町山智浩が語る 絶対見てほしい高倉健映画11作品

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映画評論家の町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』で高倉健さんを追悼し、絶対に見てほしい高倉健さんの映画11作品を紹介していました。

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(町山智浩)えっと、本日はですね、俳優の高倉健さんが亡くなったというニュースが入りましたので、高倉健さんのお話をさせていただきたいんですが。まずですね、高倉健さんといえば、この歌ということでですね、『唐獅子牡丹』。聞いていただけますか?

(町山智浩)はい。これね、唐獅子牡丹っていう歌で大ヒットしたんですけども。僕が小学生の頃は高倉健さんはものすごい大ヒットシリーズをですね、3本も持っていて。それを年間にですね、2本とか3本ずつ公開してるという、すごい人気だったですよ。

(赤江・山里)うん。

(町山智浩)で、いまの唐獅子牡丹っていうのは『昭和残侠伝』シリーズという、いわゆる任侠映画のシリーズなんですね。それともうひとつ、同じような任侠映画のシリーズで『日本侠客伝』シリーズっていうのがあって。またもうひとつ、シリーズがあって。そっちはですね、現代アクションでですね、刑務所ものなんですけども。『網走番外地』っていうシリーズがあったんですよ。

(赤江珠緒)はい。網走番外地の1は見ました。

(町山智浩)あ、見ましたか。

(赤江珠緒)はい。大雪原を手錠をつけたままね、2人で逃げていくっていうね。で、田中邦衛さんとかもいらっしゃって。なんか雪の中でね、タバコを拾ってね、吸うシーンとかがね、よかったですね。

(町山智浩)はい。名シーンです。あれ。あの、松田優作さんも後にですね、『俺たちの勲章』っていうテレビシリーズでそれをマネしたりしてるぐらいの名シーンなんですよ。

(赤江珠緒)ねえ。そうですよね。『今度はもっとマブいマッパを拾ってこいよ』みたいな。

(町山智浩)そうそうそう(笑)。あの、これすごいのは、3つのシリーズが大ヒットしてて。それを1965年から70年代はじめにかけて、ぶっ続けでずーっとそれを上映してるっていう状態だったんですよ。その当時の東映っていうのは。もう大変なドル箱スターだったですね。ただ、高倉健さん。ヤクザ映画っていうと、怖いとか乱暴っていうイメージがあるじゃないですか。

(赤江・山里)はい。

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60年代高倉健任侠映画の様式美

(町山智浩)ね、世間的には。それは、その後の深作欣二監督が作っていった『仁義なき戦い』シリーズがそうなんですよ。でもこの60年代の高倉健さんの任侠映画っていうのはものすごくですね、美しいんですよ。様式美の世界で。しかもですね、礼儀正しいです。

(赤江珠緒)あ、そうですね。うん。そうなんですよ。

(町山智浩)高倉健さんの特徴っていうのは、まずいい男で、礼儀正しくて、無口で、いつも敬語。

(山里亮太)あ、たしかにそういうイメージがある。

(町山智浩)なんですよ。だから、その昭和残侠伝シリーズっていうのは昭和のはじめのころのやくざ者を高倉健さんが演じてて。なんとかまじめに生きようとしてるんですね。背中に刺青入ってるんですけど。唐獅子牡丹の。ところが、悪いヤクザによって周りの人たちも自分も散々いじめられて。耐えて、耐えて、耐えぬいて、最後に爆発して。まあ、ドスを持って切り込みにいくっていう話なんですが。毎回同じなんですが(笑)。

(山里亮太)お決まりのパターンがあって。

(町山智浩)そう。ただ特徴はね、ヤクザなのに言葉が丁寧なんです。高倉健さんは。

(赤江珠緒)あー、そうだ!

(山里亮太)たしかに、そのイメージないわ。ヤクザ口調みたいな感じの。

(赤江珠緒)だからね、網走番外地の中でお風呂のシーンかな?あの、入って踊るシーン、あるじゃないですか。健さんが。あれもなんかむしろ、教養すら感じるような。

(町山智浩)(笑)。まあ、その話はちょっとあとで。美味しい話なんでしますけども。

(赤江珠緒)そうなんですか。

(町山智浩)昭和残侠伝シリーズっていうのは名セリフがあるんですけども。要するに、ヤクザのところに行って悪いやつを殺しに行くわけですけどもね。高倉健さんはこう言うんですよ。『親分さんには何の恨みもございませんが、渡世の義理で、死んでもらいます』。殺すんだけど、敬語なんですよ!相手に対して。『死んでもらいます』ですよ。

(山里亮太)はー!

