町山智浩『胸騒ぎ』を語る

町山智浩『胸騒ぎ』を語る こねくと

町山智浩さんが2024年4月30日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『胸騒ぎ』について話していました。

(石山蓮華)そして町山さん、今日は?

(町山智浩)今日はですね、この曲を聞いてください。

(町山智浩)『胸騒ぎ』って聞くとすぐこれを思い出すんですけども(笑)。

(でか美ちゃん)ねえ。こんな陽気なイメージで。

(石山蓮華)なにか起きそうですね。

(町山智浩)で、今日紹介するのは『胸騒ぎ』っていう映画なんですけど。「胸騒ぎ」っていうと、こういう感じじゃないですか。

(でか美ちゃん)そうそう。ちょっとハッピー寄りな。

(石山蓮華)なにかワイワイ、みんなで盛り上がっちゃうぞみたいな。

(町山智浩)そう。最初はこの映画、そういう映画なんです。この映画ね、最初はハッピーな感じで始まるんですよ。イタリアのトスカーナ地方っていう、美味しい料理とワインがあるところに主人公たち夫婦が旅行に行くんですね。で、この主人公はデンマークのちょっとお金持ちみたいな夫婦と、その娘さんがいて。幼い娘さんがいて。その3人でイタリアで高級な、なんていうか、ジビエを食べたりね。ワイナリーで……みたいなことをしてると、そこでですねオランダ人の夫妻と会うんですね。同じところに泊まっている。で、その夫妻がパトリックとカリンという夫妻で、すごくなんというか、気さくなんですよ。で、どんどん話しかけてきて、楽しくしてくれて。で、この主人公はデンマーク人のビャアンっていう人とルイーセっていう夫妻は非常に内向的なんですね。

だから、向こうからどんどんどんどん気さくに「楽しもうよ! パーティーしようよ!」みたいに来ると、すごく楽なんですよ。僕も結構、そういう風な人が来てくれるのは楽だと思う時もあるんで。楽しく、そこでリゾートを過ごして。それでデンマークに帰った後、手紙が来て。そのパトリック夫妻から「オランダのうちの方にちょっと来てみないか?」って招待されるんですね。で、彼らはそこへ行ってみるんですけれども……最初、パトリックは「自分は医者だ」って言ってたんで、それなりに豊かなのかなと思って着いてみたら、ボロボロの家なんですよ。で、ド田舎で周りに人は全然住んでなくて。「大丈夫かな?」と思っていて。でもなんか、胸騒ぎがするわけですよ。

(石山蓮華)なんか、予想と違いますね。

(でか美ちゃん)ちょっと不穏な……なんかもっとね、招いて。ホームパーティーみたいなイメージでいきますよね。人柄的には。

(町山智浩)そうなんですよ。で、行ったら「ここに寝れば」って言われたところのベッドもね、ソファベッドでね。で、子供が寝るところっていうのは地べたなんですよ。

(石山蓮華)床に?

(町山智浩)で、「大丈夫か、この家?」って思っていると、その予感、胸騒ぎは正しいんですけど。その主人公はですね、「これは彼ならなりのおもてなしなんだから。あんまりここで文句を言わないで、それをちゃんと受けとめようよ」みたいなことで明るく振舞って。「ありがとう」みたいに言っているうちに、たとえば「ちょっとこれ、食べてみなよ」って言われるんですね。それは、イノシシの肉なんですよ。で、この奥さんの方のルイーセさんは「ベジタリアンだから、私は食べられないって言いましたよね?」って言うんですけど。「なんだよ。せっかくうちに招待したんだから、食べなよ」って言って、無理やり食べさせられるんですよ。イノシシの肉を。そのへんからね、どんどんやばいことになってくるんですよ。で、もう最初の段階で「おかしいな」ってこの夫妻は思うんですけども。パトリック夫妻の子供、幼い男の子がいるんですけど。彼は全く口をきかないんですよ。で、すごい暗い顔をしていて。でも、その段階で「おかしい」と思うべきなんですよねね。

(でか美ちゃん)「夫婦がこんなに陽気なのに」っていう感じはしますよね。家族ならば。

(町山智浩)ねえ。だから「ちょっとおかしい」って言うとパトリックは「いや、うちの息子はちょっと病気で。しゃべれないんで。しょうがないんだ」って言われて。「病気」って言われると「あっ……」って思っちゃうじゃないですか。

(でか美ちゃん)ちょっと触れちゃいけないというか。

(町山智浩)でも、パトリックは相変わらず気さくなんですけれども。気さくすぎてですね、ここはトイレがひとつしかない家なんですね。お風呂とトイレがひとつだけ。そこに、鍵がないんですよ。

(でか美・石山)ええーっ!

