町山智浩『ロボット・ドリームズ』を語る

町山智浩 クインシー・ジョーンズと楳図かずおを追悼する おすすめ音声コンテンツ

町山智浩さんが2024年10月22日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『ロボット・ドリームズ』について解説していました。

※この記事は町山智浩さんの許可を得て町山智浩さんの発言のみを書き起こし、記事化しております。

(町山智浩)今日は本当にもう優しくて、ほのぼのとして。本当に心洗われる映画です。11月8日金曜日から日本公開になります『ロボット・ドリームズ』というアニメ映画ですね。ちょっと音楽を聞いていただけますか?

(町山智浩)これはアース・ウィンド・アンド・ファイアーというアメリカのファンクバンドの『September』という1978年のヒット曲なんですが。これがこの『ロボット・ドリームズ』というスペイン製のアニメ映画のテーマ曲です。本当にね、楽しい曲なんですけど。この『ロボット・ドリームズ』というのはアニメ映画なんですが。いわゆる日本のアニメって、ものすごく絵とか、再現度がものすごく高度になってしまったんで。

この『ロボット・ドリームズ』の絵を見ると「なんだ、こりゃ?」と思う人も多いと思うんですよ。このロボットってこれ、ブリキのおもちゃみたいなロボットですよ。昔はロボットってこんなもんだったんですけど。最近のって、ものすごい線が多くて書くのが大変なんですけど。これは鉄人28号よりも……幼稚園が書くようなロボットと、その隣にいるのはワンちゃんですね。その2人の愛の物語なんですよ。

これね、今年のアカデミー賞の長編アニメーション賞の作品賞候補になった本当に傑作なんですけど。これ、ワンちゃんが一人暮らししてるんですよ。ワンちゃんって言っても、ほとんど人間のように暮らしてるんですけど。二足歩行で。アニメだから……それでこれ、セリフとかが全然ない映画なんですよ。ただね、もう本当に心が伝わってくるような素晴らしい映画なんですが。アパートに一人暮らしをしていて。テレビゲームをやっていても、一緒に相手がいないから一人で両方のコントローラーを持って戦ってるみたいな、かなり悲惨な状況なんですね。寂しいんですよ。

で、その部屋の棚を見ると、ジグソーパズルがいっぱい棚にあるんですよ。それが1000ピースとか2000ピースとかのがたくさんあって「こいつ、よっぽど友達がいねえんだな」っていうやつなんですけど。で、あんまりにも寂しくて、辛いから彼、通販でロボットを買うんですよ。で、組み立てて2人で暮らすんですけど。その2人が、なんて言うのかな? 友人になる? 愛し合う? ちょっと分からないですね。っていうのはセリフがないので。声が聞こえないからこのワンちゃんが男か女か、わからないんです。で、ロボットももちろん男か女かわからないんですが。だからね、どのようにも見れるんですよ。

ワンちゃんが女性で、ロボットが男性とか。で、その逆も見れるし。また両方とも女性としても見れるし、両方とも男性でもいいし。だから、あらゆる人がこの『ロボット・ドリームズ』には感情移入できると思います。ただ、最も感情移入できるのは僕だと思います。これ、監督がね、パブロ・ベルヘルという人なんですが1963年生まれなんですよ。で、この人が実はニューヨークで暮らした時の思い出を元にしていて。で、これ、ワンちゃんとロボットが出てきて。それ以外のニューヨークに住んでる人たちが全部、犬とかだけじゃなくていろんな動物なんですね。スカンクとか。でも全て、その当時、1980年代のニューヨークを完璧に再現してるんです。

1980年代のニューヨークを完璧に再現

(町山智浩)で、僕と同じ世代だからなんというか、大学に行った頃……監督はスペイン人なんですけど、大学でニューヨークに留学してたんですよ。90年代ぐらいまで10年ぐらい、暮らしていて。で、僕もニューヨークに初めて行ったのが90年代だし。その頃のニューヨークの感じがものすごいリアルに出てるんですよ。どのくらいリアルに出てるかっていうと、このワンちゃんがお役所に行って自分の住所を書くシーンがあるんですね。その住所をGoogleで検索すると、このワンちゃんが実際にアニメの中で住んでるアパートが出てきます。今でもあるんです。それは監督が実際に住んでたアパートなんですよ。

