町山智浩さんが2025年6月17日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『フォーチュンクッキー』を紹介していました。
※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。
(町山智浩)それでその彼が出演する映画を今日ご紹介したいんですけれども。『フォーチュンクッキー』という映画です。
(曲が流れる)
(町山智浩)この音楽、聞くとどんな感じですか? これがでも、『フォーチュンクッキー』っていうタイトルなんですよ。ちょっとこう、憂鬱な感じの音楽なんですけど。これ、フォーチュンクッキーって日本では、ありますか? フォーチュンクッキーって、サンフランシスコ。僕が住んでいるベイエリアが発祥の地なんですよ。あれね、もともとは南部せんべいなんですね。卵と小麦粉でね、フォーチュンクッキーって言うけれども基本的にはせん南部せんべいで。日系人の人が発明したものなんですね。
まあ、その人は大金持ちになりましたけど。ただね、その南部せんべいの中におみくじが入ってるんですよ。それが日本独特の発想でしょう? で、日本の人が作ったんですけど、実際は中華料理屋、中国系のレストランで会計の時にくれるんですよ。あれ、おまけなんです。で、子供とかすごい喜ぶんですよ。中にほら、おまけが入っているから。おみくじがね。で、この映画はそのフォーチュンクッキーを作る工場で働いている女の人の話なんですよ。
ただ、この音楽で分かるようにすごく憂鬱で、もう孤独でね、彼氏もいないし、友達もいない。夢も希望もない女性がそのフォーチュンクッキーの工場で働いてるうちにですね、その工場のオーナーに「おみくじを作ってみない?」って言われるんですよ。で、それが結構難しいんですよ。そのオーナーから「フォーチュンクッキーに入っているおみくじの書き方っていうのは難しいんだ」って言われるんですよ。「大吉みたいなことを書いちゃダメだ」って言うんですよ。
あれ、格言なんですよね。だから「どうにでも取れるようなものを書かないといけない」って言われるんですよ。読んだ人はみんな、自分で解釈してね。「ああ、これは私のことだ」と思えるようなものを書かなきゃいけないんですよ。で、まあ「宝くじに当たります」みたいなことを書いちゃうと、嘘になっちゃうから。責任があるでしょう? でも、ひどいことは書いちゃダメですよね。せっかく買ってみて、中にね、「お前はもうダメなんだ」とか書いてあったら、嫌でしょう? だから、ちっちゃな幸せをあげるようなものを書かなきゃいけないんです。
大きい幸せだと嘘になっちゃうから。だからたとえばどういうのが書いてあるかというと「あなたは素晴らしい人を見つけます」って書いてあるんですよ。「それは近くにいるかもしれません。気がついたら」って書いてあって。それは「気がつかない自分が悪い」ということにもなるし。どうにも取れるから。で、「ああ、旦那のことかな?」と思う人もいるしね。そういうことを書いて、ちょっとした幸せをあげるんですよ。
で、この『フォーチュンクッキー』っていう映画自体がそういう映画なんです。だからコメディなんですけども、すごくゲラゲラ笑わせるっていうんじゃなくて、ほんのちょっとクスッとさせて。ほんのちょっと見終わった後、すごく幸せになる映画です。僕、さっき、フォーチュングクッキーというものが僕が住んでいるところ、サンフランシスコを中心としたベイエリアと言われる地域で作られたって言ったんですけど。この映画は全部、そこで作った映画で。
原題『Fremont』
(町山智浩)これね、原題、英語タイトルは『Fremont』っていうんですよ。このフリーモントっていうのはうちから車で30分ぐらい離れたところにある、ちっちゃい町の名前なんです。で、主人公の女性はドニャっていうんですが、彼女が住んでいるアパートがあって。そこからサンフランシスコのフォーチュンクッキー工場に通っているんですね。で、これを撮影した現場もうちの近所だし、スタッフとかも全員、そうなんですよ。ただ、監督だけはイラン人の人です。イランからイギリスに難民で出てきた人ですね。で、この映画ですね、モノクロで。あと画角がね、横に広くなくて。昔のテレビの画角って分かります?
