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ファンキー加藤・玉袋筋太郎 プロレスを熱く語り合う

ファンキー加藤・玉袋筋太郎 プロレスを熱く語り合う たまむすび
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ファンキー加藤さんがTBSラジオ『たまむすび』に出演。玉袋筋太郎さんとプロレス者同士で熱いプロレストークを繰り広げていました。

(小林悠)今日のゲストはファンキー加藤さんです。

(ファンキー加藤)よろしくお願いします!

(玉袋筋太郎)よろしく!はじめまして。

(ファンキー加藤)はじめまして。玉さん、会いたかったんですよー。

(玉袋筋太郎)いやいやいや、コンディション良さそうだね、なんか。

(ファンキー加藤)コンディション!もちろん仕上げてきましたよ!

(玉袋筋太郎)仕上げてきたね、今日。

(ファンキー加藤)仕上げてきましたよ、この番組のために!当たり前じゃないですか!

(玉袋筋太郎)ありがとうございます。ハツラツとしてるね!

(小林悠)コンディションばっちりだなって伝わってきました。肌ツヤもそうですね。

(玉袋筋太郎)こっちはもう、インサイドワークでね、試合を進めていこう!

(小林悠)ちょっとわかんないですけど(笑)。

(玉袋筋太郎)まずロックアップした瞬間でわかるから。

(ファンキー加藤)(笑)。わかります。わかります。

(小林悠)待ってください!プロレスの話、しますから。ちょっと待って下さい。じゃあファンキー加藤さんの簡単なあらすじとその筋をご紹介します。1978年、東京都のお生まれで現在35才です。中学時代にロックバンドBOOWYにあこがれると、友達とバンドを組み、ボーカルを担当。身も心も氷室京介さんになりきります。ロックに夢中になった後、ラップグループスチャダラパーの影響を受けラップを始めると、2004年に地元八王子でファンキーモンキーベイビーズを結成。リーダーをつとめます。2006年『そのまんま東へ』でメジャーデビューすると、程なくして人気に火がつき、2009年にはNHK紅白歌合戦に初出場。解散まで4年連続で出場します。その後グループは人気絶頂の中、夢の舞台である東京ドームでライブを行うと、惜しまれつつも解散。待ち望んでいるファンのため、すぐにソロ活動をスタートさせると今年だけで3枚のシングルをリリースするなど精力的に活動をされていらっしゃいます。

(玉袋筋太郎)そうだね。

(小林悠)そして当番組たまむすび調べによりますと、ファンキー加藤さんのその筋は・・・その1 どんなに忙しくても週刊プロレスだけは欠かせない筋、その2 八王子市が一丸となって応援してくれた筋、その3 最初で最後のつもりでMステ出演もバチコーン!とハマった筋、その4 ファンキー加藤さんに便乗 お母さんの酒まんじゅうの筋、その5 逆に目立つ だから芸名はファンキー加藤の筋、その6 スナックの大先輩である玉さんに弟子入りしたい筋、その7 今週発売のサードシングル『太陽』の筋と7本の筋が張ってらっしゃっています。

(玉袋筋太郎)いやいや、すごい経歴で。やっぱり紅白だもんねー!

(ファンキー加藤)出させていただきましたね。

(小林悠)その加藤さんが玉さんに憧れているって話なんですから。

(玉袋筋太郎)いやいやいや、紅白に出るってことはね、それまで払ってきた公共料金を回収する!ってことだから。

(小林悠)NHKの(笑)。

(ファンキー加藤)(笑)

(玉袋筋太郎)俺、NHKはそういうつもりで出てますから。

(小林悠)公共料金ではないですけどね。

(ファンキー加藤)そこに関してはノーコメントを・・・

(小林悠)(笑)

(玉袋筋太郎)しかししかし、どっから行こうかね?やっぱり、『どんなに忙しくても週刊プロレスだけは欠かせない筋』。これ、行きましょうか。

(ファンキー加藤)もうプロレスは大好きなんですよ。

(玉袋筋太郎)プロレスの話はしすぎるとヤバいってことで、事務所に止められてるって・・・

(ファンキー加藤)(爆笑)

(玉袋筋太郎)手かせ足かせがついてるって。

(ファンキー加藤)そう。30分番組で20分ぐらいしゃべって、ぜんぜん曲のプロモーションができないじゃないかって、怒られちゃったりするんですよ。

(玉袋筋太郎)ね。まあこれ、プロレスファンとしてやっぱり最初に聞くのが、どこ派だ?って。派閥になるんですけど。スタート。

(小林悠)私もそれ、昔聞かれたんです。

(玉袋筋太郎)入り口はどちら?

