町山智浩さんが2024年5月14日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『医学生 ガザへ行く』について、話していました。
(町山智浩)それで今日、ご紹介した映画が『医学生 ガザへ行く』というドキュメンタリー映画なんですが。既にもう日本では公開されてるんですが。明後日から拡大公開になるらしいですね。
(石山蓮華)16日の木曜日から田端のCINEMA Chupki TABATA。17日金曜日からは青梅市のシネマネコでも公開されるそうです。これはね、救急病院の救急外科医になりたいというイタリア人の学生さん、リッカルドという学生さんが一番、世界で救急外科医を求めているところであるガザ地区の救急病院で研修をしたというドキュメンタリーなんですよ。そう聞くと結構、ハードな映画のような気がしますよね? ところがこれね、楽しい映画なんです。これ、実はこのような状況になる前の、2019年に撮影されてるんですね。ついこの間、5年前なんですが。そこにまず行くとですね、リッカルドくんは何も知らないんですよ。ガザってどんなところか。で、まず巨大な壁が建っているんですね。イスラエルの中に。で、その壁の内側に閉じ込められていて、完全に収容所みたいになってるんですね。
で、入るのも許可がいるし、出るのも許可がいる。だから完全に巨大な刑務所ですよ。で、そこに入ったらどうなるか、リッカルドくんはわからないんでドキドキしてるんですけど。行くとね、意外といいところなんですよ。彼が留学した大学はですねガザイスラム大学という大学で、これは新しいんですけれども。ガザって昔は大学がなかったんですよ。70年代まで、大学はなくて。ガザの人たちは大学に行くことはできなかったんです。ガザに住んでる人たちは一生出れないので。一生、大学に行けないっていうことだったんですよ。で、そこに大学を作って。すごく綺麗な大学なんですよ、ここは。立派で、しかもね、学生のレベルがものすごく高くて。この映画ね、彼がイタリア人で、ガザの人たちはイスラム教なんで、アラビア語をしゃべってると思うじゃないですか。でもこの映画、会話の8割が英語なんですよ。
(でか美ちゃん)へー! そうなんですね。
(町山智浩)英語をしゃべれる人が多い。みんな、ペラペラ。で、レベルが非常に高くて。彼がホームステイをするんですが。ジャッド家というところにホームステイをするんですね。そうすると、そこの家にはアダムっていう同い年の男の子がいるんですけど。弁護士をやっていてですね、イケメンなんですよ。本当にかっこいいんですね。すごい仲良くなって。それで医学部の友達としてはね、サアディくんという眼鏡でね、ぽっちゃり型の。写真があると思うんですけど。
(でか美ちゃん)めっちゃ優しそう(笑)。
(町山智浩)すごいいいやつなんですよ。で、彼ら2人ともね、ものすごいインテリなんですよ。で、非常に楽しくて、明るくてですね。最初はそんなところで留学生活するなんて、大変なんじゃないかとみんな思うんですけど。もうね、スーパーマーケットに行っても、いろんなものがあって。で、なんていうか、カフェがね、結構おしゃれなんですよ。すごく美味しそうなね、チーズケーキにシロップをかけて、ピスタチオをまぶしたやつがあるんですけど。これ、激甘なんですよ。僕、食べたことがあるんですけども。それを食べたりして。あとね、クラブにも行くんですよ。リッカルドくん。彼、クラブに行って驚くんですよ。男ばっかりなんですよ。「ゲイクラブなのかな?」って思うんですけど、どうもそうじゃなくて。伝統的なイスラム教徒の結構厳しい人たちは、男女で同じ場所で遊ばないんですね。
中東に行った人だとわかるんですけど、カフェとかでも男女でわかれてる場合があるんですよ。結構。融合してるところもあるんですが、わかれてるところが伝統的なんですね。だからゲイクラブかと思ったら、そうじゃなくて。クラブでみんな、EDMで踊ってるんですけど、男ばっかりなんですよ。それで最初、びっくりするんですけれど。でも結構、音楽とかも現代的だしね。みんなが考えてるような、非常に伝統的なものばかりじゃないんですね。で、結構美人が多いんですよ。
