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安住紳一郎 正しい言葉遣いコンプライアンス問題を語る

安住紳一郎『出演番組を見る際は自分自身を全力で応援する』 安住紳一郎の日曜天国
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安住紳一郎さんが2014年5月にTBSラジオ『日曜天国』でしたトークの書き起こし。日本語の正しい言葉遣いについて日々悩んでいる安住さんが、様々な言葉の問題に付いて語っていました。

局アナ 安住紳一郎

(安住紳一郎)本当に気持ちいいですね。

(中澤有美子)そうですね。本当にいいですね。うん。

(安住紳一郎)ゴールデンウィーク、終わりまして、少し平穏を取り戻したような街の雰囲気ですが。それでもまだ旅行者の方、多いですね。今朝も、20才くらいの女の子たち。なにかイベントがあるんでしょうかね?似たようなファッションテイストで。きゃりーぱみゅぱみゅと乃木坂46の間ぐらいのファッションテイストの方々ですけどね。また同じ方向。東の方に歩いて行きましたので。なにか、秋葉原の方でイベントがあるんじゃないかな?と私は見てましたが。

(中澤有美子)(笑)。へー。

(安住紳一郎)結構イベントなどもね、いま、外で楽しいもの、たくさん開かれてますからね。

(中澤有美子)そうですね。

(安住紳一郎)いい季節ですからね。

(中澤有美子)本当に、本当に。深呼吸しなくちゃ!っていう気持ちになります。

(安住紳一郎)そうですね。私も朝、今日、歩いてきましたけど。本当に日に日に緑の色がどんどんと濃くなりますよね。そして、葉っぱがなんか、親戚の子どもみたいに。『あれっ?見ないうちにずいぶん大きくなったな!?ッて言うような感じで・・・

(中澤有美子)(笑)。本当、倍々ゲームのように大きくなりますよね。

(安住紳一郎)ここにあったかな?この植え込みは・・・というような、なんかちょっと雑草なのか何かわかりませんけど。なんか、虎杖のような大きな葉が壁ぞいにずっと生えてまして。あれ?こんなところにこんなのあったかな?みたいな。そういう気持ちになりましたけれど。たぶん、一週間とか10日ぐらい見ないうちに、グンと、たぶん本当に倍近くなったんでしょうねえ。

(中澤有美子)ねえ!

(安住紳一郎)銀杏の葉っぱなんかももう、かわいらしいちっちゃな、でもちゃんと銀杏の形してるんですよね。

(中澤有美子)そうなんですよね。爪ぐらいの大きさだったですよね。

(安住紳一郎)そう。クリオネみたいな感じだったんですけど。

(中澤有美子)クリオネね(笑)。たしかに(笑)。

(安住紳一郎)ちょっともう、かわいいとは言い切れないくらいの力強さの大きさになっていましたね。手のひらの1/3くらいの銀杏の葉になっていましたね。日に日に、植物の成長にすら心を奪われる年頃になりましたけれど。

(中澤有美子)(笑)。感じてしまいますねー。

(安住紳一郎)感じますね。それからあの、鳥が鳴いていて、風が若干、ちょっとそよっと吹く感じなんですよね。そして、湿度がありませんので。いま、湿度が24%ですよね。そうすると、どうしてもこう、口をついて出てしまう言葉っていうのは、『さわやかだなー!』っていう言葉がこう、出ますでしょ?

(中澤有美子)出ますよね!

(安住紳一郎)出ますよね。『さわやかだ』って言いたくないですか?みなさん。

(中澤有美子)まさに、さわやか。

(安住紳一郎)ところが世の中はこの言葉をこの季節に許してはくれないんですね。私もこれ、ずいぶん悩んでるんですよ。あの、詳しい方はご存知だと思いますけれども。『さわやか』っていうのは秋に使う言葉らしくてですね。この季節に『さわやか』っていう表現はしちゃダメだ!っていう、そういう世の中になっているんですね。

(中澤有美子)へー!