(町山智浩)異常に礼儀正しいんですよ。殺すんですけど。それがね、すごく高倉健さんのキャラクターのイメージなんですよ。で、そのヤクザになったのも、自分が悪かったんじゃなくて、いろんなことでそういう風に犯罪に追い込まれてしまった男という形なんですね。で、最後はその、本当は自分はまじめに行きたかったんだけども、周りが悪くて。最後の暴力に訴えるという話なんで。だから観客がその頃は学生運動の頃だったんですね。学生運動の人たちと、左翼学生たちとですね、それこそ警察の人たちと、ヤクザとが同じ映画館に入って、高倉健さんがドスを抜いた時にみんな全員で『待ってました!』って言ったんですよ。

(赤江・山里)へー!

(町山智浩)右翼も左翼も。そういう時代だったんですよ。つまり虐げられたものたちのヒーローだったんですね。それがまあ、昭和残侠伝っていう話で。これがまたいいんですけど、様式美ですから毎回同じなんですが。要するにまあ、自分を愛する女性を残して、命がけで敵地に乗り込むわけですよ。たった1人で。敵の組にね。そうすると、道を歩いているとそこに親友の池部良さんが、兄弟分の池部良さんがね。ハンサムなんですけども。スーッと歩いてくるんですよ。で、雪が降ってるんですよ。パラパラパラと。夜の道を。すると池部良さんが黙って傘をパッと差し出すんですよ。高倉健に。

(赤江・山里)うん。

(町山智浩)と、健さんと良さんが並んで2人で黙って歩いて敵の本拠地に乗り込む!っていう。毎回やってるんですよ。そこでもう、泣かせるんですけど。まあそういう映画だったんですね。で、どんどん、知らない人とかもいると思いますんで。高倉健さんを。もうどんどん今日はですね、見てほしい映画の紹介をしていきます。高倉健さんっていう人はどういう人だったのか?っていうのは、たぶんこれからいろんな芸能人の方々がお話されるでしょう。ワイドショーとかで。本当に素晴らしい人だったんだと。でもそれは、僕自身は会ったことがないし。それは僕自身の話すことではないので、映画観客としてですね、これは見ておいてほしいな!っていう映画をどんどん紹介していきます。もう、どんどん行きます!

(赤江珠緒)はい。

(町山智浩)それで、網走番外地ですね。網走番外地は北海道のにあった刑務所で。雪の中で非常に過酷な労働をさせるっていうところだったんですけども。そこに入った高倉健扮するですね、受刑者の話なんですね。で、これはですね、ものすごくアメリカチックな、ハリウッドっぽいアクション映画シリーズです。網走番外地は。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)もう、すごいんですよ。スケールがデカくて。大雪原でですね、馬がもう疾走してですね。機関車が走って、ヘリコプターまで飛んできます。それでライフルやマシンガンでもって銃撃戦があって・・・っていう。もうこれは完全なハリウッドアクションを日本でやろうとした映画です。

(山里亮太)へー!

(町山智浩)もう北海道のすごいスケールのデカいところでですね。で、見どころはですね、刑務所生活なんですね。で、その刑務所でいつも出てくる人が由利徹さん。それと、田中邦衛さんですよ。田中邦衛さんと由利徹さんが刑務所でもう、どうしようもないギャグをどんどん出してきますんで(笑)。

(赤江珠緒)そうなんですよね!

(町山智浩)で、みんなでお風呂に入るんですよ。刑務所ですから。ここ、ポイントです。美しい高倉健さんの裸が見れます!

(赤江珠緒)そうそうそうそう。そうなのよ。だって印象に残ってるんだもん、私。

(山里亮太)ちょっ・・・

(町山智浩)由利徹さんも横にいます。そこはいろいろ問題があります。

(赤江珠緒)(笑)

(町山智浩)田中邦衛さんもいます。横に。はい。あの、桶であそこを隠して踊ったりします。はい。田中邦衛にビンビンくる人は、見てください。

(赤江珠緒)(笑)

(町山智浩)で、西部劇なんですよ。北海道を舞台にした西部劇です。

(赤江珠緒)すごい追って追われて・・・っていう。

(町山智浩)そうなんです。もう、豪快なアクションです。ただ、網走番外地シリーズは後半ですね、なぜか九州が舞台になってくるんですよ。シリーズが。網走なのになぜ九州だ?ってことで、後半はあまり見ない方がいいかもしれません。

(山里亮太)あー、なるほど。

(町山智浩)で、ですね。高倉健さん、その後東映から独立するんですけども。で、出た映画っていうのがですね・・・あ、東映を独立する直前に出た映画っていうのは『新幹線大爆破』ですね。

(赤江珠緒)新幹線大爆破。はい。

(町山智浩)これは新幹線の速度を遅くすると爆発する爆弾が仕掛けられるんですよ。新幹線に。だから新幹線は止められなくなっちゃうんですよ。で、そのまま博多に向かって走っていくんですね。スピードをちょっとでもゆるめたら爆発するんで。

(赤江珠緒)『スピード』みたいな感じですね。なんかハリウッドで。

(町山智浩)スピードは新幹線大爆破のパクリです!