(ファンキー加藤)入り口はそうですね。僕は新日本プロレス。

(玉袋筋太郎)よし!ならいい。

(ファンキー加藤)ただね、玉さんはいたるメディアでですね、平成プロレスを認めない筋があるんですけど・・・

(玉袋筋太郎)やべー、来た!シュート仕掛けてきたぞ、おい。

(ファンキー加藤)昭和プロレスファンはですね、やっぱりいまのプロレスに対してちょっとこう否定的な意見を持つ人が多くて。玉さんもその第一人者として・・・

(玉袋筋太郎)そうなんだよね。急先鋒っちゅーかね、古臭い。頭が固い。大木金太郎のように固い!

(ファンキー加藤)(笑)。ヘッドバットですね。頭突きの。

(玉袋筋太郎)そうなんだよ。俺もだから、心を変えなきゃダメなんだよね。だって週刊プロレスっつったら俺、ターザン山本の活字プロレス時代だから。

(ファンキー加藤)(笑)。僕、その時ゴング派だったんで。

(玉袋筋太郎)ゴング!ああ、いい!

(ファンキー加藤)山本さんのちょっと私情が入りすぎた記事がいまいち好きになれなかったみたいなところがあったんですよ。

(玉袋筋太郎)じゃあGKの。

(ファンキー加藤)GKのフラットな記事の方が僕は好きだったんですけどね。

(小林悠)GKって何?ゴールキーパーですか?

(ファンキー加藤)ゴング金沢の略ですよ(笑)。

(玉袋筋太郎)そうなんだよ。どうなの?このプロレスの話(笑)。

(小林悠)どれぐらいの方がついてきてるんでしょうかね?ぜんぜんわかりませんが。

(ファンキー加藤)そうですね。ちょっと突っ込みすぎたかなと思いますけど。でも昔本当にプロレスラー目指していた。

(玉袋筋太郎)らしいね。

(ファンキー加藤)中学生の時にちょっと僕だからすこしね、肩幅とかデカいのも、その時に腕立て伏せと腹筋とスクワットを毎日100回ずつやってたっていうのがあって。で、新日本プロレスに入団したいです!っつって。でも身長がちょっと届かなくて断られちゃったりとか。

(玉袋筋太郎)いやいや、立派だよ。それだけやった。ヤングライオンですよ!

(ファンキー加藤)(笑)

(玉袋筋太郎)加藤くんはヤングライオンだよ。

(ファンキー加藤)(笑)。それ、うれしい。それ、うれしいっすね!いままででいちばんうれしいっすね!

(小林悠)何用語ですか、いまの?

(玉袋筋太郎)ヤングライオンですから、新日本プロレスの若手の登竜門ですよ。で、それをヤングライオン。ヤングライオン杯っつーのがあって。

(ファンキー加藤)そうですね。そこで優勝するとだいたい海外に行きまして、武者修行して、ビッグになって帰ってくるっていう。いちばんの成功例が天山でしたね。

(小林悠)ぜんぜんわかんないです。

(玉袋筋太郎)天山・・・?

(ファンキー加藤)あ、ほら!玉さん、やっぱり合わないわ。

(玉袋筋太郎)天山・・・かな?

(ファンキー加藤)じゃあ誰なんですか?