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春に『さわやか』と言ってはいけない

(安住紳一郎)私もこれ、結構厳しく言われるんですよ。放送の仕事をしていますと、『適切な言葉を使いましょう委員会』というようなものがありまして。この季節に『さわやか』って使うのはちょっと甘いぞということで。使わないで下さいと。どうやら、俳句の世界で『さわやか』というのが秋の季語なので、当然、いろいろ言葉を知っている人は『さわやか』という表現は秋にしか使わないということで。この季節、どんなにさわやかだ!と思っても、さわやかだ!っていうのはもう強い気持ちでグッ!っと我慢しなくちゃいけないんですね。

(中澤有美子)(笑)

(安住紳一郎)代わりには、『のどか』とか『うららか』とか『清々しい』とかいう言葉を使わなくちゃいけないんですよね。ええ。ただ、私、個人的には、小さい時からそういうことを意識してこなかったものですから、やっぱり清々しいともちょっと違う!と思いましてですね。ええ(笑)。

(中澤有美子)(笑)

(安住紳一郎)ぜひ!さわやかっていうのを使いたいんですけども、使っちゃダメだ!ってことになっているんですね。

(中澤有美子)おさえないといけないのかな?

(安住紳一郎)うん。そういうことですよ。

(中澤有美子)そういうことなんですか。

(安住紳一郎)当然、言葉っていうのはどんどん変わっていきますので。使いたい人が、まあいろいろな意見がある中でも使っていいし。そういう歴史を繰り返して、ダイナミズムを繰り返してどんどん変わっていくという。当然、平安時代から言葉が変わってないと、平成を生きる私たちも、いまも平安言葉でしゃべっているということになりますから。

(中澤有美子)そうですね。

(安住紳一郎)どんどんどんどん変わっていっていいんですけれども。あなたのしている仕事は、そういう変化の先頭に立っていいんですか?なんていうね、匿名のハガキなんかが送られてくるもんですから。

(中澤有美子)(笑)

(安住紳一郎)グッと言葉を飲み込むわけですけれども。

(中澤有美子)(笑)。そうかー。

(安住紳一郎)そしてこれは、比較的いま揺れている問題なので。決して使ってはいけないというわけではないらしいんですね。それで、知っている側が知らない側を許容するような問題っていう、なんか非常にその、そういうようなカテゴリーなんですよね。だから、もし間違っている人がいたとしても、注意して正すほどではないという。

(中澤有美子)はー。

(安住紳一郎)罰則規定のない決まり。

(中澤有美子)知っている人が知らなくて使っている人を糾弾してはいけない。

(安住紳一郎)そうです。なので、静かに見守りましょうということになりますね。

(中澤有美子)(笑)。『あ、間違っているな』って思って、そんだけ。

(安住紳一郎)そうです。みなさんも、この気持を共有してくださいね。だから、たとえば誰かが『いやー、今日はさわやかだね』なんて言っていても、『あっ、それ、この間ラジオで言ってたんだけど・・・』って言ったらダメなんです!

(中澤有美子)(笑)

(安住紳一郎)グッとこらえて。それは人に指摘をしてはいけない問題。それぞれ個人の問題なんですよ。ただ、知っている人がいたら、目と目で通じ合うっていう感じで。『あっ・・・ですね』なんつって。『奥様、わかる?』なんつって。『わかりますわよね?』。

(中澤有美子)(爆笑)。嫌な感じじゃないですか(笑)。

(安住紳一郎)いや、でもそういうダイナミズム。

(中澤有美子)そういう時期にある言葉なんだ。

(安住紳一郎)みたいですね。あとはよく、もうこういう、最近の若者の言葉がこう変わってきたとかいう話は週刊誌のエッセイなどでも人気がありまして。だいたいこれは、どの時代も人気のある話題なんですけどもね。ただ、ひとつその中で問題なのは、じゃあ『清々しい』と『さわやか』が私なんか毎日ごっちゃごちゃになるんですけど。『あれ?春に使っていいのって、さわやかだっけ?清々しいだっけ?いや、秋に使っていいのが・・・』なんて、ちょっと混乱しますよね。

