町山智浩さんが2025年5月27日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『アメリカッチ コウノトリと幸せな食卓』について話していました。
※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。
(町山智浩)今日はですね、ちょっとうちの近所。僕が住んでいるところ、ベイエリアという地域なんですけど。サンフランシスコの周辺なんですが、その辺のネタになるんですけども。再来週の6月13日金曜日から公開される映画。アメリカ映画だけどアルメニアで撮影しているというアルメニアン・アメリカン映画のですね。『アメリカッチ コウノトリと幸せな食卓』という映画をご紹介します。
(曲が流れる)
(町山智浩)聞いたことのない言葉で歌ってますね。これはね、アルメニアという国の民謡なんですね。アルメニアって、日本だとあんまり聞かないですよね。
日本だと、ぱっとどこかイメージできる方は、そんなに多くないかもしれないし、私はあの今はスタジオにですね、非常に親切な地球儀が来まして。もう四方を他の国に囲まれている国で。このアルメニアという国の人たちはうちの近所にいっぱい住んでるんですよ。アメリカに50万人、住んです。で、そのうちの多くはうちの近所にあるフレズノという田舎町があるんですけど。農業が中心のところがあって。そこを開発したのがアルメニア人の移民と日系人の移民なんですよ。で、そこでは日系人とアルメニアに非常に仲良くしてるところなんですけども。
で、そこのアルメニア移民の子孫の人が作った映画がこの『アメリカッチ』というタイトルなんで。『アメリカッチ』って何だ?って思いますよね。これ、たまごっち的な感じの言葉ですよね。それに非常に近くて、アルメニア語で「アメリカの人」とかね、「アメリカ系のやつ」とかね、そういうアメリカ人みたいなものをアメリカッチって言うんですよ。
で、これはアメリカで育ったアルメニア人の移民が大人になってアルメニア、故郷に帰ってみたら「アメリカのスパイだ」っていう濡れ衣を着せられて刑務所にぶち込まれて一生出れないっていう話なんですよ。もう、一生。いつ出るか全然わからない。だってアメリカのスパイっていうのは濡れ衣だから。で、ものすごい拷問をされるんですよ。でも、吐くことなんて何もないんですよ。白状することなんて。完全な冤罪だから。それはね、その時にアルメニアを支配していたソ連ですね。ソ連のお偉いさんの奥さんに色目を使ったらしいということで罪を着せられて、刑務所にぶち込まれるんですよ。
だからこれ、嫉妬深い旦那だったんですね。ということで、だから白状することなんて何もないから永遠に出れないっていうんです。でね、これは実はコメディです(笑)。これ、人生っていうのはコメディなんですよね。これ、主人公の人はチャーリーという名前なんです。で、チャーリーって言えばそのアルメニアの人もロシア人もチャーリー・チャップリンしか知らないんですよ。だからチャーリーって言うと「お前は今日からチャップリンだ」って言われるんですよ。安直なあだ名で。
チャップリン映画から非常に影響を受ける
(町山智浩)で、これはチャップリンの映画に非常に影響を受けた映画ですね。チャップリンは「ロングショットで撮ると人生は喜劇だけれども、クローズアップでその人の顔を撮るとその人の人生が見えてくるから、それが悲劇になる」って言っていて。これ、チャップリンの名言ですけども、まさにそれで。これね、この内容で非常に楽しい映画になっていますよ。
なんと。拷問されるんですよ。で、刑務所から出れないんですよ。かなり厳しいですね。チャーリーがその独房に入れられて。で、格子のついた窓が上の方にあるんですよ。そこから外を見ても、何も見えないんですよ。ところが、地震が起こるんですよ。で、何も見えないというのは刑務所の塀だけが見えていたんですけど、その塀に亀裂が入るんですよ。で、そこから塀越しに向こうの方の建物が見えるんですね。で、その建物は遠くなんだけど、それを見たらちょうど窓があって。アパートみたいなんですよ。で、その窓の中を見たら、そこで生活している人が見えてくるんですよ。で、チャーリーはずっと刑務所の中でまあ、ほとんど周りは何も見えないんで。その普通の人の生活を見ることだけが唯一の楽しみになってくるんですよ。
テレビ見てる代わりみたいな感じですね。ヒッチコックの『裏窓』みたいな感じですね。で、見ているとそこに住んでるのは若夫婦で。で、旦那の方はまあ非常にクマみたいな男なんですけど。で、奥さんはちょっとかわいくて。2人は仲良くしてるんですね。で、それを見ながら彼は要するに本当にもうひどい、残飯みたいなのを食わされるんですけど。ソ連の刑務所なんで。でも、彼らが美味しそうなご飯を食べてるのを遠くで見ながら、一緒に食べるんですよ。「いただきます」って言って。