(玉袋筋太郎)そりゃ武藤だとか蝶野とか。

(ファンキー加藤)若干の世代のズレが。

(玉袋筋太郎)ズレだね。天コジ世代なんですよ、だから。

(ファンキー加藤)そうですね。どちらかと言うと。

(玉袋筋太郎)天山と小島っていうの。その時代のプロレスが俺はちょっとダメで。『行っちゃうぞ、バカヤロー!』みたいなのが。

(ファンキー加藤)(爆笑)

(小林悠)あの・・・スタジオの男性陣の笑い声がうるさい(笑)。

(玉袋筋太郎)ごめん、ちょっとマニアックすぎた(笑)。

(ファンキー加藤)そうですね。ごめんなさい、ごめんなさい。

(小林悠)意気投合しているのはわかりました。

(玉袋筋太郎)とにかく週プロが好きで。総合とかはどうなの?

(ファンキー加藤)総合も見ました。もう全体的に。で、いまキックボクシングジムに行って。だから格闘技好きなんですよね。全般。

(玉袋筋太郎)キックはどのジム?あ、言っちゃダメ?

(ファンキー加藤)いや、大丈夫。バンゲリングベイという。

(玉袋筋太郎)あー。またバンゲリングベイっつーのがいいじゃない。

(小林悠)それはどういいんですか?

(玉袋筋太郎)やっぱりファミコン世代ですよ。バンゲリングベイ。

(ファンキー加藤)ファミコンの名作なんですよ。

(小林悠)ほう!?女性としてはちょっとついていけない・・・

(玉袋筋太郎)小林さん、わりーわりー!キックボクシングやってんだ。すごいなー!

(小林悠)よかった。これで温まりました。この場所が。

(玉袋筋太郎)プロレスの入団希望ってすごいよ。そこまでやるの。いちばん好きなレスラーは誰なの?

(ファンキー加藤)ええとですね、いちばんで言うと武藤敬司さんっすかね?

(玉袋筋太郎)やっぱり。天才だよ、天才。

(ファンキー加藤)天才ですよ、あの人は。

(玉袋筋太郎)いちばんコレも強かったっていうんだよ。コレ。

(ファンキー加藤)そうそう。そうなんですよ!船木さんとかね、鈴木みのるさんとか、みんな言ってますけど。

(玉袋筋太郎)言ってるけど、ガチンコやらせたらやっぱり武藤敬司がいちばん強かったらしいよ。

(ファンキー加藤)そこにやっぱりちょっとまた夢がありますよね。

(玉袋筋太郎)幻想だよね。本人もそう思ったらしいもん。ずーっと柔道やって、そっからプロレス入ったから。競技をやっている人間っつーのはいちばん強いんだっていうのをわかっていたと。だから格闘技路線にいった人たちっていうのはいるんだけど、元々競技をやってないから。そんなの大したことねーなって言って武藤敬司と前田日明は遠征先の旅館で殴りあったわけよ。

(ファンキー加藤)旅館がボコボコになった(笑)。

(玉袋筋太郎)すいませんすいません。外人レスラーは誰?

(ファンキー加藤)外人レスラーっすか?外人レスラーはそうですね・・・誰だろうな?

(玉袋筋太郎)WWE?

(ファンキー加藤)WWE・・・でも外人レスラーってデカい選手が好きですね。

(玉袋筋太郎)デカくなきゃ。外国人選手っつーのは。

(ファンキー加藤)ブロック・レスナー、アンドレ・ザ・ジャイアント。デカいだけで強いっすからね。単純に。

(玉袋筋太郎)そうだよ。だから高山だって強えーんだ。

(ファンキー加藤)196センチありますからね。

(玉袋筋太郎)そうだよ。もう酒やめたんだよ、あいつは。黒ホッピー飲んでるんだから。焼酎いれないで。焼酎抜きの黒ホッピー。なんの話してんだ?ちょっと、行こう!行こう!

(ファンキー加藤)ちょっとプロモーショントークをそろそろ・・・

(中略)

(玉袋筋太郎)でもこの、八王子の京王八王子ショッピングセンターっていうのもやってるんだ。いま。ソロになって。

(ファンキー加藤)やってますね。ソロの一発目のライブはやっぱり地元八王子のショッピングセンターの屋上でやったりとかして。

(小林悠)ええーっ!?

