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博多大吉 超ハードな強豪中学バスケ部を辞めなかった理由を語る

たまむすび
博多大吉 超ハードな強豪中学バスケ部を辞めなかった理由を語る
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博多大吉さんがTBSラジオ『たまむすび』の中で、超ハードな強豪校中学バスケ部で、補欠にもかかわらず、なぜ3年間続けることができたか?について話していました。

(赤江珠緒)いや、でもね、新規リスナーの方もいらっしゃいますし。先生、ぜひそのね、先生の幼少の頃の、やや不憫なお話というのは、これ、実はすごくファンが多いと。

(博多大吉)多いんですか?赤江さん以外、需要がないと思いますよ。

(赤江珠緒)この話。ぜひ、先生。ひとつ、なにか今日・・・

(博多大吉)あ、本当ですか?何ですかね?結構ラジオでしゃべっていると思いますけど。

(赤江珠緒)子どもの頃の。

(博多大吉)あの、僕、中学の時にバスケ部に入ったんです。で、まあ強豪のバスケ部で、ずーっと3年間、補欠で。水汲みだったんですね。まあ、その時についたあだ名が『捕虜』っていう話はもう、アメトーーク!でさせてもらったんですけど。やっぱり、じゃあなんで辞めなかったの?っていう話、あるんですね。

(赤江珠緒)はい。

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1個上のキャプテンからシューズをもらう

(博多大吉)なんで辞めなかったのか?っていうと、実は1個上のバスケ部のキャプテンから僕、シューズをもらったんですよ。

(赤江珠緒)ほー!

(博多大吉)1年生がワーッと入って。100人単位で入って、練習がキツくて。

(赤江珠緒)100人?じゃあ、結構強豪チームだったんですね。

(博多大吉)そうそう。で、まだベビーブームで人数が多かったから、いっぱい入って。わざと練習厳しくするんですよ。で、そっからどんどん減らしていって、最後まで残ったのが8人ぐらいだったんですかね?

(赤江珠緒)うわー、減りましたね!

(博多大吉)そん中の8人に僕、1人残ったんですよ。

(赤江珠緒)よく残りましたね、先生。

(博多大吉)なんで残ったか?っていうと、早い段階で1個上の、後にキャプテンとなる人から『シューズ、あげる』って言われたんですよ。バスケットシューズ。

(赤江珠緒)先生、『俺の後継者だ』みたいな感じ?

(博多大吉)まあ、見た目はそうじゃないですか。

(赤江珠緒)それか、ものすごい何かが不憫な感じがして?(笑)。

(博多大吉)で、僕が覚えているのは、ほら、貧乏だったから。バスケットって、体育館シューズってかならず買わされるでしょ?でも、体育館シューズだけでは戦えない時が来るんですよ。練習とか。

(赤江珠緒)キュッと止まらなきゃいけないとかね。バスケ、激しいですからね。

(博多大吉)だからバスケットのシューズを買わなきゃいけないんですけど。当時田舎で、まだABCマートとか、安い靴流通センターとかもない時代だったんで。バスケットのシューズは顧問の先生を通して、メーカーさんから取り寄せるスタイル。いま考えるとあれで顧問の先生、マージン抜いてるんじゃないか?って思うような・・・

(赤江珠緒)(笑)。人聞きの悪いことを!

(博多大吉)それで、最低、安くても1万円ぐらいしたんですよ。

(赤江珠緒)ああ、でもしましたね。部活全体で買ったりしてましたね。

(博多大吉)うん。で、それで、家に帰ってね、『バスケ部に入ったのは知ってるけど、お前、大丈夫か?ウチにはTシャツとかバスケットソックスとか、ましてやシューズなんか買うお金、ないよ』って親から言われていて。で、そういう練習をずっとやっている頃に、辞めるやつ、辞めないやつってどんどん出てきて。どんどんみんな辞めていく時に、その人に僕、聞かれたんですよ。

