町山智浩 映画『ボーダーライン』『カルテル・ランド』を語る

町山智浩 映画『ボーダーライン』『カルテル・ランド』を語る たまむすび

町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中でメキシコの麻薬カルテルとの戦いを描いた映画を2作品、紹介。『ボーダーライン』と『カルテル・ランド』についてお話されていました。

(町山智浩)すごいんですけど。ちょっと時間がなくなってきたんで、今日の映画の話をしますと、今日は『ボーダーライン』っていう映画なんですけども。これ、『国境線』っていうタイトルですね。これはですね、メキシコとアメリカの国境でメキシコの麻薬カルテルと戦う女捜査官の話ですよ! 女捜査官ものに目がないんですが。はい(笑)。

(赤江珠緒)(笑)

(町山智浩)あのですね、これはアメリカとメキシコの国境の町に、メキシコ側にシウダー・フアレスっていう町があるんですね。で、そこは2009年には年間に2500人以上が殺されるっていう、まあ世界でいちばん殺人が多い町だったんですよ。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)そことの国境線で麻薬カルテルと戦っているFBIの捜査官がいるんですが。敵の攻撃で仲間を皆殺しにされちゃうんですね。それで、FBIとかCIAとかを超えた特別部隊に編入されるんですよ。『ワイルド7』みたいですね。はい。

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(赤江珠緒)ふんふん。

(町山智浩)で、そこが全く法を無視した作戦で麻薬カルテルと戦っていくという話なんですよ。

(山里亮太)うわっ、面白そう。

法を全く無視して麻薬カルテルと戦う

(町山智浩)で、それがすごくいかがわしい部隊なんですよ。隊長はですね、短パンにサンダル履きなんですよ。いつも。

(赤江珠緒)無防備じゃないですか!

(町山智浩)近所のお風呂屋に行くような格好してるんですよ。そういう作戦をやっているのに。で、しかもそこに顧問として入っているコロンビア人がいて。それはベニチオ・デル・トロっていうハリウッド・スターが演じてますけども。どう見ても、捜査官とか刑事じゃなくて殺し屋にしか見えない人なんですよ。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)で、「いったいこの組織は何なの?」ってそのヒロインの女捜査官が不安になるんですけども。FBIっていうのはアメリカ国内しか行動できないんですね。法律で。それなのに、国境を超えてシウダー・フアレスに入って行ったりとかですね、完全に超法規的行動を取っていくんですよ。で、「これでいいんだろうか?」と。しかも、彼女自身が囮とされて使われていることもわかってくるんですよ。

(赤江珠緒)うん!

(町山智浩)で、善悪も超えているし、モラルも何もない、ならず者部隊みたいになっていくんで、彼女は非常に悩むんですけども。見ていて思ったのは、『ゼロ・ダーク・サーティ』っていう映画が前にあったんですね。それによく似ているなって思ったんですよ。『ゼロ・ダーク・サーティ』っていうのは実録物で本当にあった話なんですけども。911テロの犯人だったオサマ・ビン・ラディンをCIAの女捜査官が追っかける話だったんですけども。

(赤江珠緒)うんうんうん。

(町山智浩)最初は911テロの犯人で命令だから追っていたんですけども。仲間を自爆テロの罠で皆殺しにされてしまうんですね。そうなると、もう途中から復讐になってくるんですよ。

(赤江珠緒)ああ、心情的にはね。うん。

(町山智浩)そうなんですよ。で、最終的にはパキスタンの国内にいたオサマ・ビン・ラディンを暗殺するっていう、どう考えても法律的におかしいことをしましたよね。アメリカ軍は。ネイビーシールズがやったんですけども。で、だんだん敵と戦ううちに、敵の悪さに合わせて自分たちもどんどん悪くなっていって、善悪とかモラルとか法律とかを乗り越えていく怖さなんですね。

(赤江珠緒)はー。

(町山智浩)で、もう実際にこのアメリカとメキシコのカルテルの戦いっていうのはそういう状況になっていて。アメリカの司法長官がメキシコのカルテルを追求するために武器の密輸をやって更迭されたっていう事件もありましたね。

