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丸山ゴンザレス 欧州難民危機 現地取材レポート

丸山ゴンザレス 欧州難民危機 現地取材レポート 荒川強啓デイ・キャッチ!
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ジャーナリストの丸山ゴンザレスさんがTBSラジオ『荒川強啓デイ・キャッチ!』に出演。ヨーロッパの難民問題のその後について、2015年11月末に現地取材した際の模様をお話されていました。

(荒川強啓)今日は、今年大きく報道された難民について取り上げます。

(片桐千晶)今年、ヨーロッパに中東やアフリカから80万人とも言われる難民が押し寄せ、ヨーロッパでは第二次世界大戦後最大の難民危機に直面しました。この難民の問題、受け入れるのか?受け入れないのか?移民の話にまで発展し、日本でも議論になりました。

(荒川強啓)そこで、今日のテーマはこちらです。

(片桐千晶)『丸山ゴンザレスが見た、聞いた。ヨーロッパ難民の本音』。

(荒川強啓)海外危険地帯から裏社会、国際ビジネスまで幅広く取材されております、ジャーナリストの丸山ゴンザレスさんにスタジオに入っていただきました。よろしくお願いいたします。

(丸山ゴンザレス)よろしくお願いします。

(片桐千晶)よろしくお願いします。

(荒川強啓)あの、ヨーロッパに押し寄せた難民を現地に入って取材されたということなんですけども。まず、なぜ難民の取材をしよう、注目しようとされたわけですか?

(丸山ゴンザレス)私、この問題自体はもう今年頭ぐらいから国際ニュースとかでいろいろ見ていたんですけども。いつか取材をしようとは思っていたんですが、ただ日本で情報を取っていると、どうしても漠然とした形でしかわからないんですね。もう、ともするとイメージは民族大移動ぐらいな感じのものしかわからないと。

(荒川強啓)ああ、はい。

(丸山ゴンザレス)で、これはちょっとなんとかはっきりと、自分で分かる形で見てみたいなと思って、追ってみたという感じですね。

(荒川強啓)はー。で、実際にどういったルートでこの取材に入ったんでしょうか?

(丸山ゴンザレス)アテネからスタートしまして。そこからバルカンルートと呼ばれる、セルビア、クロアチア、そこからスロベニア、ウィーンを通ってミュンヘンまで。ドイツの玄関口まで。そこを陸路で通る。いわゆるバルカンルートと呼ばれているところですね。

(荒川強啓)何日ぐらいの取材だったんですか?

(丸山ゴンザレス)私はここを10日かけて進んだんですけども。実際に取材で会った難民のみなさんは早い人で1月とか。3ヶ月とかかけて来ている人もたくさんいましたね。

(荒川強啓)このルートにした意味っていうのは何かあったんでしょうか?

(丸山ゴンザレス)実際に難民の人たちが通っている国というか、同じルートを極力自分でも行ってみようと思った次第ですね。

(荒川強啓)なるほど。それで、まずはギリシャ、アテネに入ったと。

(丸山ゴンザレス)そうですね。

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ギリシャ アテネの難民の様子

(荒川強啓)で、アテネでの難民の様子はどうだったんでしょうか?

(丸山ゴンザレス)ここに最初、まず着いて、実際その難民がどこにいるんだろう?と。本当に情報がほぼほぼなかったので。現地の特につながりがあるわけでもありませんので。単身、本当に行った感じだったんで、町の人に『どこにいるの?』っていう感じで聞くところから始めたんですね。

(荒川強啓)ふんふん。

(丸山ゴンザレス)で、実際に聞いてみたら、みなさん親切で。『どこにいるか?』って聞いたら、『ピレウス港っていう港がある。そこに行ってみてください』っていうことだったんで、そこに行ったら難民の方が結構たまっていて。そこでもう、最初にすぐ会えたっていう感じですね。

(荒川強啓)ああー。やっぱり国籍も様々だったんですか?

(丸山ゴンザレス)そうですね。もちろんシリアの方も多かったんですけども、まったく予想外だったのがイラクとかアフガニスタンの方が想像以上に。見て話していろいろ聞いた限りでは、その場にいた半分以上はアフガニスタンとかイラクの人たちでした。

(荒川強啓)で、実際にアテネではどういったところにその方々は滞在といいましょうか。そこにとどまっていたんですかね?

