パンサー向井とノブコブ吉村 東京吉本一枚岩計画・最初の失敗を語る

パンサー向井とノブコブ吉村 東京吉本一枚岩計画・最初の失敗を語る むかいの喋り方

平成ノブシコブシ吉村さんが2026年9月8日放送のCBCラジオ『#むかいの喋り方』に出演。パンサー向井さんと『アメトーーク!』東京吉本芸人を振り返り。かつて吉村さんが東京吉本を一本化するため、各世代の芸人をカラオケボックスに集めるも失敗した話をしていました。

(向井慧)やっぱりまだまだ聞きたい。私もやっぱりお笑い好きなので。で、吉村さんとこういう話って正直、したことなくて。

(吉村崇)いやいや、いつでも話せるよ。たぶん一番まとめれると思うよ、俺。ずっと見てきたんだから。

(向井慧)東京吉本を。

(吉村崇)下からね。結果、まったん(又吉直樹)とかってやっぱりエリートだから、上から見たりとかさ、平行線で見たりとか、あるけど。やっぱり俺は下から見てたよね。で、同期で一番最初にテレビに出たのが5GAPだから。

(向井慧)ギャップさん。『新しい波』。後の『はねトび』につながる番組ですね。

(吉村崇)で、ここで不幸が生まれるんですよ。あれって、MCがいて2組、ネタをやるわけですよ。で、5GAPはもう1年目とかのレベルじゃないぐらいの超エリート。在学中ぐらいから出てるから。平場なんかめちゃくちゃ弱いのよ。

(向井慧)はい。まだわからない。

(吉村崇)でも奇跡が起きれば受けるぐらいの実力があったんだけど、その奇跡すら起こさなかった男がいるのよ。それ、わかる?

(向井慧)わかります。劇団ひとりさん。

(吉村崇)そう、売れる前の。

(向井慧)同じ回だったんですよね。

(吉村崇)同じ回だったのよ。売れる前の劇団ひとりさんと一緒になって、5GAPがコテンパンになって帰ってくるんだよ。

(向井慧)ひとりさんが無双して。もうひとりさんの回になっちゃったとかっていう。だから、そこら辺のチャンスがあるけど掴めないとか、色々あった中で……で、僕らの「AGE AGE LIVE」のノブコブさんのイメージはもう本当に破天荒が出来上がっているというか。で、ネタもネタ時間をめっちゃオーバーするみたいな。ノブコブさんだけが。で、めっちゃオーバーするけどお客さんに悪態とかをつきながら。でもなんか結局ずっとA ageにいるっていうのがノブコブさんのイメージ。で、それぐらいで一枚岩計画というか。それで「AGE AGE LIVE」もちょっと人気が出たじゃないですか。配信のはしりみたいなところがあったので。

(吉村崇)そうね。で、あの時、東京の若手が初めて全国で……関西よりも人気があった時かな? オコチャさんが新潟で出たら拍手が起こってんのよ。「ギャー! うわーっ!」って。もう終わりだぜ?

(向井慧)終わりじゃない(笑)。

(吉村崇)そんなことないだろ?

(向井慧)新潟に劇場、ありましたもんね。よく僕らも行きましたけど。で、あの頃かわかんないですけど吉村さんが東京吉本をちょっとまとめたい、みたいな。で、なんかカラオケボックスですかね?

(吉村崇)カラオケボックス、そうね。貸し切って。

(向井慧)で、貸し切って、いろんな期の芸人集めて。その時にはたぶん僕、吉村さんとお話させてもらうようになっている?

(吉村崇)とは思うけどね。

(向井慧)なんか僕の記憶では、いつのタイミングだったかわかんないですけど。なんか「澤部とハザマと向井だ」って言われた瞬間があるんですよ。ここからなのか……「若手は向井と澤部とイシバシハザマのハザマ。この3人だ」ってなんか吉村さんに言われたんですよね。

(吉村崇)言った。言ったし、みんなにも言ってたよ。だから2/3は当たったな。ハザマがダメだったけど、まあいい方だろ? 2/3、当たりゃ(笑)。

(向井慧)それって何だったんですか? 「何だったんですか?」っていうのもあれですけど。

(吉村崇)いや、何だったかわかんないけど。感覚だよね。一緒に仕事してみた時の返しとか、普段の会話をしてる中でっていうので考えた時に出てくるんじゃないかな?

