町山智浩『シカゴ7裁判』を語る

町山智浩『シカゴ7裁判』を語る たまむすび

町山智浩さんが2020年10月20日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中でNetflixで配信中の映画『シカゴ7裁判』を紹介していました。

(町山智浩)で、今日紹介する映画は、やっと来たアカデミー賞が取れそうな作品なんですよ。もうね、映画が全然公開されない状態で。アカデミー賞、今年はどうするの?っていうところがあったんですけど、やっとね、アカデミー賞にこれは何かで引っかかるなっていうのが出てきました。『シカゴ7裁判』というタイトルの映画で。劇場でやった後、今はもうNetflixで見れるようになったんですけれども。今、日本の人もみんな見れます。これは1968年にあった非常に奇妙な裁判を描く実録映画です。

で、俳優さんたちの演技が素晴らしくて。裁判物なんでね。たぶん演技賞とか脚本賞とか、そのへんでアカデミー賞に引っかかってくるだろと言われてるんですが。すごくね、l日本の人にはわかりにくい話なんで、その説明をしますね。まず、1968年。ベトナム戦争の真っ最中ですけども、シカゴ民主党大会というのがあったんですよ。

その民主党大会っていうのは民主党の大統領候補を指名する大会なんですが。そのベトナム戦争というのは民主党が始めた戦争なんですよ。民主党政権のケネディがその種をまいて。で、その後を継いだジョンソン大統領が本格的な戦争にアメリカを引きずり込んでいったんですけども。で、ものすごくアメリカの若者たちが次々と兵隊にとられて。その毎月3万5000人徴兵されるという、すごい事態になっちゃったんですね。

で、若者たちはみんなベトナム戦争なんか……なんでベトナムに行かなきゃいけないのか、さっぱり分からないわけでね。アメリカが侵略されたわけでもないので。それでみんな反対して。それでジョンソン大統領は「もうこれは第2期目はないだろう」っていうことで諦めて、次の選挙を降りちゃったんですよ。で、その副大統領のヒューバート・ハンフリーという人が1968年の大統領選に出ることになったんですが。もう民主党の内部が2つに割れちゃって。ベトナム戦争即刻止める派っていうのが出てきちゃったわけですね。

で、そのハンフリーじゃない人を候補に立てて大統領にして、ベトナム戦争を停止しようってことになるんですけども。そのトップに立ったのが、非常に面白いことにロバート・ケネディというベトナム戦争を始めた人の弟さんなんですよ。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)で、ロバート・ケネディが「ベトナム戦争をすぐにやめさせる」ということで大統領候補になろうとしたんですけども、その直前に暗殺されちゃうんですよ。予備選に入る時に。で、このままだと大統領はそのままハンフリーになってしまってね、ベトナムは続くってことになっちゃったわけですね。で、民主党の内部で投票するんですけども、lそれに若者たち……ベトナム戦争に反対している人たちは何とかそれを止めようっていうことで、その68年の民主党大会の現場にベトナム戦争デモの大きいのを仕掛けて抗議に行ったんです。

ところが、その時にそれはシカゴというところでやっていたんですけども。そのシカゴの市長のデイリー市長という人が、この人はものすごい暴君のような人で。「私の街でデモとか、そんなものは許さない!」と言って、ものすごい警察と州兵、兵隊さんを使ってそのデモ隊を叩き潰したんですよ。

(赤江珠緒)ええっ?

(町山智浩)で、ものすごいケガ人とかが出て。それをまたテレビで放送して。僕もこれは覚えています。「大変なことが起こっているな」って。で、日本でもそういうことが起こっていましたけどね。その当時、ベトナム戦争反対でね。で、それが終わったんですが……それで民主党は2つに分かれちゃったんで、選挙に負けちゃったんですよ。そのハンフリーが。で、対抗馬だった共和党のニクソン大統領が勝ってしまって。それでニクソン大統領はベトナム戦争を継続するんですが、ニクソン大統領がなぜか司法長官を使ってその民主党大会でデモを仕掛けた人たち7人を起訴するですよ。

(赤江珠緒)えっ? 自分の党と関係ないのに?