(丸山ゴンザレス)アテネでは、ほとんどとどまらないんですね。もちろんシェルターとかキャンプとか、そういうのもあるんですけども。それがやっぱり活用されていたのは夏ぐらいまでで。いまは着くとですね、すぐにバスに乗せられて、マケドニア国境の方まで一気に連れて行かれてしまうんですね。

(荒川強啓)ああー。ギリシャには留め置かないんですね。

(丸山ゴンザレス)そうですね。このルートの大半の国がそのようなやり方をしていました。ただですね、それも別に強制ではないので。まあ、半ば強制的なところもありますが。もちろんそこの港に着いてすぐにバスに乗らない人たちもいるわけですね。

(荒川強啓)うん。

(丸山ゴンザレス)要は、そこで『キャパオーバーだから夜の便を待ってくれ』って言われてそこにとどまっている人もいれば、先乗りした知人、友人と合流するっていう人たちもいてですね。そういう人たちが市内の公園とか、また別のところにいるという話を聞いたので、そういうところにも行ったりとかしてみたんですね。

(荒川強啓)はー。じゃあその公園の中で寝泊まりしている人たちもいたわけ?

(丸山ゴンザレス)まあ少なからずいました。ただ、8、9月の、日本でも報道されたようなパニックになりそうなぐらいの人数っていうのはほとんど見なくてですね。まあ、本当にちょこっとキャンプしてるかな?ぐらいの感じの人数が数十人単位でいるぐらいで。そんなに目立った感じではなかったです。

(荒川強啓)はー。そうすると、寝泊まり用の寝具であるとか、テントとか。そういうものは?

(丸山ゴンザレス)そういうのを持っている人たちもいましたけれども。比較的まだギリシャ自体が凍え死ぬような感じではないので。やっぱり地中海に面しているっていうことで、気候が非常に温暖なので。まあ、ちょっと厚着して転がっているぐらいで大丈夫っていう。実際にホームレスの人たちも非常に多いエリアでもありますので。そんなに目立った感じっていうのはなかったですね。

(荒川強啓)食事っていうのはどうやって調達してたんですか?

(丸山ゴンザレス)これがですね、ボランティアの方たちが炊き出しのような形でお弁当とかを作って渡してくれるんですね。で、私もニュースとかでそういうのを見ていたんですけども。まあ、ちょっとすごい小さな話ですけど。なんかあんまり食べられていないようなイメージがあったんで。

(荒川強啓)ええ。

(丸山ゴンザレス)ちょっと気にはなっていたので、ボランティアの方からもらったお弁当を持っている人に話しかけてですね、『ちょっと食べさせてくれないか?』っていうことをお願いしてみたんですね。

(荒川強啓)はいはい。

(丸山ゴンザレス)まあまあ、『いいよ』ってことで食べさせていただいたんですが。非常に美味しくなくてですね。

(荒川強啓)マズい?

(丸山ゴンザレス)マズいです。なんて言うんですかね?伸びきったパスタに油をからめただけのもので、塩気がまずないんですね。本っ当にマズくて。で、実際に難民の方って、飢餓状態にあるわけではないので。もともと、ちゃんとした暮らしをされている方たちが来ている確率が高いので。

(荒川強啓)ああー。

(丸山ゴンザレス)なんて言うんですかね?『お前ら、飢えてるんだからこれでも食っとけ』って渡されても・・・まあ、そんな意図はないと思いますけど。そういうのを渡されたとしても、やっぱり食べられないんです。みなさん、かなり残されてらっしゃいました。

(荒川強啓)ああー。きちんとした生活をし、食事もきちんととっている方々が、難民というような状況に追い込まれたという?

(丸山ゴンザレス)そうですね。

(荒川強啓)その方々にこれを食えと・・・ああ、通らないわけですね。

(丸山ゴンザレス)実際に『これ、どう?』って聞いても、『いやー、美味しくないね』とみなさん、おっしゃってましたね。

(荒川強啓)じゃあそのへんにポッと捨ててあるわけ?

(丸山ゴンザレス)何口か食べて、ポンと捨ててあったりとかしてましたね。完食している方はほとんどいなかったんじゃないかな?それはアテネにおいてっていうことですけども。もちろん、他の国とかでは別のものが出ていました。

(荒川強啓)ああー。でも本当にそうすると、食べないで次の動きを待つというのも大変ですね。

(丸山ゴンザレス)そうですね。ほとんどが、自分たちの意志で動くっていうのはなかなかできないですね。すごいお金を持っていたりとか、まあちょっとネットワークのある方だったりしたら動けると思うんですけど。そうじゃない人たちはやっぱり用立てられたバスなり鉄道なりに乗って移動するっていう形ですね。

(荒川強啓)はー。それもちゃんとその国の、そうした支援センターの人たちが案内するわけですよね?自分たちでは動けないと。

(丸山ゴンザレス)はい。これ言ったら怒られてしまうかもしれないんですが、僕自身も『そのバスに乗れないか?』っていう交渉をしてみたんですが、やっぱりダメだったんで。しょうがなくというか、当初の予定通り自分の用立てたバスなり、そういうので移動していったっていう感じですね。

(荒川強啓)はい。それから、ちょっと先を急ぎたいのですが、アテネの次はベオグラードに向かわれているんですね?

