KREVA 宇多丸から「大後輩」と呼ばれるようになったきっかけを語る

KREVA 宇多丸から「大後輩」と呼ばれるようになったきっかけを語る アフター6ジャンクション

KREVAさんが2023年7月19日放送のTBSラジオ『アフター6ジャンクション』で宇多丸さんから「大後輩」と呼ばれるようになったきっかけを話していました。

(日比麻音子)それで番組といたしましてはですね、世界のヒップホップサウンドに欠かせない日本産重要機材MPC特集。

(KREVA)一番狂ってる……この番組史上、一番狂ってる特集なんじゃないかっていう。はい。

(日比麻音子)さらには映画化もされましたブロードウェイミュージカル『イン・ザ・ハイツ』日本公演のラップ監修の裏側特集。

(KREVA)楽しかった!

(日比麻音子)これもね、激アツ特集だったんですけども。まあ、もちろんですね、お気に入りボールペン総選挙、通称OKB48総選挙の結果発表会に第9回からは必ずお付き合いいただいております。文房具方面でもお世話になっております。

(KREVA)いえいえ(笑)。念を押していただいてありがとうございます。ラッパーが前に来たい(笑)。ありがとうございます。

(日比麻音子)様々、お世話になっているので。今日はもうね、安心というか。

(KREVA)いやいや、でもとはいえやっぱり「宇多丸さん」っていう一番大きな軸があっての俺と日比さんの関係性みたいなのもあったし。でも今日、ここでやっぱり心強い助っ人となってくれるのが、番組で声を求めてる方も多いかもしれない、古川さんだと俺は思うんですよ。

(日比麻音子)ああ、古川さん。

(KREVA)古川さんと俺ももしかすると、その文房具繋がりで「あの2人、仲がいいんでしょう?」って思ってる方もいらっしゃるかもしれないですけど。違いますからね。

(日比麻音子)9割9分はそう思っていると思いますけども。

(古川耕)番組構成作家の古川耕でございます。文房具繋がり、ではないですね。元々はね。

(KREVA)大元は、僕がヒップホップアーティストで。古川さんはそこに関する文章を書くという、その仕事で本当に……たとえばインタビューをしたりとか、いろんな自分の作品をちょっと取り上げていただいたりとか、そういう間柄だったんで。そこが、まさかね。

(古川耕)まさか……。

(KREVA)文房具。を、飛び越えて、ラジオのパーソナリティーと構成作家みたいな形で出会うとは思ってませんから。

(古川耕)恐ろしいことですよ。

(KREVA)だから関係値で言うと長い……。

(古川耕)長いですよ。たぶんKICK THE CAN CREWよりも前ですよね? BY PHAR THE DOPESTとか……。

(KREVA)そうですね。BY PHAR THE DOPEST。

(古川耕)インタビューがたしか僕が最初だった気がしますね。

BY PHAR THE DOPEST時代からの付き合い

(KREVA)うん。デビューしたのが19歳だったから。

(古川耕)えっ、あの時、そうだったんですか?

(KREVA)デビューの時は19歳ですね。俺。ハタチになる時だから、25年を超えてますよ。だから。

(古川耕)怖っ!

(日比麻音子)でも、そういう関係だったのに音楽的関係から文房具的関係になったのは、きっかけはなにか、あったんですか?

(KREVA)いや、文房具的関係になったっていうか、もしかしたら文房具がなかったら俺と古川さんのなんていうの? この平行線はどんどん広がっていって、交わらなかったかもしれないところが、ギュンッ!ってクロスしまして(笑)。

(古川耕)ギュンッ!っていう感じで(笑)。

(日比麻音子)そうだったんだそうですね。そんな2人が今日は8時台にがっつり、またここで新たなミーツが待っているという。

(KREVA)だから俺は心強い。

(古川耕)ありがとうございます(笑)。

(KREVA)それと、宇多丸さんは聞き返すことがないかもしれないですけど。この放送を聞き返した時にね、「俺の話、してねえじゃん。あいつら、なにを勝手に楽しくやってくれちゃってんだよ?」みたいになったら困るし。

