ホリ えなりかずきは「そんなこと言ったってしょうがないじゃないか」とは言ってない話

ホリ えなりかずきは「そんなこと言ったってしょうがないじゃないか」とは言ってない話 ザ・ラジオショー

ホリさんが2024年2月5日放送のニッポン放送『ナイツ ザ・ラジオショー』の中でものまねフレーズの起源についてトーク。えなりかずきさんものまねの定番フレーズ「そんなこと言ったってしょうがないじゃないか」は実はえなりさん本人は言っていないという話をしていました。

(ホリ)だから今日、ルーツの話をしてたじゃない? 元ネタとか。ああいうのも、調べるのが好きで。

(塙宣之)ああ、なるほど。

(ホリ)前にやってたじゃん? それこそ動画で。ギャグのとか。

(塙宣之)ああ、はい。営業で「僕たちのこと、知ってる人、もしくは知らない人?」みたいな。これはくりぃむしちゅーさんが最初だとか。

(ホリ)そういうののものまね版を調べたりとか。「誰がこのフレーズを……」とか「このものまねを始めたのは誰か?」「このパターンは誰かな?」とか。

(土屋伸之)じゃあ結構、調べて行き着いたんですか? 元ネタのところに。

(ホリ)まあ、不確かなのもあるけども。

(土屋伸之)はたけんじ師匠が……とか。

ものまねフレーズの起源

(ホリ)はたけんじ師匠がものまね四天王の前の元祖ものまね四天王だったとか。はたけんじ師匠の頃って、ものまねのレパートリーがかぶっちゃいけない時代だったらしいんですよ。だから、その時代にその人がやっていたやつって、だいたいその人が作ったやつだと思うんです。で、堺すすむさんとかと同世代だから。なので「こんばんは、森進一です」は堺すすむさんが作ったフレーズじゃないかって。美空ひばりさんの「どうも、ありがと」とかも美空さん本人は言ってないけど。あれも堺師匠で。

(塙宣之)えっ、「どうも、ありがと」って言ってないんですか? 「和也ちゃん」は?

(ホリ)「和也ちゃん」はおたくのお兄さんよ(笑)。あなたのお兄さんが美空ひばりさんをやる時にさ。「しらす、食べた? 和也ちゃん?」って(笑)。

(土屋伸之)じゃあ昔は同じ人のものまねをしちゃいけないっていうのがなんとなく、あったんですね?

(ホリ)堺すすむさんの頃はそうだったって俺、堺すすむさんから聞いた。

(土屋伸之)じゃあ「お客様は神様です」っていう三波春夫さんははたけんじ師匠とか。

(ホリ)そうそう。そういうのって、結構勝手に作っちゃったフレーズだったりして。

(塙宣之)ホリさんもそういうの、あるんですか?

(ホリ)「そんなこと言ったってしょうがないじゃないか」はえなりさん本人、言ってないです。

(一同)ええーっ!?

(ホリ)えなりくん、「『そんなこと言ったってしょうがないじゃないか』は『渡る世間は鬼ばかり』にはないんですよ」って言ってました。

(土屋伸之)なんでそれができたんですか?

(ホリ)だから、イメージ。

(土屋伸之)イメージ? 口を尖らせて言いそうなこと、みたいな?

(ホリ)その頃、2000年代の頭ぐらいだったから、渡鬼の中ではえなりくん、反抗期みたいなイメージだったから。「◯◯じゃないか」って。「なんだよ。そんなこと言ったってしょうがないじゃないか」みたいな、そういうえなりくんだったの。でも当時ってさ、動画とかもそんなにないし。ビデオを撮らなきゃおしまいだから。イメージ先行でやるから。そっちの方がなんか、面白いかもしれない。自分の中では。

(塙宣之)でもそれ、一番最初にやった時にはウケたんですか?

(ホリ)ウケた。

当時、反抗期感のあったえなりかずきが言いそうなフレーズ

(塙宣之)じゃあ、そのイメージがあったってことですかね? でも「◯◯の時のえなりかずき」とは言わなきゃいけないですよね?

