宇多丸さんが2025年1月20日放送のTBSラジオ『アフター6ジャンクション2』の中で亡くなったデヴィッド・リンチ監督を追悼していました。
(宇多丸)あとはね、もちろんトランプの再就任式とかいろいろ世界は動いてるわけなんですが。ちょっとこのカルチャキュレーション番組、特に映画の話題が多いこの番組的には触れなきゃいけないこととしてデヴィッド・リンチ監督が亡くなりましたということが発表というか、わかりました。16日に発表されたんですけど、78歳ということで。お元気そうというか、キャリアも長いことですし。なんかずっと同じ調子で淡々と、飄々といらっしゃったんで。なんか「78」って聞くとまだまだお若いのになという気もしなくもない。
結構、最近はずっと闘病されててというような状況だった中でロサンゼルスの山火事があって。娘さんのお宅にご避難された先でお亡くなりになったということなんですね。だから直接的な死因がどうこうとかっていうのは発表されてないんですが、お亡くなりになっちゃって。デヴィッド・リンチ監督。山本さん……これ、先に言っておきます。すいませんね。なんかその山本さんの好みみたいなものをね、わかったような顔をしていろいろよく勧めがちですいませんけども。
(山本匠晃)世界で一番、知ってると思いますよ。
(宇多丸)でもたぶん「まず外さない」っていう、そんな自信あるっていうぐらい……っていうかね、これは別に僕に限らずある意味、山本さんの好みはわかりやすいんです。だからいろんな方が勧めやすいっていうか、勧めたくなる。そしてまたほら、見たら見たですごく喜んでくださるから、とっても嬉しい。あなたは勧め甲斐がある人なんです。で、そんな中でもデヴィッド・リンチ監督、先に言っておくと山本さん、これまでどのぐらいご覧になってるかわからないですけども。まあ絶対に山本さんは好きっていう。
(山本匠晃)僕ね、「これを機に」って思います。ちょっと触れてはいなくて。もちろん、存在は知っていましたが。
(宇多丸)もちろん年代の問題もあるでしょうからね。様々な代表作、あります。賞を取ったりしているものもあるんですけど。出世作……『エレファント・マン』という作品があって。これ、実話を元にした1980年の作品で。実在のジョン・メリックさんていう方がいて。日本とかで最初に知られたのは、その前に『イレイザーヘッド』っていう作品があって。後ほど言いますけど、1976年かな。『イレイザーヘッド』というデビュー作があって、そこからしばらく空いて『エレファント・マン』という実話をもとにした感動のヒューマンドラマと言ってもいい作品。日本でもこれが大ヒットしたんですね。
それで一気にこうメジャー監督になって。ただ、もちろん感動ドラマ、ヒューマンドラマなんですけど、その前作の『イレイザーヘッド』っていう作品がすごくカルト的な人気をアメリカではすでに博していて。で、追って日本でもそれが公開されて。やっぱりそれを見て「あれっ?」っていうか。なんていうかな。「この人、そういう感動のヒューマンドラマみたいな感覚の人なの? なんかちょっと様子がおかしいぞ?」っていうことに気づき、というか。で、あの『デューン』の最初の長編映画化というかね。『デューン/砂の惑星』が1984年に公開されます。
これ一応、失敗作みたいなことが言われてますけどでも全然、うまくいってるとこもあるっていうか。この作品ならではのすごくよさというか。ドゥニ・ビルヌーブのもちろん決定版的なパート1、2というのがありましたけど。近作のあれももちろん完成度が高いですけど。あれにはないよさっていうか。「こういうよさはちょっと欠けちゃってるよね」っていうところも全然あったりする『デューン/砂の惑星』。これはもうSF超大作。でもこれはやっぱりその資質と合ってなくて、ちょっと評価的には落としちゃった。
デヴィッド・リンチ入門として『ブルーベルベット』がおすすめ
(宇多丸)で、その後の1986年の『ブルーベルベット』。まずはデヴィッド・リンチ入門としては『ブルーベルベット』だと思うんですけど。ジャンルで言えば、いわゆるノワールってことになると思うんですけど。アメリカの平和な郊外の街。一見、ものすごくのんびりした美しい街。これ、もうオープニングからしてそうなんです。最初にすごく1950年代の古き良きアメリカのイメージを体現したような庭でこうやって水巻きをしていると、その水巻きをしていた、たしかおじさんかな? そのおじさんがガッと心臓発作かなんかで倒れちゃって「ううう……」ってなる。
そして「ううう……」ってなったまま、どんどんとね、重低音がブーッ……って鳴り響き出して。で、その生垣みたいなところにずっとカメラが寄っていくんです。その庭はすごくきれいなきれいな庭なんです。きれいな庭の生垣みたいなとこにずっとカメラが寄っていき、ブーッ……って重低音が鳴っていると、そこに虫がいっぱいブワーッて。つまり、平穏な美しい、すごくその善なるものみたいなものを体現したこの世界の中にはどす黒い、ぽっかりと穴を開けたような……。
この『ブルーベルベット』で言うと、主人公のカイル・マクラクランがその後、出てきて。青年なんですけど、すごくハンサムで。ハンサムなだけにちょっと何を考えているか、わかんないような青年。それがこうやって歩いていて、道端を歩いていると「なんだ、これ?」って、耳を拾うんですよ。
(山本匠晃)耳?
