武井壮さんが2026年10月20日放送のニッポン放送『ナイツ ザ・ラジオショー』の中で大反響を呼んだNHK『ファミリーヒストリー』について話していました。
(塙宣之)先週水曜日に一緒にご飯を食べました。浅草で。
(武井壮)ああ、そうですね。浅草で。
(塙宣之)面白かったなー。
(土屋伸之)『ファミリーヒストリー』がやっぱりね、話題になって。だから去年の7月に来た時に「ご飯、行きましょう」みたいなのをすごい言ってくれていたから。僕はその直後に行ったんですよ。2人きりで。
(武井壮)直後に行きました。神楽坂で。2人でしっぽりと。
(土屋伸之)2人でね、おでん屋さんに入ってね。
(武井壮)そうですね。3時間ぐらい。
(土屋伸之)その時は僕が相談する感じでした。「今、受験中なんです」みたいな。夢を聞いてもらうみたいな感じでしたけども。あの時はまさか……武井さんの身の上話はさらっと言ってたんですよ。なんかちっちゃい頃に両親が離婚して……みたいな感じでさらっと言ってたんで。それが中身、あんなことがあったのかと。
(武井壮)ご覧になっていただいて。
(土屋伸之)『ファミリーヒストリー』を見て。感動しましたよ。
(武井壮)いや、ありがとうございます。本当……なんていうか、恥ずかしいですよ。あんなのは。世に晒すのは。全裸にされたみたいな気持ちでしたから。
(土屋伸之)そんな感じでした?
(武井壮)本当に……「これ以上、出すもんないぞ」っていうぐらい出しているんで。
(塙宣之)だからなんか聞いてはいたんだけどね。「そういうことだったんだ」みたいなところlでしたけど。すごいですね。NHKね。
(武井壮)NHKの取材力。半年以上、いろいろ探っていただいて。僕は「別に母親の件に関してはあんまり触れないでいいです」って伝えてたんですよ。「もう会わないと思うんで」みたいなことを言っていて。
(土屋伸之)でも「会いたい」はあったでしょう?
(武井壮)「会いたい」とかっていうよりも、なんというか、どんな人かは知りたいっていうのがあって。でもなんか、やっぱり亡くなっちゃったお兄ちゃんのこともあって。兄ちゃんは「母ちゃんに会いたい、会いたい」って言いながら死んでいったもんで。「できれば兄ちゃんところに墓参りでも行ってくれたら……」ぐらいの気持ちがあったんですよ。「会いに行ってあげてほしいな」っていうのはあったんですけど。僕はまあまあ「もう1人でやっていこう」って決めた日があったんで。だから「会うよりも母ちゃんが幸せに暮らしててくれたらいい」と思っていたんです。1人で別れた後もずっと、ひもじい思いをして暮らしていたり、寂しい思いして暮らしていたりだったら……「もし、そんなんだったら教えてください」って伝えてたんです。
(土屋伸之)それもわからない状態ですもんね。
(武井壮)全くわかんなかったんで。そしたら結果、去年にお亡くなりになっていたっていうことがわかって。で、スタッフの方も「どうしよう?」ってなったらしいんですよ。「いないんだ」ってなって。それでマネージャーにも「どうしようか?」みたいな相談をして。僕には伝えられないので。あれは本番一発で見せられるものなんで。でもまあ、その母親が30何年、一緒に暮らした旦那さんがいらっしゃって。で、彼は僕らが子供だっていうこととか、彼女に子供がいるってことを知らぬまま暮らしていた。内緒にしていたというか。
(塙宣之)「武井壮のお母さん」っていうことを言わないで。
(武井壮)たぶん新たな人生を歩もうとしてたんだと思うんですよね。やっぱり子供と引き離されて、辛い思いがあっただろうから。だからそういうのも僕はなんとなく、そうじゃないかって思っていたので。だから「もし幸せに暮らしていたら、会うつもりはない」って僕は伝えてたんです。だけどやっぱり亡くなっちゃっていたってことがわかって。で、しかも旦那さんが最初は取材を拒否されたんですよ。「僕みたいなのが出てもしょうがないんで。お子さんいるのも知らなかったんで、お断りします」っていうのでお断りをされたんだけど。
