いとうせいこうと宇多丸 『業界こんなもんだラップ』の革新性を語る

いとうせいこうと宇多丸 『業界こんなもんだラップ』の革新性を語る 宇多丸のウィークエンド・シャッフル

いとうせいこうさんがTBSラジオ『タマフル』にゲスト出演。1985年の作品『業界こんなもんだラップ』の革新性について、宇多丸さんと話していました。

(宇多丸)もう、(『再建設的』は)どの曲もギョッとするようなすごさがありまして。そんな中に混じりまして、恥ずかしながら私ども、RHYMESTERもですね……しかも、『建設的』の曲じゃねえじゃねえか! という突っ込みを受けながら。1989年のアルバム『MESS/AGE』に収録されている『噂だけの世紀末』を。これは間違いなくいとうさんの代表作のひとつですけども。

(いとうせいこう)そうですね。カバーしていただいておりますが。

(宇多丸)ということで、本日は全曲聞きたいのはやまやまながら、主に、私ラッパーでございますので。ラップ曲のオリジナルバージョンとカバーバージョンを聞き比べながら。

(いとうせいこう)うわー、面白いわ。

(宇多丸)で、特に僕が聞きたいのは、やっぱり当時いとうさんがどういうつもりでっていうのはあれですけども。どう考えて、こういう風なラップを構築していったのか? という技術面といいますか。具体的なお話をうかがっていきたい。

(いとうせいこう)はい。

(宇多丸)で、ですね、実は本題に入る前にぜひいとうさんと一緒に聞きたい曲があると。

(いとうせいこう)どういうこと?

(宇多丸)今日は『建設的』特集のはずなんですが、その86年の前年、1985年にいとうさんがプロデュースされたLP『業界くん物語』。これが11月30日にはじめてCD化という。で、そこに収録されている『業界こんなもんだラップ』と『夜霧のハウスマヌカン』……

(いとうせいこう)もうすでに先行配信だよ。

(宇多丸)先行配信されていると(笑)。

(いとうせいこう)これはね、不思議な話なんだよ。僕、『業界くん物語』っていうLPはガワしか持っていなくて。人に貸したら、中身がいつの間にかなくなっちゃって。ずーっと聞けなかったの。音源が。で、「なんかあそこに秘密があったと思う」っていう風に思っていて。で、ある時にYouTubeで『こんなもんだラップ』だけが上がったのかな? で、聞いたら、「あっ、これ! これがもともとのヒップホップじゃん!」って思って、Twitterにそれを書いたら当時のディレクターのヒロセくんっていうのがいま、ユニバーサルで割と偉くなっていて。「出しましょう!」って、すぐ出すことになったの。

(宇多丸)あ、そうなんですか! じゃあすっごい、タイミング的にはもう本当に、なんで急にこんなせいこうさん祭なんだ、世の中?って……

(いとうせいこう)そうなんだよ。不思議なんだよ、俺も。なんだ、死んじゃうのかな?っていうぐらい……(笑)。

(宇多丸)最終章!?(笑)。

(いとうせいこう)(笑)

(宇多丸)まあ、そんなね、縁起でもないことはともかく。ちなみに、これから『業界こんなもんだラップ』をご一緒に聞きたいんですけども。やっぱりフレッシュじゃないですか。いま聞いても。で、フレッシュであると同時にですね、これは説明がすごくいる曲だと思うんですよ。『建設的』の曲と比べると。要はたとえば『業界くん物語』ってなに? というところとか。