(宇多丸)人の耳。で、この人の耳のまさに穴の中にグーッと……この一見、平穏に見える世界の中にぽっかり開いた穴のように、この耳の穴の中に入っていくと、みたいな感覚で。要は、この平穏に見えたこの街の中には実はどす黒いものがいろいろ渦巻いてるし。もっと言えば、すごくツルンとしたハンサムな未来あるこの主人公の青年の心の中にも、どす黒いものは本当はあるっていう。それでどんどんどんどんこの青年がですね、異常な世界に連れていかれるという。で、要するにこの『ブルーベルベット』でなんていうか、作家性みたいなもの。で、みんなここから遡って「ああ、デヴィッド・リンチって、なるほどこういう……『デューン』も『エレファント・マン』も『イレイザーヘッド』も全部、そうだったんだ!」ってなって。
(山本匠晃)だから入り口としていいんだ。
(宇多丸)入門編としていいかと思います。で、その後、世間的にデヴィッド・リンチの一番の有名作といえば『ツイン・ピークス』というドラマシリーズがあります。1990年から始まるドラマ。これ、もう本当に文字通り、日本も含めて一世を風靡という言葉がふさわしい、本当にもう一大ブームを巻き起こして。これも平穏に見える田舎の街の中である時、学校のそれこそクイーンというような立場のすごく華やかな青春を送ってきた女の子の死体が見つかる。で、それを捜査しにカイル・マクラクラン演じるFBI捜査官が来て。
調べてくうちにこの平穏な一見、何の悪いこともなさそうな街の中にあるドス黒いものが明らかになり。で、そのドス黒い邪悪な何かみたいなものになんていうかな? 主人公自身も犯されていくというか、なんというか。まあとにかく謎が謎を呼んで。あと奇妙な登場人物たちと奇妙なセリフ回しというか、オフビートなやり取りとか。だからね、怖い話でもあるんだけど同時に、なんていうか笑っちゃうっていうか。笑っていいんだか何なんだか、みたいなオフビートな感覚みたいな。
とにかく奇妙な……奇妙な奇妙な、ねじれたねじれた物語、ストーリーテリングであり世界観、イメージ。とにかくデヴィッド・リンチって人は後には音楽であるとか絵画であるとか。あとはミュージックビデオっていうか、音楽映画も手掛けるしっていう感じで。すごくいろんなことを手掛けていくんだけども。とにかく、とにかく純粋アーティストっていうか。デヴィッド・リンチという人の頭の中に浮かんだアート。だから、やっぱりアートとしての映画なんですよ。
でも、特にノワール的な物語性みたいなところとそれが相性が良くて。その彼の世界観みたいなものが。たとえばさっきの『ブルーベルベット』しかり『ツイン・ピークス』しかり。その後、『ワイルド・アット・ハート』でカンヌで賞を取ったりとか。あと、僕が一番好きなのはこの『ロスト・ハイウェイ』ですね。気持ち悪い話ですよ、『ロスト・ハイウェイ』。その後に『マルホランド・ドライブ』。で、最後の作品となった『インランド・エンパイア』。途中、『ストレイト・ストーリー』っていう、これは割と感動寄りドラマの一作を挟んだりしていて。これも素晴らしい作品なんだけども、こんなあたりで。
だから、山本さんにはぜひ『ブルーベルベット』。で、気に入ったら『ロスト・ハイウェイ』『マルホランド・ドライブ』……『インランド・エンパイア』まで行くとちょっともう行っちゃいすぎちゃっていてちょっと大変みたいな感じで。でももうはっきり言って『ブルーベルベット』とかその辺りを見ていって、山本さんならハマると思うんですよ。そしたらもう『インランド・エンパイア』を見てももう大好物っていう。もう至福の……すごい長いんですけど、至福の179分が味わえるんじゃないですか?