(町山智浩)関係ないというか、共和党は彼らのおかげで勝ったんですよ。それなのに、そのデモを起こした人たちを7人、起訴したんですよ。それが「シカゴ7」と言われている人たちなんです。で、「なんで起訴するの?」って思うじゃないですか。「利害関係ないじゃん。関係ないじゃん」って。で、その時にこの司法長官が言うんですね。ニクソンの司法長官が。「今までは学生の時代だった」っていう。その1960年代というのはビートルズが出てきたんでご存知の通り、カウンターカルチャー、ヒッピーの時代だったんですよ。で、若者たちはありとあらゆる反抗したんですね。

(赤江珠緒)反戦ムードも高まってね。

1960年代、カウンターカルチャーの時代

(町山智浩)はい。ベトナム戦争に対する反対もあったし。それと若者たちが髪の毛を伸ばすようになって、就職をしない。そして政府とかその自分の父親であるとか企業であるとか、あらゆる既成の権威に対して反抗するという時代だったんですよ。これは僕は子供ながらにそういう時代であったことを完全に覚えてるんですけども。まあ、そこら中でデモがあって。とにかく父親とか母親の言うことには従わない。服はもうめちゃくちゃなものを着るっていう。

(赤江珠緒)もう全体が反抗期みたいになってるみたいな?

(町山智浩)そうそう。完全に反抗期だったんですよ。ベビーブーマーというものすごい人数がいる団塊の世代が一斉に全世界で反乱を起こしたんですね。で、司法長官は「その学生の時代を終わらせてやるんだ」って言うんですよ。「これからは大人の時代がやってくるんだ。その見せしめのためにあいつらを刑務所にぶち込んでやるんだ」っていう。だから、完全な政治的な意図の下に行なわれた裁判なんですね。で、「共謀罪」っていうことでやるんですけど、実はその7人はデモをする時にシカゴにたまたま来た7人で。それ以前には連絡も何も取ってないし、知り合いでもなんでもなかった人たちなんですよ。

(赤江珠緒)ええーっ?

(町山智浩)それを共謀罪っていうことにしちゃうんだっていうんですね。その司法長官のジョン・ミッチェルは。という、恐ろしい裁判の実態を描いてるんですよ。だから彼らね、「シカゴ77」とされて一緒の被告人にされるんですけど。でも一緒の被告になっても仲が悪くて喧嘩ばかりしてるんですよ(笑)。

(山里亮太)あまり知らないし。

(町山智浩)そう。友達じゃないし。「お前、嫌いだし」みたいな話になっていて。

(山里亮太)「共謀」どころじゃないな。

(町山智浩)そう。だからこの共謀罪っていうのはたまたまその時、1968年に作られたもので。そういう形で政府に対する反対運動を何かの理由をつけて取り締まってしまおうっていうことで、でっち上げられた法律なんですね。共謀罪は。で、それと戦う弁護士たちの話なんですけれども。これで面白いのは、このシカゴ7の中の主要メンバーが変なんですよ。

(赤江珠緒)うん?

(町山智浩)まず、アビー・ホフマンという人が出てくるんですね。そのアビー・ホフマンというのはこの人、イッピーというグループを作ってた人なんですけども。ヒッピーじゃなくてね。これがね、この人はほとんどコメディアンなんですよ。冗談ばっかりやってる人なんですよ。その「デモを仕掛ける」と言っても、やっていることはほとんどジョークなんですよ。で、たとえばアメリカ国防総省にデモを仕掛けた時も、みんなでお花を持っていくんですよ。で、軍隊がそれを阻止しに来たら、その軍隊の持っているライフルの銃口にお花を差していくんですよ。これ、有名な写真があります。カービン銃の銃口にお花を差す、有名な写真があって。これ、全世界に報道されて。で、フラワージェネレーションとかフラワー革命と呼ばれるようになったんですよ。