ちょっと真四角に近い感じなんで、非常にそのモノクロで真四角に近いんで、閉塞感があるんですよ。で、それはこの主人公の女性が本当に孤独で笑わないし、楽しいことも何もないし。ただ、そのフォーチュンクッキー工場で黙々と働いてるんですけど。彼女、まだ22なんですけど。で、幸せが何もないのに「幸せをあげろ」って言われるんですよ。
「読んだ人がちょっと幸せになるような言葉を書け」って言われるんですけど、それは私に無理ですよ、みたいな世界ですよ。それでこの女性、ドニャさんはあまりにも眠れないんで。つらくて。それで精神科のお医者さんにかかるんですけど。カウンセラーの人に。そしたら、「フォーチュンクッキーを作ることがセラピーになるかもしれないよ」って言われるんですよ。で、一生懸命やってみるんですけど、あまりの寂しさに耐えられないんでとうとうフォーチュンクッキーの中に入れるおみくじに自分の携帯の番号を書いて入れちゃうんですよ。という映画なんですよ、これ。
でも、それは一通だけじゃないんですよ。たくさん入れちゃうんですよ。ねえ。それで大変なことになるという話なんですけど。この映画ね、それだけ聞くとなんというか、まあラブコメディなんですが。それで精神科のお医者さんにかかって、「睡眠薬をください」って言うんですが。「君に何があったのか、分からないと処方できないよ」って言われてインタビューに答えるんですけど。彼女はアフガニスタンの難民なんですね。
で、フリーモントっていう町の名前が原題のタイトルになってるって言ったんですけども。フリーモントは3万人のアフガニスタン難民が暮らしているところなんですよ。すごい数ですよ。ちっちゃい町だから。で、リトルカブール……カブールというのはアフガニスタンの首都ですけども。リトルカブールと言われるぐらい、そのアフガン料理屋さんとかがいっぱいあるところです。で、アフガニスタンの人たちもいっぱいいて、なんというか、そこはですね、僕は行ったことがあるんですけど。大変な憂鬱な感じになってるんですよ。みんな。
やっぱりアフガニスタンという国はタリバンというイスラム原理主義の政権に1996年に支配されて。その後、人権がなくなったんですね。テロリスト国家になって。で、911テロを引き起こしたということで2001年にアメリカ軍が侵攻して、首都カブールを解放して。タリバンを追い出して。で、民主的な政権を樹立するということでやってたんですけど、それから20年たった2021年に結局、アメリカ軍が撤退してカブールはタリバンに占拠されて、またタリバンの支配に戻っちゃうんですよ。で、これが絶望的なのは他の国と違って、1回アメリカが解放しようとしたけど失敗したからもう二度目はないんですよ。
北朝鮮はまだ崩壊するかもしれないですよ。でも、タリバンはアメリカに勝ってるから、もうたぶん支配はずっと続いちゃうんですよ。これ、アフガニスタンの人が3万人、住んでるんですけど。この近所にね。彼らはもう、一生帰れないですよ。で、特に女性はタリバンの支配下では女性の権利、全くなくなっていますからね。で、ただ2001年にアメリカが入っていって民主政権を樹立した時、まずやったのは女性の解放なんですね。
そのタリバンはそれまで一夫多妻で、女性の人権を奪って、財産権も奪って。要するに女性はお金を持てないんですよ。で、外出もできない。学校に行くこともできない。教育とか文字を奪って財産を奪うという、まあ女性を全て奴隷にしたんですね。その状態にまた戻ってきちゃったんですけど。だから2001年から2021年までの20年間だけは女性が学校に行けて、大学にも行けたんです。大学も作ったし。
その人たち、一旦は大学に行って学問ができて、仕事に就いていた人たちはみんな、仕事が奪われたんですよ。地獄ですよ、これ。だから彼女の憂鬱ってそこにあるんですよ。これね、映画会社の人はそこを強く出すと社会派映画だと思われるから、誰でも女性だったら見に行くような感じでその部分を強く押し出していないんですよ。
でも、そこがこの映画の隠してる本当の問題なんですね。で、監督もイランの人だし、似たような……彼もイランがああいうイスラム原理主義国家になって。映画なんて自由に作れないわけですから、同じようなところ、同じような立場なんですけども。で、特にこのアフガンの主人公のドニャさんって人は通訳だったんですよ。で、彼女は22歳なんで6歳ぐらいの時にアフガニスタンが民主化されて。で、女の子も学校に行けるようになって勉強して。英語を勉強してね。要するにアメリカ軍の下にあるわけだから、英語を勉強すると通訳になれるわけですよね。
で、アフガニスタンの兵隊さんたちをアメリカ軍が訓練する時の通訳として働いていたんですよ。ところが、タリバンが入ってきた時にその通訳っていうのはもうすごい人数がいたわけですけど。それこそ何千人もいたわけですね。アフガニスタンには。で、アメリカ軍が責任があるからその通訳の人たちを全部アメリカに連れていくって約束はしたんですけど、急に撤退することになっちゃったんで、かなり取り残されて虐殺されています。
アフガニスタンに取り残された通訳たち
(町山智浩)だから彼女は運がよく脱出できたから、一緒に働いていた他の通訳の人たちが殺されたんだってことでものすごい罪悪感もあるんですよ。で、国が完全にめちゃくちゃになって、女性の権利も奪われた上に、彼女の家族は残ってるんですよ。で、家族はおそらく彼女がアメリカの通訳をやってたってことで、裏切り者の家族だってことでものすごい弾圧されているはずです。で、仲間は多くが殺された。とんいうことで、それは憂鬱になりますよ。
これ、乗り越えることは不可能に近いですよね。しかもこの女性、ドニャさんは表情がないし、感情がないんですね。まあ、こんな状態だから、PTSDだから、感情とか表に出せないんですよ。怒りと悲しみを内側に秘めて。でも、それを噴出させちゃうと人格が崩壊しちゃうから、押さえつけてるんですよ。で、このドニャさんを演じる人自身がそうなんですよ。
これね、まずそういう通訳の人たちの取材をして、シナリオ書いて、オーディションをやったら本当にアフガニスタンからの脱出してきたばっかりのこの彼女がいてですね。アナイタ・ワリ・ザダさんっていう人がオーディションに受かったんですね。で、彼女は演技の経験が全くないから、芝居ができないから、感情が出てない演技でちょうどよかったんですよ。
でも彼女、リアルなんですよ。本当にそうだから。彼女、通訳じゃなかったんですけど、ジャーナリストで、英語ができたんだそうです。だからね、まあ小津安二郎的な映画なんで感情を表にあんまり出さないで、みんなが棒読みでしゃべるというね。無表情で棒読みでしゃべるっていう、コメディなんですけど。まあ、それがいろんな意味で複雑に理由があるんですよ。
これ、ちゃんと背景があるんですよ。でね、とにかく感情を表に出さないこのドニャさんなんですけど、フォーチュンクッキーを作っている同僚がカラオケで歌を歌うんですね。ちょっとその歌をあの聴いてもらえますか?