(赤江珠緒)あっ、そうですか!

(町山智浩)パクリです。その爆破テロリストが高倉健さんなんです。

(山里亮太)へー!

(町山智浩)ただ、彼がなぜそういうことをせざるを得なかったか?っていうのを丹念に描いていく映画で。観客は最後は高倉健さんに感情移入します。で、この新幹線大爆破はフランスで大ヒットしました!

(赤江・山里)へー!

(町山智浩)だからフランスでは高倉健さんのことを知ってるんですよ。みんな。フランスで大ヒットしてます。はい。で、その後ですね、東映から独立してですね、出た映画で『君よ憤怒の河を渉れ』っていう映画があるんですよ。

(赤江珠緒)ええ。

(町山智浩)この映画はですね、大映で制作したんですけど。現代アクションですごいスケールがデカいですね、アクションで。国家権力と高倉健さんがたった1人で戦うという物語です。で、見せ場はですね、新宿西口、小田急のところでですね、10頭あまりの馬を大疾走させるというすごいシーンがありますね。

(山里亮太)ええっ?

(町山智浩)これ、警察と話をして、警察をちょっとダマして馬を疾走させたんで、警察怒ってその後、映画の撮影をなかなかさせなくなったんですね。東京で。そのぐらいのすごいシーンなんですけども。この映画はですね、中国で大ヒットしました。

(赤江珠緒)えっ、これは中国で?

(町山智浩)中国はその頃共産主義でずっと続いてたんで、娯楽が全くない、もう本当に酷い国だったわけですよ。そこでこれが公開されて、久々の娯楽アクションだということで大ヒットして。これ、中国の人口の何割かが見たと言われてますから、少なく見積もっても3億人は見てると言われています。

(赤江・山里)ほー!

(町山智浩)すごいんですよ!だから高倉健さん、これで大スターで。中国で。もうどんどんしゃべっちゃいますからね。で、その後中国でチャン・イーモウという北京オリンピックの演出もしたチャン・イーモウ監督の映画『単騎、千里を走る。』で高倉健さんは出演することになったんですけども。中国の人たちはあまり娯楽がなかったから、高倉健さんのことを覚えていて。もう『健さんが来た!』って大騒ぎだったらしいですね。その時も。2005年ですけど。

(赤江珠緒)ええ。

(町山智浩)要するに、昔見たことを、映画とか楽しい映画がないから、ずーっと覚えていたんです。中国の人たちは。『あの健さんか!』ってことで。で、この君よ憤怒の河を渉れで見どころはですね、中野良子さんとのエッチシーンです。高倉健さんの映画っていうのはほとんどエッチシーンがないんです。だからものすごく貴重なエッチシーンです。

(赤江珠緒)あ、そうですか。

(町山智浩)ただ問題は、その中野良子さんのおっぱいを吸っている人の顔がよく見えないんです。

(山里亮太)えっ?

(町山智浩)本当に健さんが吸ってるかどうか、わからないんですよ!

(赤江珠緒)ええっ!?そこが見どころなの!?町山さん。

(町山智浩)そうなんです、はい!だから健さんのエッチシーンっていうのは本当に珍しいから。非常に貴重なんです。これは。映画史的に。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)その次にですね、77年になりますけども。あ、その前があるんだ。その前にですね、高倉健さんハリウッド映画出てます。高倉健さんってね、英語が上手かったからハリウッド映画の4本も出てるんです。

(赤江・山里)へー。

(町山智浩)だからアメリカでも高倉健さんの亡くなったことは報道されてます。で、最初出たのは70年に『燃える戦場』という名匠ロバート・アルドリッチ監督の戦争映画に出てます。日本兵の役で。そしてその後、1974年になんと、『ザ・ヤクザ』っていう映画に出てます。

(山里亮太)ハリウッド?

(町山智浩)これはハリウッド製のヤクザ映画なんですよ。で、完全に昭和残侠伝シリーズに影響を受けて作られた作品です。

(赤江珠緒)ザ・ヤクザ。へー!

