入りたいと思うと、そこで試験を受けなきゃなんないんですよ。そこに住んでいる大学生の先輩たちが、そこに住む新入生を決めることができるんですよ。

で、どういう風に決めるかというと、まず金持ちのお坊ちゃんはそこに入れるんですよ。だって、たかれるからね。で、もうひとつはイケメン。顔のいい男。それは女の子が寄ってくるから。それであとはスポーツマンとかね、そういう、なんていうか人気者を入れていくんですけど。それで、そこに入れてもらえない人たちっていうのは、まずアジア人ね。モテないから。

(山里亮太)そうなんだ……。

(町山智浩)あと差別があるからですけど。黒人とか、あとラティーノ。プエルトリカンとかメキシコ系の人は入れてもらえないですね。そういうところには。そういう人たち……黒人のフラタニティっていうのもあるんですけど、そんなに数が多くないんですよ。あと、入れてもらえないのはオタクですね。オタクも入れてもらえないんですよ。

(赤江珠緒)ああ、そう?

(町山智浩)だからすごく嫌な文化なんですけど。ただね、彼らはね、パーティーをやって儲けてるんですよ。

(山里亮太)儲ける?

(町山智浩)儲けるんです。各フラタニティでパーティーをやるんですよ。春休みとか夏休みに入る時に。で、チケットを売るんです。だから、パー券です。

(赤江珠緒)ああ、なるほど!

(町山智浩)で、イケメンが多いフラタニティだとかわいい女の子がいっぱい来るっていうんで、他の人たちもそのチケットをわざわざ買って、そこに行くんですよ。それですごく儲けるんです。結構、お金を。で、女の子たちのそういう寮もあって。それはソロリティっていうんですけども。結構その、なんていうか格があってですね。格の高いところだとチケットにそれこそ何万円も出さないと行けないとか、そういうところがあるんですね。で、かなり利益を上げてるんですけど。

それを全部回るっていうツアーをやろうっていうんですね。このショーンっていう兄貴がヤクの売人だった黒人の男の子がね。で、真面目だったクンレくんを誘って、「最後ぐらい羽目を外して、全部回ろうよ!」って。で、春休み前なんで各フラタニティがもう一杯、酒とか飾り付けを用意して。食べ物も用意して。まあ、クラブみたいになってんですようん。もう勉強してないんだよ、こいつら(笑)。

で、まあはっきり言うとドラッグとかも用意してるんですよ。で、それを「全部回ろう!」っていうんですよ。「これは思い出になるぜ!」っつって回ろうとして。それで自分の家に一旦帰るんですけど。2人でシェアしてる家に。そうすると、もう既に街中、春休み前なんで酔っ払いだらけになっていて。男も女も。で、とりあえず一旦家に帰るんですが、そうすると家の居間で白人の金髪の女の子が白目をむいて倒れてるんですよ。

で、「なんだ、これ?」って思っていたら、ゲロを吐いているんですね。で、「これは誰かにドラッグを盛られたんだ。それでここに迷い込んできて、倒れたんだろう。これは下手すると死んじゃう。救急車を呼ぼう」っていうことで、クンレくんが救急車を呼ぼうとするんですね。そうするとショーンが「やめろ! 絶対呼ぶな!」って言うんですよ。

(赤江珠緒)えっ?

救急車を呼ぶのは危険

(町山智浩)「家で誰かわからない白人の女の子が倒れてるって言ったら、警察も来るだろう。で、俺たち黒人がいるところで白人の女の子がドラッグでやられて倒れたら、俺たちは警察官に殺されるよ。警官がここに踏み込んできたら、俺たちは射殺されるよ」って言うんですね。ところが、ショーンくんがそう言ってもクンレくんは「そんなバカな!」って言うんですが。「お前、知らないんだな? 俺はこれまで何度もそういうことをやられてきたんだ。道を歩いているだけで警官にいきなり組み伏せられて、手錠をかけられたりする人生だったんだ。お前はわかんないんだ。だから絶対に呼ぶな!」って言うんですよ。

「じゃあ、どうするの? この子、死んじゃうだろう?」「だいたい俺たち、逮捕されちゃうかもしれないんだから、呼んじゃダメだ」「じゃあ、どうする?」って言ってるんですけど、その家には実はもう1人、住んでるんですよ。そのハウスにね。それはね、カルロスくんっていうラティーノ。たぶんプエルトリコ系なんですよ。彼はラティーノなうえにオタクなんで、やっぱりフラタニティに入れないんで、そのアパートみたいなところで一緒に暮らしてるんですね。で、やっぱり春休みなのに誰も誘ってくれる人はいなくて、ずっとゲームをやってるんですよ。カルロスくんもね。

で、カルロスくんが「じゃあ俺が連絡しようか?」って言うんですけど「いや、お前もラティーノだからダメだよ。肌が茶色だから。やっぱり警官に撃たれちゃうよ」って。それが、アメリカなんですよ。

(赤江珠緒)ええっ?

