町山智浩『大いなる自由』を語る

町山智浩『大いなる自由』を語る こねくと

町山智浩さんが2023年6月26日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『大いなる自由』を紹介していました。

(石山蓮華)先週はイタリアのアニメ『世界は僕を切り裂けない』をご紹介いただきました。

(でか美ちゃん)面白かったっですね!

(石山蓮華)面白かったですね。

(町山智浩)ああ、見ていただいたんですね。ありがとうございます。

(でか美ちゃん)ご紹介いただいた通りの、脳内にどんどんね、考えてることが移り飛んでいく感じが面白かったですよ。

(町山智浩)最初はね、ついていくのが大変なんですよ(笑)。落ち着きのないやつで。

(石山蓮華)でも、空気をつかめば、そのリズムをつかめば、めちゃめちゃ引き込まれました。

(町山智浩)3話ぐらいまで見るとね、やっと乗ってくるんでね。そうですね。僕もね、あの中で主人公の漫画家でアニメを作ってる男がね、自分の心の中のアルマジロ(理性)にね、「お前、それでちゃんと食えてるんだから、もう政治的な発言とか、みんなを分断するような意見を言わなければいいのに」って言われるんでね。本当に他人事じゃないなと思ってますけど。今日はさらに人々を分断するような映画をちょっと紹介することになります。

(石山蓮華)お願いします。

(町山智浩)アメリカじゃないんですが、世界はですね、6月は「プライド月間」なんですよ。このプライド月間というのは、元々はアメリカで1960年代まで、ゲイ人に対する警察の意味のない暴力とかがずっと続いていて。つまり、ゲイバーがあるとそのゲイバーを警察が襲って、中にいるお客さんとかを殴ったりしてたんですよ。昔は。

(でか美ちゃん)ひどいですね……。

(町山智浩)ひどいんですけど。それで、69年にニューヨークのゲイバーでそれに怒ったお客さんたちがですね、警官に石を投げて逮捕されるっていう事件がありまして。そこから、それを記念してですね、ゲイの人たちの誇りを祝うプライド月間というものが始まっていくんですね。

(でか美ちゃん)そこから「プライド」が来てるんですね。

6月は「プライド月間」

(町山智浩)そうです。プライドパレードというのをやって。「恥ずかしいことじゃないんだ。プライドを持て」っていうことですけども。元々、警察に対する戦いで始まってるんですけどね。で、今は世界的にそのLGBTQの人たちの権利を守るため、それを意識するための月間になってるんですが。それで今日は2本、映画を紹介したいんですが。というのはこれ、7月に2本、連続して公開されるんで。ここでやってないと間に合わないんで。で、とりあえず1本目は7月7日に公開される、これはドイツ・オーストリアの映画なんですけれども。『大いなる自由』という映画を紹介します。

(町山智浩)これはシャンソンで。ドイツの映画だっていうのに、いきなりフランス語が流れましたが(笑)。

(でか美ちゃん)聞き入っちゃった(笑)。

(町山智浩)これはね、Mouloudjiっていうフランスのシャンソン歌手の人の『L’amour l’amour l’amour』。「愛、愛、愛」っていう、すごいタイトルの曲なんですけど。これ、1963年の曲なんですが。その頃の話なんですね。1965年ぐらいのドイツで、ハンスというゲイの男性が刑務所に入るんですよ。実はその頃、ドイツでは同性愛行為をすると、たとえ両者が成人男子で、ちゃんとした同意があったとしても、それは犯罪になったんですよ。

(でか美ちゃん)なんか「つい最近なのに」って感じ、しますよね。

(石山蓮華)本当ですよね。

(町山智浩)はい。これね、ドイツだけじゃなくてイギリスとか、他の国でもそうで。アメリカでもね、南部の方とかでは犯罪だったんですよ。本当に2人で普通に成人男子同士で一緒に暮らしていても、家の中に入ってきて逮捕をしていたりしてたんですよ。警察が。

(でか美ちゃん)信じられないな……。

(町山智浩)本当にひどい時代があって。で、このハンスさんが刑務所に入るんですけど。そうすると、そこにヴィクトールというごっつい男がいてですね。「お前、また来たのかよ」って言うんですよ。もう、いい声で、ガタイのいい感じなんですよ。で、実はこの2人は1945年に刑務所で1回、会ってるんですよ。1945年というのはナチスドイツがね、連合軍に負けた年なんですけれども。このハンスはその前にナチスによって逮捕されて、強制収容所に入っていたんですよ。

これね、あんまり知られてないことではあるんですけど。ナチスドイツはユダヤ系の人を強制収容所に入れて虐殺してたんですけれども。それと一緒に、ゲイの人とか、精神や身体に障害のある人たちとかも一緒に強制収容所に入れてたんですよ。

(石山蓮華)そうだったんだ……。

(町山智浩)元々、ドイツには刑法175条という、男性同士の同性愛を禁止する法律があったんですけども。ナチスはそれを殺してしまうという。で、5000人ぐらいの同性愛者の男性がナチス政権の間に殺されてると言われてますね。強制収容所で。で、ハンスはそれで入っていたんですけれども、戦争が終わったから出れるのかと思ったら、その刑法175条は変わらなかったんですよ。ドイツが負けた後も。

(石山・でか美)ええーっ?

