町山智浩さんが2024年12月3日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『どうすればよかったか?』を紹介していました。
※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。
(町山智浩)今日は『どうすればよかったか?』という映画を紹介します。今、かかっているのはビートルズの『Eleanor Rigby』という曲なんですが。ビートルズをかけた理由というのは後で話しますけれども。
(町山智浩)これは、あるドキュメンタリー映画作家がいて。この映画の監督なんですが、藤野知明さんっていう人がいるんですが。その人のお姉さんが20代の大学時代に統合失調症になって。その後25年間、家に監禁されていたという話なんですね。ドキュメンタリーです。実話です。
で、最初、ご両親に10年以上監禁された状態で。それでこの藤野さんが途中からビデオカメラを家の中に入れて、それを記録し始めたという内容なんですよ。で、統合失調症といういわゆる精神の病についての映画なんで、僕もすごく変なことを言わないように緊張しながら話してますけど。どうしてこういう問題で緊張するか?っていうと、やっぱり差別があるからなんですよね。
で、このご両親は明らかに統合失調症に長女がなったということが分かって、病院に一旦行くんですが……家に引き取っちゃうんですよ。で、「医者からは何でもないと言われた」という風にこの監督に説明するんですが、どうもそれもちょっと信用できないんですね。このご両親は娘さんが統合失調症になったということを認めたくなくて。それをずっと否定し続けて、家に閉じ込めてしまうんですよ。
統合失調症とは何か?
(町山智浩)で、まず統合失調症とは何かって話をちょこっとしますけども。僕の専門じゃないので、間違ったことを言わないように気をつけながら話しますが。「統合を失調する」ということの言葉に理由があって。人間、いろんな意識とか記憶とか、いろんなものがあって。それをコントロールしてるわけですね。「統合」という形で。で、それはやっぱり脳の中である行動をしてるわけですよ。ところが、それができなくなるという病気なんですね。
そうすると、たとえば自分の中で妄想したものが現実となって意識されちゃうわけですよ。そうすると、たとえばですけど人間誰でも、ちょっとした想像をしたり、不安なものを想像したりしますけど、それが現実として認識されちゃったらどうなるか?ってことですよね。いわゆる幻聴とか幻影みたいなものになるわけですよ。幻臭とか、いろんなものがあるらしいんですけど。「こんなことになったら嫌だな」と思うことが現実として意識されちゃうんですよ。
で、その典型的な例は「テレビが私の悪口を言っている」とか「近所の人たちが私の悪口を言っている」とか、そういう妄想で非常に暴れるようになったり、いろんな問題を起こしてしまう。ないしは、普通に生活ができなくなるという病気なんですね。で、原因は脳の機能にあるということは分かっているんですけども、具体的に何が引き起こすかってことは分かってないんですね、まだ。ただ、これはすごく昔からある一定数、いるようなものであって。珍しいものではないということなんです。この病気は。で、人口の0.7%ぐらいはいる。だから100人に1人ぐらいは統合失調症の人がいるものなので。まあ誰でも、知り合いにはいるんですね。知り合いの知り合いとか、知り合いの家庭にいるとか。100人に1人だと、たぶん知らなくても実は身の回りにいることになりますね。
ところが、その精神病に関しては非常に差別があるので。日本に限らず、世界中ですけれども。なので、なかなか言えない。で、そういう風に診断されてもこのご両親のようにそれを隠してしまう人もいる。で、このご両親はどういう人か?っていうと、医者です。で、医者と言ってもこの2人は研究医なんで。細胞の研究をしてる人たちなんですね。で、2人ともすごいエリートで。ドイツのハイデルベルクに研究に行ったりしてるような人たちなんですよ。
で、その頃に娘さんも行っていて。で、娘さんも学校の成績が非常に良くて、両親のように医学者になることを目指していて医学部まで行ってるんですね。ところが、その医者になる勉強してる最中に発病をするんですよ。それでその後、ずっと家に鍵をかけて外に出ないようにしちゃうんですよ。で、そういうことは実は昔はよく行われていて。近代精神医学っていうものが確立される前は、そういう発病をした場合……お金持ちなんかがそうだったんですけど。土蔵とかに閉じ込めたり、座敷牢に閉じ込めていたことがありましたね。
でもそれは近代以前の話なのに……科学者である両親がそれをやってしまったんですよ。で、もちろん薬も与えてないんですね。病気であることを否定してしまったので。ご両親が。で、この息子さんは歳が8歳ぐらい、そのお姉さんから離れていて。下でね。で、ちっちゃい頃、ものすごくかわいがってもらったらしいんですよ。お姉ちゃんに。だから、お姉ちゃんがそうなってしまったんで、なんとか救いたい。でも、両親が話を聞かないんですよ。病気だということも認めないし。
で、「お医者さんに連れていった方がいいよ」と言うわけですけれども、それを否定して。だからビデオを撮って……本当は彼自身はドキュメンタリー作家で。これ、北海道が舞台なんですけどもね。で、アイヌの人たちのいろんな記録をしている人なんですが。で、この監督は密かに……「映画を撮ってる」とは言わないで、いろんなことを言いながら。「カメラの練習をしてるんだ」とか言いながら、この家と自分の家族を撮り続けるんですよ。
統合失調症には薬がある
