町山智浩『市子』を語る

町山智浩『市子』を語る こねくと

町山智浩さんが2023年12月5日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『市子』について話していました。

(町山智浩)で、いろいろと見たんですが。その中でね、今年の日本映画で一番強烈だった映画をちょっとご紹介したいんですが。これ、今週8日(金)に日本で公開される『市子』という映画なんですね。で、これはあの市子という名前の女性の物語なんですけど。演じるのは、杉咲花さんですね。『おちょやん』とかをやっていたりした人ですね。それが市子さんで。それで若葉竜也くん演じる恋人と一緒に同棲して暮らしてるんですね。

で、ちっちゃい幸せを持っていて。彼氏がとうとうプロポーズするところから、この映画は始まるんですよ。で、彼女は泣いて喜んで……ところが、その翌日に若葉竜也くんが家に帰ってきてみたら、市子さんがいなくなってるんですね。で、「一体どうしたんだろう?」と思うと刑事が突然そこに来て。「この人、知ってますか?」って写真を出すんですね。すると、それが市子さんなんですよ。で、「これ、市子じゃないですか?」って言うと「いや、どうも違うんですよ」って言うんですね。「というか、この人はなんか存在しないみたいなんですけど……」って言われるんですよ。

(石山蓮華)どういうことですか?

(町山智浩)で、「どういうことなんだ?」っていうことでこの主人公の若葉竜也くんが刑事と一緒にこの市子と関わる人たちにインタビューをしていく、取材していくという話なんですよ。

(石山蓮華)へー! ミステリアスな話ですね。

(町山智浩)そうなんですよ。で、これね、すごくネタを全くしゃべれないので。映画会社も非常に苦労してると思います。批評家の人もね、絶賛をしてるんですけど何も話せないというね。この映画の正体を明かすことができないという。

(でか美ちゃん)その導入を聞いただけでも、情報がない方が面白そうですもんね。

(町山智浩)そうなんですけどね。はい。で、杉咲花さんがやっぱりすごいんですよね。このプロポーズされた時点の26歳っていう彼女と同じ年齢と、それからもう何十年も遡っていくわけですけれども。彼女の人生をね。それを1人で演じていて、全然違和感がないんですよ。

(石山蓮華)じゃあ、どんどん若返っていくんですね。お芝居で。

(町山智浩)そう。セーラー服を着たりしてるんですけど、全然普通な感じで。彼女のその独特の年齢不詳感みたいなものが最大に生かされてる映画なんですね。でね、この映画の正体を明かすことができないので、似たような映画を見てる人がわかるような話をします。はい。

(石山蓮華)すごい! 気になるけれど……なかなか聞けない。

『嘘を愛する女』

(町山智浩)言えないんですよ。直接。まずね、『嘘を愛する女』っていう2018年の映画があったんですよね。あれは長澤まさみさんと高橋一生さんが夫婦で。「夫婦で」というか、籍は入れてないんですけどずっと一緒に暮らしていて。それで突然、高橋一生さんが亡くなるんですね。くも膜下出血かなんかでね。で、「どうしよう?」って、亡くなったから調べてみたら、彼の身分証明書とかが全部、偽造だったことがわかるんですよ。「医者だ」って言ってたんだけど、その研究所にも籍がないんですよ。で、彼が言ってたことが全部嘘だったことがわかって。で、実際に彼が存在したのかもわからなくなってくるんです。で、なんとこれ、実話ですよ?

(石山蓮華)ええっ! そうなんですか?

(町山智浩)これ、実話なんですよ。

(石山蓮華)じゃあ、ざっくり言っちゃうと、詐欺師だったってことですか?

(町山智浩)いや、それすらもわからないんですけど。言えないんですが。そういうことがね、結構あって。日常の中にね、突然落とし穴があるっていう感じなんですよね。でね、あとね、『さがす』っていう映画はご覧になってますか?

(でか美ちゃん)気になったけど、見れなかったんですよ。公開時期に。

(石山蓮華)私も見てないんですよ。

(町山智浩)ああ、本当に? 『さがす』はすごいですよ。これ。

(でか美ちゃん)めっちゃ面白そうだった。予告とかも。

『さがす』

(町山智浩)これはね、佐藤二朗さん扮するダメ親父がいてですね。中学生の娘さんと一緒に暮らしてるんですけども。この佐藤二朗さんが行方不明になっちゃうんですよ。で、その中学生の娘が1人で取り残されてしまって。で、しょうがないからこのダメ親父を探しに行くっていう映画なんですね。『さがす』っていうのは。で、最初はちょっとコメディっぽいんですよ。佐藤さんだから。ところが、それがどんどんどんどん怖いことになっていくんですね。で、現在の実際にあるいろんな問題……たとえば、この間あった自殺幇助サイトっていうのが、ありましたね。ネットで自殺したいっていう人を集めて、実際に殺してるっていう人というか、クズ野郎がいましたが。それとか、難病の問題とかね。日本の中で陰に隠れている闇みたいなものがだんだん見えてくるっていう怖い映画が『さがす』だったんですよ。

で、ちょっと似てるところもあるんですが。この『市子』っていう映画は。たしかに、真相の部分では日本の持っているその法律制度と関わってくる部分があるんですね。これも、言えないんですけれども。日本独特の法律制度がありまして。その法律制度は海外にはないんですが、日本人はみんな当たり前だと思ってる法律制度なんですよ。で、それの法律の隙間みたいなところに落っこちてしまったのがこの行方不明になった市子さんであることがわかってくるんですね。あともうひとつはやっぱり貧困の問題で。ものすごい貧困の中で彼女は育ってきて。で、何も自由がないし。で、途中でわかるんですけど。その「市子」っていう名前自体がちょっと違うんじゃないか?っていう話なってくるんですよ。

(石山蓮華)市子は市子ではない?