(赤江珠緒)うん。

(博多大吉)『お前、辞めんのか?』と。で、『僕、たぶん辞めます。なぜなら、シャツとかシューズとか買えないんで』。

(赤江珠緒)物理的な理由もあるからと。

(博多大吉)そうそう。『親からのストップがかかってるんで』みたいなことを僕が言ったと思うんですよ。

(赤江珠緒)ああ、理由としてはね、それを言えば、スムーズに。逆に辞めようと思えば辞められると。

(博多大吉)そうそう。で、本当に練習もキツかったし、もう辞めていいやと思っていたんですけど、それを聞いたその先輩がね、『そんなことを言うなよ。俺のシューズ、どうせ買い換えるから、お前にあげるよ』って。で、僕、もらったんですよ。

(赤江珠緒)いや、すごくいい話ですよ。先生。

(博多大吉)で、その人って後のキャプテンですから。結構練習熱心で。で、裕福な家庭の人だったんじゃなかな?いま考えると。シューズを結構コロコロ買い換えてる人で、もらったシューズで僕、3年間すごすっていう、またミラクルを起こすんですけど。

(赤江珠緒)ほー!

(博多大吉)補欠だから、そんな動く用事がないから。

(赤江珠緒)(笑)。いや、すごいですね。先生、すごいいい話しでね。やっぱりそうやって代々受け継いでいくものもあるっていう中で、これ、なんでしょうか?あの、道具じゃないってことですか?やっぱり。スポーツは。最終的には。

(博多大吉)そうですね。

(赤江珠緒)方やキャプテンで、方や捕虜って呼ばれているっていう。

(博多大吉)だからほら、イチローさんなんかがね、『バットやグローブ、ボール。そういうものに愛情を注がないやつは一流のプレイヤーにならない』っていう言葉、俺、おっしゃる通りだと思いますけど。注いだって、ならない時はならないんだってことを、まず新入部員には伝えたいですし。

(赤江珠緒)なるほど。

(博多大吉)で、いちばんね、僕が言いたかったのは、結構いいエピソードでしょ?これ。

(赤江珠緒)うん。

(博多大吉)で、このエピソード、ずーっと僕、しゃべりたかったんですけど。まあ、大したオチも正直ないし、長くもなるから、あんまりどこでも言わなかったんですけど。僕の1個上のもう1個上。2個上のバスケ部のキャプテンが、わが町の市長に、ちょっと前までなっていたでしょ?

(赤江珠緒)ああ、はい!

(博多大吉)で、その市長が、実は1個下の先輩を呼び寄せたんですよ。というのもこの、僕にシューズをくれた先輩って、卒業後、すぐに公務員をやっていて。ずーっと行政に携わっていた人で。となり町のその人をサポート役として、地元に呼び寄せて。そこで僕、何十年かぶりに再会したんです。

(赤江珠緒)ええーっ!?

(博多大吉)で、その時に、『いまの自分があるのは、先輩たちのお陰です。なぜなら、この僕はアメトーーク!で中学のあだ名が捕虜とか、焼却炉の魔術師とか、こういう言葉で世に僕が出れた自負がある。このおかげだ。なんでこの言葉が生まれたか?っていうと、古賀中学校のバスケットボール部に所属していたからだ。で、なんで所属できたか?って言うと、あの時、先輩が僕にシューズをくれたからなんです』と。

(赤江珠緒)世話を焼いてくれたからだと。

(博多大吉)したら、その先輩が『は?そんなこと、あったっけ?』って。

(赤江珠緒)(笑)。ええっ!?

(博多大吉)一点たりとも、覚えてなかったです。

(赤江珠緒)ええっ!?そ、そんなもんですか?角度変わると、思い出って、違うのかな?比重が変わってくるのかな?

(博多大吉)だから立場によってね、見えている景色って本当に違うんだなと。

(赤江珠緒)違うんだね(笑)。

(博多大吉)キャプテンが見ている景色とね、補欠が見ている景色は。

(赤江珠緒)うんうん。

(博多大吉)たぶんね、カラーと白黒ぐらい違うんじゃないかな?

(赤江珠緒)(笑)。いや、先生、なかなかいいエピソード、ありがとうございました。

(博多大吉)いえいえ、とんでもない。

<書き起こしおわり>

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