(丸山ゴンザレス)ええと、これはですね、まあその時、僕が行った11月の終わり頃ですね。その頃はベオグラードから先。クロアチア国境前後がすごく難民の人たちがたまっているんだという話になっていたので、そこを目指すのを優先してベオグラードがら一気にクロアチアまでを目指したという感じですね。

(荒川強啓)なるほど。

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刻一刻と変わる難民を取り巻く環境

(丸山ゴンザレス)ただ、全体的にですけど、難民を取り巻く状況っていう動きがものすごく速くてですね。僕が行った時が11月の後半ですけども。11月28日からマケドニアの国境の制限がかかって。そこでまた混乱が起きてしまったんですね。だから、行っている最中にどんどんどんどんホットスポットというか。難民と当局側の軋轢でニュースになるような場所っていうのが次々に変わっていくっていう感じでした。

(荒川強啓)じゃあ難民の方々も戸惑っていたでしょう?

(丸山ゴンザレス)そうですね。ただ、彼らはかなり戸惑いつつも、やっぱり最新情報をスマホを使って常に入手しているので。そのへんは、僕なんかよりもぜんぜんもう、次はここに行くとかどうするとかいうのは、はっきりと決めていたみたいです。

(荒川強啓)そうすると、不平不満を言うではなく、粛々と淡々と行動をとっていたっていうことになりますか?

(丸山ゴンザレス)そうですね。これは僕、このルートを実際に歩いてみた感じの印象なんですけども。ギリシャに着いた時はものすごくテンションが高いんですが。やっぱりその後っていうのはみなさん、どんどんテンションが落ちていく感じがしまして。そうすると、とにかく先に進む!っていう目的。それだけが彼らを支えているっていう感じでしたね。

(荒川強啓)そして、ドイツを目指していくわけですけども。ドイツを目指す前はザグレブからウィーンに入って。ここからは陸路で行っているわけですよね?

(丸山ゴンザレス)はい。基本的にはほぼ陸路で行ってるんですが。ここはあれですね。電車ですね、ここは。ウィーンの駅からミュンヘンまで、専用列車が仕立てられているっていうことだったんで。で、駅周辺からちょっと難民の人たち、たまってないかな?っていう感じで取材をしに行ったと。ただ、アテネからウィーンに至るまでですが、ほとんど難民の人たちに会えないんですね。やっぱり国の側が割としっかりと管理をしていて。

(荒川強啓)ああー。

(丸山ゴンザレス)もうルートを確保してまして。専用のパスを持つ、ジャーナリストときちんと名乗って、ちゃんと申請して入っていかないと、そういう国境沿いとかもなかなか行きづらいですし。地の利がないとなかなか入っていけない。通常の観光客とかが通るルートには、難民はいま会わないように、ほぼほぼなっています。

(荒川強啓)ちゃんと別のルートを?

(丸山ゴンザレス)そうですね。僕が通った国境とかではいなかったりとかしましたので。

(荒川強啓)そして、最終的にドイツに入るわけですが。ドイツに行って、どうでした?

(丸山ゴンザレス)ドイツはですね、混乱っていうものはほぼほぼ見られなかったです。玄関口と言われているミュンヘンも中央の駅があるんですけども。そこに8月、9月とかは1万人とか言われる規模の難民の人たちが押し寄せた。で、そこで処理できずにたまって大混乱だったっていう話が出ていたんですね。そういうのももうぜんぜんなくですね、ガラーンとしてまして。で、もう来たら粛々と手続きをしてそれぞれの施設に割り振ると。

(荒川強啓)ああー。

(丸山ゴンザレス)ただ、ちょっとニュースで報道されていたことと違うなと思ったのが、そこで手続きをせずにたまっている人たちもまだいたんですね。主にWifiホットスポットにいたんですけども。何をしているのか?と思ったら、やっぱりテロの影響があって。ヨーロッパ、特に西欧はいづらいんじゃないか?っていうことで、北欧をこれから仲間たちと落ち合って目指すんだっていう方たちも結構いまして。

(荒川強啓)うん。

(丸山ゴンザレス)まあ、ドイツが完全な最終目的地というわけでもないかなという感じですね。

(荒川強啓)なるほど。はい。お時間が来てしまいました。丸山ゴンザレスにヨーロッパに押し寄せた難民の取材報告をしていただきました。ありがとうございます。

(片桐千晶)ありがとうございました。

(丸山ゴンザレス)ありがとうございました。

<書き起こしおわり>

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