(日比麻音子)もうすでに先週、言っていましたもん(笑)。

(KREVA)だし、あとこの番組の中でも宇多丸さんがいつも、俺が出てきた時には「俺の大後輩であります」っていうのを言ってくれるんだけど。そうなったきっかけっていうのがあって。その話、もしかしたら宇多丸さんはしてないかもしれないなと思ったので、ぜひしたいなと思うんですけど。

(日比麻音子)ぜひ。

(KREVA)自分がね、2006年、7年かな? どっちかちょっと後で調べて正確なのをいいますけども。『完全1人武道館』っていうのをやりまして。1人で全機材を操りながら、ラップもして、ビートメイクしたり。で、DJもしながらラップしたりとかいうライブをやったんですよ。それを宇多丸さんが見に来てくれて。「お前はなんてものをやったんだ!」って。で、その前身番組でありますタマフルに呼んでくれて、そのライブを取り上げる特集をしてくれたんです。

(日比麻音子)『ウィークエンド・シャッフル』でその特集をしたっていうのがこの番組の流れとしては最初の、ファーストコンタクト?

(KREVA)そうなってくるのかな? ここの番組的には。で、その後に「もっと褒めたいから、ご飯でも行こう」っていう話になって。で、お互いに2人きりだと褒めづらいから、1人ずつ後輩を連れてこようっていう話になって。それで士郎さん、宇多丸さんが連れてきたのが三浦大知くんで。それで俺が連れてったのが千晴っていう、一緒に曲を作ってるプロデューサーで。で、その時に「今日、ここでおごったらお前はもう後輩じゃない。そんなすごいことをやったお前はもう後輩じゃないからな」っていうことから、俺のことをたぶん「大後輩」って呼ぶようになったっていう流れなんですよね。

(日比麻音子)なるほど!

(KREVA)「もう、認めたぞ」みたいな話なんだと思うんです。

(日比麻音子)こんなシーンがあったんですね。

(KREVA)そうなんですよね。で、その後、俺と三浦大知くんと千晴がめちゃくちゃ仲良くなって。だんだん3人で遊ぶようになったら、「なんで俺を呼ばないんだ?」って言われまして(笑)。

(日比麻音子)アハハハハハハハハッ!

(KREVA)で、また士郎さんと三浦大知くんと3人で飲んだりとか、お話をさせてもらったりとかもあるんですけど。もっと元の話で言うと、俺がこのラップで脚光を浴びるきっかけを作ってくれたのがもう本当に宇多丸さんだから。イベント会場でフリースタイルをしている自分を見て、声をかけてくれて。「俺たちがやってるイベントに来なよ」とか。逆に俺らがやってる手刷りのフライヤーのイベント。お客さん15人ぐらいしかいないところにRHYMESTERのMC SHIROが来た、みたいな感じで。その時から俺のこと、目をつけてくれてるんで。

「そんなお前だったのに、あんなすごいことをするからお前はもう大後輩な」っていうことで。それ以来、俺のことを大後輩って呼んでくれてるっていう感じなんですよね。だから俺からすると「さーせん」っていう。いつまでも本当、先輩っていう感じなんですけど。

ラップで脚光を浴びるきっかけを作ってくれた宇多丸

(日比麻音子)へー! ちょっと、これだけ酒が何杯飲めるかっていう感じなんですけども……(笑)。

(KREVA)アハハハハハハハハッ!

(日比麻音子)ちょっとパリッコさんとスズキナオさんを招集して……(笑)。

(KREVA)じゃあ今日はブング・ジャムと飲むお酒にしようか(笑)。

(日比麻音子)そうだったんですね。そんなお二人が今日はじゃあ、代打として来てくださるという。

(KREVA)なので本当に一生懸命、やらせていただきたいなと思います。

(日比麻音子)ありがたいです。よろしくお願いします。

<書き起こしおわり>

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