町山智浩さんが2020年10月13日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中で映画『スパイの妻』について赤江珠緒さん、山里亮太さんと話していました。
(町山智浩)あれですか? 『スパイの妻』って赤江さんは結局ご覧になったんですか?
(赤江珠緒)はい。私は見ました。
(町山智浩)ああ、そうなんですか。山ちゃんは?
(山里亮太)公開が16日からなんで。まだ映画館で見れてないんですよ。僕、映画館で見ようと思ってまして。
(町山智浩)そうですか。これね、夫婦についての話ですよ。一応、舞台は第二次大戦前の日本なんですけれども。それで高橋一生さんが商社マンをやっていて。その奥さんが蒼井優さんですね。ただ、その彼が満州に行った時に、そこでその頃日本軍がやっていたひどい残虐行為を目撃してしまうという話で。それを海外に告発するかどうかみたいな話になってくるんので。その奥さんの立場から、『スパイの妻』っていうタイトルになっているんですが。どうでした?
(赤江珠緒)なんかちょっとね、展開が読めなくて。ミステリー小説のように「あれ、こっちなの? これ、騙し合っているの? どうなの?」みたいな、そういうところもあったりして。戦争映画っていう枠組みじゃないような面白さもありましたね。
(町山智浩)これ、ミステリーですよ。
(赤江珠緒)完全にミステリーですもんね。
(町山智浩)はい。ただ、ミステリーの主題がこの国家機密みたいなものをどうするか?ってことはどうでもいいんですよ、この映画は。
(山里亮太)ええっ?
(町山智浩)どうでもいいんです。その中で、蒼井優さんがはっきりと「スパイだの何だの、それは本当は私にはどうでもいいの」ってはっきりとセリフで言っていますよ。
(赤江珠緒)うんうん。
(町山智浩)ねえ。覚えてます?
(赤江珠緒)はい。
(町山智浩)これ、戦前の上流階級の夫婦で。要するに旦那様に対してですね、「旦那様、あなたは何をお考えになっていらっしゃるの?」とかしかしゃべらない家庭ですよね。
(赤江珠緒)すごいもう会話も美しい、もう調度品なんか美しい感じでね。上流階級のね。
(町山智浩)そう。映像もきれいなんですけども。ただ、これはカメラワークを見ても分かるように、全くアップにならないんですよね。遠くから見てて、表情がよく分からないんですよ。つまり、これはこの夫婦の関係も意味していて。要するに、形式張っていて、本当の意味で心をぶつけあったりしていない夫婦なんですよ。当時はみんな、そういう家庭が多かったんでしょうね。上流階級はね。
庶民は違いますけどね。庶民は「あんた! うるさいよ!」とか言ってやってますけども、上流階級はそんな感じなわけですね。要するに、本音が出ない。だから、その中で彼は日本軍の秘密を暴こうとしていて、1人で戦い始めるんですけど。奥さんに対しては「君は知らなくていいんだよ。君の知ることじゃないんだよ」ってもう全然、何も打ち明けないんですね。
(赤江珠緒)うん。
(町山智浩)だからこのミステリーの第一段階は夫の秘密を暴こうとするミステリーなんですよ。まずは。で、第二段階から……真ん中から話がですね、もうその秘密が日本軍の残虐行為だということが分かるんですけども。その時から彼女はどういうことをするかっていうと、これはつまり彼の秘密を握ったわけだから、初めて共犯になれるんですよ。本当の夫婦になれるチャンスになるんですよ。
(山里亮太)ああ、心から繋がることができると。秘密を共有することで。
(町山智浩)そう。しかもその敵は国家ですよ。たった2人で国家と戦う。こんなにロマンチックなことはないでしょう?