(中澤有美子)そうですよね。

(安住紳一郎)そうすると、両方、ちょっと心配だなと思うと、減点が怖いんで、両方とも自分のボキャブラリーからそれを消すんですね。すると、私のボキャブラリー、世の中のボキャブラリー、日本の文化から『さわやか』と『清々しい』が両方とも、誰も使われなくなって過疎化してしまう。そうすると、言葉、誰も使わないとなくなりますから。それがそのまま、2つ同時になるなるっていうこともあって。それはどちらかと言うと、日本文化の豊穣さから考えると、衰退の方に入るんじゃないか?というのもありまして。あまり糾弾するのはよろしくないという、そういう論調もあるわけですね。

(中澤有美子)へー!深いですねー!なるほど。相殺しては意味が無いと。

(安住紳一郎)相殺っていうか、怖くなって両方とも使いたくないですからね。私も、もう『清々しい』と『さわやか』、どっちがどっち?秋に使っていいんだか、どっちがいいんだかっていうのはわかんなくなりまして。両方とも使わなくなっちゃって。結局、『いやー、今日いい天気ですね』で終わる可能性があるんですね。そうすると、まあ根性のある人だったらがんばりますけれども。だいたいの人はその2つを、もう自分の道具から捨てちゃうという。そういう傾向がね、あるみたいなので。

(中澤有美子)ふーん。

(安住紳一郎)あまり、厳しく追求するのもよろしくないんじゃないかな?というような意見もあります。本当に昔から、ずっと言われてまして。大正時代の人生相談なんかにも当然、若者の使う言葉が・・・という相談が来ますし。さらに驚くのは、吉田兼好先生の書いた『徒然草』でさえ、若者の言葉遣いが最近おかしくなってきて私は憤慨している!という、そういう文章が出てくるんですね。

(中澤有美子)うんうん。

(安住紳一郎)『「牛車持てよ」というのを、「牛車持てきよ」という。いとわろし』みたいなこと、書いてあるんですね。

(中澤有美子)へー。

(安住紳一郎)『牛車もてよ』ってこれまで言っていたのを、『牛車もてこよ』かな?『牛車もてきよ』かな?最近の人たちは『牛車もてよ』のことを『牛車もてきよ』という。その『き』ってなんだよ!?みたいなことを吉田兼好先生も嘆いてらっしゃるということで。本当、昔からそうやってね、言葉が変わることに対して、なんかこう、やっぱり気になる!っていう人がエッセイを書いているのは最近のことではないと。

(中澤有美子)ふーん。

(安住紳一郎)また、『さわやかな』って秋にしか使っちゃいけないということになりますと、『あの人の笑顔ってさわやかだよね』っていうのは秋にしか使っちゃいけないんですか?っていうことになりますよね。『あの人、とってもさわやかな人ね』『秋の話?』っていうことになるわけですよね?

(中澤有美子)(笑)

(安住紳一郎)『秋に会ったの?』なんていうことになるわけで。じゃあ、どうしたらいいのかしら?みたいな。『夏に吹くさわやかな風』『ん?秋っぽいの?』みたいな。これはセーフ?みたいな。いろいろ、考えがふくらんでいきますよね。どう思いますか?これは、知っていたとしても、人に指摘しちゃいけない問題のなので、指摘できないんですけどね。

(中澤有美子)(笑)。モヤモヤするー!

