町山智浩『シック・オブ・マイセルフ』を語る

町山智浩『シック・オブ・マイセルフ』を語る こねくと

町山智浩さんが2023年10月3日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『シック・オブ・マイセルフ』について話していました。

(町山智浩)今日はね、ノルウェー映画の『シック・オブ・マイセルフ』という映画を紹介します。『シック・オブ・マイセルフ』っていうのはね、「自分にうんざり」っていう意味ですね。「Sick」っていうのは「病気」っていう意味もあるんですけど。「ゲロ吐きそう」っていう意味もあるんですね。これ、ノルウェーに住んでいる女性とその恋人っていうか、同棲してる相手、旦那みたいな彼との話なんですけど。この同棲している彼氏がやっている仕事がね、「泥棒アーティスト」なんですよ。

(でか美ちゃん)まあ「現代芸術家」と言ったら聞こえがいいが……みたいな感じのね。

(町山智浩)ああ、見ました?

(でか美ちゃん)そうなんですよ。実は私、でか美も蓮華ちゃんも、試写で見させていただいていただいたんですよ。

(石山蓮華)見させていただきました。

(町山智浩)どうでした?

(石山蓮華)石山は、ものすごい怖いなって。正直ホラー映画の『PIGGY ピギー』よりも「怖い!」って思っちゃうぐらい、この映画は怖かったです。

(町山智浩)怖かった?

「最狂の承認欲求モンスター誕生」

(石山蓮華)この宣伝用のキャッチコピーが「最狂の承認欲求モンスター誕生」っていう。自分が働いている中で、たとえば本を出す時に「これだけ売れたらいいな……」とか妄想して。「いやいや……」っていう。その理想と現実の行ったり来たりみたいなのをこの映画で見せられて。自分が持っているその倫理感とか、自己承認欲求のラインってどこにあるのかな?って、ゾッとしながら見ました。

(でか美ちゃん)私もその、何だろうな? なんかちょっと、そういうシリアスな面とか、承認欲求みたいなものを俯瞰で見て、バカにしながら見れる物語でもたぶんあるんですけど。全然バカにできないって思っちゃって。なんかその自分の根っこにもやっぱりあるから……私の場合はですけど、そういうその「自分を認めてほしい。もっと私のことを知ってほしい」とかがあるから、こういう職に就いてるっていうところがかなりあるので。で、やっぱりそれこそエゴサーチも私はめちゃめちゃするタイプなんで。いい意見も悪い意見も両方、見てるから。なんかやっぱりそういう時に、いい意見が多い時はもちろん嬉しいんですけど。悪い意見すらない……いい意見もなければ、悪い意見もない。検索しても何も出てこない時が一番、「ああ、今日の私はつまんなかったのかも」ってすごい思うんですよ。だから反省もするし。

(石山蓮華)たしかになー。

(でか美ちゃん)それで、主人公の子のような暴走にはならないように気をつけてますけど。でも、すごい気持ちはわかるなって思ったから、その承認欲求というものとの折り合いの付け方みたいな部分が……これは結構、みんな響くと思いますよ。

(石山蓮華)見る・見られるの関係性について、すごく考える映画でした。

(町山智浩)この『シック・オブ・マイセルフ』の彼氏、泥棒アーティストって、いわゆる迷惑系YouTuberみたいなやつでね。いろんなところに行って、物を盗んだり、万引きしたりして。で、それ自体を売って有名になって、インタビューを受けたりしてんですよね。こいつはね。で、その彼女の方が、彼がどんどん有名になるんだけど、みんなその彼女として挨拶はするんだけど、彼女の方には話しかけてこないですね。で、まあちょっと言っちゃうとあれなんですけど。最初、ちょっと病気のふりをするんですよ。あんまりにもみんなが自分のことを注目してくれないからね。「私、アレルギーなんです」とか言ってね。でもあそこって、ギャグでしょう?

