町山智浩『ウィキッド ふたりの魔女』を語る

町山智浩 クインシー・ジョーンズと楳図かずおを追悼する こねくと

町山智浩さんが2025年3月4日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『ウィキッド ふたりの魔女』について話していました。

※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。

(町山智浩)こんな時に今日、紹介する映画はそういう勇気ある作品のうちのひとつなんですが。『ウィキッド ふたりの魔女』という映画をちょっと紹介させていただきたいんですが。この曲は『オズの魔法使い』の主題歌ですね。『Over The Rainbow(虹の彼方に)』というジュディ・ガーランドの歌です。

(町山智浩)今回のこのアカデミー賞でもね、この『ウィキッド』の主演女優のアリアナ・グランデが見事な声を聞かせてくれたんですけども。『ウィキッド』は日本で劇団四季がずっとミュージカルで舞台でやってるから、結構ご存知じゃないかと思うんです。で、この『ウィキッド』の元になった『オズの魔法使い』……これ、後半、ものすごく怖いんですよね。後半は緑色の肌をした悪い魔女が翼が生えた猿軍団で襲ってくるんですよね。これ、ものすごい怖いんですよ。僕も子供の頃、怖かったんです。『オズの魔法使い』の後半はね。最初の方は楽しいんですけど。あの映画が驚くのはね、86年も前の映画なんですよ。オールカラーで。1939年ですよ。第二次大戦前ですよ。

ものすごい特撮で撮っておて、超大作で。今見ても全然、最近の映画に見えますからね。そのぐらいすごい大作が『オズの魔法使い』なんですけど。この『ウィキッド』というのはさっき言ったその緑色の肌の悪い魔女が主役です。あの悪い魔女はね、英語で「Wicked Witch」って言うんですね。で、その『Wicked』から取ってるんですけど。「悪い」っていうような意味ですけど。

悪い魔女」は本当に悪いのか?

(町山智浩)で、これね、『オズの魔法使い』のすごいファンの原作者が書いた小説がもとになっていて。彼は「これ、悪い魔女って言われてるけど本当に悪いんだろうか?」って考えたんですよ。で、このオズの国という国を猿の軍団で襲ってる悪い魔女なんですけど。「これ、本当に悪いのかな? なんで襲ってるのかな?」ってことを考えたんですよ。で、彼女の立場で物語を語り直したのがこの『ウィキッド』の原作本なんですね。それがブロードウェイミュージカル化されて、それの第1幕だけを映画化したのが今回の『ウィキッド ふたりの魔女』なんですよ。で、第2幕以降は今、作っていますね。全世界でもうこの『ウィキッド』の1作目が大ヒットしたんで。

で、これはですね、『オズの魔法使い』の中にいるその緑の肌の悪い魔女ともう1人、いい魔女っていうのも出てくんですよ。ピンクの魔女です。グリンダっていう名前なんですけれども。ドロシーっていう主人公の味方をしてくれるピンクの魔女が出てきて。ところがこの『ウィキッド』はこの悪い魔女と良い魔女が実は若い頃、親友だったっていう話なんですよ。で、これを演じるね、女優さんたちが超大物で。この悪い魔女はエルファバというのが本名なんですけども、それを演じるのはシンシア・エリヴォさんというナイジェリア系イギリス人の女優さんですね。彼女はナイジェリア難民の娘さんですね。

で、グリンダ……これ、若い頃はガリンダっていう名前なんですけど。これを演じるのはイタリア系アメリカ人のアリアナ・グランデさん。で、この2人がダブル主役に近いんですけど。もうめちゃくちゃ歌える2人なんでもう、すごいです。歌の力が。でね、このエルファバという悪い魔女に将来なる娘さんはですね、緑の肌で生まれたっていうことともうひとつ、お母さんが不義の関係で産んだ子なんで、父親からものすごく憎まれるんですよ。ちっちゃい頃から。で、それだけじゃなくて彼女には超能力があって。感情が高ぶったりすると、物を動かしたり壊したりしちゃうんですよ。だから人に嫌われないように感情を高ぶらせないように、目立たないようにずっと生きてきた子なんですね。で、それに対してそのよい魔女にグリンダ……ガリンダという幼名なんですが。彼女は逆にちょっと小金持ちのお嬢なんですよ。

で、ちやほやされて、いつも陽気でおしゃれで。ピンクの服を着て。で、友達も多くて社交的で……エルファバと全く逆なんですね。で、いつも取り巻きをぞろぞろ連れて歩いていて、周囲の注目を集めることがもう一番大事みたいな人なんですよ。で、この全く性格の違う2人が大学でルームメイトになっちゃうっていう話なんですよ。「学園物かよ!」と思いましたよね。でも性格が違うから、もう互いを嫌うっていうか、憎むというか、大変な事態になっていくんですよ。

で、特にそのエルファバは超能力があるから「魔法の才能がある」ってことで大学の学長から特待生として大学に迎えられるんですよ。しかも、ハンサムな転校生が現れるんですがなぜかね、エルファバと仲良くなっちゃうんですね。で、いつもお姫様で女王様だったグリンダはもうイライライライラするわけですよ。で、いじめが始まるわけですよ。この辺は結構きついです。見ていて。で、じゃあどうやってこの2人が親友になったの?っていう話なんですよ。