なんかその後、僕がSNSで投稿していた文章を読んでくださって。僕は母親に関する文章を1個だけSNSに載せてたんですよ。ちっちゃい頃、好きだったアイスを母親が買ってきてくれて。で、好きなブドウ味を2本、残しておくのが僕の癖だったんですよ。そのブドウ味を楽しみに学校から帰ってきたら、ブドウ味が食べられちゃっていて。「あれ? 誰か、食べたの?」っつったら、それが母親だったんですよ。で、僕は母親に悪態をついて。冷蔵庫を蹴っ飛ばしながら「なんで食べちゃったんだよ!」って言ってグレたんですよ。ちょっとね。そしたら親父に蹴り飛ばされて。「お前、お母さんが買ってくれたアイスだろ! なんでお前がそんな文句を言えるんだ?」って。僕はもうそれがショックで。「その通りやな」と思って、押し入れに引きこもりまして。そんな思い出があったんだけど。そんなことを未だに覚えてるぐらいだから、一緒に暮らしてない母ちゃんも覚えてるかもしれない。もし幸せに暮らしてるなら、そんなことは忘れておくれよ。俺は優しくしまった記憶しかないんだっていうような。
SNSに投稿した母親との思い出
オレの母親はオレにすごく優しかった記憶しかない
どんな我儘を言っても『壮ちゃん壮ちゃん』と可愛がってくれていた小学生の頃、そんな母親がオレが好きなアソートのアイスを買ってきてくれて、その中に入ってるブドウ味がいちばんのお気に入りだった
ある日帰ると一本残しておいたブドウ味が無くなってて、誰が食べたの?と聞いたら母親が食べたことが分かった
オレは子供だったから
バカみたいにごねて喚いて
『なんで食べちゃうの!』と母親を責めたのを今も覚えてる
親父はオレのケツ蹴り飛ばして怒って、ママが買ってきてくれたんだろ!と叱った
その通り過ぎて
猛烈に恥ずかしくなって申し訳なくて押し入れに引き篭もったそれから少し経って
母親が家からいなくなった
父親と離婚して実家に帰ってしまったと後から知った中学くらいまで
『オレが悪かったのかな』
『嫌われちゃったからなのかな』
ってずっと思ってた
そんな訳無いんだけどさそんな訳なくても
オレがこんな歳になった
今でも忘れてないんだから
たぶんあの事を母親に謝りたいんだと思う
悲しい思いさせてごめん
いつも優しくしてくれてたのに
あんな小さな事で駄々こねて
ごめんなさいって
伝えたいんだと思うそれもできないまま
何十年も会えなくなったから
あんなのが思い出になってたら
申し訳なくてさ勝手だけども
オレは愛されて、可愛がられて
笑顔で見つめてもらった思い出がほとんどなんだよ
恨みもひとつもないからさ
もし覚えてたら
忘れておくれよ一緒に暮らせた10年間くらいは
今でも幸せな思い出だらけだし
こんな人生を送れてる今も
産んでもらえて感謝しかないのでごめんなさいとありがとうを
今のうちに伝えておきます
生きてて
オレのツイート見てたりしたら
許してね
幸せに暮らしててくださいなみなさんも
謝りたくても謝れなかった事
ありませんか?
もしあったら伝えてみるといいよ— 武井壮 (@sosotakei) November 3, 2025
(山崎ケイ)その話だけで泣けますね。泣けてくる……。
(塙宣之)再婚してたご主人さんが「武井壮さんってどんな人なのか?」っていうので、SNSをいろいろ調べたら自分の奥さんのことをこんなによく思ってくれてたんだって。じゃあ、NHKに「ダメだ」って言ってたのにもう1回、「いいですよ」って。
(武井壮)電話をくれて。
(塙宣之)で、その後にね、遺品を整理してたら最後……。
(武井壮)それね、なんかもう写真はなかったらしいんですけど。旦那さんが「思い出してみたらそういえば遺品整理の時、なぜか武井さんの写真が2枚入っていた」って。それはたぶんね、処分しちゃっていたんですよ。「ファンだったのかな」ぐらいに思っていたっていう。「でも、よくよく考えてみたらあの時にやった写真は息子さんの写真だったんだ」っていうのに気づいて。「私には30何年、一緒にいた京子のことを武井さんに伝える義務がある」っていうのでNHKに連絡してくれて。それであの番組が最後、成立したということだったんです。
(塙宣之)ダメだ、もう……クソッ! 泣きそうになるじゃないか。どうしたらいいんだろう……。
(山崎ケイ)全然泣きそうに見えない(笑)。
(土屋伸之)その時も棒なんだね(笑)。残念ながら。
(武井壮)棒でしたね。だいぶ棒(笑)。まっすぐな棒。びっくりした。ケイさんは号泣(笑)。
(山崎ケイ)いや、本当に……いい話っていうか、なんかね。
(塙宣之)その、どこまで話せるかわかんないけど。子供の頃にね、要するに修徳に入った時も全部、トップの成績だった。「なんでそんなに頭が良くなったんですか?」って単純に思うじゃん。要するに独学で……これ、どこまで話せるのか、わかんないけど、すごい体育のあれを見てさ。
(武井壮)はい。全然大丈夫です。
(塙宣之)そうそう。子供の頃に外を見ていて、とかっていう。あれもすごかったですよ。