(でか美ちゃん)ギャグです。最初のアレルギーを偽るシーンとかはね。

(石山蓮華)なんか、見ていて痛々しいなって思う、その笑いに転がりそうなシーンは最初、たくさんありましたね。

(町山智浩)そう。これ、コメディなんで。最初はもう、「しょうがねえな」って感じで苦笑してね。

(でか美ちゃん)「はいはい。痛い痛い」って思って見てるんだけど。

(町山智浩)究極の構ってちゃんでしょう? 「構って、構って! 私、アレルギーなの!」ってやったりしてるんだけど……彼女が働いているそのコーヒーショップで、犬に噛まれて血だらけの人が来て。それでもう大変な事件になるんだけど、それを見て彼女は「羨ましい!」と思っちゃうんだよね。

(でか美ちゃん)そうそう。それをね、助けてあげるというかね。

(町山智浩)そう。それで結構、注目されてね。「私は彼女を助けたのよ!」とか言って。そしたらみんなが結構、話しかけてくれたり。「どうだったの?」とか聞いてくれるから、「これだ!」と思って。で、彼女はネットで検索をするんですよね。役名はシグネっていう人なんですけども。で、ネットで検索したら、ものすごい皮膚がただれている写真が出てきて。なにかと思ったら、ロシア製のある精神安定剤を飲むと、その副作用で体がボロボロになるっていうのを読んで、彼女はそれを買って飲んじゃうんだよね。

(石山蓮華)結構、ゾクッとしますよね。序盤ですけど。

(でか美ちゃん)そこに行き着いちゃったか……っていうのがね、すごい早いんですよね。

(町山智浩)すごい展開が早いですよ(笑)。で、どんどんボロボロになっていくんだけど、その薬を飲んでることを秘密にしてね。で、「奇病だ! 何が原因か、全くわからない!」っていうことで、医者とかもびっくりするんですけど。すると、いろいろ想像してね。彼女がどんどん、自分がその奇病で有名になっていく姿っていうのを想像するんですけど。で、途中まで「ああ、有名になってよかったね」とかってなるから、「なんなんだ、これは?」と思って見てると、大抵が空想像なんですよね。

(石山蓮華)そうなんですよ!

(でか美ちゃん)その瞬間がつらいんだよなー。

(石山蓮華)でもなんか、あれって映画だからこそ……「あれ? こっちに話が行った?」って思える楽しさがありました。

(町山智浩)ねえ。途中から「またかな?」と思いますけどもね。白昼夢ギャルなんでね。で、またこの男がさ、旦那がさ……。

(でか美ちゃん)そう。彼氏、マジでムカつくんですよ!

(石山蓮華)「本当に2人、早く別れて!」って思いながら私は見ました。

(でか美ちゃん)ただ、真ん中ぐらいまで見て「お似合いだわ」とも思いました。

(町山智浩)そうそう(笑)。

(でか美ちゃん)そういう視点とかも持って見ると、いろんな面で面白いです。

(石山蓮華)でも、有名人の彼女になっちゃったその立場とかも……って思いながら見ました。

(でか美ちゃん)それでええんか?」っていうね。

(町山智浩)ねえ。で、また彼氏が、彼女がどんなにただれていても、最初は相手にしないんですよね。

(石山蓮華)そうなんですよ! なんで?って。ねえ。

(町山智浩)一番最初の頃、アレルギーのふりしてたら「アレルギーのふりしてるだろう?」とか彼氏、思いっきり見抜いていたりして。でもこれね、もう1本、すごく似た映画がノルウェー製の映画であるんですよ。それがね、『わたしは最悪。』っていう映画なんですね。これ、去年公開されたのかな? 日本では。

(石山蓮華)私、見ました。

(町山智浩)ああ、どうでした?