(山里亮太)たしかに。より強く絆が……。
(町山智浩)その通りなんですよ。だから、そのことを考えた時に蒼井優さんは恍惚とするんですよ。「この夫が本当に私のものになるチャンスなんだ」っていうことでうっとりするんですよ。
(山里亮太)はー! そういう話なんだ。
(町山智浩)そういう話ですよ。夫婦の話なんですよ。でも、夫の高橋一生さんはそれでも、本当に奥さんに対して心を開こうとしているのかどうか、わからないんですよ。だからこれは、チェス盤が出てくるじゃないですか。
(赤江珠緒)はい。結構重要な場面で出てきますね。
(町山智浩)あれはこの物語の象徴なんですよ。夫婦の心の読み合いなんですよ。
(赤江珠緒)ああー、なるほど!
チェスが物語の象徴
(町山智浩)これは夫婦のチェスなんです。
(赤江珠緒)夫婦のチェス。うん。駆け引きみたいなのがどんどん出てきますもんね。心理戦で。
(町山智浩)夫を本当に自分のものにしたい妻と、本当は何を考えてるかがわからない夫のチェスなんですよ。この物語っていうのは。で、まあどっちが勝つかっていう話は映画館でご覧になってください。
(山里亮太)ああー、そういうことなんだ、これは。戦争を題材にした映画かと思っていたけど、そうじゃないんだ。
(町山智浩)そう。だから反戦的なテーマではないです。どうでもいいんですね。本当にヒロインが言う通り、どうでもいいんです(笑)。
(山里亮太)へー! ああ、そうだったんだ。
(町山智浩)そう。今はね、みんな心をぶつけ合って、それこそ喧嘩するような世の中ですけど。当時はそうじゃなかったわけですよね。
(山里亮太)そうか。だからその絶妙な心情っていうのを黒沢監督ならではの撮り方で見せていくっていう感じなんですか?
(町山智浩)そうなんですよ。横から撮っていて、人の顔をはっきりと見ないんですよ。だから映画におけるクローズアップ、真正面から顔をでっかく撮るっていうのはその人の心の中に入っていこうとする動きなんですよね。映画自体が。で、観客にその人の心が伝わるように撮るんですけど、それがあるシーンっていうのは数箇所の重要なシーンしか、この映画にはないんですよ。
(赤江珠緒)うんうんうん。
(町山智浩)この『スパイの妻』という映画には。そういう映画なんですよ。
(赤江珠緒)なるほど、うん。
(山里亮太)だからそういう撮り方とかも含めての銀獅子賞という。
(町山智浩)そうですね。で、この『スパイの妻』で一番重要なのは、一番ラストに出てくる字幕なんですよ。
(赤江珠緒)うん! そうですね。
(町山智浩)果たしてこの夫婦のチェスはどっちが勝つのか?っていう話ですね。そういう話で、まあご覧になってください。今週末からですね。
(赤江珠緒)16日。もうすぐですね。新宿ピカデリーほか、全国ロードショーでございます。
『スパイの妻』予告編
『スパイの妻』試写で鑑賞。1940年、裕福な貿易商の妻聡子は夫が満州で目撃した恐ろしい国家機密を知ってしまう。日本が戦争に向かう様子と不穏な空気が日常を侵食していく黒沢清演出が嫌になるほど合う。不安定な時代に己の正義を貫いて生き抜くことの難しさと尊さを突きつける映画。 pic.twitter.com/LY43ad8B1S
— ビニールタッキー (@vinyl_tackey) October 12, 2020
(山里亮太)映画館、もう100パーセント入っていいようになりましたからね。
(町山智浩)ああ、そうなんですか? ええっ! アメリカはまだ映画館が開いてないのに……。
(山里亮太)日本は結構ね、100パーセント行けるんだよね。もう映画館は。
(町山智浩)アメリカは全然開いてないですよ。ロサンゼルス、サンフランシスコ、ニューヨークは映画館、ひとつも開いてないですよ。
(赤江珠緒)ああー、そうなんですね。トランプさん、回ってますけどね。
(町山智浩)まあ、感染者や死者が多いですから。仕方ないですね。
<書き起こしおわり>