(赤江珠緒)うん。デモとしてはなんか素敵ですね。

(町山智浩)今、左翼の人のことをを「お花畑」って言う人がいるんですけど、それの言葉の一番元を作った人っていうのががこのアビー・ホフマンなんですよ。つまり「戦争よりもお花なんだ。ラブとピースなんだ」って言った人なんですけどもね。ただ、やってることが結構めちゃくちゃで。マリファナをばらまいたり、LSDをばらまいたりしながらそれをやる人だったんですよ。で、髪の毛とかもぼさぼさなんですけども。それで、たとえば最初にそのシカゴで集会を開く時に、シカゴの市に「集会を開きたいんだけども」って申し込むじゃないですか。それで「なにをやるの?」って聞かれて「まずドラッグをやって、みんなでセックスしまーす!」って言ったんですよ(笑)。そういう人なんです。だから半分、冗談なんですよ。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)で、それに対してすごく仲が悪かった人っていうのが
トム・ヘイデンという人で。この人はなんていうか、民主党の真面目な学生委員会の委員長です。で、「民主党がこんな風にベトナム戦争に賛成してるのは許せない!」ということで。で、「ちゃんとしたま政治活動で国を変えるべきだ」と思ってる人がトム・ヘイデンです。

(赤江珠緒)真面目に怒っている人ですね。

(山里亮太)真逆だ。

(町山智浩)すごく真面目に怒っている人です。で、ゆくゆくは政治家になって、民主党員としてアメリカを変えていこうと思ってる人なんですね。で、すごくそのアビー・ホフマンのでたらめなパフォーマンスみたいな、ジョークみたいな運動が大嫌いなんですよ。それで喧嘩ばっかりしてるんですが。この2人の演技合戦がこの映画、素晴らしいんですね。これね、アビー・ホフマンを演じてる人はサシャ・バロン・コーエンというコメディアンなんですよね。

(赤江珠緒)ああ、本物のコメディアン?

(町山智浩)そう。コメディアン的な政治運動家にコメディアンを配役していまして。サシャ・バロン・コーエンっていう人はこの人ね、『ボラット』っていうシリーズをやっているんですけども。カザフスタンから来たテレビレポーターのふりをして、アメリカ人を取材して。たとえば「私の国ではね、ユダヤ人を弾圧しているんですけどもね。あなたもしたいでしょう?」って言うとね、「いやー、実はしたいんだよね」って相手に言わせちゃうっていう……。

(赤江珠緒)ああ、これは紹介してもらいましたね。町山さんにね。

(町山智浩)はい。しています。だから、そういうことを普通だったら言わないんだけど、「カザフスタンのテレビでしか放送しないから大丈夫です。言いたいこと、言っちゃってください!」って言って、相手に言わせちゃうんですよ。

(赤江珠緒)悪いなー。はいはい(笑)。

(町山智浩)そう。で、それを全世界で映画として公開しちゃってるんですよ。そういう非常に政治的ないたずらを仕掛けまくってる人がこのサシャ・バロン・コーエンというコメディアンなんですね。だから彼、やってることはほとんどアビー・ホフマンと同じなんですよ。で、今もね、『ボラット2』っていうのを作っていて、今週公開なんですけれども。それはね、コロナの真っ最中にアメリカに来て。「マスクなんてしない!」とか「コロナなんて関係ない!」って言ってるトランプ支持者の人たちとべたべたしながら、彼のバカげたことを撮っちゃうという続編です。もうすぐ、今週にAmazonで公開されます。

(町山智浩)そういう非常に過激なことをやってる人ですね。はい。で、だからね、すごいぴったりなんですよ。本人とほとんど変わらないんですね。で、真面目な方のトム・ヘイデンの方を演じるのはね、エディ・レッドメインという俳優さんで。この人、結構いい年なんですけど、学生の役をやっているわけですけどね。

(赤江珠緒)ふーん! うんうん。

(町山智浩)この人が結構有名なのは、『ハリー・ポッター』シリーズのスピンオフの『ファンタスティック・ビースト』の主人公ですね。あと、『レ・ミゼラブル』でものすごく歌が上手かった彼ですね。だから非常に真面目な美青年ですけど。だからもうすごく、このアビー・ホフマンらしい非常に真面目な運動家という感じなんですけども。で、これに対して嫌々その裁判を引き受ける検察側の役をやる人がですね、ジョセフ・ゴードン=レヴィットという俳優さんで。この人も上手いんですよね。このデタラメな裁判をやらされる保守側の人なんだけども。「どうも、これはやってらんねえよ」という話でね。

