町山智浩さんが2021年4月6日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中で映画『アナザーラウンド』を紹介していました。
More international praise for “Another Round”! The movie (directed by Thomas Vinterberg and starring Mads Mikkelsen) is a frontrunner for this year’s #Oscars in the Best International Feature Film Category! Read the review from NPR: https://t.co/GEtoVP3Gct pic.twitter.com/eCqYnd2qly
— Denmark in UK (@denmarkinuk) April 6, 2021
(町山智浩)ということで、アカデミー賞の話に戻ります。で、今年のアカデミー賞でですね、ひとつの作品がちょっと意外なところにノミネートされてるんで、それを紹介します。デンマーク映画でですね、『アナザーラウンド』というタイトルの映画が国際長編映画賞……これ、今まで外国語映画賞と言われたものにノミネートされて。しかも監督もですね、監督賞にノミネートされているんですよ。トマス・ヴィンターベア監督という監督なんですが。これがね、非常に僕の年齢には響く映画だったので紹介したいんですが。『アナザーラウンド(Another Round)』っていうのは英語で「もう1杯」っていう意味なんですよ。これね、アメリカのバーとかで飲んだ時に「もう1杯、行く?」っていう風にバーテンの人が聞く時にかならず「Another Round?」って聞きますから。
(赤江珠緒)ああ、そうですか。
(町山智浩)「1杯って英語でなんていうんだろう?」って迷う人も多いと思うんですよ。その「もう1杯」の「1杯」は「Round」なんですよ。
(山里亮太)「One More」じゃないんだ。
(町山智浩)「One More」でも通じますけども。「Round」っていうのは「もう1回」みたいな意味なんですよ。ボクシングのラウンドと同じなんですよ。
(赤江珠緒)ああ、なるほど。覚えやすい。
「Another Round」=「もう1杯」
(町山智浩)「Another Round」って言うんですよ。で、そういうタイトルなんですが、これはお酒についての映画です。で、主演はですね、マッツ・ミケルセンというデンマークの俳優さんで、この人は日本のゲームで『DEATH STRANDING』とかにも出てるんですけど。あとは、そうですね。『ハンニバル』というテレビシリーズだったり。あと、この人で一番有名なのはあれかな? 『007 カジノ・ロワイヤル』の適役を演じていました。敵のボスなんですけど。ル・シッフルっていう。血の涙を流したり、喘息だったりして。強いのか弱いのかよくわからない敵のボスを演じていたのですが。この人、マッツ・ミケルセンっていう人はいつも悲しそうな顔をしてる人なんですよ。そこがね、非常に母性本能をくすぐるところらしいんですけども。
で、このマッツ・ミケルセンとこの監督賞にノミネートされたトマス・ヴィンターベア監督はその前にもアカデミ賞にノミネートされていまして。それが2012年の『偽りなき者』という映画だったんですが。それもすごい映画でね。これ、マッツ・ミケルセンは幼稚園の先生なんですね。すると、女の子の園児がかわいくね、「先生、好き」とか言ってくるんですよ。「ああ、はいはい。わかった、わかった」みたいな感じでやっていたら、「冷たくされた」ってその女の子が幼稚園児なのに思いまして。「あの先生にいたずらされた」って言っちゃうんですよ。
(赤江珠緒)うわーっ、怖……!
(町山智浩)それで、最初は幼稚園の問題だったのが、だんだん近所に広がって。それがどんどんどんどんマスコミによって報道されて、国中に広がっていって。彼は「幼女にいたずらした大変な変態野郎」ってことになって、いられなくなっちゃうっていう話なんですよ。
(赤江珠緒)いや、それは大変よ!