そうすると目で見て、遠くのごちそうを見ながら自分の食べ物も美味しいように感じるんですよね。白ご飯を食べながらうなぎのビデオを見るみたいな感じですね。切ないんですけど。それで夫婦がイチャイチャしてると「ああ、いいな、いいな」って……自分は独房に入ってるんですけど。一生出れないかもしれないんですけど。
「この夫婦、仲がいいといいな」って。で、2人がお友達とかを呼んで、お酒を飲んで歌って踊ったりしていると、まあ音は聞こえないんですよ。すごく遠くて。でも歌ったり踊ったりしてるのを見ながら、自分も歌って踊るんですよ。これ、切ないんですよ。で、今度はその向こうに住んでいる夫が、旦那さんが実はすごく音楽も自分で演奏するし、絵もうまいことがわかってくるんですよ。
で、絵を描いているんですね。それを描いている絵がアララト山の絵なんですよ。アララト山というのは非常にアルメニアにとっては重要なんですね。アルメニアという国はどういう国かというと、歴史上最も古い国のひとつなんですよ。古い国っていうと、たとえば古代ギリシャがあるでしょう? それでメソポタミアのあたりがあるでしょう? エジプト文明があって。学校に習いましたかね? あと中国文明があって、それと同じくらいの頃にアルメニアって国は存在したんですよ。
すごく古い国で。たとえばですけど、ワインを発明した国です。ブドウの栽培でワインを作るっていうことは、それから始まったらしいんですよ。遺跡もあって。で、もうひとつは旧約聖書にあのノアの箱舟の話がありますね。で、大洪水が起こって、そのノアを乗せたたどり着いた場所がそのアララト山だと言われてるんですよ。ものすごく高いんですよ。5000メートルぐらいあるんですよ。で、そこから人類が広がったと言われている場所なんですね。
で、その絵を描いているのを見て、でもその独房からはその周りの風景が見えないんですけど。その向こうにいる、アパートに住んでいる、ちっちゃくしか見えないおじさんが……おじさんというか、実はその人はその刑務所の看守であることが後でわかるんですけども。そこは看守の宿舎だったんですよ。
で、彼が描いているアララト山を見て、その絵を真似して自分の独房に飾るんですよ。チャーリーが。というね、まあ見ているとこのチャーリーを応援するだけじゃなくて、彼が生きる糧。絶望だけで何も希望がないその独房の中で政治犯として閉じ込められて。でも、唯一の救いがその普通の人の幸せを見ることなんですけど。この夫婦がね、夫婦喧嘩をしてカミさんが出ていっちゃうんですよ。
で、彼らが幸せじゃなかったらそれを見て、それだけで生きている、独房に入っているチャーリーの幸せもなくなっちゃうんですよ。夢も希望もなくなっちゃうんですよ。だから、なんとかこの2人の夫婦を仲直りさせたいと思うんですよ。チャーリーは。でも、刑務所に入っているし。しかも、そのアパートに住んでいる人は刑務所の看守ではあるんですけども、話せない位置にいるんですよ。脱走兵をマシンガンで撃つ見張り塔の人なんです。じゃあどうやってこの夫婦を仲直りさせるかっていうサスペンスになってきます。
独房の中からどうやって夫婦を仲直りさせるか?
(町山智浩)あらゆる知恵を巡らせて、この夫婦を仲直りさせようとするんですよ。この辺がうまくて。これね、チャーリーの役をやっている人がマイケル・A・グールジャンという人で。この人、サンフランシスコのアルメニア系のアメリカ人なんですけども。この人が全部、脚本も監督もしてるんですよ。すごい多才な人なんですよ。この人はずっと自分がアルメニア人であるってことを何とも思わないで生きてきたんですけども。ある自分のおじいさんの話とかを知ってですね、自分がアルメニア人であることを探求し始めた人なんですよ。中年ぐらいになってから。で、アルメニア人という人たちがなぜアメリカにいっぱいいるかということなんですね。50万人ぐらいいるんですよ。
これはアルメニアで大虐殺があったからなんですよ。アルメニアという国はさっき言ったみたいに両端を、まず東側にアゼルバイジャンという国があるんですね。で、西側にトルコがあって。上がロシアとかジョージアっていう国で、下がイランなんですよ。ペルシャなんですが。アルメニアという国は世界で一番ぐらいに古い国だって言ったんですけど、紀元3世紀にはすでにペルシャ帝国に占領されるんですよ。その後、東ローマ帝国に占領されては。またペルシアに占領されて。今度はトルコのオスマン帝国に占領されて。ロシア帝国に占領されて、またオスマン帝国に占領されて、その後ソ連に占領されて……1000年以上、他国に踏みにじられてきた国なんですよ。
その間に何度も民族浄化ということがあって。で、特にそのオスマン帝国。トルコですけど。そこが第1次大戦の時の、虐殺をやりまして。かなりの人が亡くなってるんですね。アルメニアの人たちが。それで、アメリカに逃げてきたんですよ。ものすごい数の人が逃げてきまして。で、一番有名なアルメニア系のアメリカ人だと、キム・カーダシアンって人をご存知ですか? よくわからないセレブですけど。スーパーインフルエンサーですね。はっきり言ってね。キム・カーダシアン一家は。