(赤江珠緒)うーん。

(町山智浩)アメリカの武器をメキシコのカルテルに密輸するんで、そのルートを追っかけるっていう形で、結局アメリカ政府自体が銃をメキシコのカルテルに売るっていう事態になっちゃったんですよ。

(赤江珠緒)すごい。もう、常識が通用しない。尋常じゃない世界ですね。

(町山智浩)もう、尋常じゃない。だから悪と戦ううちに悪に染まっていくという、まさしく『ワイルド7』的状況が現実にあるんでね。恐ろしいんですけど。で、この映画の中で途中でですね、アリゾナの国境線地帯っていうのが出てくるんですね。で、それ、僕この間、アリゾナに行きましたけども、フェニックスっていう町から車で3時間ぐらい離れたところに、3千キロぐらいの国境線があるんですよ。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)3千キロもあるんですよ。だから、日本だと……全然すごいですけども。日本って500キロで東京-名古屋ぐらいでしたっけ? そんなもんですよね。だから日本よりも長い国境線があるんですね。そのメキシコとアメリカに。で、その間は砂漠なんですよ。その途中が。で、そこにトンネルがあって、そこから麻薬が入ってくるんですよ。

(赤江珠緒)はー! そうなんですか。あれでしょ?トランプさんがそこに壁を作りたいって言ってるところじゃないですか?

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(町山智浩)そうそうそう。でもね、壁を作っても、意味ないんですね。トンネルだから。

(赤江珠緒)あ、そうか。トンネルで来るんだ(笑)。

(町山智浩)そう(笑)。だから「壁を作るっていうのは、どうするんだろう? 全く意味がねえな」って思うんですけど。で、そこのトンネルってういのはすごくて。中に鉄道が走っているんですよ。

(赤江珠緒)ええーっ?

(山里亮太)あ、そんな本格的なトンネルなんだ。

(町山智浩)だから1回の麻薬を運ぶ量が何トンとかいう量なんですよ。で、まあそのトンネルとかが出てくるんですけど。この『ボーダーライン』はね。この『ボーダーライン』は「国境」というタイトルとともにですね、「善悪のボーダーラインを越えていく」っていう意味も含んでいると思うんですけどもね。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)で、この間そのトンネルを掘っていたボスは捕まりましたよね。アメリカにね。

(赤江珠緒)ああ、ありましたね。

(町山智浩)あの、「チャポ(El Chapo Guzman)」っていうかわいい名前のボスでしたけどもね(笑)。はい。いまね、結局アメリカはマリファナをほとんど合法化しちゃったので。実は麻薬のカルテルからの輸入量は減っているんですよ。ものすごく急激に減ってるんです。だからこれもそうですよ。悪と戦うためにマリファナを合法化するっていう作戦を取ったんですよ。

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(赤江珠緒)そうか!

(町山智浩)で、彼らの資金源を断つ。麻薬自体を密輸するメリットを無くしちゃうっていう作戦なんですね。

(山里亮太)すっごい作戦だけど。

(町山智浩)だからすごい状況ですよ。現在ね。

(赤江珠緒)本当だ。悪に寄せていってるもんね。

(町山智浩)うーん。超えて行く感じなんですよね。で、もう1本の紹介する映画が、こっちはドキュメンタリーなんですけども。これ、アカデミードキュメンタリー賞候補になっていましたね。『カルテル・ランド』という映画です。

ドキュメンタリー『カルテル・ランド』

(赤江珠緒)はい。

(町山智浩)これはメキシコ国内でのドキュメンタリーなんですけども。そのカルテルに支配された地域があって。かわいい名前の地域なんですけど、ミチョアカン州っていうのがあるんですね。

(赤江珠緒)たしかに、響きはかわいい。

(町山智浩)ただそこは「テンプル騎士団」っていうものすごい凶悪な麻薬カルテルが完全に仕切っていて。警察も軍も入れない状態なんですね。

(赤江珠緒)はい。

(町山智浩)で、もう10年ぐらい仕切っているらしいんですよ。そこを。で、もう麻薬だけじゃなくて、やっているのは農産物とかまで全部仕切っていて。で、税金みたいな形で住民とか企業から金を徴収するという組織があるんですね。だから、国みたいになっているんです。メキシコっていう国の中にもうひとつの国家がある状態になっているんですよ。そこは。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)で、どこも大抵カルテルの支配領域はそうなんですが。そこで、「もうこんなことには我慢できない!」と。要するに、税金を払わないと殺されちゃうわけですから。ひどいんですね。で、1人のお医者さんがいて。ホセ・ミレーレスっていう60才ぐらいのお医者さんがいて。「こんなことには我慢できないから、もう武器を持って立ち上がるぞ!」っつって、自警団を組織するんですよ。