(でか美ちゃん)なんか結構、聞く限りキラキラ学生生活ですね。かなり。
(町山智浩)そうなんですよ。それがね、ちょっと意外で。「この映画、重くないの?」って思うじゃないですか。『医学生 ガザへ行く』って。でも、そうじゃないんですよ。また、このリッカルドくん、イタリア人でチャラいから。「ナンパしたいんだけど」みたいな話をすると、「それはちょっとイスラム教的にはあり得ないよ、君!」とか言わるんですよ。
(でか美ちゃん)「なんでわけて座っているんだ?」っていう話ですからね。カフェとかで。
(町山智浩)「いや、僕がそんな女の子が好きで好きでしょうがない変態みたいに言わないでくれよ!」みたいなことを言うんですけど。そのへんのね、ギャップがおかしかったりするんですけどね。そういう中で、やっぱり異常なことってのはいくつもあって。まず電気が時々しか通じないんですよね。1日4時間かなんかしか、電気が通じないかな? あと水道も止められちゃってるんですよ。で、みんな、水を汲んで持っていかなきゃなんないんですけど。高いビルでも何でも。それはね、水道とかガスとか水をイスラエル側がコントロールしてるからなんですよ。だから、止めたりするのも自由自在なんですよ。あと、やっぱり彼自身が働かなきゃなんない救急医療センター、ERに担ぎ込まれる怪我人のほとんどが銃弾を受けてるんですよ。これは常時、デモ隊とかに対してイスラエル側が狙い撃ちをしてるんですね。
で、殺さない程度に撃つみたいな感じで、足を撃ってくるんで足がない人がいっぱいいるんですよ。もう、ちっちゃい子供もそうなんですね。イタリアにいたら、そんな銃弾の傷を治すなんてことはたぶん、ほとんどないですよ。でも、このリッカルドくんはものすごい数の銃傷を治療するという仕事をしなきゃならないんですけども。だから、そのへんはハードですね。あとやっぱり、これはちょっと考えられないようなシーンがあるんですけども。イスラエル軍の爆撃が始まるわけですよ。で、そこらへんに、爆弾が近くに落ちて、地面が揺れてるんですけど。そうすると、そのイケメンのアダムくんが突然、部屋の掃除を始めるんですよ。
(でか美ちゃん)ええっ? そんな時に?
(石山蓮華)悠長な……。
爆撃を受けてなぜか部屋の掃除を始める
(町山智浩)で、リッカルドは驚いて「お前、何やってんだ? 爆弾がバンバン落ちてるのに、なんで掃除するの?」って言ったら、「いや、こうせざるを得ないんだよ」っつって。だから、なんだろうな? 現実逃避かな? あと、精神を落ち着かせるためかな? なんかわからないけど、突然部屋の掃除を夜中の11時に始めるんですよ。そういうところもね、知らないリアリズムですよね。「こんなことがあるんだ」っていうね。
(でか美ちゃん)なんか変な、一種の正常性バイアスじゃないけども。
(町山智浩)そうでしょうね。全くそうだと思います。そういう感じなんだと思いますよ。でね、すごくいいシーンがあってね。ちょっとひとつ、音楽をかけてほしいんですけど。よろしいですか? 『Bella Ciao』っていう歌なんですが。
(町山智浩)これは『Bella Ciao』っていうイタリアの歌なんですけども。日本では『さらば恋人』というタイトルで知られてるんですが。これをですね、リッカルドくんとサアディくんが一緒に歌うんですよ。「この歌は知ってるよ。イタリアの歌だけど」ってサアディくんが言うんですね。で、なんで知ってるかというと、これは世界の独裁者とか軍事独裁国の中で市民がそういう政府と戦う時に歌う歌なんですよ。で、これは第二次大戦の終わりの1943年に、イタリアはヒットラーと組んだムッソリーニのファスト政権っていうのがあったんですが。市民が銃を取って立ち上がってですね、ヒットラーと組んでるファシスト政権に対して抵抗したんですね。イタリアで、ゲリラとして。そのイタリアの反軍事政権ゲリラの人たちが歌い始めた歌なので。
