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星野源 16、7年ぶりに訪れた阿佐ヶ谷で不遇時代の記憶が蘇った話

星野源 16、7年ぶりに訪れた阿佐ヶ谷で不遇時代の記憶が蘇った話 星野源のオールナイトニッポン
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星野源さんが2021年7月20日放送のニッポン放送『星野源のオールナイトニッポン』の中ではじめて1人暮らしをした町、阿佐ヶ谷を16、7年ぶりに訪れたことを紹介。不遇だった時代の様々な記憶が蘇った話をしていました。

(星野源)でね、もう本当にその夏を感じた極めつけとしてはこの間、ちょっとね、ある場所に行ったんですよ。で、久しぶりに外を割と長い時間歩いて。で、やっぱり本当に当たり前のように暑いから。「いや、もう夏だな」っていう。あと「この感じ、懐かしいな!」ってすごい思ったんですよ。大人になるにつれ、歳を取るにつれてなんとなく季節感を感じなくなっていってたんだけど。まあ仕事が忙しくて、家と仕事場の往復だったりすると、どうしても季節感が感じられなくなってきてさ。

そうすると、時間の感覚もなくなっちゃって。「今、いつなんだっけ?」みたいな。で、このラジオが毎週あるお陰でギリギリ季節感を保っていたり。その週1っていうなんかルーティーンができるからいいんだけど。でもやっぱり年々、季節が遠くなっていくんですよ。それにちょっと危機感を抱いていたんだけど。まあ「懐かしい」っていう思い出とともに、めちゃめちゃ季節を感じたんですよ。なんでか?っていうと、僕が19歳から24歳ぐらいかな? 住んでた阿佐ヶ谷に行ってきたんですよ。杉並区の阿佐ヶ谷。僕は埼玉生まれ、埼玉育ちで。実家から出たのが高校卒業してすぐで。で、1人暮らしを最初に始めたのが阿佐ヶ谷だったの。

で、その町にもうね、16、7年ぶりぐらいに行ってきたんです。なんでかっていうと、AppleMusicでやっている『‎Inner Visions Hour』っていう僕の、AppleMusicで初めてのアーティストラジオなんですよ。僕の冠番組で。それで僕と、この番組にも前に出たことがあるけど。小田部仁っていう、うちのスタッフなんだけども。

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(星野源)ライターもやっていて、英語がすごい堪能で。翻訳とかもいろいろやってくれてるんだけど。その小田部仁と2人でただ話すっていう。で、その話す場所がスタジオの屋上だったりとか、あとは喫茶店だったりとか。いわゆるラジオブースで録るラジオじゃなくて、外とかでしゃべるっていうラジオだったんですよ。毎回場所を変えて。

そこで、僕が選曲した10曲っていうのがあって。10曲、入らない時もあるんだけど。話が盛り上がって。で、その曲を間に入れ込んでいくっていう、そういうラジオ。『‎Inner Visions Hour』っていうんですけども。ぜひ、ぜひチェックしていただきたいんですけど。

AppleMusic『‎Inner Visions Hour』

Inner Visions HourをApple Musicで
1個のプレイリスト

(星野源)そこれが今、4回目ぐらいまで流れてるのかな? アーカイブで毎回、全部ちゃんと残ってくんですけど。で、それが6回で終わりなんですよ。その6回目を録ったんです。それが、阿佐ヶ谷の喫茶店で録ってみようとなって。その阿佐ヶ谷の喫茶店で録る前に、僕が19ぐらいの時に住んでた家に行ってみようっていう、そういう企画で。だから19の時に阿佐谷北に住んで。住所的には、阿佐谷北のとある場所に住んで。その後に、住所的には荻窪の方に行ったんです。だから駅よりさらに遠くになったんだけど。でも、最寄り駅的には荻窪じゃなくて阿佐ヶ谷の方がまだ近いっていう場所だったの。

で、一番最初の阿佐谷北の時は風呂なしで六畳一間のアパートだったの。で、まず一番遠いところから行こうと思って、その遠い、荻窪の方から行って。で、駅に向かう途中でその一番最初に住んだところに行こうと。それでまず一番最初に2軒目っていうか。1人暮らしして一番最初に住んだところのその次に住んだ、一応風呂がある、六畳とキッチンが四畳ぐらいのアパートだったの。で、そこに行ってみたら、なくなっていて(笑)。そう。一軒家になっていて。