似ている映画『わたしは最悪。』

(石山蓮華)いや、なんか面白いなと思って。その出発点というか、モヤモヤした「自分自身って何だろう?」っていうものを抱えた女性が、一晩で思いもよらないところに行ってくるっていうような話だった気がするんですけど。なんか、その自分自身の核とか芯が見つからない感じっていうのがすごく、わかるなと思いながら見ました。

(町山智浩)これ、『わたしは最悪。』っていう映画の方は、主人公は最初、医学生で。医学の勉強をしてるんですけど。医者になるのって、ものすごく大変だっていうことを知って、やる気をなくしちゃって。「私は本当はアートをやりたいの」って写真家になろうとするんだけども、写真家の方もなんか途中でやめちゃって。で、結構美人だからすぐ男が寄ってくるんで、男を渡り歩いてて、あんまり何もしないんですよね。ところが、その彼氏が漫画家なんですよ。売れない漫画家なんです。最初は。だからなんかすごく優しい人で。歳は離れてるんだけど、仲良く暮らし始めるんだけど……その漫画家さんがカルト的な人気になって、世間から評価が高まっちゃうんですよ。

(でか美ちゃん)すごい。展開が似てる。

(町山智浩)似ているんですよ。これ、2人とも旦那の方がアーティストなんですね。それで、旦那が売れちゃって、彼女に居場所がなくなっちゃって。それでどんどん暴走していくんですよ。『わたしは最悪。』の方も。

(でか美ちゃん)似てる!

(町山智浩)似てるんですよ、これ。両方ともね、ノルウェーのオスロて作られていて。製作者、プロデュースが同じなんですよ。

(石山蓮華)ああ、そうなんですね。

(でか美ちゃん)でもなんか『シック・オブ・マイセルフ』を見た時に、これ、言い方は合っているのか、わかんないすけど。「北欧の嫌な感じ、すごいするわ」と思いました。そっちの映画の感じっていう。

(町山智浩)そうなんですよ。ノルウェーってね、世界一住みやすい国って言われてるんですよね。福祉とかが良くて。それで貧乏な人はほとんどいない。誰でもタダで大学に行ける。行きたいところに行けるから、誰でもなりたいものになれるんだけど……誰でもなりたいものになれると、この主人公2人、なりたいものはないんですよ。

(でか美ちゃん)そうか。恵まれてるからこそ、何もなくなっちゃうみたいなことがあるんですね。

(町山智浩)日本なんか本当に今、貧しくなって。それこそ、「大学に行って医者になりたい」なんてことはもう金持ちしかできないっていう風になってるけど。その、誰でもなれるっていう状態だと、かえってダメな人もいて。面白いなと思いますね。

(でか美ちゃん)その上で完全に……なんだろう? 努力合戦、才能合戦になっちゃいますもんね。それだけ条件が統一されたら。心折れちゃうだろうな。

(町山智浩)そうそう。逆にほら、「じゃあ、目立てばいいんだ!」ってことになってくるから。それで変なことをしちゃうわけでしょう? 薬を飲んでどんどん、体がボロボロになっていくんだけど。あと、すごく嫌なのはファッションモデルのエージェントが彼女に近づいてくるんですよね。

(石山蓮華)あれもなんかすごく現代っぽいし。自分自身の価値観についても、なんか鏡を向けられるようなねシーンでした。

(町山智浩)なんかね、「多様性の時代だしね」とか言って。「インクルーシブでね。体に不自由な人たちも、美しさがあると思うの」って近づいてくるんですけど、それがまた非常に偽善的で。

(でか美ちゃん)そうなんですよ。最初はね、なんかようやく理解してくれて、仕事をくれる人なのかなと思ったら……「あれ?」っていう。

(町山智浩)そうなんですよね。

(石山蓮華)でもやっぱり、その嘘をつき続けることについても考えちゃいますよね。

(でか美ちゃん)本当に小さな嘘から始まってますからね。

(町山智浩)そうそう。最初はちっちゃい嘘なんですけどね。あとね、親との関係が二つの映画が両方とも、あんまりよくないんですよ。『わたしは最悪。』も、実はその自分に何も自信がなくなっちゃって。自己肯定感がすごく弱くなったのは、父親が子供の頃、家を出ていったからだってことが後で描かれていて。で、こっちの方もそうなんですよね。『シック・オブ・マイセルフ』の主人公も、幼い頃に父親が家を出ていったんで、すごく自己肯定感が少なくて、ちっちゃくて。あんまりかわいがってもらえなかったからね。で、「お父さんがいつか、私のことを思い出してきてくれるんじゃないか」ってことばっかり考えているんですよね。