(町山智浩)この歌をね、このなんというかたどたどしく同僚が歌って聞かせてくれるんですね。その時に、ずっと感情を押し殺してたドニャさんの目から涙がスッと伝うんですよ。これを演じているアナイタ・ワリ・ザダさんという人は演技したことないんですけど。本当にその時に自分の人生を思って、涙が出てきたらしいんですよ。
でね、この歌はね、『Just Another Diamond Day』っていう曲なんですけども。「いつもの何でもない日でもダイヤモンドみたいに輝いてる日」という意味で。これは本当に何にもない日っていうのは実は、ダイヤモンドみたいに大事なものなんだっていう歌なんですね。
だから彼女はそのアフガニスタンが自由だった頃のことを思い出したんでしょうね。何でもなかったけど、あれはもう本当に貴重な20年間で。あの時しか存在しなかったものなので。女の子が学校に行けたっていうのはね。で、この歌を歌っている人はヴァシュティ・バニヤンという人で、イギリス人の女性なんですが。この歌も面白くてね。これ、1970年に彼女が出した歌なんですけど、全く売れなかったんですよ。
なんかもう本当に全く売れなかったんで、彼女はそれで挫折して。歌手を諦めて、引っ込んで主婦をしてたのかな? お母さんをしてたんですけども。それがね、30年ぶりぐらいに発見されて、発掘されて、カルトヒットをしてCDが出てというね、本当に奇跡的なことが起こったんですよね。
本当にこれ、なんていうか展開がないんですけど。本当にこれがね、突然カルト的に30年ぶりにヒットして。彼女はもう歌手なんて完全に諦めて30年間、別に歌なんか歌ってなかったんですけど急にスターになったということがあって。完全に諦めていても、でも希望を捨てちゃいけないんだってことでもあるんですね。
『フォーチュンクッキー』っていうのは、本当にその何でもない日常にちっちゃい幸せがあれば人は生きていけるんだってことであるから。それは彼女が……まあ、ここから先はちょっと何なんですが。僕ね、ちょっと言うの忘れたんですけどアフガニスタンについて、カブールについて詳しくなったのはあるインタビューしたからなんですね。
『君のためなら千回でも』というベストセラーがありまして。それはここで育ったアフガン難民の人がアフガンが解放される前に行って、友達を救いに行くっていう小説で。これがベストセラーになったんで。彼はアフガンが解放された時にですね、現地に行ってアフガンの女性たち、女の子たちを学校に行かせてあげるっていうのをこのベストセラーになったお金でそういう財団を作って、頑張っていた人なんですよ。
カーレド・ホッセイニさんって人で。彼、うちの近所の人だから僕、会ってインタビューしてるんですよ。でも、カブールが陥落したから彼は本当に今、絶望していると思います。だからもう話、できないですよ。本当に僕が会った時は「もうこれから、アフガニスタンはいい国になるぞ!」って言ってたのにね。
で、この『君のためなら千回でも』という本がこの間、角川からまた再文庫化されたんで、僕がすごく詳しい解説を書いています。彼と会った時の話とか全部、書いてるんでちょっと皆さんに読んでいただきたいと思いまして。角川さんからプレゼントしてもらいます。
『君のためなら千回でも』
(町山智浩)ということでね、フォーチュンクッキーというのは日本人が作って、中国の人が今、作っていて。で、そこでアフガニスタンの人が働いていて。それでこの映画の監督はイラン人なんですね。そういうところがここ、僕の住んでいるベイエリアのいいところなんで。それもぜひ、ご覧いただきたいと思います。