いや、なんかね、ちょっと切ないは切ないんだけど、それよりも……その僕が住んでいたアート自体はもうなくなってたんだけど。もうその周りの景色が変わらなすぎて。もう本当にちょっと変な気持ちになっちゃって。そのタイムスリップ感がすごくて。まあ、かなり住宅地だったっていうのもあって、建て替わってる家とかはちょこちょこあるんだけど。基本的にその、なんていうか阿佐ヶ谷って高級住宅地で。でも、ものすごく家賃の安いアパートもいっぱいあるっていうちょっと不思議な町で。だから、なんかもう高い一軒家とかがあるから、そういうのってあんまり建て替えないじゃん? だから全然変わってなくて。

もう20年弱ぶりに来たのになんか……あの時の怨念みたいなのがすごい出てきちゃって(笑)。まあ、『あちこちオードリー』でも話しましたけど。僕はその阿佐ヶ谷に住んでる間に自転車でね、中野のバイト先に行くまでに、高円寺を通過して。高架下を自転車で走りながら「もう、絶対に売れてやる!」っていう。もう全員、全部を呪っていたみたいな、そういう時期だったんですよ。売れなさすぎて。

で、役者もやっていたし、音楽もやってたんだけど。音楽はいわゆる、当時はインターネットとかもないから。オーディションとかにデモテープを送るしかないわけ。でも、落ちまくって、落ちまくって。ダメで。「いや、もういい!」ってなって。もう自分でライブをやる。自分でCD、地主盤を作るみたいな。それで当時はあんまりいなくて。自主盤を作る人が。だから、もうやり方がわかんなくて。

マスタリングとかのやり方もわからないまま、自分たちで録音して。で、それを、なんか北海道かなんかにあるCD工場に発注をして。マスターの音源をDATテープで送るんだけども。そのマスタリングっていうものがよくわかってなかったの。で、マスタリングって、いろんな曲がある中で、その曲の中の音のレベルとかイコライジングとか、みんな違うから。ひとつのいい感じにまとめていく作業で。それをいい感じにするにはイコライザーとリミッターっていう機械がいるわけ。それで、ボリュームを揃えるの。

で、みんなが聞いている音楽っていうのはものすごく音圧があるんだけど、あれはなんでか?っていうと、曲ごとにさ、その曲の中である音だけがバーン!ってデカい録音になった時に、そのバーン!っていうところの一番上の音が音の最大値になっちゃうから。で、そこを最大にすると、他の音がものすごくちっちゃい音になっちゃうの。だから、そのバーン!って飛び出ているところを抑えて。機械で自動的に抑えて、全体の音量感をあげるっていう。すごいめちゃめちゃ大雑把に言うと、そういう風な機械なんだけど。

そういう機械があるとも知らず、録音した録音機からDATテープに「いい音になれ!」って念じながらダビングするだけっていう(笑)。その、ボリュームのつまみを握りながら、なんとなくデカくして、なんとなくちっちゃくして、みたいな。で、レベルが赤に行かないように、みたいな。でも、そんなことをしても音量は上がらないんだけども。だからものすごい音圧の低い自主CDを作ったりしていた頃で。まあとにかく頑張ってたけど何も報われず、売れず。

フリーで役者もやっている中で、オーディションを受けて。劇団とかに出させていただいて。で、セリフをいただいたりとかしていて。そのセリフも1文字でも多くセリフがほしいっていう。「なんでもやります、なんでもやらせてください! スタッフでも行きます! 建て込みの手伝いに行きます!」とか。なんか自分がそういう時期だったんですよ。全然売れなくて。バイトしても金がないし。もう家で寝てたら「チュウ」っていう音で目が覚めて。横を向いたらネズミと枕を共にしてたこととかがあるわけですよ(笑)。「キャーッ!」みたいな。

そう。だからそういう時期を過ごしていたところで、もう変わんないから。なんかその時の、なんていうの? 本当にこの世界で自分だけが1人ぼっちみたいな。でも、なんかいろいろと、ずっと何かを考えていたんだなっていうのを改めて思い出した。寝てる時以外は何かしら、「どうやったらこれをちゃんと仕事にできるのか?」とか「いい曲を作るにはどうしたらいいんだ?」とか「いい歌詞を作るにはどうしたらいいんだ?」とか。「セリフをもらうにはどうしたらいいんだ?」とか。