(石山蓮華)ちょっと嫌だな……。ギリギリ、嫌だなっていうことが積み重なっていきますね。

(町山智浩)これ、相当嫌ですよ。で、そのうちにお金とかも、なんかこの主人公たちのお金を彼らは使おうとしたりね。なんかどんどんどんどん、こっちの領域に入り込んでくるんですよ。で、「これはやばい。ちょっと逃げた方がいいんじゃないの? おいとました方がいいんじゃないの?」って思うんですけれども。「でも、向こうは悪気がないし。こんなに親しくしてくれるんだから、それは失礼に当たるんじゃないの?」っていうので、なかなか逃げられないっていうね。ホラーって言っても、そういう系統のホラーなんですよ。

(石山蓮華)人に対してモヤモヤするところ。

(でか美ちゃん)お化け系じゃない、なんかギリギリ体験するかもしれないぐらいの、一番ゾクゾクくるやつですね。

(町山智浩)ねえ。誰かの家に行ってご飯をごちそうになったら、すごくそのご飯がなんか……っていうものだったという。

(でか美ちゃん)でも向こうはお招きしたっていうスタンスでいるし。

(石山蓮華)それで「どんどん食べな」とか言うんですよね。

(でか美ちゃん)「こっちも招かれてるから私、言えないよな」とか。

(町山智浩)そう。それでやたらと明るいの。あと、やっぱりなんか「部屋の隅っこを見て、なんかすごく汚いな」って思う時って、怖くない?

(石山蓮華)たしかに。なんか靴下とかで歩いてた時にふっと足の裏を見ると「おっ?」って思うっていうか。

(でか美ちゃん)でも人の家だし……。

クリスチャン・タフドルップ監督の前作『A Horrible Woman』

(町山智浩)なんかね。でも、人の家だしね。それが積み重なっていく感じのホラー演出なんですよ。で、この監督はクリスチャン・タフドルップという人なんですけれども。この人ね、その前に作った映画があって。実はそれを僕、見てるんですね。それがね、この映画の試作品みたいな映画なんですよ。それは2017年にね、『A Horrible Woman』っていうね。「ひどい女」っていうひどいタイトルの映画を作っていますね。これ、日本では公開されてないんですけど。主人公はやっぱり気の弱い、すごく礼儀正しい男の子なんですね。でもちょっといい歳、40ぐらいまで気が弱いから女の子と付き合えないで来たんですけども。偶然、すごい自分とは釣り合わないような美女と恋愛に落ちるんですね。ところが、そうするとこの彼女がだんだんね、彼のアパートに彼女のものを持ち込むんですよ。最初、歯ブラシを置いていったりするじゃないですか。

(石山蓮華)ああ、ありますね。

(でか美ちゃん)なんかズルズルと暮らし始めるやつ。

(町山智浩)そうそう。ズルズルと物が増えていって。そのうちに、彼のCDとかを見るんですね。すると、ニルヴァーナとかグランジ系のロックとかが多いんですけど。「こんなの、聞くの?」とか言うんですよ。そのシーンがあった後、しばらくしたら別のシーンで、フリーマーケットでそのCDを彼が売らされてるんですよ。

(でか美ちゃん)ええっ、かわいそう! すごい嫌だ! タイトル通り、ひどい女だ! 一番ダメだろうって思っちゃった。

(石山蓮華)ずっと集めていたCDですもんね?