(でか美ちゃん)切ないんだよなー。

(町山智浩)やっぱりね、「子供に厳しくしろ」っていう親は多いですけど。やっぱりこれ、かわいがった方がいいよ。

(でか美ちゃん)愛された方が……まあ、いろんな教育方針がおありだとは思うんですけど。

(町山智浩)でも子供の頃、思いっきり愛さないと、欠落感を大人になっても引きずっちゃうから。この2人の女性ははっきり言うと、子供なんですよ。30ぐらいになっているけど。

(石山蓮華)ずっと、本当は誰を求めてるのか?っていうことを考えちゃいますね。

(町山智浩)そう。やっぱり親に愛されないと、そのまま大人になりそこなっちゃうんだなっていうね。

親に愛されないと、大人になりそこなってしまう

(でか美ちゃん)なんかもう、穴の空いた袋にずっと水を入れ続けてるような状態というか。

(町山智浩)うまい表現だな、それは。

(でか美ちゃん)全然いっぱいにならないんですよ。

(石山蓮華)素晴らしい!

(町山智浩)うまい表現だねえ!

(でか美ちゃん)なに? 今日の放送の褒めは?(笑)。でも本当に、そこに水を入れてくれる人が現れても、いつか離れちゃうんですよ。穴が空いていたら。「もういいや」って。

(町山智浩)そうなんです。『わたしは最悪。』って、まさにそういう映画なんですよ。だからどうやって自分というものを自分が肯定していくか?っていう話なんですよ。本当に。どっちもね。

(でか美ちゃん)でも私、すごい皮肉だなって思ったのが『シック・オブ・マイセルフ』の予告、他の映画を見に行ってよく流れてるんですけど。「あのアリ・アスターも認めた」みたいな。「それ、皮肉でやってるのかな?」って。その映画のテーマって、そういう部分じゃないですか。誰に認められたとか、外からの評価でどう自分を……っていう話だから。予告がめっちゃそれだったのが……でも、皮肉な気もするし。わざとっていう。

(石山蓮華)でも私はその「アリ・アスターが認めた」っていう宣伝文句にまんまとつられて、「おお、アリ・アスターをレコメンドか。見よう」って思ってましたもん。

(町山智浩)だから本当に、いろんな人に認められて。誰からも愛されたくて、有名になりたいという風なことをしてるんだけど、本当の本当のところでは実は、一番大事な誰か1人にだけ愛されたいんですよね。

(石山蓮華)そうなんですよね。

(町山智浩)それで十分なんですけど、それがないもんだから、異常な自己承認欲求を求めてしまうというね。これ、ノルウェーの映画だけど、世界中で……。

(でか美ちゃん)これ、先週の『セイント・オブ・セカンドチャンス』はそれがうまくいったパターンな感じしますですね。

(町山智浩)うまくいったパターン。あれは有名になることを求めないで、本当に好きな人たちだけのために生きるっていうことを目指す話でね。対照的でしたね。あれはね。

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(石山蓮華)2本立てで見てほしい。「愛とは何か?」って。

(町山智浩)「人生とは何か?」っていうことですよね。

(石山蓮華)いやー、ということで本当に今週もありがとうございました。町山さんには10月13日公開の映画『シック・オブ・マイセルフ』をご紹介いただきました。町山さん、ありがとうございました。

(でか美ちゃん)ありがとうございました!

(町山智浩)はい。どうもすいません(笑)。

『シック・オブ・マイセルフ』予告

<書き起こしおわり>

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