(町山智浩)でね、これを見ていて思うのはじゃあ、薬を与えたらどうなるのか?っていうことなんですよ。実は、統合失調症って薬がちゃんとあるんですよ。不知の病とかでも何でもないんですね。要するに、考えがまとまらないっていうのはある物質が脳内で出てしまっていて、その考えを抑えることはできないということなんですね。で、人間は誰でもそういう考えというものは出てくるんだけど、それをある程度、抑えてるわけですが。ところがある物質によって、それが抑えられなくなる。だから、その物質の分泌を抑える薬があって。それである程度、コントロールできるんですね。で、すごく、うまくいってる場合にはある程度の社会復帰ができたりするんですよ。でも、それを25年間、与えなかったんですね。
それでこれね、お母さんも一緒に閉じこもってるんですよ。それでお母さんも……これ、ご両親は80歳を過ぎているんですけれども。お母さんもその娘の妄想を共有するようになってくるんですよ。認知症が始まってしまって。で、お父さんの方は脳梗塞になってしまいます。要するに、この娘さんをずっと守って来てたんですけど、それもできなくなってくるんですよ。これ、どうなるのか?って思いますよね。で、見ててどうしても連想してしまうことがひとつあって。これ、舞台が北海道で。親が医者で娘さんが精神を病むというとどうしても今、非常に裁判とかが話題になっているすすきの殺人事件を連想してしまうんですが。そちらの方は実際に精神病なのかどうか。責任能力あるかどうかということが今、争われていて。統合失調症ではないんですが。
ただ、共通する部分っていうのは親が医者で。それですすきのの方はお父さん、精神科医なんですね。で、非常に豊かな生活をして。この藤野さんのお家もすごい立派な一軒家なんですよ。お金があって。で、ご両親はエリートで。それでかえって、こんなことになってしまうというね。これはおそらくはある種のプライド。インテリでエリートのプライドが自分の娘が病気であるということを認めなかったのではないかと。で、この監督は『どうすればよかったか?』というタイトルをつけてる通り、どうすればよかったかということを問い続けていく映画なんですね。
で、この藤野監督、両親を何度も説得するんですよ。ずっとしてるんですよ、説得を。ずっとしてるんですけど。たとえばお母さんに「お姉ちゃんを病院に連れてこう」っていうと「そんなことをしたら、お父さんが死んじゃう」とか言うんですよ。お母さんは。で、途中ではっきりと監督が言うんですけど。「これはお姉ちゃんの問題じゃないんだよ。あなたたち、お父さんとお母さんの問題なんですよ! あなたたちがこうしちゃったんだ!」ってはっきりと言うんですけど。もうそうなっちゃうと、この両親は「自分たちは間違ってない」って思い込んでるから、もっと頑なになっちゃうんですよ。
これはね、本当にそれが子供に対する愛なのかどうかっていうことで、どんどん間違った方向に行ってしまう例なんですね。ただ、ここで……ネタバレになるから言いにくいんだけど。これだけ聞くと「地獄のような映画だから、見ないよ」っていう人がいると思うんですよ。でも、あえてネタバレをします。まあ、そんなにすごいネタバレじゃないですけども。「こんな地獄みたいな、もう何も救いのない映画なんか見るのは嫌だ」って人がいるかもしれないんですが、そんなことはありません。とだけは言っておきます。
でも、その救いを見てしまうと「じゃあ、早くやっとけよ。とっととやりゃよかったじゃん」っていうことなんですけども。とにかく、弟さんがずっと願ってるのは家族がみんな、笑顔で過ごせる日が来ること。それを願ってずっと頑張ってるんですけど……まあ、ちゃんとそうなりますよ。はい。だから、救いはちゃんとある映画です。それで今、BGMでずっとビートルズをかけてるんですね。このお姉さんはずっと、ビートルズを聞いてるんですよ。
お姉さんが聞き続けているビートルズ
(町山智浩)お姉さん、好きなんですね。いつもiPodとかに入れて、ビートルズを聞き続けてるんですけど。お姉さん、1958年生まれなんで完全にビートルズ世代なんですね。で、ビートルズの歌って一体何か? ビートルズがなんで世界をあんなに変えて、ものすごい影響を与え続けてるか?っていうと、テーマはひとつなんですけど。「自由」なんです。ビートルズって。それまで、みんな親の決めたように生きてきたんですよ。1950年代までの世界中の人たちは。親の後を継いで。「そんなこと、関係ないから好きなように生きようよ」ってことをビートルズは歌ったんですよ。
で、ジョン・レノンとポール・マッカートニー、2人は違う人ですけど。彼らの共通したところは「自由になろうよ」なんですよ。で、ジョン・レノンは世界がどうなろうと、雨が降ろうが、槍が降ろうが僕は僕の生き方をするって言ったし。で、最近発掘された彼の歌は『Free as a Bird』。「鳥のように自由に生きようよ」っていう。そういう歌を歌い続けたんですね。それをこのお姉さんはずっと聞いてたんですよ。で、もちろん歌詞の意味は完全に分かってるわけですよ。非常に優秀な人で。英語で論文を書いたりしていた人なんです。で、彼女がこの歌を聞き続けてきたっていうのは、メッセージなんですよ。自由を求めていたんですよ。
それで、うちの娘もう家を出ちゃいましたけどね。だからもう本当に自由で頑張ってますけど。大変だけど。だから親の愛って……ほら、鳥がさ、子を育てて巣立たせるじゃないですか。「自由に、あとはもう勝手に生きなさい」っていう。それは本当に大事だったんだなと思いますよ。で、著作権の問題があるので映画の中ではビートルズの曲は全然聞こえてこないんですが。そこにね、僕は本当にこのお姉さんが求めたものはあるんじゃないかなと思いながら見てましたね。『どうすればよかったか?』、12月7日からポレポレ東中野で公開です。