(いとうせいこう)ああ、なるほどね。そういう意味か。

(宇多丸)まあ、これは要はいとうさんが当時は講談社から出ていた若者向け雑誌の『ホットドッグ・プレス』の編集者として……

(いとうせいこう)編集者だったんだよね。たぶん、これを作っている途中にいなくなっちゃったと思うんだけど。

(宇多丸)ああ、そうなんですか。

(いとうせいこう)たぶんそうだと思う。それでも、これは「やっていいよ」って言われて、プロデュースしていたっていう。

(宇多丸)『ホットドッグ・プレス』の結構後ろの方に載っていた1ページの企画で。

(いとうせいこう)そう。漫画。

(宇多丸)これ、「業界」って言ってもいまはわからないと思いますね。まあ、ファッション業界とか……

(いとうせいこう)マスコミとか。まあ、ちょっとチヤホヤされがちな、80年代のものだね。自分たちのことを「業界」って言う人たちのことだね。

(宇多丸)80年代はなんとなくその業界感みたいな……それこそ、とんねるず感じゃないですけど。

(いとうせいこう)ああ、そうね。とんねるず感ね。

(宇多丸)それを批評的にやるようなコーナーでしたよね。それを、レコード化すると。まず、あれをレコード化するっていうのが、なんだろう?っていう。

(いとうせいこう)なんだろう?っていう話なんだよ。

(宇多丸)で、『夜霧のハウスマヌカン』。いまは「ハウスマヌカン」って言っても……

(いとうせいこう)言わないじゃん。カリスマのショップ店員ですよ。

(宇多丸)要するに、ハウスマヌカンがおしゃれなお店でしゃなりしゃなりと接客するので、こっちは怖いぞと。

(いとうせいこう)そういう世界だったんだよ。

(宇多丸)それを批評する。あえて演歌スタイルで。

(いとうせいこう)したら、なんかスマッシュヒットしちゃったの。演歌界で。ポップス界でヒットしちゃった。

『夜霧のハウスマヌカン』

(宇多丸)で、これはまだいいですよ。パロディーとしてわかりやすい。『業界こんなもんだラップ』は業界を批評的を見る、そういうものをなぜラップに? というね。

(いとうせいこう)そうなんだよね。だから、つまりラップがしたかったんだよね。

(宇多丸)やっぱりヒップホップに当時から興味があったんですか?

(いとうせいこう)ものすごいあったんだよね。で、正直この間、いろんな人にインタビューされて俺もはっきりだんだんわかってきたんだけど。この後の翌年の『建設的』を出して、僕はそこに『東京ブロンクス』っていうのを作るわけじゃないですか。で、それは割とアンセムになってみんなヒップホップの人たちがその影響を受けたと。

『東京ブロンクス』

(宇多丸)はい。

(いとうせいこう)だけど、ほとんどの技術はもうすでにこの前年の『業界こんなもんだラップ』に入っちゃっていて。

(宇多丸)この中でも「東京ブロンクス」って言ってたりしますしね。

(いとうせいこう)そうなんだよ。「俺の名前はジャパラパマウス、ナンバーワンラッパー in 東京ブロンクス」って言っちゃっているのよ。その「東京ブロンクス」っていうのを具現化したのが翌年の『東京ブロンクス』であって、もうなんだか無意識のうちになんかいろいろ言っちゃってるのよ。

(宇多丸)この中にね。

(いとうせいこう)この中で言っちゃっているのよ。

(宇多丸)「ズールー」みたいなね。

(いとうせいこう)そうそう。「ズールーキング」。まあ、メロンの工藤(昌之)さん。KUDOが当時、Zulu KingっていうDJネームで。だから85年にスクラッチができた人間はほぼ5人ぐらいしかいないと思うんですよ。

(宇多丸)もうガッシガシにスクラッチしてましたね。

(いとうせいこう)そのうちの3人が、藤原ヒロシ(Hiroshi The Ripper)とZulu King(工藤昌之)と、それからDub Master Xがスクラッチ合戦をするっていうすごいアイデアをヤン冨田さんが考えちゃったのよ。

(宇多丸)要するに当時、スクラッチをできる人自体がいないのに、そこでスクラッチでバトルをするっていう。

(いとうせいこう)バトルをさせるっていう。ニューヨークでもこんなこと、誰もしていなかった。こんな音源、俺も聞いたことがない。で、リズムパターンは当時のZ-3MC’sっていうオールドスクールがいて、俺はすごい好きだったんだけど。「あんな感じのやつがやりたいんですよ、ヤンさん!」って言って、「ドーン、ターン! ドンドン、ターン!」っていう例の、昔言った祭り太鼓みたいな大好きなリズム。そこに「ジキジキジキ……♪」っていろんなスクラッチが入ると。