そこまで忠実にやってどうするの?って思うんですけど。で、いろんな動物はいるんですが、出てくる商品名は全部、実在する商品名なんです。たとえばアメを舐める。それはチュッパチャップスなんですよ。それだけじゃなくて、ジュースを買ったりとか、冷凍食品を作ったりするんですけど、それらも全部実在のもので。それこそ、僕がアメリカ住み始めた時にお世話になっていたものばっかりなんですよ。

で、また音楽とかもそのワンちゃんの家のレコードコレクションがチラチラっと見えるんですね。すると、それはセックス・ピストルズみたいなものとか、R.E.M.とか、その頃のものがあるわけですよ。世代が同じだから、持っているものとか趣味とか同じなんで、すごいこれを見ているとビンビンに来るんですよ。すごいんです。でね、いろんな動物がいるんですけど、それはニューヨークっていろんな人種の人がいるからそれを表現しているっていうことでもあるんですけども。

実はその1980年代から1990年代にかけて、この『ロボット・ドリームズ』の舞台になるニューヨークっていうのは、ニューヨークが一番良かった時代なんですよ。っていうのは、ニューヨークって1970年代にものすごく荒廃して。「犯罪都市」って言われるぐらいもう非常に危険になるんですね。で、もう町中が荒れ放題で、強盗をされたりして。もう歩けないぐらい、ひどかったんですよ、1970年代は。だからみんな、郊外に逃げちゃったんですね。で、ほとんどニューヨークって空き家になっちゃったんですよ。

で、そこがめちゃくちゃ安かったんでアーティストの人たち。ミュージシャンとか、絵描きとか、漫画家とか、コメディアンとか、そういう人たちがみんな、住んだんですよ。で、ニューヨークは80年代、90年代にものすごく面白いカルチャーの町になるんですよ。一番わかりやすいのは、ヒップホップはそこから生まれたんですよ。

それで、だからヒップホップとかラップとかもそうだし。パンクロックも出てきたし。あと、あれですね。グラフィティアート、落書きアートですね。落書きをやってる人たちがそのままアーティストになっていくという。ゲーリー・パンターとか、キース・ヘリングとか、そういった人たちがいて。今、なんかすごくTシャツとかでまた復活してるみたいですけど。キース・ヘリングとか。その頃、そこから出てきたんですよ。

だからその頃のことを知ってる人だと、画面にいっぱい落書きとか出てきて。「ああ、キース・ヘリングの落書きだ!」とか、すぐにわかると思います。もうそこら中、ポスターがいっぱい貼ってあるんですけど、クラッシュのライブのポスターとか、ラモーンズのライブのポスターとかが出てくるんで。「ああ、あの時代だ!」って、わかる人はかなりわかると思うんですけど。

それだけじゃなくて、もうひとつ僕がすごく「ああ!」と思ったのはこのロボットとまあ、同棲をするわけですね。このワンちゃんが。で、レンタルビデオを借りてくるんですよ。それにキムズビデオっていう近所のレンタル店の名前が書いてあるんですよ。そこに僕、行ってたんですよ! 「ああ、キムズビデオだ!」ってね。で、中原昌也くんっていうノイズアーティストがいるんですけど、彼がニューヨークに来た時も一緒に行きましたよ。そこでね、『クレクレタコラ』のVHSレンタルを見つけたんですよ。

で、「こんなもの、あるわけない! これは何なんだ?」って、どう考えても海賊版なんですよ。で、だいぶ経ってからね、それはDommuneの宇川直宏くんが勝手に作った海賊版だったことがわかって。そういう変てこな店だったんですよ、キムズビデオって。そこからね、僕は『映画秘宝』っていう変てこな映画ばっかりを紹介する映画雑誌を創刊したんですけど。そのカルチャーって、もともとはキムズビデオから出てきたんですよ。