で、なんかそういうのをブワーッと思い出しちゃって。で、家がないからさ。そんなに家の近くにいてもしょうがないから、じゃあもう次の、1軒目に住んだところに行こうということで。僕は最初に住んだところ。阿佐谷北の方まで歩いていくわけ。で、その阿佐谷北に歩いて行く道すがらはほぼ、もう駅に行く道なのよ。だからね、本当に怨念が道に焼きついてるですよ! 『あちこちオードリー』で若林さんとも話したけども、道に……やっぱり歩いてる時に悩んでいことが多いわけですよね。悩んだり、考えたりさ。で、途中で公園とか通ってさ。その公園のベンチでもう絶望的な気持ちで頭を抱えてたなとか。

怨念が道に焼きついてる

(星野源)で、なけなしのお金でジュースを買って。それを飲んで、砂利とかを足でジャリッてやっていたなっていう(笑)。で、「俺、ここにいたわ」って言ったら、一緒にいた小田部仁が……仁は前に高円寺に住んでいたのよ。で、お金がなくてやることがなさすぎて。もう阿佐ヶ谷の方まで来て。「僕、この同じ公園の同じベンチで絶望的な顔をしてました」って言っていて。「ああ、そういうのってあるんだ!」みたいな。「同じような思いをした人が、同じよような思いでこのベンチに座ってたんだね」ってなって。

で、そのベンチに座りたかったんだけど、なんかその公園に「あんさー?」みたいな感じの若者が5人ぐらいいて、1歩も入れなかった。フハハハハハハハハッ! 怖くて(笑)。なんか「星野源いるじゃん!」とか言われても、ちょっとあれだなとか思って。「うーん……なんか邪魔するのもあれだね」っつって(笑)。「あ、あの……あのベンチだよ」「えっ? 俺もあそこ、座ってましたよ」とか言って。そうそう(笑)。そういう奇跡の一致を体験したりとか。

それで、一番最初に住んだところに行ったの。そしたら、なくてさ。そのアパートも。もう、そのネズミが出たって言っていたアパートですよ。なくて。もうめちゃめちゃきれいな、マンションとまでは行かないけど、アパートみたいな感じになっていて。なんか、すごい素敵だったの。そのアパートが。で、俺は下に大家さんが住んでいて。部屋でちょっとでもギターを弾くと大家さんが……俺は2階だったんだけど。ダンダンダンダンッ!って階段を登ってきて。ドンドンドンドンッ!ってドアを叩かれて「うるさい!」って言われるみたいな。そういう思い出だったから。

だからなんか、そういうのもないんだろうなって思って。でもなんか、「バイトに遅刻する!」っつって、めちゃめちゃ急いで階段を下りて足をグイッてやって捻挫したなとか、そういうことを、本当にクソどうでもいいことを思い出して。で、またそこから駅に行く間にいろんな道を通って。それですごい昔に、当時口説いていた女の子と一緒に行ったレストランが潰れていたりとか(笑)。

そう。でもなんかね、駅前もそうなんだけど。その、なんかちょっと商店街みたいな。パールセンター商店街じゃなくて、もっとちっちゃいスターロードっていうところがあって。で、スターロードをいつも通りながら「スターっていう感じじゃないんだよな」って思いながら。だからそこはなんというかすごい、なんか潰れているお店も結構あって。「スターって感じじゃないんだけどな」と思ってたんだけど。通ったらもうすごいキラキラしてて。なんか開発なのか。すごい美味しそうなレストランみたいなところとか、ご飯屋さんとかいっぱいあって。スターロードなのかもしれないと思って。

(星野源)でも、なんかそのキラキラがなんかすごいつらくて。「つらくて」っていうか、俺の時はあんなに暗かったのに……「えっ、すごい明るくなって? この道も明るくなってる!」って言って。すごい俺が「明るくなってる」って連呼してたみたいで。そしたら仁が「いや、源さん。たぶんそんなに当時と変わってないと思いますよ? それはたぶん源さんの心の闇のせいじゃないですか?」って言われて。「いや、そうかな? でもこんなに町が明るかったかな?」みたいな。で、いろんなところが明るくて。

それで、明るくなるとなんか、寂しくなるの。なんか「自分が今、ここに住んでたら、もしかしたらもうちょっとなんか癒されるものがあったのかもしれない」とか思ったりとかして。で、その通りを通ったら、映画の撮影っぽいことをしてたの。で、映画の撮影をしてて、制作さんが赤いなんかあれで止めてて。それで僕と仁で歩いてて。「あれ? なんか撮影してるよ」とか言って。