(安住紳一郎)人につかってはいいみたいですけどね。でも、そう言われるとなんとなくね、『あの人、すっごくなんかね、背も高くてさわやか』って言われると、『ん?』って思っちゃったりしてね。『ん?秋?秋なのかな?』とか。

(中澤有美子)(笑)

(安住紳一郎)夏だけなのかな?『あの人の笑顔がさわやかになってきたから、秋ですね』みたいな。『ううん?サラダ記念日?』みたいなことになったりするのかしら?

(中澤有美子)(笑)。もう考え過ぎちゃうよ・・・

(安住紳一郎)ねえ。考え過ぎてわからなくなりますよね。私、よくその言葉の、言葉委員会みたいなものでいろいろ指摘を受けるんで、もう最近は頭がこんがらがって来てるんですけどね。最近よく、話題になっていますけども。『桃太郎さん』っていう童謡をみなさん、ご存じですか?

(中澤有美子)ええ、ええ、ええ。

(安住紳一郎)『もーもたろさん ももたろさん お腰につけた きびだんご ひとつ 私にくださいな♪』のこの後、みなさん歌えます?

(中澤有美子)『あーげましょう あげましょう これから鬼の♪』

(安住紳一郎)『征伐に ついて行くなら あげましょう♪』って歌いたいですよね。

(中澤有美子)違うの!?

(安住紳一郎)これ、違うんですよ。この間、私、東京の幼稚園にお邪魔した時に驚きましたけども。園児のみなさんが桃太郎を元気に歌ってましたけれども、なにか私が覚えた時の桃太郎と違うなと思いましたら、ここにも最近の、言葉問題コンプライアンスが入り込んでおりましてですね。

(中澤有美子)ええっ!?

(安住紳一郎)これ、詳しい方はご存知だと思いますけれども、動物に餌をあげるの『あげる』ってこれ、バツって最近は言われてるんですね。

(中澤有美子)ああー、そうでしたね。

(安住紳一郎)犬猫を人間と同格にしてはいけないということで、『子どもにおやつをあげる』っていう場合はいいんですけども、『動物に餌をやる』っていうのが正しいんですね。『お花に水をあげましょう』って言いたいところなんですけども、『花って人間と同格なんですかっ!?』っていうことになりますんで、『花に水をやる』っていうことですね。あと、料理教室なんかで、『では、ニンジンをちっちゃく切ってあげましょうね』とかってね、かわいらしく言いますけども、それもダメなんですよね。『「切ってあげる」ってなんですか?ニンジン?ニンジン!?ニン・・・ニンジンに人格がありますかっ!?』みたいな。

(中澤有美子)(笑)

(安住紳一郎)そういうことになりましてですね、ええ。

(中澤有美子)たしかに(笑)。

(安住紳一郎)『あっ、かわいいお坊ちゃんに風船を取ってあげましょうね』ということの『あげる』はいいわけですよね。でも、『ニンジンを切ってあげましょうね』とかね、『粗熱が冷めるまで、鍋を冷蔵庫に入れてあげましょうね』なんて言いますでしょ?

(中澤有美子)はい。

(安住紳一郎)それって、鍋に対して語りかけちゃったってことになるから。ダメなんですって。だから、『ニンジンを小さく切りましょう』とかね、『粗熱が取れるまで、鍋を冷蔵庫に入れておきましょう』。『入れておきましょう』みたいなのを、ちょっとニュアンスを柔らかくして『あげましょう』って言っちゃってるんだと思うんだけども。厳しく、その言葉コンプライアンス委員会の人たちにかかると、ブブブブブーッ!みたいな。

(中澤有美子)はい、ダメー!(笑)。

(安住紳一郎)それ、ダメー!ってことになりまして。で、話戻りますけども、じゃあ最近の幼稚園生は桃太郎をどうやって歌っているか?というと、ご想像の通り、『お腰につけた きびだんご ひとつ私にくださいな♪ やーりましょう やりましょう♪』。