(赤江珠緒)ああー。自分たちで戦うと。

(町山智浩)戦うと。で、少しずつ少しずつ、仲間を増やしていって。敵の基地を襲撃して潰して、領域を拡大していくんですね。自警団の領域を。

(赤江珠緒)すごいじゃないですか。うん。

(町山智浩)すごいんですよ。で、その時にね、「アウト・ディフェンサ(Autodefensa)」っていう自警団を組織するんですけど。まあ、「自警団」っていう意味ですね。オートディフェンスだから。白いTシャツを制服にするんですね。で、敵をやっつけたりすると、敵のカルテルは黒いシャツを着ているんですけども、見分けがつかなくなっちゃうんで白いシャツを着て。白シャツ隊として、どんどん領域を拡大していくんですが。とうとう、警察とか軍隊が来るんですね。国家権力が。

(山里亮太)ふんふん。

(町山智浩)で、「あんたたちは武器を使ってガンガン戦っているけども、法的に根拠がまるで無い。国家としては、警察と軍隊以外のところが軍に似た組織を持って、法律の執行みたいなことをしているっていうのは困るんだ」と。

(赤江珠緒)ああ、まあまあ、そうですね。

(町山智浩)で、「武装放棄しなさい」って軍隊が来るんですよ。したら、町中の人たちが立ち上がって。「軍隊も警察も何もしてくれないから、この自警団が戦っているんじゃないか!」っつって。

(赤江珠緒)そりゃそうですね。麻薬カルテルに言えよ!っていう。

(町山智浩)で、軍隊に立ち向かって、軍隊を追い払っちゃうんですよ。町の人たちが。すごいんですよ。お姉さんとかもナイフを持ってきて、軍隊に立ち向かうんですよ。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)それで自警団がどんどん勝っていくんですね。軍隊も警察も入れないところに行って。で、このリーダーのミレーレスさんっていうお医者さんのおじいさんはもうスーパーヒーローみたいになっていって、雑誌の表紙になったりとかですね。すごいことになっていくんですよ。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)で、これを見ていてね、『バットマン』シリーズの、いま『バットマン vs スーパーマン』ってやっているじゃないですか。映画館で。あれのね、元になった話っていうのがあって。『バットマン ザ・ダークナイト・リターンズ(Batman The Dark Knight Returns)』っていう漫画があるんですね。1986年に描かれた。それそっくりなんですよ。

(赤江珠緒)ええーっ?

(町山智浩)それは、アメリカが治安が悪くなって、犯罪がそこらじゅうにあって、警察や軍隊が何もしない状態になったんで、バットマンが自警団を組織して。徹底的に武装して彼らと戦うんですが。そうすると、アメリカの大統領が「彼らは国家権力に対する脅威だ」って言って、スーパーマンをぶつけるっていう漫画なんですよ。

(赤江珠緒)ふーん。うんうん。

(町山智浩)スーパーマンにたのんでね。「バットマンの自警団というのはアメリカにとっての脅威なんだ。国家権力に対する反逆だ」って言って……っていう話があるんですね。『バットマン ザ・ダークナイト・リターンズ』っていう。それそっくりの状況がメキシコで起こっているんです。

(山里亮太)へー! しかもこれ、ドキュメンタリーですからね。

(町山智浩)ドキュメンタリーなんですよ。で、これ、アメリカのカメラマンが行ってるんですけど。監督自らが1人で撮っているだけなんですね。スタッフが全然いないんですけど。この映画。マシュー・ハイネマンっていう人が行って、その自警団に同行しているんですが。彼、スペイン語がわからないんですよ。

(赤江珠緒)えっ?