(町山智浩)この間も、4月19日にミシガンで酔っ払い運転をしていた黒人の、コンゴの難民の青年が酔っ払い運転が見つかったんで、ちょっと逃げようとして。それで警察官に後ろから押さえつけられて地面に組み伏せられた状態で後頭部を撃ち抜かれて、その場で殺されてるんですけど。酔っ払い運転してるだけで殺されちゃうんですけど。黒人だというだけでね。で、そういうことがあるから。「これはダメだ」と。「うーん、じゃあ、どうしよう? そうだ、アジア人を呼ぼう。アジア人なら友達がいるよな? アジア人は大丈夫。絶対悪いことしないから。警察は撃たないから」ってなって。

(赤江珠緒)ええっ? なに、その理論……。

(町山智浩)そう。そういう風に思ってるんですよ。もうステレオタイプだから。で、「アジア人を呼ぼう!」って言うんですが、春休みに入っちゃっていて、アジア人の友達がつかまらないんですよ。で、「じゃあ、誰か白人の友達はいないのか? 白人の友達に通報してもらえば、警察が来ても大丈夫だ」って言うんですけど、彼らに白人の友達はいないんですよ。

(赤江珠緒)ああーっ……。

(町山智浩)やっぱりね、大学に入ってもね、人種同士で固まっちゃうんですよね。だから結構、アジア人の子はアジア人同士だしね。やっぱりね、そこに分断があるんですよ。大学でも。あのね、分断がないのはオタク。オタクは底辺だから、底辺で固まっていて、人種とか民族はあんまり関係ないんですよ。

(赤江珠緒)平和だな。

(町山智浩)一番いいんですよね。もうエヴァンゲリオンとかウルトラマンの話をしてりゃいいんだもん。肌の色はどうでも。僕は相当助かりましたけどもね。でね、「じゃあ、この女の子、どうする?」ってなって。

(赤江珠緒)人助けをしようとしてるだけなのにね。

(町山智浩)そう。人助けしようとしてるんですけど。で、脈も弱ってきたし。「じゃあこれ、病院に連れてこうよ。病院に行って、病院の前に置いてパッと逃げよう。だったら大丈夫じゃないか?」ということで車に乗せて運ぼうとするんですけども。この意識不明の女の子が、なんと17歳の高校生だっていうことがわかるんですよ。これ、もう女の子を意識不明の状態で車に乗せて連れて行ったら、完全に逮捕されますね。それで「たまたま家にいたんだ」って言っても信じてもらえないし。どうにかされちゃうでしょうね。で、どんどんヤバいことになってくるんですけど。

で、しかもこの子を春休みのみんなでパーティーやってるところに連れてきたお姉さんの大学生がいて。で、妹が行方不明になっちゃったってことで。この妹はエマちゃんっていうんですけど。彼女はポケットに携帯を入れていて。それにGPSが付いてるんで。それで彼女探し始めるんですよ。そしたら、クンレくんたちが彼女を車に乗せているところを偶然見てしまって。「黒人に誘拐された!」っていうことで、警察に電話しちゃうんですよ。

(赤江珠緒)うーわ!

(町山智浩)大変なことになっていくんですけど。それで走っていくうちにですね、この車のテールランプが壊れてることに気がつくんですよ。で、これ、黒人はテールランプが壊れてる車に乗っちゃいけないんですね。

(赤江珠緒)ええっ?

黒人はテールランプが壊れてる車に乗ってはいけない

(町山智浩)テールランプが壊れていたり、バックミラー壊れていたりするような車が走っていて運転手が黒人だと、かならず警察官に止められます。これは、黒人だったらなにかドラッグとか銃とかを持っているかもしれないからっていうことで警察官は止めるんですよ。ただ黒人だっていうだけでは止められないので、テールランプとかが壊れていたりとかっていうので因縁をつける理由を探すんです。

(赤江珠緒)ああ、そういうこと?