(中澤有美子)本当!?(笑)。

(安住紳一郎)『これから鬼の征伐に ついて行くなら やりましょう♪』って言っているんですよ。

(中澤有美子)へー!自信をもって大声で普通に歌ってるんだ。

(安住紳一郎)そうですよ。たぶんね、きっとあの、しっかりした幼稚園なんでしょうね。たぶん、誰かが。先生なのかPTAなのかがね、ご提案なさって。もしくは大きな音楽教育の中で、歌詞を変えたんだと思いますけどね。

(中澤有美子)ええー・・・

(安住紳一郎)時代はここまで来てるんですよ。すごいですよね。ええ。

(中澤有美子)でもそれはさあ、一緒に戦う仲間として、擬人化したっていう、『あげましょう』で。尊敬の念を仲間に表すっていうことでよかったんじゃないですかねえ?

(安住紳一郎)そうですね。たしかに。

(中澤有美子)あくまでも、目下?ペット。っていうかまあ、動物?

(安住紳一郎)まあ、中澤さんもそれだけしっかりした意見を持っているんだったら、もうちょっと大きなリングに上って戦ってみるのもいかがですか?

(中澤有美子)(笑)

(安住紳一郎)そんな、私に言われたって困りますよ。私はただ、見聞きしてきたことを報告しているだけですから。

(中澤有美子)(笑)

(安住紳一郎)いや、わかります。そうですよね。キジとかってもうね、あれですよね。だって、桃太郎自体が人間かどうか定かじゃないですからね。桃から生まれた桃太郎って、ええっ!?それ自体、人間かどうかあやふやなんですから。人間と同格であげる・やるっていう問題よりも、桃太郎が人間かどうかをきちんと、もう一度、理研かなにかで精査してみてもいいんじゃないかな?と思いますけどね。

(中澤有美子)理研(笑)。理化学・・・(笑)。

(安住紳一郎)もう一度ね。でも、大まかな言葉の問題としては、みなさんおわかりになりましたでしょうかね?『あげる』っていうのと、『やる』っていうのではずいぶん違うっていう。昔その、『パンダが死亡した』っていう表現にバツがついたっていうような、そういうことと一緒ですね。

(中澤有美子)ええ。

(安住紳一郎)そうなんです。でも、お花もね、愛しちゃってるからね。もうペット同然、家族同然になっているからね。『ウチのかわいい、ねえ。ベコニアちゃんに、お花に水をあげなくっちゃ』っていうね。その人に対して、ブブブブブッ!って言っちゃうっていうのもすごいですよね。『お花に水をやる』ですよ。ねえ。

(中澤有美子)そうかー・・・

(安住紳一郎)大変ですよね。なんか、本当になんか清々しい初夏の一日にごめんなさい。なんか・・・

(中澤有美子)(笑)。そうですね。

(安住紳一郎)これだけ苦々しく『さわやか』っていう話をしている人も珍しいですよね。

(中澤有美子)本当ですよね(笑)。なんか、重いものを背負わされた気がします(笑)。

(安住紳一郎)ですよね。『なにか今朝、ラジオでさわやかな話、してましたけどね』なんて言ったら、ねえ。伝聞で聞いた人は、『えっ?なにかすごく気持ちの軽くなるお話でもされてたの?』なんて言ってね。『もう、さわやかな話を苦々しく・・・』みたいな。『えっ?どういうことですか!?』って(笑)。

(中澤有美子)(笑)。どうやって?(笑)。

(安住紳一郎)『えっ?さわやかな話なんですよね?』みたいな。『いえいえ、「さわやか」の話なんですけど・・・』。さわやかの話を苦々しく!

(中澤有美子)(笑)

(安住紳一郎)なんかね、言葉問題、もう正面にぶつかっちゃうと、どうしていいのかよくわかりませんね。

(中澤有美子)そうですねー。

(安住紳一郎)あと、すっごいブルーになる言葉問題、教えてあげましょう。

(中澤有美子)どうしようかな?(笑)。

(安住紳一郎)どうです?聞く耳、持ちます?