(町山智浩)そう。それを売らされているの。で、彼はボンクラなんで、部屋にねブルース・リーのポスターとか、貼ってあるわけですよ。もうダメな感じなんですけど。ブルース・リーとか『ビッグ・リボウスキ』とかのポスターが貼ってあるんですね。好きで。で、それを外して彼女がなんか、アートをかけるんですよ。

(でか美ちゃん)なんかもう、心がググッとなるな……。

(町山智浩)ねえ。それでスーパーに行って、彼がお肉をすると……彼女が「お肉とか、食べるの? それ、動物虐待じゃないの?」とか言い始めるんですよ。それで今、大豆で作られた肉、あるじゃないですか。「これも同じ味よ」っつって、それを買わされちゃって。無理やりベジタリアンにされちゃうの。

(石山蓮華)本人の意思と違うところでという感じですね。

(町山智浩)そうなんですよ。それでどんどんどんどん、彼女が彼の領域を侵していって。彼の領域がどんどんちっちゃくなるっていう映画がその『A Horrible Woman』っていう映画なんですね。

(石山蓮華)ひどい女の映画がですね。

(町山智浩)でもそれ、コメディなんですよ。完全にコメディで、見ていて笑っちゃうんですけど。この彼がどうしようもなくてね。で、時々、怒るんですけど。「これじゃ俺のものが何もなくなっちゃうじゃないか!」みたいな。すると彼女が「私、悪かったわ」って言って、そのまま黙っちゃうんですよ。「別れた方がいいわね」って言って。

(でか美ちゃん)ああ、そうか。「ごめんごめん」ってなっちゃうやつだ(笑)。

(町山智浩)そうそう。「ごめんごめん」って妥協して、どんどんどんどん彼が撤退していくんですよ。

(石山蓮華)うわっ、どんどんその領域を自分から、相手に渡しちゃうんですね。

(町山智浩)そう。侵略されていくんですよ。ただ、「この映画は女性に対する嫌悪感みたいなもので作られてるんじゃないか?」っていう風に批判されたんですね。この監督は。

(石山蓮華)ちょっとエピソードがステレオタイプですもんね。

人の領域に入り込んでくる人

(町山智浩)そうそう。「そうじゃなくて、これは男とか女とか関係ないんだ」っていうことで作ったのが今回の『胸騒ぎ』で。「人には、人の領域に入り込んでくる人がいるんだ。その場合、その領域に入られてもそれを譲ってしまう人と出会うと、譲る人はどんどんどんどん侵略されていっちゃうんだよ」っていう話なんですよ。で、彼はどこかの段階で抵抗すればよかったのに、それが……なんていうか、自分自身を納得させて抵抗をしないんですね。

(でか美ちゃん)「招いてくれて、親切でやってくれてることだもんね」でズルズルと滞在してるわけですもんね。

(町山智浩)そう。ズルズルズルズル、行っちゃうんですよ。これはね、すごい怖い話でね。僕ね、ジャレッド・レトという俳優さんにインタビューしたことがあるんですけど。『スーサイド・スクワッド』っていう2016年の映画で彼はジョーカーっていう殺人者。バットマンの敵の役をやることになったんで、役作りのためにシベリアの刑務所に行って。で、刑務所の人にお金を払って、連続殺人犯と面会したんですって。お金を払えばロシアは何でもできるんでね。で、その時にね、どういう特徴があったかっていうと、まず近づいてくるんですって。とにかく距離を詰めようとするんです。顔も近づけるし、手を触ってくるんです。連続殺人犯っていうのは。で、その間、このジャレッド・レトの目をずっと見つめてるんですって。それはどういうことか?っていうと、彼が言うにはとにかく物理的にも精神的にも、こちらの領域を侵犯してくるんだっていうことなんですね。で、殺人犯というのは人の「命」という領域を侵してくるものなので。それで人の心にも入ろうとするし、肉体にも触ろうとする。それが、いわゆる犯罪的な人たちの特徴なんだってジャレッド・レトは言うんですね。で、詐欺師がそうですよね。

(石山蓮華)ああ、そうか。最初は心の交流を持って。信頼を得てっていうことですよね。

(町山智浩)人の心に入ってこようとするんですよ。あと、変態がそうですよね。あれはもう、肉体的とか物理的に人の領域に入ってくるものですよね。あと、泥棒ですよね。人の財産を取っていくわけですから。人の財産っていう領域を侵していくわけですけど。で、そういう人たち、そういうことが犯罪なんだっていうことで。だから、実際に犯罪が行われなくても、人の精神的な領域……たとえばトイレに入ってくるとか、そうですよね。それは、実はもう大変な侵略なんだよってことなんですよ。で、それに対して「抵抗しない」っていうことがどれだけ良くないことなのか?っていう映画で。これはね、むしろこの『胸騒ぎ』っていう映画はアメリカ人とかヨーロッパ人は言いたいことをはっきり言う人たちだから。それこそ韓国人にも、そういう人が多いんですけど。これ、日本人が見るべき映画ですよ。こういう人、いっぱいいるんだもん。