(石山蓮華)明らかな人権侵害が……。

(町山智浩)そうなんですけど。で、強制収容所で「ああ、生き延びた」と思ったら、そのまま普通の刑務所に移されちゃうんですよ。彼は。

(でか美ちゃん)とんでもないな……。

(町山智浩)これはひどいんですけど。最初はただ、その刑務所に入ってきて初めて会ったヴィクトールは「お前、175条違反なんだってな?」って言うんですよ。「お前な、俺に触るんじゃねえぞ、このホモ野郎」みたいなことを言うんですよ。「お前らみたいな変態、俺は大嫌いなんだ」って言うんですよ。そのヴィクトールは。

(でか美ちゃん)ヴィクトールは差別する側だったのか。

(町山智浩)で、ハンスとヴィクトールは同じ狭いところに入れられちゃうんですけど。刑務所の檻の中にね。で、最初はすごく、175条違反っていうと刑務所の中でものすごい虐待されるんですよ。

(石山蓮華)その中でもさらに肩身が狭いんですね。

(町山智浩)で、囚人同士でもいじめるし、看守もいじめるし、めちゃくちゃにされていくんですけど。これ、すごく変なのは、彼らがしたことって実際は犯罪じゃないですよね?

(でか美ちゃん)全く違いますよ。

(石山蓮華)全然。

(町山智浩)そう。全く犯罪じゃないのに、罪がないのに実は刑務所の中で一番虐待されるんですよ。

(でか美ちゃん)「なにがダメなんだ?」っていう話ですからね。

(石山蓮華)なにもダメじゃないですよ。

罪ではないのに、刑務所の中で一番虐待を受ける

(町山智浩)そうなんです。で、最初、ヴィクトールはすごく嫌がってるんですけども。このハンスがなかなか実は骨のあるやつだってことがだんだん、わかってるんですよ。で、とにかく看守とかにめちゃくちゃ虐待されても絶対にくじけないし。逆らい続けるんですよ。ハンスは。だって、悪いことしてないんだから普通、逆らうよね?

(でか美ちゃん)普通に正当なことを言ってるだけなんだけれども、その状況だとそこまで自分を貫き通すのは、ちょっと難しかったりしますもんね。

(町山智浩)大変ですよね。屈服しちゃいますよね。普通ね。でも彼はすごく根性があって。しかもこれ、男性同士で同性愛をしてると、両方とも刑務所に入れられるんですよ。

(でか美ちゃん)両方!? まあ、片方もおかしいんですけど。

(町山智浩)で、自分と関係したために刑務所に入った人がいるわけですね。そうすると、彼を助けてやろうっていうことで、「いや、僕が強制したんで。彼は無理やりやられたんだから、許してやってくれ」って言って、その相手の彼を刑務所から出してあげるんですよ。その代わり、自分は罪が重くなっちゃうんですよ。

(でか美ちゃん)そうか。恋人を助けるために……「恋人は異性愛者なんです」みたいなことを言うんですね。「他人なんです」みたいな。

(町山智浩)そうなんですよ。そういうね、くじけないし強いハンスを見ていて、ヴィクトールはだんだん彼のことを見直していくんですね。でね、なんていうか、「俺はそういうんじゃないよ。俺は同性愛じゃないんだけれども……」っていちいち断るんですけど。ヴィクトールは。でも、だんだんだんだんこの2人の間に友情というか、友情を超えたものが芽生えていくっていう話なんですよ。

(石山蓮華)じゃあ、その差別意識を超えたところで、その新しい関係を結び始めるっていう?

(町山智浩)そうなんですよ。で、さっき言ったみたいにハンスには一緒に刑務所に入ってる恋人がいるわけですね。ただ、別のところに入ってるわけですけど。その彼のために暗号で書いた恋文をヴィクトールが運んであげたりね。そういう感じでハンスを助けるようになっていくんですけれども。ただね、このヴィクトールの方は実は大変な問題があって。彼は実はこの45年に会って、65年にもう1回会うっていうことは20年、間に空いているわけですね。このヴィクトールっていう人は20年、刑務所入ってるわけですよ。

(でか美ちゃん)そうですね。長いですね。

(町山智浩)ということは、何の罪を犯したか?っていうことですよね。

(でか美ちゃん)だいぶ重たい罪じゃないと、そんなに刑務所にいるわけがないわけですからね。

(町山智浩)普通はそうですよね。だから彼は出れない犯罪をしてる人で。出られるようなことがあっても、逆に彼は出ようとしないんですよ。

(石山蓮華)ええーっ?