(玉袋筋太郎)かっこいい。それがいいじゃない。

(小林悠)でもこれぐらいの方だとデパートとかでもうしないじゃないですか。営業みたいなの。

(ファンキー加藤)いや、もちろんその意見に否定的な声もあったんですけど。単純に僕はもう地元からソロの第一歩を踏み出したいなと。要は地元から応援を受け、追い風がほしかったので。地元からスタートっていうのがいちばん僕らしいかなと思いましてですね。

(玉袋筋太郎)原点回帰だな。やっぱり後楽園ホールから始めるっていう。

(ファンキー加藤)そういうことです!そこから東京ドームを目指すっていうことです。

(小林悠)あの、それいまプロレスの話にすり替えましたよね?

(玉袋筋太郎)あれだけドームでプロレス興行やっているところで、コンサートやってるってところがやっぱり・・・

(ファンキー加藤)僕ね、それね、感慨深いものがありましたよ。95年、新日本プロレス・UWFインターの全面対抗戦見に行った、その舞台でですよ!歌えたっていうのがですね。『ああ、ここ長州力が通ったのかな?ここは高田延彦が歩いたのかな?』みたいなのが。

(玉袋筋太郎)『よし、押さえろ!』って言ったらしいよね。スタッフが。『ドーム、よし、押さえろ!』って。

(ファンキー加藤)『1・9押さえろ!』ってね。長州力さんが。あの伝説の。

(玉袋筋太郎)(笑)。伝説の。押さえちゃったんだから。

(ファンキー加藤)そうなんですよ。

(小林悠)あの・・・また戻りましたよね。プロレスの話にね。

(ファンキー加藤)えっ?あ、そうですか。

(玉袋筋太郎)でもやっぱりこう、ドームの天井なんか眺めてみると、すごいいいもんじゃないの?

(ファンキー加藤)そうですよ。『これが橋本真也が見た景色か・・・小川のSTOを食らった後にこれが見た景色か・・・』ってですね。

(小林悠)あの、いま10分たちましたけど、ずーっとプロレスの話してるので。

(ファンキー加藤)(爆笑)。たのしー!たまむすび、楽しい!

(小林悠)音楽の話を・・・あの、ありがたいですけどね。

(中略)

(玉袋筋太郎)いや、でもこのファンキー加藤っていう名前もいいじゃない。レスラーっぽいよ。だってジャンボ鶴田とか。

(小林悠)ラッシャー木村さんとか。

(玉袋筋太郎)ラッシャー木村とか、そういう系譜ですよ。

(ファンキー加藤)それ、そう。まったくその通り。

(小林悠)それをイメージしてつけたんですか?

(ファンキー加藤)つけましたね。そうです。

(小林悠)本当ですか?

(玉袋筋太郎)適当でしょ?

(ファンキー加藤)いやいやいや(笑)。適当じゃない。っていのは、あのね、当時僕ラッパーとして活動してたんですけど、ラッパーの人ってちょっと横文字のかっこいい名前が多いじゃないですか。英語の。『ナントカG』とか。『シャイニングF』みたいな。そういうの。ちょっとわかんないけど。なんかそういう名前が多い中で、ちょっとファンキー加藤っていうこういうユニークな、ユーモアのある名前でやったら少し目立てるかな?って。ただ単純に目立てるかな?と思ってですね、ファンキー加藤って名乗りだしてもう早10何年ってたちますけどね。

(玉袋筋太郎)これ、ファンキー一門っていうのはあるのかね?やっぱり。爆風スランプのファンキーなんとかっていう人も。

(ファンキー加藤)ああ、ファンキー末吉さんも。やっぱりいつかお会いしたい。ご挨拶できたらいいなと思いますけどね。

(玉袋筋太郎)やっぱり兄さんにあたるね。ファンキー一門の。

(小林悠)襲名してるわけですからね。

(玉袋筋太郎)そうなんだよ。いや、うれしいじゃない。こういう芸名をつけるっていうのが。ほら、お笑いの人だっていまだいたい本名で名前いったりするじゃない。だから大事なんですよ、こういう。玉袋筋太郎とかね。ダイオウイカ夫とかね。

(小林悠)ダイオウイカ夫さん、すごいですね(笑)。

(玉袋筋太郎)ダイオウイカ夫っていうのがいるんだ、いま(笑)。大神本舗っていうのがね、芸名を改めてダイオウイカ夫って。もうわけわかんねーよ(笑)。

(小林悠)名前がね、ちょっと個性的っていうのでも2人の共通点がありますけど。

(中略)

(小林悠)曲紹介、ちょっとお願いしていいですか?