(町山智浩)ザ・ヤクザ。これ、東映が制作に関わってます。昭和残侠伝シリーズのプロデューサーが関わってるんですよ。で、これもだからすごいですよ。ヤクザ映画の主演をハリウッド製の映画でやった人なんですよ。高倉健さんは。

(赤江珠緒)そうなんですね。しかもそんな前に。

(町山智浩)英語ペラッペラなんですけどね。

(山里亮太)ペラペラなのがすごい。この時代に。

(町山智浩)この人、要するに高校時代からきっちり英語やっていて。大学出て、貿易の仕事に就こうと思ったんで英語をちゃんとしゃべれるそうです。

(赤江珠緒)あ、そうだったんですか。

(町山智浩)ちなみに、フランスにも長い間いて。フランス語もしゃべれるそうです。

(赤江・山里)ええっ!?

(町山智浩)はい。この人、インテリですよ。はっきり言って。だから、東映の俳優っていうのはみんな半分あっちの人で。『バカ野郎!なにやってんだ!バカ野郎!』みたいな人ばっかりですよ。バラエティーショーとか出ても、東映の俳優さんってはっきり言うと梅宮辰夫さんですけども。『なんだ、お前!』みたいな人ばっかりじゃないですか。

(赤江珠緒)無頼派ね。無頼派。

(町山智浩)ところが高倉健さんは、どんなバラエティー番組出ても全部敬語ですね。

(山里亮太)ああ、そうだ。たしかに。

(町山智浩)はい。そこがすごいんですよ。普通の人感覚っていうのを持ち続けた人なんですね。

(赤江珠緒)それでやっていた役がそういうのが多かったんですもんね。不思議ですね。

(町山智浩)で、その後に出たのが『幸福の黄色いハンカチ』ですね。これも西部劇なんですけど。基本的に話がね。これは話をみなさんご存知だと思いますけども。原作はアメリカなんでね。西部劇タッチなんですけども。この映画はですね、武田鉄矢さんが俳優として初めてですね、ちゃんとした本格的な俳優として出演した映画ですよね。

(山里亮太)はい。

(町山智浩)で、すごい有名な話が、黄色いハンカチが最後に家にたくさんついているのを見て、武田鉄矢さんが泣くっていうシーンがあったらしいんですけど。武田さん、その頃完全な俳優としてはまだ、修行が始まったばっかりなんで。泣けなかったらしいんですよ。ずっと出てて、撮影準備中からハンカチ、ついてるんだもん。

(赤江珠緒)ああ、そうか。

(町山智浩)でも、ずーっと撮影して。それが最後の撮りだったらしいんですよ。その時に、そのカメラスタート!っていう直前に、高倉健さんが武田鉄矢さんの耳元に『どうもありがとうな。本当に楽しい撮影だったよ』って言ったらしいんですよ。

(赤江・山里)ええっ!?

(町山智浩)したらもう、涙ブワーッて出てきて、そのまま撮影のバーン!って入ったらしいんですよ。

(赤江珠緒)うわーっ!

(町山智浩)これ、天才だなって思いますよね(笑)。誰だって号泣だろ、それ!っていうね。

(赤江珠緒)たしかに。

(町山智浩)でね、この幸福の黄色いハンカチっていうのは、刑務所に入っていたのは高倉健さんなんですけども。なぜ入ったか?っていう理由が説明される前日譚が作られていて。『遙かなる山の呼び声』っていうタイトルでですね、作られてますけども。これね、映画を見る時は遙かなる山の呼び声の方を先に見てから、幸福の黄色いハンカチを見るといいです!

(赤江・山里)うーん!

(町山智浩)ということでね。で、その後なんですけども、1978年になるんですけども。『野生の証明』が公開されます。これが僕の世代にとっては最初の感激的な映画館で見た高倉健体験なんですよ。

(山里亮太)ほう。

(町山智浩)で、これも国家権力に高倉健がたった1人で挑むというですね、現代アクション映画で。角川映画の超大作で。薬師丸ひろ子さんのデビュー作ですけども。これが僕の世代ではもう、すげえ!何十台もの戦車にたった1人で挑む男ですからね!もう超ヒーローですよ、これ。バットマン、スパイダーマンじゃないですよ。だってスーパーマンだけですよ。そんなことをする男は。

(山里亮太)生身の体で。

(町山智浩)生身の体で。だからこれがまあ、すごかったですね。はい。で、その後もですね、ハリウッド映画に出るわけですけども。高倉健さんは。まあ『ブラック・レイン』に89年に出てますね。これは松田優作を追ってですね、ニューヨークから来た刑事マイケル・ダグラスと高倉健さんがバディを組んで、大阪の街で松田優作狩りをするという映画ですけども。で、これとそのあとですね、94年にですね、『ミスター・ベースボール』っていう映画にも高倉健さん出てるんです。