(武井壮)本当、なんか寂しすぎて。親がいなくなった後。僕、ママっ子だったから「お母さん、お母さん」って言っていて。「お母ちゃん、今日学校が終わったら、いる?」って聞いたら「いるよ」って言って。それで帰ったら、いなかったんですよ。それでグレて家出したぐらいママっ子だったんで。本当、いなくなっちゃったことが寂しすぎて。ずっとマンションの6階の窓から、いつも帰ってくる交差点を何時間も眺めていたんですよ。
(山崎ケイ)泣ける……。
(武井壮)本当にね、ちっちゃい頃の思い出なんですけど。その時に、なんかおかしなことになっちゃって。寂しすぎて、脳がバグっちゃったのか、もうなんか道路を通ってる車の色と数が全部、計算できるようになっちゃったりして。おかしな能力が身についちゃって。それでなんか「スポーツと勉強で自分はもう1人でやっていくしかない」って思った日があって。で、「走るのが速くならないと勝てない」とか思って。近所の体育大のお兄ちゃんに「なんで走ると疲れるのか? 疲れなきゃずっと速く走れるのに」って質問をしに行ったら「そんなことを考えてるの? すごいね。じゃあ、それの答えはここに書いてあるから」っつって。前の年に使った体育大の教科書を全部くれて。「これを読んだら大体のことはわかるよ」って。
体育大の教科書を読み込む小学生の武井壮
(武井壮)で、それを読むのが日々の日課になって。辞書を引きながら全部、意味を解明しながら。運動生理学とか解剖学とか、そういう本を全部、読み切ったんですよ。2年ぐらいで大学の教科書を読み切っちゃったんですよ。だから中高、「特待生ですごい」とか「頑張った」とか言われるんですけど。もうその頃には学力が備わっていたんで。中学校の教科書なんかもらった時、「これ、バカにしてんのかな?」と思って。簡単すぎて。「なんだよ、これ?」って思って。で、ほとんどテストで90点から100点ぐらいの点数を取っていたんで。ずっと6年間、一番を取り続けられて学費も全部、タダにできて。なんとか親がいないけど中高を卒業できたっていう。1円も使ってないんですよ。
(塙宣之)ドラマになるでしょう? だから『室伏広治物語』のライバルとして……。
(土屋伸之)主役は室伏さんなんだ?(笑)。
(塙宣之)主役は室伏光治です。最大のライバルとして……(笑)。
(武井壮)でも、それかあれですね。やっぱりナイツさんに俺のこのエピソードを元にした言い間違えの漫才を作ってもらうかっていうのが……。
(土屋伸之)「武井壮をヤホーで調べました」って?
(塙宣之)いや、それ、笑っていいのかよ? 言い間違えとかじゃないじゃん?
(武井壮)「百獣の王」を言い間違えるとしたら何なんですかね? 「百獣の王っておっしゃってるんですけど」っていうのを言い間違えるとしたら……?
(塙宣之)たしかにね。百獣の王。そこから入りますけども。
(土屋伸之)だからスポーツも勉強から入ったっていうことですもんね?
(武井壮)そうなんですよ。本当にそこから入って。
(土屋伸之)「頭で考えたらわかる」っていうことからなんだ。スポーツが得意になるのも。
(武井壮)物理学の先生のところとか、大学にお邪魔して。「重みのあるものが速く移動する。しかも小さい力で移動するにはどういうことが必要なのか?」っていう質問しに行って。「それができれば当時、40何キロあった体重の僕がちっちゃい力でも遠くに他の人より速く進める方法がわかるだろう」と思って聞きに行ったりしてたんですよ。だからそんなので数式とかを使って説明されて。「ちょっとこの意味はわかんないんですけど。要はできるだけ小さい力でできるだけ遠くにできるだけ速く移動するための力は、その物体の重さと垂直方向にかかってる重さ。もしくは進み出したら移動してる時は垂直方向にかかる重さが軽くなる。っていうことは1歩ずつ、使える力が違うってことですか?」みたいな質問を大学の先生にしていたんですよ。小学校5年生の時に。
(土屋伸之)全然わかんない。
(山崎ケイ)意味がわからない……。
(塙宣之)泣けよ!
(武井壮)全然泣かない。カラッとしちゃって。
(土屋伸之)難しいことを言われたら……。
(武井壮)アリゾナみたいになって。
(山崎ケイ)途中から何言ってるのか、全然わからなかった。
(武井壮)あんなに泣いていたのに。もう1回、母ちゃんの話をしましょうか?(笑)。
(塙宣之)そういうのはやめてほしいですけど(笑)。


武井壮さんの『ファミリーヒストリー』、素晴らしかったですね。武井さんがSNSに投稿していたお母様との思い出を見て、再婚された方が思い直して連絡をしてくれたというお話、本当に素敵です。