これ、他の国……たとえばインドでもこの歌、すごく人気で。いっぱい、いろんな映画に出てくるんですよ。で、タイとかチリでも軍事政権に対して抵抗するデモ隊がこの歌を歌っていたんですけれども。これは「我々の敵が我々を苦しめてるから、恋人よ。さらばだ。僕は戦いに行く」っていう歌なんですよ。これをね、最近だとスティーブ・アオキもやっていますよ。EDMバージョンで。で、そのぐらい、全世界で戦う人々の歌として歌われてるんですけど。これ、パレスチナでサアディくんが歌っていたっていうのは非常に深い問題があって。元々はイタリア人がナチスと戦うために作った歌なんですよ。ところが、イスラエルに攻撃されているパレスチナ人のサアディくんがこれを歌ってるんですよ。イスラエルはかつて、ナチに虐殺された側なのに、なんでそんな人たちがナチのの側になっちゃってるの?ってことですよね。
(でか美ちゃん)なんか、歴史から学べてないって思っちゃいますよね。
(町山智浩)でも、僕が思うのはなんていうか、DVをやられた子供とかは、自分の子供にDVするじゃないですか。
(石山蓮華)暴力が連鎖しちゃうっていうこと、ありますよね。
(町山智浩)そう。だから一種の暴力の連鎖だなと思うんですよ。イスラエルがやってることっていうのは、悪い意味でね。で、この映画は楽しい映画なんですけど、一番恐ろしいのはラストシーンなんですよ。一番最後なんですよ。一番最後の字幕なんですよ。「これは2019年に撮影されたもので現在、リッカルドくんが行ったところ……大学や救急病院はもう、ありません」っていうので終わるんです。
(石山蓮華)うわあ、そうか……。
「この映画で撮影された大学や病院はもう、ありません」
(町山智浩)これ、写真があると思うんですけど。彼が行っていたガザイスラム大学とアル・シファ病院。立派な大学と病院だったんですけど、これは猛爆撃で今、木っ端微塵ですよ。
(でか美ちゃん)ちょっと今、写真の資料を拝見してますけども。かなりショッキングな……すごくすごく綺麗な病院と大学だったのに。
(町山智浩)そうなんですよ。病院もすごくいい病院でね、施設もよかったんですけど。しかも、その病院で働いてた医師をイスラエル軍は逮捕して、拷問して、殺してるんですよ。病院だよ? 救急病院だよ? で、その救急病院にはいっぱい子供がいたんですけども。みんな、死にましたよ。
(町山智浩)病院とか大学を爆撃するって、どれだけ人間として……どんな神経をしてるのか、俺にはもう、わかんないですけど。
(石山蓮華)いや、本当に……「ここまでやるのか?」っていうことを全部やっていくような戦争だなっていうのを思っているんですけど。『ガザ 素顔の日常』という、ご紹介いただいた映画を見て、前線でイスラエルに抗議活動をしている方って、結構その若い医学生と同じぐらいの年齢の方が多かった印象なんですけど。そういう人がどんどんどんどん運ばれてきて、医学生として診るっていうのはまた、どういう経験なのかなというのを思いました。
(町山智浩)彼らね、だから皆さんが思っているようなアラブ人みたいなものではなくて。本当にイケメンで。アダムくんとか、ハリウッド映画に出てもおかしくないようなイケメンなんですよ。それで明るくて、勉強ができて、英語がペラペラなんですけど。彼らは一生、ガザから出れないんですよ。
(でか美ちゃん)なんか日常っていうものが全然、私たちが思ってるようなものじゃないけど、その中で楽しく暮らしてる瞬間も2019年にはあって。という風に見ると、うーん……。
(町山智浩)この映画はね、もうなくなってしまったかつてのガザを見るという意味で、非常に貴重な映画だと思います。
(石山蓮華)今日は『医学生 ガザへ行く』という映画をご紹介いただきました。町山さん、ありがとうございました。
(町山智浩)どうもでした。
映画『医学生 ガザへ行く』予告編
<書き起こしおわり>