現在、起こっていることと変わらない出来事

(町山智浩)で、これが今、すごくアメリカでも日本でも注目されている理由はですね、この映画の中で行われることがほとんど今、起こってることと変わらないからなんですよ。というのは、ニクソン大統領は「法と秩序(Law and Order)」というスローガンを出して、それの見本として彼らを取り締まるということをパフォーマンスとしてやるわけですね。見せしめとして。「法と秩序には逆らえないんだぞ!」っていう。その「法と秩序」っていうスローガンは今、ドナルド・トランプ大統領が使ってるスローガンなんですよ。

(赤江珠緒)ああ、そうか。

(町山智浩)ドナルド・トランプ大統領はBlack Lives Matterに対して「私たちは法と秩序を守るんだ!」って言って警察を送り込んで、軍隊を送り込んでいったんですね。で、「彼らはRadical Left(極左)による陰謀なんだ!」っていう風に司法長官に言わせたりしているんですけども。これも全く同じことで。この映画の中のニクソンの司法長官は彼ら学生のデモを「これは陰謀なんだ」として訴えるので。同じことをやってるんですよ。完全に。で、さらにこの中ではブラックパンサーという黒人の運動組織のリーダーが一緒に逮捕されていて、一緒に裁判にかけられちゃうんですよ。でも、関係ないんですよ。彼はこの事件と全く関係ないんですよ。シカゴには4時間しかいなかったのに、裁判にかけられちゃうんですよ。

(赤江珠緒)ええっ?

(町山智浩)で、あまりにもひどいから「俺、関係ねえよ!」って裁判所で言うですけど、そうすると彼は鎖で縛られて、口に口枷をはめられちゃうんですよ。そのボビー・シールという黒人の運動家は。で、黒人の人を鎖で縛るということはこれ、絶対にやっちゃいけないことなんですよ。それは奴隷に対してやっていたことですから。で、さらに口に……要するに「黒人はしゃべらせないぞ」っていうことで口枷をしてしまうんですけども。それを見たシカゴ7の人たちは「彼は息ができないよ!」って言うんですよ。

(赤江珠緒)わっ、本当ですね……。

(町山智浩)これは今、Black Lives Matterで警官たちに黒人の人たちが窒息死させられている状況で「息ができない!」って言っていたことを思い出させるんですよ。だから、これは50年も前のことなのに、まるで今、アメリカで起こっていることと何も変わらないんですね。

(赤江珠緒)そうか……。

(町山智浩)それでね、またいい話があって。その途中でアビー・ホフマンがね、「昔、リンカーンはこう言ったんだ。国民の権利を奪う政権に対しては国民はそれを倒す権利があるとリンカーンは言ったんだ」って言うんですよ。これ、本当に言ってるんですよ。リンカーンは。「でも、俺たちはそれを4年おきにできるんだよね」って言うんですよ。それは、4年おきの大統領選のことなんですよ。「アメリカ人は政府を倒すということを、やろうと思えば4年おきにできるんだよ」って言うんですよ。今、アメリカは選挙中ですよ!

(赤江珠緒)そうですね。

(町山智浩)大統領選挙中にこの映画が公開されたっていうことはものすごい大きな意味があるんですよ。

(赤江珠緒)それで、アメリカでは大ヒットしていると。

(山里亮太)ということは、そういう意見だっていうことですね。「倒す時じゃないか」っていう。

(町山智浩)そういうことですよ。それを、コメディアンの人が言っている。コメディアンの人が言ってるんですよ! ということなんですよ。ということでね、ぜひ見ていただきたい。今こそ見ていただきたいのが『シカゴ7裁判』です。

(山里亮太)Netflixで見れると。

(町山智浩)はい。そういうことです。

(赤江珠緒)ねえ。選挙、どうなりますかね。本当にね。『シカゴ7裁判』は劇場公開中。Netflixでも見られます。町山さん、ありがとうございました。

(町山智浩)どもでした!

<書き起こしおわり>

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