ニューヨークのお二人が2026年9月8日放送のTBSラジオ『パンサー向井の#ふらっと』に出演。パンサー向井さん、ココリコ田中さんと東京NSCができる前の東京吉本について話していました。
(向井慧)だってその時なんてまだ全然ですよね? たぶん。
(田中直樹)そうそう。事務所みたいなんでいうと乃木坂にある雑居ビルのワンフロアが「東京本社」ではなくて「東京支社」っていう。支社扱いやって。
(屋敷裕政)僕、この間、遠藤さんとゴルフのYouTubeで車内トークで2人で結構がっつり、2時間ぐらいしゃべらせてもらったんですよ。そこでいろいろ聞いたんですけど。なんか始まりはもう本当、素人集団やったらしいですね。東京吉本。ねえ。なんかココリコさんがオーディションを受けて受かった感じの流れとかも本当、もう『笑っていいとも!』の素人が出るオーディションみたいなノリというか。とりあえず行くんですよね、素人が。
(向井慧)素人参加枠みたいな。
(田中直樹)そう。あったのよ。
(屋敷裕政)で、名前がココリコって書かれとって。そこから始まったんです。全てが。本当よ。そうですよね?
(田中直樹)テレビを見てて。遠藤さんと大阪から東京に来たんやけど、何のつてもなくて。そこにはまだ所属もしてなかったのよ。「東京来たけど、どうする?」って。
(屋敷裕政)とりあえず1ヶ月ぐらい、遊んでたんですよね?
(田中直樹)本当に。つてがないから。で、テレビで若手の方が生放送でコント番組をやってたんよ。ネタ見せみたいな。ほんで最後に「今度、ここでいついつにライブやります。みんな、参加して」みたいな。やってたの。ほんで、それを遠藤さんと見てて。「おお、行こう」って。
(屋敷裕政)いや、当時すぎるのよ。
(田中直樹)そうやねん。ほんでネタを作って。ライブ当日よ? お昼にネタ見せしたら「ああ、いいやん。あんたら夜のライブ、出なさい」って言われて。
(屋敷裕政)もうその場で?
お昼にネタ見せしてそのまま夜のライブに出演。吉本所属に
(田中直樹)うん。ほんで「コンビ名つけなさい」って言われて。「じゃあ、どうする?」って。それで当時は「ココリコボンバーズ」やったんやけど。「じゃあ、ココリコボンバーズってつけよう」って。ほんでもうお昼にネタ見せして、夜のライブに出たのよ。
(屋敷裕政)そこからもうプロが始まったんですか?
(田中直樹)そこからずっと吉本預かりで35年ぐらい経つっていう。
(屋敷裕政)それぐらい、なんか創成期はあやふやな感じっていうか。
(田中直樹)そんなん。本当、そうやった。
(向井慧)東京吉本でじゃあここから……っていうよりは、なんか割とふわふわふわふわして?
(屋敷裕政)で、銀座七丁目劇場とかもないから。その時は。月に1回、なんか赤坂でちょろっとやるみたいなんが唯一プロの動きらしいんですよ。
(田中直樹)そう。月に1回の『バッタモンクラブ』っていう100人ぐらい入れるようなフリースペース、ライブハウスがあって。そこに自分らで照明つけて、暗幕引いて、お客さんの座布団を敷いて。
(屋敷裕政)ああ、劇場でもないんですね。もうなんとなく作るんですね。その暗幕とか吊って。
(田中直樹)そう。ライブハウス100人ぐらいしか入らないようなライブハウス、多目的スペースやったから。「じゃあ月に1回のこの日は吉本さんのお笑いライブです。1からちゃんと設営してください」ってなって。で、だから照明とか自分らでつけるからさ。誰にもスポット当たってない時とかあるのよ(笑)。ネタ中、誰にもスポットが当たってない時とか。
(向井慧)その技術はないっすもんね(笑)。
(屋敷裕政)今で言うお笑いサークルとかよりももっと荒かったかもしれないですね。
(田中直樹)そんなんやった。
(向井慧)それが東京吉本のはじまりの部分っていうことよね。
(屋敷裕政)で、その月に1回のライブ。それ以外はもう自由で。遊ぶやつは遊ぶ、バイトするやつはするみたいな……だから全然、一枚岩でもなんでもないというか。
(田中直樹)なんでもない。
(屋敷裕政)しかもそのNSCができる前ですもんね。その後に東京NSCができて。その1期が品川庄司さんなんですもんね。だからそこからなんか、ちゃんとNSCが始まってから受け継がれている感があるんですけど。やっぱりココリコさんとか極楽さん、ロンブーさんとか、なんか独特っすよね。
(向井慧)我々からするともう別っていう。
(田中直樹)そうそうそう。せやねん。全然なんかね、ちゃんとした形に染まらず、ふわふわしたまま。でも東京吉本やねん。
(屋敷裕政)でもめちゃくちゃ爆売れするっていう。
(向井慧)スター集団。ガレッジセールさんとかも。
(田中直樹)ああ、ガレッジもそうやね。
(屋敷裕政)でもふわふわしとるのに、前説とかにはすぐ、意外と呼んでもらえるんですよね。だからテレビとはめっちゃ近いんですよ。その素人集団みたいな人らとテレビが意外とここが近いんですよね。本当、不思議な時代なんですよ。
(田中直樹)そう。
(向井慧)だってココリコさんってたぶん結構、皆さんのイメージだと「大阪の吉本じゃないの?」って思ってる方もたぶん多いと思うんですよ。
(屋敷裕政)『ガキ使』ファミリーっていうか。
(向井慧)ダウンタウンさんの系譜というか。
(屋敷裕政)めっちゃ新しかったですもん。
(嶋佐和也)めっちゃココリコさんってなんか不思議っていうか。
(向井慧)ココリコさんはすごい不思議な存在。
不思議な立ち位置のココリコ
(嶋佐和也)一番不思議っす。っていうか俺、一番不思議です。田中さんが全芸人の中で。
(田中直樹)そんなわけないやろ!(笑)。俺なんかめちゃめちゃわかりやすいよ?(笑)。
(屋敷裕政)ランキングをつけたら、ほぼほぼ満票で1位です(笑)。後輩にあんまりこうガッチリ絡んだり。プライベートで仲いい人とか……プライベートで仲いい芸人とか、いるんですか?