(向井慧)なんか「これ」っていうきっかけを覚えてないんですよ。なんか吉村さんとこれだけ仲良く……で、後に喧嘩とかも(笑)。

(吉村崇)喧嘩とか……「喧嘩する」っていうのもおかしいんだよ。俺が謝ったじゃない? 「ごめん。向井、ごめん!」って追っかけてんのよ。これもよくわかんねえんだよ。歳も下で芸歴も下でさ。あるよ、そういうところ。本当に。夜に呼びつけてさ。

(向井慧)すいません(笑)。あの時も……そんなことをするぐらい、まあ仲良くさせてもらって。

(吉村崇)何がきっかけなんだろうな? わかんないけどそう思っていたよ。。そのまったんとの立ち振る舞いを見てたりとか。何かを見てたんだろうなとは思うけど。思い出せはしないけど。

(向井慧)そうですよね。で、その一枚岩計画みたいなので僕も呼んでいただいて行った時に……まああの時も吉村さん、策はありましたか?

(吉村崇)ない。

(向井慧)ないですよね?(笑)。

(吉村崇)ないというか……とりあえず、俺が一番上じゃなくて。先輩も呼ぼうとか、取りこぼしをしないように集めてみよう。で、今後この人たちと飯とか食いに行けたらいいなとかいろいろ考えてこういう席順にしようと思ったら、まず重岡さんが暴走しちゃったのよ。

(向井慧)ラフ・コントロールの重岡さんですね。暴れん坊。

ラフ・コントロールの重岡が暴走

(吉村崇)暴れん坊が「ああ、もう大阪に負けないように!」みたいな挨拶をしちゃって。「あれあれ?」って。

(向井慧)やっぱりその世界にいた人でもありますからね。重岡さんって。抗争の世界に。

(吉村崇)だから本当に屋敷が言ってたように「花火をやってたら山火事になった」みたいな現象が起きちゃったんだよ。

(向井慧)それで俺が覚えてるのはもう最後、みんな酒を飲んで大喧嘩で終わった記憶なんですよ。

(吉村崇)そう。喧嘩してる部屋を回って。だって100人ぐらいいたんだよ。たしか。

(向井慧)いました、いました。で、「あっちの部屋でめっちゃ揉めてる」とか。

(吉村崇)そう。誰か……かたつむりの林かな? 林と誰かが揉めてるみたいな。で、それ止めに入ったりとか。で、まったんが「お会計、俺が払うよ」みたいなこと言っていて。「いや、大丈夫だから」ってもう各部屋、いろんなことが起こって。俺もずっといろんな部屋を回っていたのよ。でも、あれはあれで楽しかったなとは思うけど。

(向井慧)記憶にはすごい残っていて。でも、安村さんとかと話すとやっぱり安村さんはいろんなことも見てきて。一枚岩になるというよりは、もうみんなそれぞれでっていう。その世代の人って、そうなはずだと思うんですよ。上を見てきたり。

(吉村崇)いや、そんなことはないな。当時って結構、お客さんも西と東でバチバチだったのよ。だから「東の芸人じゃ笑わないよ」みたいなことがあったから。こっちもね、「西の芸人じゃ笑わないよ」みたいなのがあったから「ひとつにならないと対抗できないだろうな」っていう思いはあったんだよ。どこかで固まんないといけないって。で、ヤスをすごい今、中心人物に捉えてるじゃん? 彼が一番やばいんだから!

(向井慧)何がですか?(笑)。

(吉村崇)一番不遇の……一番の不遇だから色が付いて何も見えていないんだよ。あの頃は。

(向井慧)そう、だからヤスさんはそれ、自分でも言っていたんですよ。「その時、自分なんてもう末端も末端。一番トップの人にも名前も呼んでもらえないぐらいだった」って言うんですよ。

(吉村崇)そうそうそう。だからひん曲がってる。基本的には。思いがね。だから「一枚岩なんか」っていう風なことになる。

(向井慧)それ、めっちゃ感じます。

(吉村崇)でも、いないといけない人なんだよ。だから俺は何とか入れないといけないんだけど。ヤスはそういう……もうしょうがない。あの時のヤスを考えたらたしかにそうで。しょうがない。

(向井慧)じゃあ、割と吉村さん側の同じ気持ちの人も多いってことですね?