(山里亮太)うんうん。

(町山智浩)で、これは中日の監督役です。はっきり言うと星野監督ですよ。ほとんど。

(赤江珠緒)本当だ。

(町山智浩)で、アメリカから来た野球選手を預かる監督の役なんですけども。あのね、どっちも高倉健さん英語がペラペラな感じっていうのをすごく面白く使ってますよ。この映画は。要するに、アメリカから来たやつは高倉健が英語をしゃべれると思わないから、無礼なことを英語で言ってるんですよ。いっぱい。横で。ところが途中で高倉健さんは英語をわかるっていうことを知って。『なんだよ!お前、そんなしゃべれるんだったら最初から英語わかるって言ってよ!』っていうシーンがあるんですよ。

(山里亮太)へー。コメディーだ。

(町山智浩)ね。でもこれ、しょうがないですよ。高倉健さん、無口なんだもん!

(赤江珠緒)不器用ですから。はい(笑)。

(町山智浩)無口だから英語しゃべれてもわかんないんですよ(笑)。アメリカ人に。そこの使い方とか非常にいいんですよね。はい。だからね、本当に世界的に有名な・・・だってフランスで有名でしょ。中国で有名でしょ。で、アメリカで有名なんですよ。すごいんですよ。

(赤江珠緒)本当に世界的な俳優さんだったんですね。

(町山智浩)世界的なスターですよ。本当にね。で、高倉健さんっていうのはすごく謙虚な方で。自分からあんまり何やってくれ、これやってくれっていう人じゃなかったらしいんですけれども。で、なんか『俳優としては俺は演技っていうのはあまり得意じゃないし、ちゃんと勉強したことがないんだよ。自信がないんだよ』みたいなことをたけしさんに言ったっていうのが非常に有名な話ですね。

(山里亮太)へー!

(町山智浩)『俳優、向いてないと思うんだ』っつって。それで、田中邦衛さんと2人でたけしさんにね、『相談があるんだ』っつって。『なんでしょう?』って言ったら、『俺と田中邦衛で漫才コンビやろうと思うんだ』って言われたって(笑)。

(赤江・山里)ええーっ!?

(町山智浩)たけしさんが(笑)。これ、オールナイトニッポンで話してましたね。『それ無理だからやめておけ』って話したらしいんですけど(笑)。

(山里亮太)へー!どんな漫才やったんだろう?

(赤江珠緒)(笑)。こんなに俳優で大成してるのに。

(町山智浩)でもその健さんがね、自分で企画した映画っていうのがあって。2000年代に入って作った映画で『ホタル』っていう映画があるんですよ。それはね、特攻隊の生き残りの役なんですね。健さんが。で、自分の友人の特攻隊員が死んでいって、その残された彼女、婚約者と彼が結婚して、ずっとその特攻隊として死んでいった親友を供養している男の話なんですね。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)これは健さんが自分が映画化したいってことでやって。で、これは実話をもとにしていて。これ、その頃日本って韓国を自分の領土にしてたんで。韓国の人も日本人として戦争に参加してるんですね。で、特攻隊員として元々朝鮮の血を持つ、当時は日本ですけども。人たちが14人、特攻隊員として死んでるんですよ。日本のために命を捧げてるんですね。で、そのことをもとにした話で。高倉健さんが死んでいった朝鮮系の親友のために韓国に行くっていう話なんですよ。

(赤江・山里)へー!

(町山智浩)で、この映画の上映のために高倉健さんは韓国まで行ってるんですよ。その後、中国で映画に出た話もしましたけども。この人は中国に行っても、韓国に行っても、どこ行ってもそうなんですけど。そこらへんにいる普通のエキストラの人とか手伝いの人とか、全ての人に頭を下げて挨拶をするらしいんですよ。

(赤江・山里)はー!

(町山智浩)で、どこに行っても尊敬される人なんですが。

(赤江珠緒)人格者だ。本当の。

(町山智浩)本当に、いくら、時間が足りないんで。ええと、最後にフルコーラスでかけてくれないか?ええと、高倉健さんっていうとこの曲なんで。これは高倉健さんのための歌です。野生の証明から、『戦士の休息』でお別れしたいと思います!

(赤江珠緒)わかりました。町山さん、急遽ね、今日は高倉健さんのお話をうかがいました。ありがとうございます。では、映画『野生の証明』の主題歌。町田義人『戦士の休息』。

<書き起こしおわり>

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