で、その撮影のところをさ、制作さんが止めているから。人止めをしてるから、その撮影が終わると、その道を通れるわけ。で、その通ってる間も出てる俳優さんとか、逃げれないぐらい……ちょっと狭めの通りなんだけど。だから逃げれないから。だいたいそういう時ってその撮っている場所のお店だったり家だったりの壁側を向いて待っていたりするわけ。で、自分とかもいつもそうしているの。

だからどこにどういう感じで役者がいるのかとか、一発でわかるわけ(笑)。で、そこで「たぶんここにいるな」って思って見たら、ものすごく有名な……たぶんあんまり名前を言わない方がいいと思うから言わないんだけど。ものすごく有名なイケメンの人がいたわけ。で、「あっ、すごい!」とか言って。僕は直接会ったことが1回ぐらいしかないから声をかけられなかったんだけど。僕と一緒に同行してたマネージャーさんはマネージャー同士で知り合いだったりとかするから。なんかそういうのも含めて異様にキラキラした通りを通って。で、なんかその一般の人の感じを出そうと思って。「おっ、○○いるじゃん!」とかって言って(笑)。

その芸能人の俳優の人の名前を。「おっ、○○いるじゃん! 撮影してんね!」とかってわざと言いながら通って。「ああ、そうか。撮影を見に来る人ってこういう気持ちなんだな」っていう。なんかちょっとお祭り感があって。やっぱり通りたくなるもんだね。通って、名前とか言いたくなって。で、どう考えてもスタッフの位置とか分かるから。「ここで言うと、たぶんマネージャーらしき人が立ってるから。振り向いて名前が言っているから『なんだ?』って怪しまれそうだな」と思って、そこでは言わないようにしたりとか(笑)。

で、その後にうちのマネージャーさんが連絡を取ったら、やっぱりその人でした、みたいな。そういうのがあったりとかしてさ。それで、高架下に行ってみたんですよ。僕が「クソがっ!」って言いながら自転車をこいで行っていた、阿佐ヶ谷から高円寺の方に行く線路の下。昔はコンクリっていうか、高架と。それから自転車置き場とかがあったりしたけど。なんか、よくわからないいろんなものを置いてあって。工事で使うものなのか、わかんないけど。で、本当になんて言うか、まあ何もなかったわけさ。

そしたら、めっちゃおしゃストリートになっていて。「うわあ! 寂しい!」ってなって。で、すごく寂しくなっちゃって。しかも、そこにさ、バーン!って看板があって。「自転車走行禁止」って書いてあって(笑)。「ああ、過去の俺がもう走れないようになってる!」っていう。で、もうバッと写真を撮って若林さんにメールして。「今、こんななってます」って(笑)。オードリーのお二人がその高架下で漫才の稽古してたっていう。いやー、だからそれでもう寂しくなっちゃって。

高架下がめちゃおしゃストリートに

(星野源)で、なんか気が付いたら、もうその暗い思い出がある場所を探しさまよってたわけ。それで昔、またさっき言っていた人じゃない別の方を好きになった時があって。その人に……これ、前にどこかで話したと思うんだけど。なんかその人とデートをしようって言ってた日に「ごめん、源くん。ちょっと友達とかとキャンプに行く用事ができちゃって。ちょっと断れないからキャンプに行っていい?」って言われて。「ああ、全然いいよ。約束してたけど、全然いいよ」って言って。で、その日に僕がバイトに行って。その高架下を自転車で、バイトに行って帰ってきて。で、帰ってきた深夜に……その人の家がその阿佐ヶ谷の高架下の近くにあったの。

で、その子の家の前を通ったら、窓からその子の声がするわけ。で、そのキャンプって泊りだって聞いていて。「えっ、いるの?」ってなって。男の人とその子がすごい楽しそうに話していて。「はあ……」ってなって。もうとにかく、近くの本屋に行って。キャンプ雑誌を買って。そのキャンプ雑誌をその子の家のドアの前の床に叩きつけて帰ってきたっていう。フハハハハハハハハッ! その、思い出のアパートがまだあったんだよっ!