(町山智浩)すごい重い罪の罪悪感と、ずっと入っていたから、怖くて刑務所から出られなくもなっているんですよ。

(でか美ちゃん)出ても、社会復帰ができないだろうし……とか。

(町山智浩)そう。20年入っていて。それで刑務所の中の方が慣れちゃっていて。それがヴィクトールで。そんな話なんですけど。そこで、1969年がやってくるんですよ。そうすると、今度はハンスの犯した罪だということになっている同性愛が、罪じゃなくなっちゃうわけですよ。

(でか美ちゃん)ようやく。

(町山智浩)合法化されて。その犯罪自体、罪自体が存在しなくなっちゃうんですよ。そうすると、今度ハンスは出れるわけですよ。でも、今度はヴィクトールを置いていかなきゃなんなくなるんですよ。

(でか美ちゃん)この友情とか親愛が生まれいてた中で。

(町山智浩)そうなんですよ。で、これがね、すごくいいなと思うのは、要するに男同士で仲良くしてるとすぐに「ゲイなのか、友情なのか?」とか言ったりするじゃないですか。「愛情なのか、友情なのか?」って。

(でか美ちゃん)そういう風に茶化すような人もいるのか。

(町山智浩)そう。どっちかで分類しようとするじゃないですか。でも、この2人はね、分類できないんですよ。「友情なの? 愛情なの?」とかね。要するに、性愛としての同性愛なのかとか。

(でか美ちゃん)なにか、それを超えたものがあるっていうことですよね?

(町山智浩)そうなんです。

(石山蓮華)全く別の理由の孤独を持って、大変な中で一緒にいたからこその、その関係性っていうのはなにか、ありそうですね。

(町山智浩)そうなんですよ。だからすごくね、いい話になっていて。これがね、なんというか、この『大いなる自由』っていうタイトルがね、非常に皮肉なタイトルでですね。ハンスは『大いなる自由』を得ることができるわけですよ。つまり、1969年に同性愛が合法化されたから。彼は実際に刑務所から出て、しかもそこからは同性愛行為をしても犯罪じゃないわけですから。今まで隠れてたのに、隠れなくてもよくなるわけですね。で、ゲイバーとかもちゃんと合法的にオープンされるようなるんですよ。そこから。でも、それが本当の自由なのかな?っていう話になっていくんですよ。

(でか美ちゃん)そうですよね。

(町山智浩)で、彼は本当の自由を得るために何をするのか?っていう映画なんですね。これ以上、言うとあれなんですが。

(石山蓮華)うわーっ! もう、なんか町山さんがどんどんどんどんあらすじをお話されるから。「えっ、これ全部言っちゃうのかな?」ってね(笑)。

(町山智浩)「いい加減にしろ、お前! 公開日はまだ先だぞ?」っていうね(笑)。いや、これはすごい。「うわっ!」って思いましたよ。「これはすごいな!」って思って。最初はね、要するに今もそのプライド月間だし、ドイツでこれだけ同性愛の人たちが虐待されたんだっていうことを告発するような映画なのかと思ったら、それをはるかに超えていくところに行くんですよね。

(でか美ちゃん)気になる。7月7日ですね。日本での公開は。

(石山蓮華)Bunkamuraル・シネマ渋谷宮下で公開です。

(でか美ちゃん)これ、最近オープンしたところですね。

(石山蓮華)そうです、そうです。元々、渋谷TOEIがあった場所。ビックカメラの上のところ。あそこにあのBunkamuraがやってきたということで。

(町山智浩)ああ、あそこに移ったんですか? 角のところに?

(石山蓮華)宮益坂の下のところ。東京だとそこみたいです。7月7日から。

(町山智浩)子供の頃、いつもあそこの映画館に行ってました(笑)。

(石山蓮華)ああ、あそこのTOEIに?

(町山智浩)角のTOEIね(笑)。

(でか美ちゃん)じゃあ、町山さんの聖地でもある場所で。

(町山智浩)東映まんがまつりとか、あそこで見ていましたね。子供の頃ね。今、東映まんがまつりってないのかな?

(石山蓮華)私が子供のころはかすかに、その夏休み2本立てとかのイメージ、ありましたけども。今はどうなんですかね?

(町山智浩)あそこで見ましたよ。

(でか美ちゃん)あそこに見に行ってみようと思います。

『大いなる自由』予告編

<書き起こしおわり>

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