(吉村崇)うん。いるとは思うよ。

(向井慧)じゃあ、割と吉村さん側の同じ気持ちの人も多いってことですね?

(吉村崇)うん。いるとは思うよ。

吉村世代と向井世代の意識のギャップ

(向井慧)でも、やっぱりこの下になってくるともちろん僕、又吉さんにお世話になってますし、吉村さんにお世話になってますけど。やっぱりなんとなく上の皆さん見てると結構……やっぱりまだ体育会系だし。ヤンチャさも皆さん、残ってるし。なんか誘われたりすると「きっついなー」っていうイメージがあるんですよ。ごめんなさいね(笑)。

(吉村崇)よくないね。腰が入っていたな。「きっついなー」に(笑)。

(向井慧)それで当時、芸人のバスツアーとかって流行ってたじゃないですか。

(吉村崇)あれね。俺はほとんど行ってないんだけど。あれも悪かったね。

(向井慧)3組ぐらいで。で、僕らパンサーはギリギリ最後の方、パッて人気が出て。上のお兄さん方と3組で行くみたいな。あれ、俺の記憶ではもう最悪で! もう色々、お兄さん方も楽しんでるし。で、お酒がなくなったら「買ってこい」って言われて。もう山の上の真っ暗なホテルから山の下にあるコンビニまで1人で酒を買いに行かされて。俺、もうその先輩のこと、いまだに覚えてるんですけど。「もう絶対にこいつ、許さない!」っていう……。

(吉村崇)それ、名前を書いてよ。「たぶんこの人なんだろうな」っていうのは……。

(向井慧)(名前を書いて)この方です(笑)。

(吉村崇)ああ、ごめんな!

(向井慧)この方なんですけど。とか、もうここら辺の皆さんと僕ら、ギリギリ最後に一緒にいすぎて。「肩をもめ」とか。まあまあ、それはあることですけど。それがもう嫌すぎて。もう「上の人に誘われるの、きついな!」って。で、又吉さんとずっと一緒にいましたけど。で、割と僕は又吉さんと一緒にいるから守られている部分もあったんですよ。「まったんがかわいがってるから手を出せない」みたいなのもあって。と思うんです。

(吉村崇)あったね。そうだね。

(向井慧)で、その時に9期生が誕生するんですよ。で、みんな東京出身で。サルゴリラ、ライス、しずる、ハリセンボンさん、囲碁将棋さん。全員、もうなんか友達みたいにしてくれた先輩なんですよ。で、なんか「ああ、この先輩方、好き!」っていう。で、「もう上1本っていうよりは仲いい人たちで楽しく横でやりたいな」っていう世代なんですよ。

(吉村崇)はいはいはいはい。

(向井慧)で、(オリエンタルラジオら)10期生が出てくるんで。我々はそんな感じなんですよ。だからその吉村さんが奮起している感じがあんまりピンとこないんですよ。

(吉村崇)でもね、それって社会でもそうだけど。やっぱり同世代でいるのが楽しいよ。それは40代だったら40代。20代とか30代とか。それはそっちの方が楽しいんだけど。ただ真ん中に1本、線を入れないと。これはやっぱり伝統文化継承に繋がんないんだよ。

(向井慧)その1本を入れようとし続けようとしている?

(吉村崇)1本、入れないと無意味になるんだよ。これは。やっぱりずっと平行だから。この1本はやっぱり俺は入れないといけないと思う。だから、そこはいいよ。楽しい中でいればいいけど。上とも繋がらないといけないだろうなとは思ってるんだよ。だから仲良くみんなでとは思ってはいないけども。ひとつ、この1本芯を入れないと始まんないんですよ、歴史っていうのは。

(向井慧)その芯を担おうとしてるわけですね?

(吉村崇)そう。芯を何回も入れよう、入れようと思ってるんだけど、芯が入んないんだよ!

(向井慧)この芯が。全然入らない(笑)。

(吉村崇)入らないんだよ。

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一枚岩にしたい吉村さんと別に一枚岩にならなくていいと思っている向井さんの意識の違い、面白いですね。東京吉本芸人たちに1本、芯が通る日は来るのでしょうか?(笑)。

#むかいの喋り方 2026年9月8日

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