(ホリ)その時ってでも、まだ『細かすぎて伝わらないモノマネ』の前だから。コージーさんが「重箱の隅をつつくメドレー」っていうのをやっていたのよ。要はフリオチの。あれって、似ているところだけをフィーチャーしてネタだったんだけど。それとは別で、くりぃむさんが「伝わらないものまね」っていうのをやってたじゃないですか。だから、それとこれとはまた別なんだけど。だから「◯◯の時の誰々」っていうネタはあんまり存在していなかった。トークベースではやるけども。だから「そうですよね、えなりさん」って言われたら「そんなこと言ったってしょうがないじゃないか」って。だから、一発でわかるフレーズを持ってくるみたいな感じ。だけど今って「そうですよね、えなりさん」って言われたら「◯◯の時のえなりかずき」ってやることが多いじゃん? 当時はそういうの、あんまりなかったから。

(塙宣之)でも、その時に「どうも、えなりかずきです」とかっていうのはやっていなかった?

(ホリ)言ってなかった。

(塙宣之)素人だとね、どうしても「長嶋茂雄です」とか言っちゃうじゃないですか。

(ホリ)それはなんか、とんがっていたのかな? 言わなかったなー。

(土屋伸之)それでもすぐに伝わるっていうのは、本当に特色を捉えていたんでしょうね。

(ホリ)それは感覚だから……でも、みんなそんな感じだったと思いますよ。やっぱりビデオを撮れない……撮り忘れたりするから。今の子たちの方が、ものまねはうまいよ。やっぱり、何回も動画とかで見れるから。確認作業ができるじゃない?

(塙宣之)だけど、たとえば武田鉄矢のものまねを今の若い子がしたって、誰かっぽくなるじゃないですか。

(ホリ)まあ、下手したらものまねからっていう場合もあるしね。

(塙宣之)そうですよね。そう考えると、どんどんどんどんこすられこすられちゃうというか。誰かっぽくなっちゃうじゃないですか。絶対に。

(ホリ)けど、本当に好きな子はやっぱりもう1回、動画をいろいろ見直したりとか。あとは昔のそういうドラマとかも見れるじゃない? テレビ局のサイトとかで。そういうのでもう1回、見直したりするんじゃないのかな?

(塙宣之)だから今、たとえば20代の子で先輩たちがやっている金八を1回、忘れて。全部、DVDとかを買って。だから田中邦衛さんをやったりする人がいるとしたら、それはすごいことですよね。

(ホリ)でも俺の世代でも、武田さんって死ぬほどやってる人がいたのよ。いっぱい。だから俺は『101回目のプロポーズ』の時の武田さんを狙ってやっていて。先輩方から「お前、よくあそこの武田鉄矢気づいたな」って言われた時は嬉しかった。

(土屋伸之)そうか。みんな『金八先生』に行くけど。

(ホリ)そう。だから俺が先輩から褒められて一番嬉しかったのは武田鉄矢さんで「なんてわからずやなんでしょうね、この野郎!」っつって俺、このスペシウム光線をやったのよ。そういうシーンが『101回目』にあるんだよ。山崎裕太くんが……。

(塙宣之)知らないよ、そんなの(笑)。

武田鉄矢のスペシウム光線

(ホリ)あるのよ! それを褒められて。「お前、よくあれに気づいたな。あれは海援隊の1回目のコンサートでやってたんだよ」って言われて。で、俺はそれ、知らなかったんだけど。でも、武田さんってイメージだと昭和の子供が好きそうなフレーズを言いがちっていう。「俺は東京湾に現れたゴジラじゃないんだから」とか。「はい、マグマ大使」とか。「顔がエイリアン、エイリアンしてきましたね」とか、そういうのを言うのよ。

(土屋伸之)そういうギャグを言ってるんだ。

(ホリ)『金八先生』の中でも「最近、顔がエイリアン、エイリアンしてきましたね」っつって。

(土屋伸之)そんなシーン、あるんですか?

(ホリ)あるのよ!

(土屋伸之)それ、たぶん武田さんのアドリブなんでしょうね。

(ホリ)そう。アドリブなのよ。だからあの『101回目』もしつこい役じゃないですか。だから「これ以上、来たら警察を呼ぶわよ?」って言われた時に「俺は東京湾に現れたゴジラじゃないんだから」って。そういうのを言うのよ。

(土屋伸之)なるほどね。そういうところを真似したんだ。

(ホリ)なんかだからそういうので合致したっていうか。

<書き起こしおわり>

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