(山本匠晃)『ツイン・ピークス』も?
(宇多丸)『ツイン・ピークス』はテレビドラマで。めちゃくちゃ……単純に序盤はとにかくグイグイ面白いです。もう見ちゃう、見ちゃう。やっぱりその匠のあれで。で、どんどんどんどん終わりの方に行くに従って「えっ、これ、なんなの? これ?」みたいな。で、『ツイン・ピークス』はさらに2017年かな? シーズン3というか、リターンズというか。もう1回、やるんですよ。で、これはもうさらにぶっ飛び度が増していますし。
『ツイン・ピークス The Return』での核爆発描写
(宇多丸)実はこの『ツイン・ピークス The Return』、シーズン3に関しては私、『オッペンハイマー』評の中でクリストファー・ノーランがロスアラモスの核実験っていうのをCGとか使わずに実際の爆発を使って撮って。大掛かりの爆発を。
まあ、それはそれでいいんだけどただ実際の爆発を使ってやった分、ちょっと普通の爆発……これ、高橋ヨシキさん。ほとんどデヴィッド・リンチ専門家ですけど。ヨシキさんとかも指摘されてますけど、ちょっと普通の爆発に見える。でも、やっぱりCGとか特殊効果を駆使してその核爆発、ロスアラモスの核実験みたいなものを描くっていうのは『ツイン・ピークス The Return』の途中でまさにその描写が出てくるんですけど。「あれには絶対敵わない」って思ったに違いない。なぜなら、ノーランはもちろん見てないわけないし。その核爆発っていうものの表現の究極みたいなことをやっちゃってるんで。というあたりもあったりするんで、そんなあれでね、『オッペンハイマー』評でも引用したりしましたけど。
でね、「タケノコ」さんをはじめ、何人かの方からデヴィッド・リンチ追悼のメールをいただいていて。「自分は高校の時、リンチさんが監督した『マルホランド・ドライブ』をビデオレンタルで借りて見て以来、ずっとファンでした。つい先日、リンチさんの自伝『夢みる部屋』を読み、『ツイン・ピークス The Return』を見て感想をファンレターで送ったところでした。残念でありませんと。深く哀悼すると同時に、リンチさんが作った映画や音楽の作品をまた見たり聞いたりしたいと思いますと。願わくば高橋ヨシキさんやデヴィッド・リンチ研究者の滝本誠さんなどゲストでお呼びいただき、アトロクでデヴィッド・リンチ特集をしてほしいです」ということ。他の方からもね、デヴィッド・リンチ関連のメールをいただいていて。
もちろんね、うちの番組でも追悼特集とか、やりたいところですが。たぶんね、でもヨシキさんとかはやっぱりご自身のYouTubeチャンネル「BLACKHOLE」。あそことかでなんかやるんでしょうし。ただうちの番組なりの切り口ができたら……もちろん、それこそ滝本さんも含めて、専門家という方は山ほどいらっしゃるんで。なにか皆さんがそれぞれでやられるのとは違う切り口が見つけられればとは思うんですが。でも、とにかくひとつ言えるのは山本さん、あなた、これから見るのが羨ましい。
(山本匠晃)とにかく宇多丸さん、僕、明日楽しみなことがめっちゃできた。
(宇多丸)そうですね。『ブルーベルベット』。いろんな配信でも見られます。耳拾うところから始まるって、もうそれ自体で「どうしたの?」っていう。
(山本匠晃)拾って中、どうなってるの?っていう。
(宇多丸)で、その耳は誰のものか?っていうところからいろいろ始まるんですけど。道端に落ちている耳を拾うってところから……ねえ。ということでデヴィッド・リンチさん、今まで素晴らしい作品の数々、私ももちろんティーンエイジャー時代から拝見しておりますが。素晴らしいアートの数々、本当にありがとうございました。お疲れ様です。
(山本匠晃)これから拝見します。
宇多丸さんが「絶対に山本さんは好きだから」とおすすめしていたデヴィッド・リンチ作品の数々、僕もまだ見ていないものがあるのでこの機会に見てみようと思います。次週以降、はじめてデヴィッド・リンチの作品に触れた山本匠晃さんがどんな風に話してくれるのかも楽しみですね。宇多丸さんの『オッペンハイマー』評書き起こしも置いておきますので、そちらも気になる方はチェックしてみてください。