これ、すごいきついシーンがあって。マンチキンっていう差別されている民族がいるんですね。オズの国には。で、その男の子がこのグリンダを好きになって告白すると、彼女はそれを振ったりして冷たくすると「冷たい子だ」っていう噂が出ちゃうから。「お友達ならお付き合いするわ」って言って受け入れるんですよ。で、このエルファバには下半身が不自由で車椅子に乗ってる妹がいるんですね。で、パーティーがあっても誰も誘ってくれない寂しい子なんで。「私のことを好きなら、彼女をパーティーに誘ってあげて」っていう風にその自分に告白した男の子に言うんですよ。でもそれっていい人なの?っていう。要するに、なんていうのかな? このガリンダ、グリンダはね、「良い人だ」と思われるためならどんな悪いことでもする人です。しかもね、悪意が全然ないんですよ。

でね、この性格の違う2人が大学に行くと、その大学の教授がヤギなんですよ。これね、オズの国にはいろんな民族……体の形とかが違う民族もいるんですが。動物もいて、普通に人間としゃべって。動物の権利が人間の権利と同じになっているんですよ。で、差別はあるんですけど、権利はみんな平等に認められているんですね。ところが、突然このヤギの教授が檻に入れられちゃうんですよ。要するに「これからは動物は差別するから」っていう風にオズの国はなっちゃうんですよ。で、これを今、このアメリカで公開するっていうのは大変なことなんですよ。

今、この作品をアメリカで公開する意味

(町山智浩)トランプ大統領になってからね、本当にこれが現実になっていますから。学校に通っていた子とかがいきなり逮捕されちゃうんですよ。「移民だ、難民だ」っていうことで。で、それだけじゃなくてさっき言ったDEI……多様性を禁止するという大統領令が出てるんで。たとえばですね、アメリカ軍で一番偉い人は統合参謀本部長って言うんですけども。それが黒人だっていうことでクビになりました。信じられない時代になってますよ、これ。ミスも何にもしてないんですよ。非常に優秀な、空軍のジェットパイロットだった人ですけど。

トランプ氏、制服組トップのブラウン統合参謀本部議長を解任 - BBCニュース
トランプ米大統領は21日夜、米軍制服組トップのブラウン統合参謀本部議長を解任した。トランプ政権は米軍上層部の解任を繰り返している。

(町山智浩)もうこれはこのヤギの教授が「ヤギだ」っていうだけで逮捕されるんで。これ、日本だと感覚としてわからないかもしれないけども、アメリカ人にとってはものすごいショッキングなことですね。これが現在、まさに起こっていることなんで。で、こういう映画がさっき、でか美ちゃんがまさに言っていたように作られにくくなってきているのが今のアメリカなんですよね。これが怖い感じでね。でね、この主演のシンシア・エリボさんもさっき言ったみたいにナイジェリア難民の人だし。彼女、バイセクシャルなんですよ。だから彼女はこういった問題に関しての当事者なんですよね。で、今かかっているのはこの映画の中で一番いい曲ですね。『Defying Gravity』。「重力に逆らって」っていう意味ですけども。

(町山智浩)でね、そういう状況なんでオズの国ってよかった国なんですけど、だんだん悪くなっていくんですね。で、このエルファバは肌が緑でね、差別されている側なんで最終的に権力に立ち向かうことになっていくんですよ。で、もう今まで引っ込み思案でね、ずっと内気でコソコソと生きてきた彼女が全部、そういった自分を縛ってたものを断ち切って魔女になるんですよ。で、悪い国と戦ってる人っていうのは、その国からすれば「反政府側」っていうことになるんですけども。でも、この映画ではそっち側の立場、魔女の立場で見ているんで、まあすごいことになってます。なんていうか、あんまり……オチに突っ込みそうになったぞ(笑)。ああ、危なかった。まあ、ちょっとすごい意外な展開になるので話を全然知らない人はね、この『ウィキッド』の後半の方でね、「えっ?」っていうところになってきますからね。これ、パート1なんで。でもね、「じゃあパート1だと話は終わってないのか」って思うんですけど、すっごい盛り上がります。最後に。もう号泣している人とかいましたよ。

この2人が仲良くなるというのもこれ、ものすごい複雑な心理なんで。これは見ていただくしかないですね。それでアリアナ・グランデ、本当にちっちゃい子まで大人気なんで。アリアナ・グランデ、うちの娘とかはもう彼女がすごく若い頃から、最初に出てきてる時からずっと追いかけていて。そういう子たちが女の子たち、いっぱいいるわけですよ。で、楽しそうなミュージカルだからっていうことで見に行くんですけども、もっとすごく強いメッセージをくれる映画なんで。で、この『重力に逆らって』っていう歌の歌詞がまたすごい強くて。「他人のルールに従って生きるのは、もうやめたわ」っていう歌ですから。これ、『Let It Go』ですよ。

だから『アナと雪の女王』のあの歌が日本ですごい流行ったですよね。これもね、そのパワーがあって。どっちも元の歌をブロードウェイミュージカルで歌ってる人は同じ歌手の人なんですけどもね。これはね、すごいことになると思います。日本では吹替版もあるみたいですけども。高畑充希さんが歌らしいですね。いや、もう本当ね、このクライマックスはすごいんでぜひ、ご覧になっていただきたいと思います。

映画『ウィキッド ふたりの魔女』予告編

アメリカ流れ者『ウィキッド ふたりの魔女』

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