(中澤有美子)(笑)。いってみよう!

(安住紳一郎)いってみますか?これ、もう超最新の、気分の滅入る言葉問題。

(中澤有美子)なんだろう?

(安住紳一郎)『メッキが剥げる』って言いますよね?

(中澤有美子)言いますね。

(安住紳一郎)最近若い人はあんまり使わないかもしれないですね。ええ。『あいつはまだ経験が浅いからな。いまは上手くやっているけど、そのうちメッキが剥がれますよ』とかね。

(中澤有美子)うんうんうん。

(安住紳一郎)『あいつ、新人だろ?そんな調子いいわけないんだよ。すぐメッキが剥がれるよ』っていうような、あんまりいい意味で使いませんけどね。すぐにその、表面上取り繕っていることがボロボロと落ちていって、本質がすぐバレてしまう。特に、実力が足りないということがすぐ出てしまうというような時にね、使うと思いますけども。

(中澤有美子)そうですね。

(安住紳一郎)『メッキが剥げる』。取り繕っていたものが落ちてしまうというような言葉で。文字通り、メッキが剥がれる、メッキが落ちるというようなことだと思うんですけども。

(中澤有美子)ええ。

(安住紳一郎)とっても憂鬱になる言葉問題。日本の最新のメッキ技術は大変に進化をいたしまして、メッキはそう簡単には剥がれません!

(中澤有美子)(笑)

(安住紳一郎)むしろ、本物よりも剥がれないぐらいらしいんです!

(中澤有美子)(笑)。そうか!

(安住紳一郎)工業が進みまして、技術が上がりましてですね、そうそうのことではメッキは剥がれません!いまの日本の技術では!

(中澤有美子)ああ、そうなんですかー。

(安住紳一郎)なので、『メッキが剥がれる』というイディオム、慣用句は『滅多なことではない』っていう、そういう表現になりますね。ええ。

(中澤有美子)レアケースってこと?

(安住紳一郎)レアケースってことになりますね。いまの日本のメッキ技術では、メッキはほぼ剥がれない!

(中澤有美子)ええー!

(安住紳一郎)ということは、『猿も木から落ちる』『弘法も筆の誤り』的な感じで、そのイディオムを使うべし!

(中澤有美子)そうですね。

(安住紳一郎)『あれだけの大先生にしてもメッキが剥がれることがあるんですね!』っていう。

(中澤有美子)(爆笑)

(安住紳一郎)『いやー、私の目の黒いうちに、あの先生のメッキが剥がれるところを見ることになるとは!思いもよりませんでした!』。

(中澤有美子)(爆笑)

(安住紳一郎)たいへん稀なケースっていうね。そういう時ですね。ええ。『ええっ!?』。

(中澤有美子)『うそ!まさか!?』。

(安住紳一郎)『まさか!?ええっ!?』っていう時に、『ああ!メッキが剥がれることもあるんだ!目からウロコ!』って。

(中澤有美子)(笑)

(安住紳一郎)『いや、これは青天の霹靂。メッキが剥がれる・・・。それだけはないと思っていたよ!』。

(中澤有美子)(爆笑)。そういうことですね(笑)。

(安住紳一郎)っていう風になりかけているっていうか。メッキ技術が上がってきたので、『メッキが剥がれる』ということは、もうメッキ関係者に失礼だっていうことですね。

(中澤有美子)そういうことですね(笑)。

(安住紳一郎)なんだか、じゃあ私たち、どうしたらいいんだろう?っていう気持ちになりますけどね。明日は明日の風が吹くと・・・いうことでしょうか?

(中澤有美子)そうですね(笑)。

(安住紳一郎)今日も、清々しい風が、気持ちいいですね。

(中澤有美子)そうですね。はい。

(安住紳一郎)風薫る、清々しい季節になりました。今日も2時間、どうぞお付き合いください。

<書き起こしおわり>

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