そこはもうないんですけどね。要するに、売っちゃいけないようなものをいっぱい売っていて、とんでもなかったんですけど。この監督、パブロ・ベルヘルはそこでバイトしてたんですよ! という、ものすごいニアミスしたんじゃないかと思うような人なんですよ、この人は。町ですれ違ってるかもしれないし、俺はこの人からビデオ、買ってるんじゃねえかと思うんですけど。

レンタルビデオ店キムズビデオ

(町山智浩)っていうところですごくビンビンに来たんですが。でも、そうじゃない人でもやっぱりこの映画、本当にセリフなしで心にガンガン来る映画で。このロボットとワンちゃんがセントラルパークでデートするんですよ。それでさっきの『September』で踊りながらデートして。それから海水浴に行ったりするんですけど……ある事件が起きて、この2人は離れ離れになっちゃうんですよ。それは言えないんですけど。で、2度と会えなくなっちゃうんですよ。

で、2人が互いのことを思いながら、いろんな夢を見るんですよ。再会するための。だから『ロボット・ドリームズ』っていうタイトルなんですね。でね、それがまた切ない……何度も何度も、切ないことが繰り返されていくんですよ。これでもかってぐらい続くんですけど。でもこれね、セリフがないからね、かえってその心を伝えるってことを徹底的にやってるんですよ。これはね、まああんまり、言いにくいんですけれども。前に紹介した『パスト ライブス/再会』っていう映画があるんですけど。韓国で一緒に暮らして、それこそ将来を誓い合った男の子と女の子が女の子だけ、親の都合でニューヨークに来て。そこで結婚して。それから、そのイケメンの彼が韓国からやってくるって映画がありましたが。あれにちょっと近い感じです。

町山智浩『パスト ライブス/再会』を語る
町山智浩さんが2024年4月2日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『パスト ライブス/再会』について、話していました。

(町山智浩)すっげえ切ない映画でね、「うわーっ!」と思ったんですね。これ、監督自身がね、ニューヨークに住んでいて、なかなか友達とか彼女ができなくて。いろんな出会いと別れを繰り返したりした経験から作ったって言ってるんですけど。で、やっぱり寂しいからね、スキーツアーに行ったりするシーンがあるんですよ。で、「スキーツアーに行けば彼女ができるんじゃないか」とか……80年代って、そういうノリだったんですよ。ユーミンの曲を聞いたりね。で、それでも彼女ができなかった時の辛さ、みたいなね(笑)。そういうところをガンガン攻めてくるんでね。

これ、アニメですけど。こういうかわいい子供の絵本みたいないですけど。もう本当にそれこそティーンエイジャーから60、70歳ぐらいの人まで、もう誰でも本当に感動する映画だと思いますよ。それぞれ、誰にでもあったことだと思いますね。まあ、あんまり僕はなかったりするんだけど(笑)。俺、カミさんと40年、一緒にいるんで、一人暮らしをしたことがないんですよ。

でも俺の周り、大変ですよ。みんな、熟年離婚しそうでね。家庭内別居状態になっていたりとかで結構、みんな大変なんですけどね。まあ、とにかくちょっと大人の映画ですよ。この『ロボット・ドリームズ』は。

で、この時代ってファミコンが出てくる直前の時代なんですよ。ファミコンは85年ぐらいからアメリカで出てくるんでね、その前後なんですけども。でもこの映画ね、最後にもう1回、『September』がかかるんですよ。さっきの非常にノリノリの楽しい曲なんですけど。あれ、『September』っていう曲は、最初は楽しい曲だなと思ってるんですけど、歌詞をよく聞くと「覚えてるかい? 9月に僕たちは愛し合ってたよね。僕たちは一緒に踊ったよね」って言っていて。これは全部、過去形なんですよ。

過去の思いでを歌う『September』

(町山智浩)よく聞くと、「覚えてる? あの9月に僕たちは……」って言ってるんで、「じゃあ今はどうなの?」っていうことなんですよ。この映画、ロボットとワンちゃんが9月に最高に盛り上がるんですけど、9月に別れちゃうんですね。だからね、この映画を見た後に『September』を聞くと今まで、楽しかったのにすごい切ない気持ちになっちゃいますね、これからは。

映画『ロボット・ドリームズ』予告

アメリカ流れ者『ロボット・ドリームズ』

タイトルとURLをコピーしました