町山智浩『エルヴィス』を語る

町山智浩『エルヴィス』を語る たまむすび

町山智浩さんが2022年6月28日放送のTBSラジオ『たまむすび』で映画『エルヴィス』について話していました。

(町山智浩)でね、僕は今、メンフィスっていうとこにいるんですよ。これ、アメリカの南部なんですけども。本当にもう黒人の人たちが農場で奴隷として働かされてたところなんですよ。ここからブルースが生まれてるんですよ。

ここで働いた人たちがもうクタクタに疲れた後に、酒場でですね、ブルースを歌うんですね。「今日の仕事はつらかった」とかね。「もう嫌になった」とかですね、そういう歌を歌ってたところなんですけども。今日、紹介する映画の主人公が生まれ育った場所でもあるんですよ。このメンフィスっていうのは。今日、紹介する映画はですね、エルヴィス・プレスリーの伝記映画『エルヴィス』です。

(町山智浩)はい。エルヴィス・プレスリーの『Hound Dog』ですけど。エルヴィス・プレスリーっていうと、どういう人だと思います?

(赤江珠緒)なんか華やかな、スーパースターで。ドーナツが好きだったとか、そういうイメージですけどね。

(町山智浩)はい。音楽的にはどんな?

(赤江珠緒)やっぱりロック。ロックンロールみたいな。

(町山智浩)はい。まあこの人がロックンロールというものを全人類のポップソングにしたんですよ。それまではこういう音楽は黒人しか聞くことのできない音楽でした。エルヴィスからです。白人が本格的に歌って世界的に大ヒットしたのは。で、この『エルヴィス』という映画はそこの部分に非常に焦点を当てた話になってるんですね。ただ、すごく事実をしっかり描くという非常にドキュメンタリータッチの映画じゃなくてですね、赤江さんが言ったみたいに豪華絢爛のきらびやかな、もうキンキラキンのド派手なミュージカルになっています。

(山里亮太)ミュージカル?

(町山智浩)はい。ミュージカルです。で、現実的ではないぐらいにキラキラなんですけども。これは監督がバズ・ラーマンという人で。この人は『ロミオとジュリエット』をディカプリオで撮ってますけど。それはルネッサンス期のイタリアが舞台の原作を現代のメキシコのギャングの抗争にして映画化したり。あと『ムーラン・ルージュ』という映画がありましたね。19世紀終わりのパリが舞台なのに、音楽はマドンナやビートルズだったというね。だから何でもありで、時代考証とか現実の事実というものはかなり面白くねじ曲げる監督なんですよ。で、『エルヴィス』もそういう映画になってますね。

で、これはどういう映画かというと、一種の神話のような話になってます。バズ・ラーマンバージョンは。神話です。だから偉大なる人類史上の英雄がどのように生まれて、どのように滅びていったかというような神話として描いてるんですね。というのは、エルヴィスはロックンロールで革命を起こして、黒人と白人の壁を取り払った人なんですけども。元々、彼はそんなことをしようとは全然思ってなかったんですよ。ロックンロール歌手になろうとも思ってなかったんです。

(赤江珠緒)歌手にもなろうと思ってなかった?

(町山智浩)この人、メンフィスの田舎でトラック運転手をやってたんですよ。で、元々そんなに真剣にスターになろうと思ってなくて。ましてや、ロックンロールを歌ってなかったんですよ。ところが、レコードスタジオに行って。「レコードを作りたいんだ」みたいな話でオーディションを受けてるうちにですね、彼が子供の頃から聞いてたブルースを歌い始めたんですね。これ、『Thats Alright (Mama)』っていう歌をうんですけども。

(町山智浩)はい。これが『Thats Alright (Mama)』っていう歌なんですけども。これは元々、黒人のブルースなんですよ。アーサー・クルダップっていう人が吹き込んだ歌なんですけども。それを歌ったんですね。それで「これはすごい!」っていうことで、レコーディングをして。

(町山智浩)これを彼がその場で思いついて歌って。それがレコーディングされて、彼はそれからだんだんとスターになっていくんですけども。どうして、そのエルヴィス・プレスリーが黒人しか歌っていなかった当時のブルースを歌ったか?っていうと、彼はものすごく貧しかったんですよ。すごい貧乏で、黒人しかいないような貧乏なところに生まれ育って。周りも黒人ばっかりだったんですよ。メンフィス、ミシシッピーなんで。で、すごく信心深く真面目な少年で、教会に通ってたんですけど、教会も黒人教会に行ってたんですね。で、黒人教会に行くと、ゴスペルという音楽をやってるんですよ。

(町山智浩)はい。こういうやつですね。これ、聞いてどう思います?