(宇多丸)スクラッチが入って。

(いとうせいこう)で、そこに「Hiroshi The Ripperっていうのが業界に入ったらこんなやつで、失敗しちゃったよ。Dub Master Xが広告業界に入ってこういう風に上手くいったけど、失敗しちゃったよ」っていう見立てで。やっぱりラップって自慢しあうっていうことはわかっていたわけだよ。で、それをやっぱりずっこけちゃうっていう風にひっくり返したんだと思うんだよね。

(宇多丸)途中でメイクマネーするけど、ひっくり返るっていうストーリーが毎回。

(いとうせいこう)「業界ってこんなもんだよ」みたいな曲に仕立ててラップがやりたくてしょうがないんだよね。で、前例がないんだよ。こんな風に。で、俺はたぶんダグ・E・フレッシュ(Doug E.Fresh)の『The Show』を聞いた時に、「日本語でできる!」って急に思ったから。たぶんダグ・E・フレッシュに影響を受けたような。オールドスクールのちょっとMCポッピングっていうか、すこしハネたリズムに対するアプローチで行ってるんだよ。

(宇多丸)はい。

(いとうせいこう)で、この間それで聞いていて気づいてTwitterに忘れないように書いておいたんだけど。出版業界のところで、「出版業界入って1年……」って乗せると、音頭みたいじゃん? 「しゅっぱん、ぎょうかい、はいって、いちねん……」って。だからそこを「しゅしゅ、出版業界……」って言ってるのよ。頭の間を消しているの。

(宇多丸)頭にその裏打ちの感じをちゃんと入れて。

(いとうせいこう)そうそう。自分でスクラッチして。「しゅしゅ、出版業界入って1年、すぐに編集長」とか言うと、(高木)完ちゃんとかが「Go Ahead!」とか言うのよ。で、完ちゃんに「あの時、あそこの後ろの間を埋めてくれようとしてやったの?」って言ったら、やっぱりすごくよく覚えている完ちゃんでさえ、「よく覚えてないんだよねー。ノリで言っちゃったんだよねー」みたいな。

(宇多丸)完ちゃん、いまもそのノリですけどね(笑)。

(いとうせいこう)(笑)。でも、みんなで寄ってたかって日本語がそのまま乗ると出来てしまう音頭的な隙間っていうものをいかに埋めるか? をやったら、この時、急にできちゃった。

(宇多丸)これ、その前に、たとえば『咲坂と桃内のごきげんいかが1・2・3』とか、もちろん『俺ら東京さ行ぐだ』とか……

(いとうせいこう)そうそう。うん。

(宇多丸)ちなみに『俺ら東京さ行ぐだ』のメガミックスという、発売されなかったやつあるじゃないですか。あの中でいとうさん、ラップされているけど、どっちが早いですか? こっちと。

(いとうせいこう)これが、よくわかんない。

(宇多丸)ちょっと微妙? 同時期かもしれない?

(いとうせいこう)たぶん同時期にやっていたから、桑原茂一さんから「いとうくん、ラップやってくれないかな?」って。っていうことは、たぶん『業界こんなもんだラップ』っていうのを作り始めていたかわかんないし。僕、その前にピテカン(トロプス・エレクトス)みたいなところで……

(宇多丸)そういうクラブがあって。

(いとうせいこう)ヒロシと、やっぱりラップの真似をしていたから。それを見て、茂一さんがたのんでやったら、発禁になっちゃったっていう。で、それも受けながら『業界こんなもんだラップ』を作った可能性があるんだよね。こっちはヤンさんじゃん? で、そっちはヤンさんじゃなかったような気がするんだよ。そっちは。だから、わかんないんだよね。85年は。

(宇多丸)そのへんはちょっとね、もともと発売されていないものだし。ということで、そろそろお聞きいただきましょう。ダグ・E・フレッシュっていう名前が出てきましたけど、ラップだけじゃなくてヒューマンビートボックスもいとうさんが。だからもう全部この中に入っている。で、僕はぜひみなさんに注目していただきたいのは、要するにヒップホップオリエンテッドなラップ、日本語ラップとしてはほとんどはじめて。

(いとうせいこう)そうなんだよ。これがはじめてなんだよ。

(宇多丸)それがどう違うか、ラッパーから言わせてもらうと、発声のトーンを一定に
保つことってすごくラップでは大事なんですけど。いきなりできているんですよ。自信たっぷりに。

