松尾潔さんがNHK FM『松尾潔のメロウな夜』の中でR&Bの定番曲、Peabo Brysonの『Feel The Fire』を紹介。様々なカバーバージョンを聞き比べながら解説していました。
(松尾潔)続いては、いまなら間に合うスタンダードのコーナーです。2010年3月31日に始まった『松尾潔のメロウな夜』。この番組は、メロウをキーワードにして、僕の大好きなR&Bを中心に大人のための音楽をお届けしています。さて、R&Bの世界でも、ジャズやロックと同じように、スタンダードと呼びうる、時代を越えて歌い継がれてきた名曲は少なくありません。そこでこのコーナーでは、R&Bがソウル・ミュージックと呼ばれていた時代から現在に至るまでのタイムレスな名曲を厳選しまして、様々なバージョンを聞き比べながら、スタンダードナンバーが形成された過程を僕がわかりやすくご説明します。
早いもので第12回目となる今回は、ピーボ・ブライソン(Peabo Bryson)です。ピーボ・ブライソンが1978年に発表した名曲『Feel The Fire』について探ってみたいと思います。もうピーボ・ブライソンと言えば、僕にとってはまずは、まずは『Feel The Fire』。『Feel The Fire』から始めよ!という感じですね。どうしてもピーボ・ブライソンの一般的なイメージですと、いまディズニーっていうことになるんじゃないでしょうかね?
そういう風に言われだしたのは、彼のキャリアからすると比較的最近という気がするんですよ。彼は1951年。51年っていうのはね、一時はよきライバルでもありましたルーサー・ヴァンドロス(Luther Vandross)と同じ年です。で、ピーボの方が成功は早かったですね。1976年にマイケル・ゼイガー(Michael Zager)っていうディスコプロデューサーがいたんですけども。マイケル・ゼイガーズ・ムーンバンド(Michael Zager’s Moon Band)っていうのがいましたけど。
そのフィーチャリングシンガーとして70年代にはヒットを出しております。で、モーゼス・ディラード(Moses Dillard)っていう南部で活躍していた音楽人がいるんですけど。Moses Dillard and the Tex-Town Displayっていうところのシンガーだったのが60年代。つまり彼、ティーン・エイジャーの頃からもう人前で歌って、もういっぱしのプロとして活動していたっていう、なかなかキャリアの長い人なんですけども。
名門キャピトル・レコードと契約したのが70年代の終わり。78年に『Reaching for the Sky』というアルバムで世に出て参りました。そこに収められていた曲がこの『Feel The Fire』です。この『Reaching for the Sky』というアルバムは当時、R&Bチャート最高位11位ですね。タイトル曲『Reaching for the Sky』っていうのもたいへん知られた曲でございまして。
メジャーデビューヒットながらいきなりトップ10入り。最高位6位を記録しました。で、セカンドシングルとしてカットされたのが今日ご紹介する『Feel The Fire』。これはトップ10入りを逃しまして、13位だったんですけども。その後、長い時間をかけて、『Reaching for the Sky』以上の名声を獲得しております。
いまをときめくディアンジェロ(D’angelo)もかつて、ニューヨークのハーレム、アポロ・シアターのアマチュアナイトに登場した時に歌った曲がこの『Feel The Fire』だったと言えば、『あっ、ディアンジェロも好きな曲なの?』っていうところで興味を持ってくださる方もいらっしゃるかもしれません。前口上はこのあたりにして、まずは聞いていただきましょう。ピーボ・ブライソンで『Feel The Fire』。
Peabo Bryson『Feel The Fire』
来日公演の数も本当に群を抜いて多いピーボ・ブライソン。日本でも大変お馴染みのシンガーだと思います。彼の名前がもういまのように決定的に知られるようになったのは、1992年に『A Whole New World』。アラジンのテーマをレジーナ・ベル(Regina Belle)とデュエットして。それが決定打になったんですね。