(町山智浩)これ、怖い……日本でも似たような事件が起こっていますけどね。これ、恐ろしいんですが、いくら証明しようとしてもダメだし、人ってないことを証明できないんですよね。
(赤江珠緒)そうですね。冤罪の難しいところですね。
(町山智浩)しかも、証明してもやっぱり、「噂が出たからには、ああいう人なのよ」っていうのは残っちゃうんですよ。
(赤江珠緒)イメージがついちゃうのか。
(町山智浩)そういう地獄のような話を、なんとね、なんとなく苦笑いするような、不思議なコメディのような映画に仕立てたのが『偽りなき者』なんですよ。地獄みたいなんですけど。で、その2人が今度、組んだ映画がこの『アナザーラウンド』なんですね。で、今度もまたマッツ・ミケルセンはですね、先生役なんですよ。で、高校の先生なんですね。ところがね、歴史の先生なんですが、全く生徒からバカにされてるんですよ。授業をやる気ないんですよ。いつも生徒に目を音合わせないで教科書を読んでるだけでね。で、とうとう高校生なので受験生なので。「これじゃ受験できないじゃないか」って生徒と親が学校に直談判しに来ちゃうんですよ。
(赤江珠緒)ああ、そんなに?
(町山智浩)先生の授業がダメだから、学力がつかないから受験で落ちちゃうじゃないかっていうことで、もう大変な立場に追い込まれるんですけど。しかも、家に帰るとですね、息子がバカにしてるんですね。息子が2人いるんですが。で、奥さんとの間に会話がほとんどなくて。学校から帰ってくると、奥さんは夜勤の仕事に出掛けちゃうんですよ。で、すれ違いで。どこにも行き場がなくなってる50過ぎの教師がこのマッツ・ミケルセンなんですよ。それでどよーんとした暮らしをしてると、学校の教師友達4人とちょっと飲んでいて。1人がですね、「こういう新聞記事を読んだんだ」って言うんですよね。
「人はいろいろストレスがあるから、血中のアルコール濃度が0.05パーセントぐらいの方が人間は気分がいいらしいよ。ちょっとほろ酔いぐらいの方がリラックスができていいらしいよ」みたいな、そんなどこから見つけてきたのか、インチキな記事の話をするわけですよ。で、それに影響をされたマッツ・ミケルセンは……だから要するにもう生徒たちと親に詰め寄られたわけだから。授業が怖くてしょうがないんですよね。「これから授業をやらなきゃならない。俺にできるのだろうか?」って。で、ウォッカを学校のトイレでちょっとひっかけちゃうんですよ。
(赤江珠緒)ああーっ!
(町山智浩)これ、大変なことをしちゃうわけですけども。ところがね、それでちょっとほろ酔いで授業を始めるんですね。で、こういう授業を始めるんですよ。「君たちは歴史の授業をやっているんだけれども。自分を1940年代の有権者だと思ってくれ。これから政治家を選ばなきゃならないのだが、これから例に挙げる3人の政治家のうちの誰に投票する? 誰に国政を任せる?」って言うんですよ。「1人はマティーニが好きで、いつも酔っぱらっていて。しかも女好きで浮気してて。非常にハイパーテンションで大変な男だ。もう1人の男は完全にアルコール中毒だ。夜寝る時にはシャンパン、ウォッカ……何から何まで飲んでも、それでも眠れなくて睡眠薬を飲んでいる。しかもヘビースモーカーで体を壊してもいいからっていうことで葉巻ばっかり吸っているという男だ。3人目の政治家は酒もたばこもやらない。女性関係もきれいだ。しかも子供や動物を愛してる。非常に礼儀正しい人である。さあ、この3人のうち、誰を国のリーダーとして選ぶ?」って聞くんですよ。
(赤江珠緒)うん!
(町山智浩)誰を選びます?
(赤江珠緒)それはもう、圧倒的に3番目になっちゃいますよね。最初の2人は結構問題があって……。
(山里亮太)2人目は絶対に違うじゃない?
(町山智浩)で、生徒たちも3番目の政治家を選ぶんですよ。そうするとこのマッツ・ミケルセン先生が「1番目の政治家は実はフランクリン・ルーズベルトだ。アメリカを勝利に導いた大統領だ。2人目の葉巻を吸って完全にアルコール中毒の人はウィンストン・チャーチルだ。その当時のイギリスの首相だ」って言うんですよ。
(赤江珠緒)おおっ!
(町山智浩)「3番目の清廉潔白で酒もたばこも女もやらない人。これはアドルフ・ヒトラーだ」って言うんですよ。
(赤江珠緒)あちゃちゃちゃちゃ……。
(山里亮太)めちゃくちゃ思うツボだ!