(いとうせいこう)ああ、なるほどね(笑)。たしかにそうだわ。

(宇多丸)俺、すごく久しぶりに聞き直したら、「えっ、こんなにできちゃっているの?」って思って。

(いとうせいこう)俺もそう思った。自分ながら。

(宇多丸)ところが、内容は『業界こんなもんだラップ』。

(いとうせいこう)そう。コミックソングじゃねえか!っていう。

(宇多丸)ちょっとお聞きください。変な曲ですけど(笑)。じゃあ、いとうさんから曲紹介をお願いします。

(いとうせいこう)それでは1985年で、『業界こんなもんだラップ』。

『業界こんなもんだラップ』


(宇多丸)ここからね、様々なシークエンスが出てきますけども。ちょっと途中で……いとうせいこうさん85年の『業界こんなもんだラップ』。このラップの自信たっぷりぶりは、なぜ?

(いとうせいこう)(笑)。なんなんだろうね。この、たぶんリズムを聞いたら楽しくてしょうがないっていう。俺がもうやっぱりオールドスクールを最初に聞いて。シュガーヒル・ギャングとかを聞いて、「うわっ!」って思った気持ちが、ただただ前に出ている。

(宇多丸)で、「日本語でできんじゃん!」っていう。

(いとうせいこう)どんどんできているんだよ。そしたら……なんだろうね? で、そもそもさ、これはヒロシが考えたやり方だと思うけど、「Give me G, Give me Y, Give me OO, Give me K!」ってこの始まり方、超かっこいいじゃん。これ、だからみんなで寄ってたかって1日でできちゃったってことなんだよ。たぶん。

(宇多丸)へー!

(いとうせいこう)それで、「頭になんか付けた方が良くない? せいこう」って。「どうやって言うの?」とかって。「OO(ダブルオー)」とか言っちゃうところなんかさ、俺が思いつくわけないもん。やっぱりこれはヒロシなんだよね。

(宇多丸)やっぱり、タイニー・パンクスのお二人のすごい感覚的なかっこよさ優先感みたいなのも。

(いとうせいこう)そうそう。それが俺を支えてくれて。で、ヤンさんのこのトラックが俺を支えてくれて。で、ここの乗せ方ね……これがダグ・E・フレッシュ的なもんだよ。

(宇多丸)だから要はダグ・E・フレッシュっていうか、いまにして思えばスリック・リック(Slick Rick)かもしれない。

(いとうせいこう)あ、そうそう! スリック・リック! ごめんごめん。

(宇多丸)だからなんで違うタイプのラップが混ざって入ってるんだろう?って思ったんです。改めて聞いたら。たしかに、当時は僕、高1だからなんの疑問も思わなかったけど。ダグ・E・フレッシュがヒューマンビートボックスとか、ハネるラップもあるけど。

(いとうせいこう)ちょっとふざけてて。で、スリック・リックみたいな乗せ方があって。で、メロディアスに乗せて、リズムに忠実に乗っていく。言葉を切っていくっていう。

(宇多丸)要は、もうできることを全部、この1曲にブチ込んだっていうか。

(いとうせいこう)なんでできたのか、本当に不思議としか言いようがない。この曲は。

(宇多丸)僕もでもね、すっごいしばらくぶりに聞き直して……言い方は悪いですけど『業界こんなもんだラップ』をナメてました。

(いとうせいこう)(笑)。俺もナメてた。びっくりした。このことを言うだけでも、今日全部費やしてもいいぐらい、実は日本のヒップホップのマナーが全部ここに入っているんですよ。

(宇多丸)ですよね。参っちゃいましたね。本当ね。

(いとうせいこう)参っちゃった。本当に。

(宇多丸)しかもこれ、85年だから向こうではラン・DMC(Run-D.M.C.)が向こうではデビューして人気が出ていますけど、日本にそのラン・DMC旋風が来るちょっと前なんで。

(いとうせいこう)前、前。なかった。オールドスクールが全体を占めていた。で、ラン・DMCがロックを持ち込んできた。その後に。

(宇多丸)それがまさにこの後、『建設的』。これでようやく本題に入る。CMを挟んで本題に入ってから、いかに時代が動いたというあたり、お聞きいただきたいと思います!

<書き起こしおわり>

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