彼女は有名なアルメニア系の人なんですよ。で、グールジャンっていう人がこの映画の監督、主演、脚本なんですが共通点は最後に「ian」っていうのがつくんですよ。「Kim Kardashian」とか「Michael A. Goorjian」とか。アルメニア陣は必ず名前の最後に「ian」っていうのがつくんです。だから関西に行くと結構、あれですよね。いますよね。アルメニア人がね。「◯◯やん」とかね。あれ、みんなアルメニア人かと思いましたが(笑)。
でも本当にそんな感じなんですよ。だからうちの近所でも、うちの娘の友達のジュリアのお父さんに「ian」っていうのがつくから「関西の人ですか?」って聞いたら「アルメニア人です」って言われましたけどね(笑)。
でね、まあそういう人たちがいっぱいいるんですよ。虐殺を逃れてきて。ただ、ソ連が第2次大戦の後、アルメニア共和国を独立させたんですね。で、「やっと何千年もの念願がかなってアルメニアが独立した!」ってその虐殺から逃れてアメリカに住んでた人たちがかなり、アルメニアに帰ったんですよ。そしたら、それはなんというか、詐欺でね。ソ連の支配下に置かれていて、アルメニア共和国っていう名前だけだったんですよ。
何にも権利がなくて。で、ソ連には特にその頃、スターリンという『独裁者』がいまして。もう片っ端から気に食わないやつをみんなスパイとして拷問して、殺したり、シベリアに送ったり、刑務所にぶち込んでたんですよ。で、それがわからなかったんで、アルメニアに帰っちゃって収容所にぶち込まれた人がいっぱいいるんですよ。「祖国がやっと独立した」と思って。だからね、これ、アルメニアの話で。「アルメニアなんて聞いたことない」と思うかもしれないんですけど。日本でも同じことが起こってました。
北朝鮮ですよ。第2次大戦が終わって、朝鮮戦争が終わって、朝鮮人民共和国というのができて。「祖国ができたんだ。我々の国だ」って在日朝鮮・韓国人の人たちが帰ったんですけど。「帰った」というか、行ったことないところなんですね。日本で生まれているから。それで行ってみたら、とんでもない収容所国家で。特に日本から帰った人たちは「日本のスパイだ」ってことで、ものすごい弾圧されたんですけど。全く同じようなことがね、世界各地で起こってるんですけど。
超ハードな話をコメディとして撮る
(町山智浩)これはでも、それをコメディにしてるんですよ。この超ハードな話をね、コメディにするというところがこのグールジャンさんのチャップリン的なところなんですね。これ、楽しそうなんですよ。笑うんですよ。これ、普通に作るとアルメニア系の人以外はなかなか見なくて。社会的ないろんなもの、歴史とかに興味がある人しか来ないじゃないですか。でもこれ、楽しい映画なんだ。コメディなんだよって言うと、違うじゃないですか。だからチャップリン自身がそういう人で。たとえば『モダン・タイムス』っていう映画は実は厳しい労働条件に置かれた労働者(チャップリン)がものすごい過酷な労働の中で精神を病むっていう話なんですよね。
ものすごく重い話なんですけど、コメディとして撮っているんですよ。で、チャップリンの『独裁者』はまさにそのヒトラーによるねユダヤ人弾圧を描きながら、コメディなんですよ。だからこのチャーリーっていうのはグールジャンさんのチャップリンに対するオマージュもあるんですけども。だからこの映画ね、そういう「アルメニアとか知らないし、歴史とかあんまり興味ないし……」みたいな人でもね、すごく心がもう本当に温まる素晴らしい映画で。なんていうか、刑務所映画って傑作が多いじゃないですか。
『ショーシャンクの空に』とか、『暴力脱獄』とかね。『ライフ・イズ・ビューティフル』とかね。で、刑務所なんて普通の人は入らないじゃないですか。だから「じゃあ刑務所映画なんて俺の人生と関係ねえな」ということじゃなくて、やっぱり刑務所っていうものはひとつの人生の縮図なんで。人間の人生、誰もが完全に自由じゃないし。何らかの形で刑務所に入っているのに近いものは誰にでもありますし。で、誰でもいつか死ぬしね。だから、それこそサルトルとかが言ったみたいに「みんな、刑罰を受けているのと同じ状態なんだ。人間はすべて」っていう。「でも、そう思ったらダメなんだ」って、それはサルトルの相棒のカミュが言いましたねけどね。「その中で楽しめば勝ちなんだよ。刑罰を受けてるんだと思ったら人生、負けだ。楽しいよって思うことで勝つんだ」って言ってるんですけど、まさにそういう映画ですね。
これ、「楽しめば勝ち」っていう話なんですよ。で、まずどうやってその夫婦を仲直りさせるのか?っていうことなんですけども。これ、本当にね、「見つけた!」っていう感じの映画でしたね。うちの近所の誇りみたいなところでもあるんでね、ご覧ください。