(でか美ちゃん)たしかになー。なかなか、言い返せないですよね。しかも、そこに「いや、でもちょっとモヤッとするけど、悪意はないんだよな」っていう。その悪意のある・ないとか。

(石山蓮華)なんか、自分が「嫌だ」と思っても、それを善意ベースで渡されると、やっぱり「断るのがいけないんじゃないか」って思っちゃうんですね。

(でか美ちゃん)「こっちが悪いかな?」みたいな。そういう国民性はあるからなー。

(町山智浩)で、そうじゃない侵略的な人たちが権力を握っちゃうんですよ。もうはっきり言うと、テレビ局とかに行くと……今はいないのかな? もういきなり馴れ馴れしく「◯◯ちゃーん!」とかって呼んできて親しくなったりする人って。

(でか美ちゃん)最近では、私の体感ではテレビのスタッフさんもすごく気を遣われて。プロデューサーの方も、ディレクターの方も、ADの子たちをいかにきちんと育てるか、みたいなのを意識されてる方が多いかな?っていう風に、ちゃんとされた方が多いとは思いますけど。やっぱり先輩方の話とか聞いてるとね、そういう人がいた時代もあるっていう。

(石山蓮華)そうですね。なんか、少し前はいろんな人がいたっていうのを聞きますね。

(町山智浩)ああ、もういなくなっているんだ。

(でか美ちゃん)で、それこそ、その侵略じゃないけど。「蓮華ちゃーん!」とか言いながら、肩を抱いてくるみたいなね。そういうステレオタイプな……。

(町山智浩)ああ、そういう人、いなくなったんだ。

(でか美ちゃん)だいぶいないと思いますよ。今は。私はあんまり見てないです。

(町山智浩)ああ、よかった。昔はそんなのばっかりだよ? だって、俺にすら言うんだもんだん。テレビに出始めた頃。

(でか美ちゃん)「町山ちゃーん!」とかですか?

(町山智浩)そうだよ。「町山ちゃーん!」って。「知らねえよ、お前! お前なんか友達じゃねえよ、馬鹿野郎!」とか思うんですけども。そういうの、ばっかりだったよ。昔って。

(でか美ちゃん)私、いろいろ周りを見ていると、侵略してくる人って、侵略しやすそうな人を見つけのが得意ですもんね。

(町山智浩)そう! そうなんですよ。

(でか美ちゃん)「この人なら行けるっしょ」をちゃんと見抜いてやってきてる人が多い感じがするから。

(町山智浩)そうなんですよ。カモにしようとしてるんですけど。そういう人が本当にいてね。もう日本なんかみんな、そういうのにやられちゃう人ばっかりだから。もう、いくら貧乏にされてもみんな、言いなりになっちゃいますからね。本当だったら革命が起こってますよ。日本みたいな経済状況に置かれたら、国民は暴動を起こしてますよ。

(石山蓮華)そうなんですよね。本当にそう思いますね。

(町山智浩)「もっと怒れよ!」って思いますけども。もう本当にね、胸騒ぎを感じたらね、そういう自分の本能に従って自分を守った方がいいですよという映画がこの『胸騒ぎ』で。ちょっと、すごい強烈なシーンがあって。それはちょっと最初に警告しておきます。ホラー映画なんで。非常にその、幼い子に対するものすごい虐待シーンがあるんで。それだけはちょっと警告しておきますけれども。まあ、「見た方がいいですよ」って散々、勧めておいてなんだって思いますけど。それで見たら「とんでもない映画じゃないか。町山、てめえ許さねえ!」って言われると困るんで。ひどいシーンがあるんで。そのへんはちょっと、覚悟してください。

(石山蓮華)こちらの映画、PG12ということで。小学生以下のお子さんが鑑賞する際は保護者の助言・指導が必要という。

(町山智浩)小学生は見ない方がいいです。はい。

(でか美ちゃん)大人がね、覚悟を持って見ましょう。

(石山蓮華)ということで今日は来週5月10日(金)公開の映画『胸騒ぎ』をご紹介いただきました。町山さん、ありがとうございました。

(町山智浩)どうもでした。

映画『胸騒ぎ』予告

<書き起こしおわり>

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