今日ご紹介する『Feel The Fire』はまだまだピーボ・ブライソンがアメリカのブラック・コミュニティーの人気者だった頃の曲でございます。ええとね、どこから話そうかな?なぜ、今回取り上げようとしたか?いま、バックに流れております最新ヒップホップヒットと言ってもいいでしょう。ザ・ゲーム feat.ドレイク(The Game feat. Drake)の『100』という曲。いま、大変なヒットになってますね。
まあ、ドレイクが時の人だからっていうのもありますけども。ザ・ゲームの曲としても快作と言えるんじゃないですか?この曲で、後ろの方に、かなりアンビエントな音の処理がされているんだけども。『あれ?ピーボ・ブライソンの「Feel The Fire」使われてるぞ?』って気づいたのがきっかけですね。で、この1月ほど、ずーっとこのザ・ゲームのアルバムを聞くたびにピーボ・ブライソンの面影っていうんでしょうか?そういうのがちらついて。
で、よし!と思って。まあピーボ・ブライソンはずっと僕、コンスタントに聞いている人ではあるんですけども。ちょっと、意識的に昔の作品をグッと掘り下げて聞いてるんですけども。やっぱり70年代から80年代半ばぐらいのピーボ・ブライソン、たまんないな!と思いましてね。どのぐらいピーボ・ブライソンが好きか?っていうと、もう高校時代あたり。本当にこの人・・・まあ、ルーサーはいつもこの番組で連呼してますけども。
ルーサー、ジェフリー・オズボーン(Jeffrey Osborne)。D・トレイン(D.Train)。あとは、ジェームス・イングラム(James Ingram)、ピーボ・ブライソン。このあたり、日本でも比較的入手しやすかったっていうのもあって。男性スタンダップシンガーとしては、僕の中でも別格の存在でして。特にピーボ・ブライソン。そしてビル・ウィザース(Bill Withers)。この2人はね、僕はね、高校3年生の時だったかな?わざわざ上京して、東京の渋谷のレコードショップに買いに行った記憶がありますね。ええ。
いや、福岡に流通してなかったか?っていうと、もちろん新譜っていうのはあったんですけど。このね、70年代の作品とかってちょっと入手しにくかったし。なんと言っても僕がピーボ・ブライソンをほとんどハンティングですね。レコードハンティングなんだけども、その時の狙い目は、彼がキャピトルからメジャーデビューする前の76年に出したと聞いておりました、バレットレコードというね、南部のインディーレーベルから出したこの作品が欲しかったんですね。
結論から言いますと、それは入手いたしました。入手いたしまして、ピーボ・ブライソン本人のサインが記されていま僕の手元にありますけれども。まあ、その時にピーボ・ブライソンが『これ、俺にもコピーくれ』って言ったっていうぐらいの、ちょっと入手しにくいアルバムなんですが。で、それからも熱が冷めませんで。90年ぐらいの、そうですね。ディズニー前後ぐらいまでよく聞いてたかな?正直に言うと。
で、僕もライナーノーツ書かせてもらったりもしてましたよ。『Can You Stop The Rain』っていう、まさにこの『Whole New World』の前の年ですね。91年に彼がR&Bチャートナンバーワンヒットを出したんですけども。その曲が収められているアルバムっていうのは僕がまだ23才ぐらいですけどもね。そしてその時に、それがきっかけでピーボ・ブライソンと初めて会いました。
で、その時でもまだ僕はピーボ・ブライソンがディズニーの歌。それから複数歌って、世界的な人気者になっていくっていうのがまだ、予見できてませんで。うん。もうちょっとこう、ブラックネスの強い作品を40代の時に出してほしかったなっていう気持ちもあるんですけども。ただ、ここ10年ぐらいピーボが日本にしょっちゅう来てまして。
で、ライブレストランなんかでコンサートっていうかディナーショースタイルに近いですね。そういうのをやっているのを僕もたまに見に行きますが。歌の上手さはもう、いつ行っても安定してますね。ただ、『Feel The Fire』は全く歌ってくれないんですね。もう何回もリクエストしてるんです。僕と吉岡正晴さんで。全く歌ってくれない。『だって、日本で売れてないでしょ?』っていうこう、身も蓋もないような答えが返ってくると、まあその通りだなと思うんですけど。