(町山智浩)だから、すごく見ていると不安なんですよ。何が起こっているのか、わからないで。これね、明らかに彼らは敵の襲撃と戦っていてものすごい最前線に突っ込んでいくっていう時に、カメラマンはわかってないでそこに同行してるんですよ。

(赤江珠緒)ええーっ? 怖いですね!

(町山智浩)これね、マシュー・ハイネマンがインタビューで答えているんですけど。「僕はスペイン語がわからなかったんで、その時、コーヒーを買いに行くんだと思っていた」って言ってるんですよ(笑)。

(赤江珠緒)ええーっ?(笑)。

(町山智浩)すごく間抜けなんですけど、そこでババババババッて撃たれるんですよ。で、いきなり撃たれて地面とかに伏せて。そしたら、近くに「あの車に乗っているやつが撃ったんだ!」とか言って、そいつをまた捕まえて。今度はそいつを車の中に自警団のやつが乗せると、いきなり拳銃をそいつの頭に突きつけて。「お前は誰なんだ? お前は暗殺犯だろ?」「いや、違う。私は警察官だ」って言うんですね。捕まった人が。「警察官は自警団の敵だ。ギャングの仲間だ。いますぐここで殺す!」って目の前でやるんですよ。

(赤江・山里)ええーっ!?

(町山智浩)で、その警察官の娘は横で泣いてるんですよ。「お父さんを殺さないでー! お父さんは何もしてない!」って言うんですよ。すると自警団は、「うるせえ、バカヤロウ! ぶっ殺すぞ!」ってやっているんですよ。

(赤江珠緒)自警団が?

(町山智浩)これ、どっちが悪いかいいか、わからなくなっちゃうんですよ。善悪が完全に超えられてって。これは恐ろしい話なんですよ。見ていると本当に前に紹介した『マジカル・ガール』っていう映画が話がどこに行くか全然わからないですよっていう。ピンボールのボールみたいになっちゃうんですね。観客が。あっち行ったりこっち行ったりして。

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(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)この話も、監督自身がいったいどうなるかわからなくて。最初は「自警団が正義の人たちだ。この人たちがカルテルからメキシコを救うんだ」と思って同行しているんですが、どうも違う方向に話がどんどん行くんですよ。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)で、その刑事を連れて来て、トイレみたいなところに連れて行って。そうすると、トイレが彼ら自警団の自主運営刑務所みたいになっていて。そこにたくさんの人が縛られているんですね。で、「こいつら、みんなカルテルの犬だ!」っつって、拷問し始めるんですよ。

(赤江珠緒)うわー……

(町山智浩)もう、なにが正しいか、なにもわからない。

(赤江珠緒)ものすごく恐ろしいことになっていますね。

(町山智浩)そう。監督もビビリまくってるんだけども、そこでもね、もう「撮ってはいけない」って言われているんだけども、隠しカメラでそのへんを撮っているんで。そのへんは根性ありますね。さすがに。

(赤江珠緒)はー!

(町山智浩)すげーなと思いましたけど。

(赤江珠緒)いやー、メキシコの国境のあたりの治安は本当に恐ろしいことになっているとは聞いてましたが。こんな状況ですか。

(町山智浩)もう、すごいことになっていますけどもね。というね、もう『ワルイド7』な映画2本でした。はい。

(山里亮太)『ワルイド7』は町山さんが書いた方ですね(笑)。

(町山智浩)あ、そうですね。はい。授業中でした(笑)。

(山里亮太)授業中に書いたんだ。いやー、すっごい。このドキュメンタリーとかを『サウルの息子』が破ったんだ。こんなすごいのも。

(赤江珠緒)ねえ。そうですね。最近、だからドキュメンタリー、すごいですね。

(町山智浩)まあ、みんな命がけですけどね。

(赤江珠緒)今日はメキシコの麻薬カルテルにまつわる映画を2作品、ご紹介いただきました。『ボーダーライン』と『カルテル・ランド』。『ボーダーライン』が4月9日公開になって、『カルテル・ランド』は5月7日に日本でも公開になるという予定でございます。ああ、もう町山さん。また強烈なお話、ありがとうございました。

(町山智浩)いえいえ。『ジャパッシュ』、読んでみてください。

(山里亮太)ちょっと探してみます!

(赤江珠緒)ありがとうございました。

(町山智浩)どうもでした。

<書き起こしおわり>



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