(赤江珠緒)この歴史の授業は面白いですね(笑)。
(町山智浩)面白いでしょう? 「だから、人が酒を飲むとか、そういうことで判断するな!」って言うんですよ(笑)。
(赤江珠緒)アハハハハハハハハッ!
(町山智浩)「そんな、無茶な……」って思うんですけど。で、結構生徒が面白がっちゃうんですよ。というのは、この映画は元々の企画はその監督の娘さんが「デンマークの高校生は酒ばかり飲んでめちゃくちゃなのよ」ってお父さんに話をしたらしいんですよ。
(山里亮太)高校で?
(町山智浩)そう。あのね、デンマークってこの間まで、16歳から飲めたらしいんですよ。
(赤江珠緒)16から? へー!
高校生の飲酒がひどいデンマーク
(町山智浩)でね、あまりにも高校生の飲酒がひどいので、18歳に上げたっていうぐらい飲むらしいんですよ。で、もう若いから酒癖が悪くて。そこら中でめちゃくちゃやっているっていうことで。「それは映画になったことがないな」って思ってそれについて調べて、この映画を監督は作り始めたらしいんですよ。だから生徒から人気が出ちゃうんですね。「酒に対して理解がある先生」みたいな感じで。で、調子が良くなってきたんで、他の友達3人も……3人とも先生ですけど。お酒をちょっとひっかけ始めるんですよ。授業の前に。1人は音楽の先生。1人は体育の先生。1人は哲学の先生なんですけど。で、そう聞くとこれ、お酒を仕事中に飲むことを推奨している、恐ろしい映画だなと思うじゃないですか(笑)。恐ろしいですよね。でもね、やっぱりお酒っていうのはどんどん量が増えていくもんなんですよ。
(赤江珠緒)ああーっ!
(山里亮太)適量だったらいいけども。
(町山智浩)そう。だからどんどん彼ら、量が増えていって。まあ、なんというか、授業もヘロヘロになっていって、フラフラのまま学校の廊下を歩いたり、まあ大変な崩壊に向かっていくっていうちょっと怖い話なんですよ。でね、これね、実はお酒についての話じゃないんですよね。見ていくと。実はこの主人公のマッツ・ミケルセンがすごく憂鬱で授業に全然力が入らないのは、本当は彼は歴史の研究家になりたかったんですよ。学校の先生とかじゃなくて、大学とかで研究したりする人になりたかったんですけど。で、一時的な生活のために学校の先生をやっていたら、ずっとそこから抜けられないまま50歳になっちゃったんですね。生活のために。まあ、子供もできたし、みたいなところでね。で、50をすぎて振り返ってみると、「俺の人生はこれで良かったのか?」っていう気持ちになっちゃったんですよ。
(赤江珠緒)ああ、はい。
(町山智浩)これはみんな、このぐらいになるとありますよ。僕ももうすぐ還暦なんですけど。やっぱりあるんですよ。それは。振り返ると。
(赤江珠緒)町山さんはでも、すごい自由に、好きなように。ご自身が思うように生きていらっしゃるように見ますけども。
(町山智浩)いやいやいや。でも、映画と雑誌とか本の仕事をしてるじゃないですか。まあ、どれも結構産業として終わりつつあるんですよ。今。
(山里亮太)えっ、映画も?