(町山智浩)小学生の頃に友達だった女の子が「あの子、月子って言ってたよね?」って言うんですよね。「どういうことだろう?」って。

(石山蓮華)気になる! えっ、なんかすごい、どんどん気になっちゃう。

(町山智浩)怖い話なんですよ。で、どうも彼女は自分の本当の名前も言うことができない人生を生きてきたらしいんですね。

(でか美ちゃん)単純に嘘をついて、彼氏を騙して……とかじゃないっていうことですもんね?

(石山蓮華)相当に深いわけがありそうですね。

(町山智浩)人から愛されたりすることもできないし、世の中の表に出てくることもできない人だったことがわかってくるんですよ。市子は。

(石山蓮華)もうなんか、頭の中でどんどんどんどんいろいろ考えちゃいますね。

(でか美ちゃん)いろいろ考えてるのに、考えた結果、すごいでかい「?」ってなってます(笑)。早く見たい!

(町山智浩)そうなんですよね。ただ、そういった実際の日本っていう国が抱えている社会問題……法律の問題だったり、貧困の問題とか。それをクローズアップする映画でもないんですよ。この映画は。そこに行かないんですよ。

(でか美ちゃん)描いてはいるけど、そこが中心じゃないっていう?

(町山智浩)そうなんですよ。だからさっきの『レッスン in ケミストリー』もそうでしたけど。あれもその当時にあった男女差、女性差別みたいなことは大事なポイントとしてはあるんですけど。あくまであの女性の生き方についての物語ですよね。で、女性の家族の物語だったんですけど。その人間ドラマの方にこの『市子』はどんどんどんどんフォーカスしていくんですね。で、本当にこの市子っていう人が実在するんだとしか思えないぐらい、観客に迫ってくるんですよ。で、最後の最後に事態の真相は明らかになるんですが、それが明らかになる6分間というのはですね、ものすごい6分間なんですよ。見ている人の息が詰まってしまう、呼吸ができなくなるような6分間なんです。これがすごくて。これを演出した監督もすごいし、カメラもすごいですね。カメラワークも。で、それを演じきった杉崎さんも本当にすごくて。戦慄すべき6分間なんですよ。

戦慄すべき6分間

(でか美ちゃん)でも杉咲花さんって本当にすごい俳優さんというか。なんか、パッと世に出てきた時からしか私は知らないですけど。なんか明らかに大女優になっていくんだろうなってみんなを思わせる何か、オーラみたいなのある方ですよね。作品を見ていても。

(町山智浩)そうなんですよね。『おちょやん』なんかもすごく朝ドラの流れからすると信じられないくらい悲惨な目に遭うんですよね。でも、ちゃんとそれをなんていうか、ひとつの幸せとして、結末に導いたというのは彼女の演技力だったと思うんですよ。朝ドラって実際はね、悲惨な話とかもインチキして、歴史を捻じ曲げていい話にしちゃってるんですよ。NHKの朝ドラって。いっぱいありますよ。本当に。だから整合性がなくなったりするんですよ。笠置シヅ子さんの描き方とか、同じ朝ドラの中で全然違ってるんですよ?

(でか美ちゃん)なんか一応、史実を基にしつつの、なんかフィクションだけど……みたいな。朝ドラってちょっと不思議なテーマがありますよね。

(町山智浩)そうなんですよ。でも彼女はね、あれだけ悲劇的な話をちゃんと朝ドラの枠の中に収めるだけのね、すごい人間的な深い演技ができる人なんですけど。この戦慄すべき6分間の最後はね、「ありがとう」という言葉で終わるんですよ。

(でか美ちゃん)全然予想つかないな。マジで。

(石山蓮華)本当に今、いろいろと「これか? あれか? こういう説か?」って考えちゃう。

(町山智浩)で、この戸田彬弘監督の演出力もすごいんですが。この「ありがとう」はね、映画史上最も残酷で、映画史上最も悲しい「ありがとう」なんですよ。もう本当に胸を引き裂かれるような「ありがとう」なんですよね。

(でか美ちゃん)これは見ないとですね。

(町山智浩)それで今、後ろで『にじ』っていう童謡がかかってるんですが。これは『にじ』なので幸せや夢を歌ってるんですけど。これもね、この映画を見た後ではもうそういったものとして聞くことも歌うこともできなくなるような映画なんですよ。

(石山蓮華)こんな今、聞いた感じ、朗らかな。

(でか美ちゃん)本当に幼稚園や保育園で歌っていそうな。

(石山蓮華)みんな、手を繋いで揺れながら歌いそうな感じだけど。

(町山智浩)そうなんですよ。だからこういった夢とか幸せから落っこちてしまった人もいる。そこに引っかかれない人たちもいるんだという話でね。この『市子』は強烈な映画で。ただ本当に宣伝に苦労してるんで、何も言えないという(笑)。これはもう、見てもらうしかないですね。

(でか美ちゃん)とにかく劇場に見に行った人たち1人1人が見て、おのおの感じると思いますけど。口コミしていくしかないですね(笑)。

(町山智浩)口コミ以外にできないんで。本当に監督からみんな、困ってると思いますよ。

(石山蓮華)でもそれだけ、語りたくなる魅力にあふれてるんですね。

(町山智浩)はい。本当に強烈な映画なんで、ぜひ今週公開なんで。ご覧いただければと思いました。

(石山蓮華)今日は今週8日(金)に公開になる映画『市子』をご紹介いただきました。町山さん、ありがとうございました。

(町山智浩)ありがとうございました。

映画『市子』予告

<書き起こしおわり>

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