(町山智浩)そうなんです。これも最近、すごくアメリカで大問題になっていて。うちの近所のオークランドではそれで黒人の人が殺されたりする事件が多かったんで、テールランプとか、そういったちっちゃい違反では車を止めないっていうことになりました。オークランド警察では。

(赤江珠緒)ああ、そうですか。

(町山智浩)はい。それで無実の人が殺されたりする事件が多いので。ちっちゃい違反があっても止めないことになったんですけど。ただ、それはオークランド以外では警察、すごくやってるんですよ。だから「このテールランプが壊れた車でこの女の子を運ぶことはできないよ」ってことになるんですね。

(赤江珠緒)そうですね。

(町山智浩)「もう、しょうがない。うちの兄貴がヤクの売人で今、仮保釈中だけど。そこに行って、車を借りよう!」っていう話になるんですよ。

(赤江珠緒)どんどん状況が悪くなってるけど……。

(町山智浩)どんどん悪くなってきて。で、そこに行って「兄貴。今、こんなになっちゃって、この女の子が大変なんだ」って言うと、そこにはみんな、ギャングみたいな奴がいっぱいいるんですけど。兄貴の家には。ただ、「白人の女の子を連れてきた」っていうことで「バカ野郎! そんなもん、連れてくるんじゃねえ!」ってみんな逃げちゃうの。バーッて。「そんなところが見つかったら、俺たちは警官に殺されちゃうから」って。

これ、でもドタバタ映画として作ってるんですよ。コメディなんですよ、これ。コメディ。もう笑うしかないじゃないですか。そんな、ギャングとかが白人の女の子を見た途端に「ひー!」とか言って逃げるなんて。

(赤江珠緒)そうか。

(町山智浩)だから、笑うに笑えない皮肉な話でね。またね、彼らが「どうしよう? どうしよう?」って道端で、その黒人の2人とラティーノのカルロスくんと3人で困ってると、いきなりその近所の家の人がですね、「警察呼ぶよ!」って来るんですよ。なんにもしていないんですよ? 黒人が家の前で夜、話していたり、立っていたりしたら、すぐ警察を呼ぶんですよ。白人は。

(山里亮太)ええっ?

(町山智浩)もう、とにかくひどいんですよ。「何か悪いことしてるんじゃないか? 泥棒じゃないか?」ということで。もう居場所が全然ない世界なの。

(赤江珠緒)そんなになんですね。

(町山智浩)これが現実なんですよ。この映画ね、要するにBlack Lives Matter運動とかがあって。黒人が何の罪もないのに警察官に殺されたりする事件が多いっていうのが話題になりましたけど。実際はどういうものなのか、この映画を見るとよくわかりますよ。でも『友情にSOS』っていうタイトルでそんな話を見せられるかとは誰も思わないんでね。でもね、最後にね、『友情にSOS』な展開になってくるんですよ。

(赤江珠緒)なってきます? ここまで、たしかに『友情にSOS』は全く関係ないもんね?

(町山智浩)なってくるんですよ。で、クンレくんがね、「なんとかこの子を助けよう!」って言っているのに、ショーンくんは「お前はわかってない。黒人として生きるということは本当に大変なんだ。お前は顔は黒いけど、心は白い」って言っちゃうんですよ。「お坊ちゃんだからわかってないんだ」って。で、友情に亀裂が入っていくんですけど……ここからなんとですね、信じられないことに感動的なドラマになってくるんですよ。

(赤江珠緒)ええっ?

(町山智浩)「えっ?」っていう。最後、ちょっと泣きましたよ。

(赤江珠緒)あら、そうですか!

(町山智浩)そう。だからね、「『友情にSOS』? ケッ!」って思ったんですけど、結構間違ってなかった。タイトル。いい話でした。すっごく。もうぜひね、ご覧なっていただきたいなと思います。

(赤江珠緒)いやー、これはどういう結末になるのか。気になりますね。たしかにね。へー!

(町山智浩)これ、監督は黒人の人で、シナリオを書いたのはラティーノの人で。自分たちの体験を元にしたそうです。

(赤江珠緒)でもやっぱり黒人の人と白人の人の間の……全然社会として信頼関係が成り立ってないですね。本当にね。人助けですら、そんなことになったら、ねえ。

(町山智浩)そうなんです。それが非常にリアルにわかるんですけど。はっきりコメディ……コメディホラーみたいな感じですね。でもね、ほのぼのといい映画なんですよ。あったかくなりましたね。最後、心が

(赤江珠緒)ぜひ自分の目で見てたしかめてみましょう。『友情にSOS』はアマゾンプライムビデオで配信中でございます。

『友情にSOS』予告

<書き起こしおわり>

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