(町山智浩)映画が一番今、ヤバいですよね。コロナでね。
(赤江珠緒)映画館で映画っていうのもね、たしかにね。
(町山智浩)全世界の映画がもう、史上最悪の収益ですよね。壊滅的なことになってますけど。で、本もね、今ヤバいんですよ。本や雑誌も。
(赤江珠緒)出版もね。
(町山智浩)「ネットで」って言いますけども、やっぱりみんな、本屋というものがあるんですけども。本屋はね、コロナの中でなかなか、みんな買いに行かなかった。「人が触ったもの」みたいなところがあるんですよね。あと、雑誌は今、コンビニから雑誌の売り場自体が減ってるでしょう? で、キオスクもなくなっちゃったでしょう? 雑誌は今、ものすごい売れてないですよ。
(赤江珠緒)そうですね。うん。
(町山智浩)僕はその、滅びつつある3つの産業の中で生きてきたから。「えっ、俺はこの人生で良かったの?」っていう感じなんですよ。もう。
(赤江珠緒)なるほどな。
(町山智浩)今、本の売れなさってものすごいんですよ。大変なことになってますからね。だから、いろいろ人それぞれにですね、「人生、これで良かったのか?」って思う時は来るんですよね。50代になると。で、そこからこの主人公たちは目を背けるためにお酒を飲み始めちゃったんで、これは底なしなんですよ。だから怖い話なんですけど。うーん。ただね、この映画はまた、そこで大逆転があって。こんな怖い話なのに、クライマックスにかけて……クライマックスはこの4人が地獄のような酒飲みバトルに突入するところとか、すごいんですよ。
(赤江珠緒)ええっ?(笑)。
(町山智浩)ものすごいですよ(笑)。映画史上、これほど酒を飲むっていうシーンもなかったんじゃないか?っていうぐらい、飲むんですけども。すごいですよ、これ。カーアクションのように酒を飲んでますね。カンフーバトルとか銃撃戦のように酒を飲むんですけども。
(赤江珠緒)タイトルも『アナザーラウンド』、「もう1杯」ですもんね。
(町山智浩)そう。すさまじいんですが。ただ、その地獄の果てに、ものすごくハッピーなエンディングがこの映画には待ってるんですよ。なんと。
(赤江珠緒)ええっ? 今の状況を聞くと、なんか出口がなさそうな悩みですけど。
(町山智浩)生きる希望も何もないような話に聞こえるんですけど、最後に非常に希望に満ちた話に展開していって、ハッピーに終わるんですよ。それはどうしたかっていうと、この映画のアイデアを出した、トマス・ヴィンターベア監督の娘さんが撮影直前に交通事故で亡くなっちゃったんですよ。
(赤江珠緒)ええっ?
(町山智浩)この娘さんはこのマッツ・ミケルセンの娘役でも出演する予定だったんですよね。で、本当にこの監督は自殺も考えたんですよ。もう、愛する娘さんが亡くなって。でも、それを乗り越えようとして、みんなで協力してこの映画を作ったんですね。
(赤江珠緒)そんな状況の中で作られた映画なんですか?
娘の死を乗り越えるために作った映画
(町山智浩)はい。「それでも生きなきゃ」っていう映画になってるんですよ。だから、ただ見ると「なんでこれでハッピーエンド?」って思うんですけど。これは、ものすごい悲劇を乗り越えて、仲のいい友達同士が……画の中と同じなんですよ。友人同士が作り上げた映画なんですよね。人生に対する讃歌として。
(赤江珠緒)じゃあ、最初にそのデンマークで16歳の高校生がすごくお酒を飲むのよっていう提言をパパにしたお嬢さんっていうことですか?
(町山智浩)そうなんです。映画のアイデアを出したお嬢さんが、奥さんが運転する車で交通事故に巻き込まれて。奥さんは助かったんですけれども、娘さんは亡くなっちゃったんですよね。で、普通だったら映画を中断するんですが、その悲劇を乗り越えるためにみんなで一丸となって作った映画なんですね。ということで、どうしてここからハッピーエンドに行けるの?っていう謎があるんですが。それは劇場でご覧になってください。
(赤江珠緒)そうですね。これはちょっと見たいですね。
(町山智浩)公開はだいぶ先なんですが。秋、9月3日に日本公開予定です。『アナザーラウンド』です。
(赤江珠緒)そうなのか。やっぱりね、ある程度年齢が行くと、前ばかり見てる人生じゃなくて、ちょっと後ろを振り返って……みたいな。そういう時期がかならずみんな来ますけどね。そこから……。
(町山智浩)そうですね。今、公開されている『ノマドランド』っていう映画もそういう映画で。人生の終わりにさしかかって、「今までの人生は何だったのか?」っていう、何もかもを失っちゃう話なんですよ。でも、その向こうに希望を見いだそうとする映画なんですね。だからよく似たところがあります。
(赤江珠緒)今日は『アナザーラウンド』をご紹介いただきました。日本では9月3日公開予定です。町山さん、今日もなんかすごい映画、ありがとうございました。
(山里亮太)ありがとうございました。
(町山智浩)どうもでした。
<書き起こしおわり>