(ファンキー加藤)はい。3枚目のシングル聞いてください。ファンキー加藤で『太陽』。

(玉袋筋太郎)素晴らしい!やっぱりこの時期にね・・・清々しくなった。

(小林悠)玉さん!

(ファンキー加藤)曲の感想って!曲、聞いてないじゃないですか!

(玉袋筋太郎)なんか青空のね、野球場。デーゲームでホームラン打った感じかな?

(ファンキー加藤)(笑)

(小林悠)さっき、ずっとプロレスの話してました。

(ファンキー加藤)プロレスの話で終始おわっちゃったじゃないですか!

(玉袋筋太郎)すいません。

(小林悠)蔵前国技館が・・・みたいな話してましたね。ずっとね。

(ファンキー加藤)いまのプロレスには山本小鉄が足りないとか。そういう話ばっかりだったじゃないですか。

(玉袋筋太郎)すいません。いや、太陽ですよ、太陽。これですよね。もうソロになってどうですか?

(ファンキー加藤)(爆笑)

(小林悠)急に戻さないでくださいよ。

(玉袋筋太郎)それまでさ、トリオを組んでたわけだから。闘魂三銃士がいきなり1人になるわけだから。

(ファンキー加藤)1人になったわけですからね(笑)。

(小林悠)プロレス用語が出ましたけど。

(ファンキー加藤)いや、でもいまは本当にもう、最初ね、ソロになった当初はちょっと不安もありましたけど、いまたくさんの人から応援していただき、スタッフさんと一丸となってですね、がんばってます。少しずつ、1人の歩き方というか、歩幅がわかってきたかなという感じはしています。

(玉袋筋太郎)歩幅ですよ。やっぱり歩幅もね、日本のレスリングとね、アメリカのは違うから。

(ファンキー加藤)(爆笑)

(小林悠)もう今日は全ての話題がそっちに終結(笑)。

(玉袋筋太郎)そして!9月3日には待望のファーストソロアルバム!『ONE』ですよ。ONE!

(小林悠)リリースが決定しています。

(玉袋筋太郎)ZERO-ONEですよ!

(ファンキー加藤)ゼロワン(笑)。ゼロワンは違いますよ、団体になっちゃう。

(玉袋筋太郎)で、9・19、9・20にはですね、武道館で・・・

(小林悠)その言い方だとプロレスになっちゃう。9月19日、9月20日。

(ファンキー加藤)その言い方、プロレスのやつ(笑)。

(玉袋筋太郎)武道館ですよ!

(ファンキー加藤)ワンマンライブがあります。

(玉袋筋太郎)それでなに?来年。1月から全国38箇所でですね、サーキットですよ!

(ファンキー加藤)(爆笑)

(小林悠)ライブツアー!

(玉袋筋太郎)サーキット、始まるわけですよ。やるなー!

(小林悠)もういい加減にしてください。

(ファンキー加藤)ヤバい(笑)。ヤバいっすね!これ。いやー、今日楽しいなー!

(玉袋筋太郎)(笑)

(小林悠)そりゃ楽しいでしょうよ!ちょっと!28分間、ほとんどプロレスでしたけど。

(ファンキー加藤)なんか俺、しゃべり忘れたことあるかな?大丈夫ですね。

(玉袋筋太郎)オッケー、オッケー。

(ファンキー加藤)詳しくはホームページ見てください!チェックすれば全部出てるんで。よろしくお願いします。

(小林悠)(笑)。楽しい空気は伝わったと思います。ファンキー加藤さんをお迎えしました。ありがとうございました。

(ファンキー加藤)ありがとうございました!

<書き起こしおわり>

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