それを見た時に嬉しくて、嬉しくて!(笑)。俺、こんな気持ちになるとは思わなかった。たとえば、嫌なこととか、つらいことがあった場所ってずっと嫌なんだと思っていたの。俺。だからなるべく行きたくないんだろうなって思ったんだけど、もうそこに行った時に嬉しくて嬉しくて。だからなんか、やっぱり思い出ってアップデートするべきっていうか、するのっていいことなのかもしれないと思ったんだよね。だから、あんなに結構つらい思い出で……やっぱり、一番最初の1人暮らしの場所ってのはいろいろあるじゃない? 自分で学ばなきゃいけないから。社会性みたいなのを。で、傷つくことも多いし。

だから、そういう意味で阿佐ヶ谷に関して、「なかなかもう、あの町は切ない思い出が多すぎる」と思ってたんだけど。でも、やっぱり行ったら、なんかつらかった思い出の道ほど楽しいの。なんか。だからなんかそれは自分が成長したってこともあるかもしれないし。時間が経って、それを自分を、その怨念みたいなのを思い出すのも、それに支配されるんじゃなくて、面白いっていうか。「うわっ、思い出してきた。俺こんなことを思ってたよ」っていう。

で、それをなんていうか、「バカだな」っていう感じもあるし。「幼かったな」っていう感じもあるし。でも、あの時の情熱みたいなものも今はなかなか持てない部分もあるから。「あの時しかできないことをもう本当に必死こいてやってたんだな」みたいなのを思い出すのもそうだし。だからなんか……トラウマだったり。人にもよるし、場所にもよるし、経験にもよるから、もちろん一概に言えないんだけど。僕の場合は、この一番最初の1人暮らしという大変なトピックスにおいては、よいことだったんだよね。行ってみたことが。

で、それがすごく楽しくて。それで、その本屋に行ったわけ。駅前にあるじゃない? 名前、ど忘れしちゃった。本屋があるんですよ。あ、そうそう。タイタンの前にも行きました。フハハハハハハハハッ! タイタンの前に行って「ここがタイタンかー」って20年弱ぶりに言うっていう(笑)。で、新しい建物とか建っていて。「タイタンだ。わあ!」って。それで、そうなんですよ。だからね、いろんなところに行って、いろんなことを考えてきて。

それで、爆笑問題・太田さんが行きつけの本屋があって。その本屋に入ったらもう並びが全部一緒なの。最初が雑誌コーナーで。その奥に漫画コーナーがあって、とか。で、あんまり変わってなかったわけ。だからもうそこも完全にタイムスリップして。

駅前の本屋でタイムスリップ

(星野源)で、その本とかをちょっと見て。それで出た時に、冷房がかかっている本屋から夏のムワッていう気温に行った時に、その20年前がザーッ!ってフラッシュバックしてきて。「いやー、夏だなー!」っていう(笑)。すごい夏でした。はい(笑)。そんなわけで、いや。阿佐ヶ谷は本当に素敵な町です。改めて素敵な町だなと思いました。

(中略)

(星野源)なので阿佐ヶ谷に住んでいて。その後に僕、江古田に引っ越したんですけども。でも、江古田に行くのはもっと後にしようかなって思って。ちょっとまだ短い感じがあるんで。もっとためてから。怨念みたいなものを。まだ江古田時代は怨念がバリバリにあるんで(笑)。はい。ためてちょっと行こうかなって思っております。

(中略)

(星野源)メールが来ています。「私は荻窪から3年前に阿佐谷北に引っ越してきたので、源さんが昔、住んでいた町がめちゃめちゃ近所でとても楽しくトークを聞かせてもらいました」。そうだよね。知っている人はよりイメージがわいて楽しいだろうね(笑)。

「……阿佐ヶ谷は緑が多いですよね。ネズミは遭遇していませんが、夏は家の中に高確率でヤモリが入ってきます」。ヤバいね! ヤモリは入ってきたことないわー。「ぜひ、また遊びに来てください」だって。いいですね。ありがとうございます。あ、近いです、近いです。住所的に。アハハハハハハハハッ! 近いですー。

続いて、東京都の方。「僕は週末に宮城県の実家にプチ帰省をしたのですが、近所のレストランが潰れて、お店の形はそのまま携帯ショップになっていました。あまりにもレストランのイメージが強すぎて、近くを歩いた時に携帯ショップなのにハンバーグの匂いがしました」(笑)。たしかに。匂いも思い出すとか、あるね。たしかにそうだな。

でも本当になかったな。冨士ランチがなかった。冨士ランチっていう本当に老舗の洋食屋さんがあるんだけども。ぜんぜん違うお店になっていて。切なかった。切なかったなー。めちゃめちゃ美味しかったんだよ。

<書き起こしおわり>

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