(田中直樹)おるわ!(笑)。
(向井慧)藤井隆さんとやっぱりがっつり仲が良いから。
(嶋佐和也)藤井隆さんもミステリアスです。
(屋敷裕政)で、田中さんみたいなミステリアスな人ってほんまは怖そうって思ってまうのに、それもないじゃないですか。ほんまに優しそうやから。本当に一番不思議かもしれないです。
(田中直樹)いやいやいや、そんなことはない。まんまよ。受ける俺の印象のまんまで。全然、なんにもミステリアスでもない。本当に。
(向井慧)でも次から次に……なんか1年前からバレエを始めてたとか。出てくる。3日前にインスタ始めたとか。
(嶋佐和也)えっ、3日前にインスタ始めたんですか?(笑)。めっちゃ面白!(笑)。
(屋敷裕政)えっ、今日の3日前ですか?
(田中直樹)1週間ぐらい前(笑)。
(向井慧)不思議というか。なんか聞いたらたくさん「ああ、そうだったんですか」っていうことが。
(屋敷裕政)だから全然違うんですよ、歴史が。
(嶋佐和也)で、大変だったじゃないですか。たぶん芸能界とかも。なんかたぶん想像するに。でもその感じを全然、出しはらないというか。優しいじゃないですか。オーラも。
(屋敷裕政)これ、遠藤さんに聞いたけどココリコさんが本当に独特な人らっていうか。当時、やっぱり大阪と東京ってもう本当、ほぼ戦争状態の中、やっぱりココリコさんだけなんかヌルッと大阪の人に「めっちゃおもろいな、あのネタ!」とかいう感じというか。なんかこう、ちょっと違う感じやったっぽいですよ。そのバチバチの感じと。
(嶋佐和也)それがなんかすげえなって思うんですよね。
(屋敷裕政)ほんで極楽さんとダウンタウンさんのどっちにもかわいがられるっていう。めちゃくちゃなポジションですよね。それが面白い。
(嶋佐和也)絶対に怖いじゃないですか。当時の松本さんとか。
(向井慧)武闘派というかね。割と。
(嶋佐和也)それを浴びてるのに全然……。
(屋敷裕政)そうですよ。大阪と東京のそれぞれ一番怖い人らにかわいがられてるから。それって……。
(嶋佐和也)それでなんでこんな爽やかな……。
(田中直樹)ええやろ? 俺の話はええねん(笑)。2人の話が聞きたいねんな。俺らは!
(屋敷裕政)地獄を見た感じがしないんです。
(嶋佐和也)向井さんとかはあの当時、しっかりとブチギレてるじゃないですか。恨みノートみたいに書いてるじゃないですか。それが出てるんですよ。向井さんはやっぱり。
(屋敷裕政)そう。向井さんは悲しみがあるのよ。やっぱり。笑顔の奥に。
(嶋佐和也)怒りと悲しみをまとってるんですよ。今も。田中さんは全然それがない。
(屋敷裕政)わかんない。田中さんそれもわからんのです。だから余計に……。
(向井慧)でも確実に根っこに狂気があるのはわかる。田中さん。
(屋敷裕政)特に思いますし。
(向井慧)なんかそこら辺がまた……いや、ニューヨークの話をね(笑)。




たまたま見ていたテレビで告知していたお笑いライブ。お昼のネタ見せに行ってそのまま夜のライブに出演し、そこからずっと吉本預かりとなっているココリコ、すごいですねー。人生、なにが起きるかわからない!