『スティングのカヴァー歌うぐらいだったら、歌ってよ!』って僕なんかよく言うんですけどね。スティングのカヴァーでお客さんが湧いているのを見たりすると、非常に複雑な気分になったりもいたします。はい。今日はいつになくリアルトーク多めでお話しております(笑)。いまなら間に合うスタンダードなんですけども。この『Feel The Fire』、いろんな人がカヴァーしておりまして。元Incognitoのメイサ(Maysa)のバージョン。これはもうスムースジャズ流儀のものとしては大変よくできたものですし。
あとでご紹介しますけども、この曲、オリジナルが出て2年後にテディ・ペンダーグラス(Teddy Pendergrass)とステファニー・ミルズ(Stephanie Mills)っていう当時のえらい人気者2人が男女デュエットにアレンジして。これがまた、大変出来がよかったんで。まあ、評判を呼ぶのですが。そのデュエットバージョンのさらにカヴァーなんてのもありますね。いま、バックに流れておりますのはアリソン・ウィリアムズとビリー・ブラウンっていう渋いニューヨークの組み合わせでございます。
まあ、ピーボ・ブライソン本人はサウス・キャロライナの出身でちょっとニューヨークからは離れた人なんですけども。みなさんもお気づきでしょうけども、大変洗練された、都会っぽいイメージを持つ人でございまして。南部の大都会アトランタに住んで久しいという、そういうところで。南部だけではなく、ニューヨークですとかLAとか。本当に満遍なくピーボ・ブライソンの人気っていうのは定着しておりますね。
じゃあこれから2曲、お聞きいただきましょう。かつてドッグ・パウンド(Tha Dogg Pound)というラップデュオで大変活躍いたしましたクラプト(Kurupt)が自分の実の弟、ロスコ(Roscoe)と組んで2008年にあるバウを出してますけども。そこでクラプトの私生活上のパートナー、ゲイル・ゴッティー(Gail Gotti)とフランチ(Francci)っていう人をフィーチャーした『I Miss U』。ラップカヴァーですね。カヴァーっていうか、サンプリングしている曲です。『I Miss U』。
そして、もう1曲がさっきご紹介しました数ある『Feel The Fire』のカヴァーバージョンの中では、もうこれが最高峰ですね。ソロでもこれをカヴァーしていたステファニー・ミルズがテディ・ペンダーグラスとデュエットした男女デュエット流儀での『Feel The Fire』を最後にお聞きいただきましょう。それでは『I Miss U』『Feel The Fire』。
Kurupt & Roscoe『I Miss U』
Stephanie Mills with Teddy Pendergrass『Feel The Fire』
今回のいまなら間に合うスタンダード。ご紹介しましたのは1978年にピーボ・ブライソンが発表した名曲『Feel The Fire』でした。2曲続けて、その派生ナンバーをお聞きいただきました。ラッパー、クラプト&ロスコ feat.ゲイル・ゴッティー&フランチ『I Miss U』。2008年のアルバムにフィーチャーされておりますが。これは後になって種明かししますけども。実はピーボ・ブライソンの孫カヴァー。孫リサイクル曲と申しますか。
その後にお聞きいただきましたテディ・ペンダーグラス&ステファニー・ミルズの『Feel The Fire』。これ80年の名カヴァーですけども。このテディペンとステファニー・ミルズの曲で印象的に鳴り響いておりましたギターのフレーズ。そういったものを散りばめた曲なんですね。ですから、直接ピーボ・ブライソンの『Feel The Fire』を思い出される方は皆無じゃないかと思いますけども。
けど、まあ何事も始まりがあるということでございましてね。ピーボ・ブライソンの『Feel The Fire』がなければ、テディペンもこれを歌ってなかったわけでしてね。ええ。今夜はピーボ・ブライソン『Feel The Fire』をお楽しみいただきました。
<書き起こしおわり>
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