(赤江珠緒)かなりなんかこう、こぶしが入っている感じの。

黒人教会の音楽に影響を受ける

(町山智浩)そう! その通り。こぶしが効いているんですよ。シャウトなんですよ。このシャウトの歌い方っていうのは、白人は誰も歌ってなかったんです。当時。こういうその黒人の教会の歌い方を聞いて、エルヴィスはそれに影響されるんですよ。それで、彼は真面目なんでゴスペルを習い始めるというか、真似し始めるんですけど。その一方で、ブルースを聞くんですね。ブルースっていうのはさっき言ったみたいに酒場で聞く音楽なんですよ。

で、歌の内容は「もうふざけんじゃねえよ」とかね、「あの女がほしくてしょうがねえ」とか。「あの男が出ていったけども、私はあんな男は必要ない」みたいな、すごく下世話な歌なんですよ。ブルースっていうのは。で、ゴスペルはね、神様にこのひどい黒人の生活から救ってくださいってお願いをする歌なんですけど。ブルースは「まったく……つらくてやってらんねえぜ」っていう歌なんですよ。同じところから生まれるんですけど。黒人の不満から。ただ、歌い方が逆なんですよね。神に対して歌うか、「ふざけんじゃねえ」って歌うのか。で、ブルースは教会からは「悪魔の音楽」って言われてたんですよ。神の音楽と悪魔の音楽なんですよ。ゴスペルとブルースは。

(赤江珠緒)ああ、そんなに違うんだ!

(町山智浩)神と悪魔なんです。で、ブルース歌手で有名なロバート・ジョンソンっていう人は本当に悪魔と契約してブルース歌手になったって言われるぐらい、悪魔の音楽と言われていたんですよ。当時。で、プレスリーはその間にいるんです。両方に影響を受けて。それで、でも彼はそれが当たり前だと思ったんで、あんまり気にしなくて。で、レコーディングをして、彼はこの映画の中で白人の前で歌うんですよ。ところが、このプレスリーの歌い方、その歌っていうのは白人は聞いたことなかったんですよ。その当時。というのは、南部では特にそうなんですけど。黒人と白人というのは人種隔離という政策で完全に生活が別だったんです。

(赤江珠緒)ああ、そういう時代だ。

(町山智浩)住むところも学校もレストランも公衆トイレも駅もバスも、全く別で。ラジオも別だったんですよ。だから黒人音楽っていうのは白人はほとんど聞かなかったんですよ。ジャズは聞いてたんですけどね。でもブルースとか、ゴスペルは白人は聞いたことがなかったんですね。ところが、プレスリーはそこで育ってるわけですよ。で、白人の前でこういったすごく強烈なリズムで、ものすごい唸るような「ウワーン!」っていう歌い方で歌ったんですよね。そしたら白人たちは、そんなの初めて聞くんで、まずびっくりするんですよ。

(赤江珠緒)度肝を抜かれる感じになりますね。

(町山智浩)聞いたことがない音楽なんですよ。ところが、体が動き出しちゃうんですよ。なぜか、体が勝手に動き出すんですよ。黒人音楽っていうのはシンコペーションっていうリズムがあって、体が勝手に動き出すような音楽なんです。だから白人教会でも禁じられてたんですよ。踊ったりすることはよくないからってことで。で、それだけじゃなくてプレスリー自身が踊りながら歌ったんですよ。その頃の歌手って、白人の方は直立不動で歌ってたんですよ。

(赤江珠緒)ああ、そうかー。

(町山智浩)これでもう、その踊り方が黒人の人のダンスだったんですよ。黒人のダンスというのは腰を振るんですよ。腰をグイグイ振りながらプレスリーが歌ったんで、なんというか、それはHの時の腰の動きなんですね。だから禁じられたんですよ。当時は。それで、白人の前でプレスリーがこれを歌ったら、もう白人たちは踊り出して、叫び出して、暴動みたいになっちゃうんですよ。このシーンがすごいんですよ。この『エルヴィス』という映画は。というのは、プレスリーもそんなことが起こると思ってなかったからね、呆然とするんですよ。「大変なことが起こってしまった。俺には大変な魔法がある。びっくりした!」っていうシーンなんですよ。

(赤江珠緒)本当ですね。魔法みたいに……本当にね。

(町山智浩)だから、白人たちが初めて黒人音楽に触れる瞬間なんですね。それが。で、そこからスターになっていくっていういい話じゃないんですよ。これは。そこに、悪魔が登場するんです。そこにマネージャーとして名乗り出るトム・パーカー大佐という男がプレスリーに「マネージャー、やってやるよ」って言ってくるんですよ。で、この人は「トム・パーカー」というのも偽名だし。「大佐」っていうのも嘘っぱちの肩書きで。本当はオランダからアメリカに密航してきた国籍もない詐欺師なんですよ。

(赤江珠緒)ええーっ?

(町山智浩)で、彼はそれまでサーカスの見世物とかを営業していた見世物師だったんですけれども、プレスリーに目をつけて「こいつは売れる!」っていうんでマネージャーになるんですよ。で、プレスリーはその頃はまだ10代なので。何も知らないから、この悪魔のような男と契約しちゃうんですよ。

(赤江珠緒)あらららら……。

(町山智浩)その悪魔のようなトム・パーカーを演じるのは、トム・ハンクスなんです。いつもいい人ばっかりやってるけど。この映画の中では、ものすごい悪いやつなんですよ。で、その純粋無垢な世間知らずな田舎の真面目なキリスト教を信じる青年プレスリーが交わした契約っていうのは、収益の50%をトム・パーカーが持っていくっていう、とんでもない契約なんです。本当は15とか、多くても20なんですね。それを50、持っていっちゃうんです。半分。これは本当に悪魔との契約なんですよね。で、とにかく売り出して。『Heartbreak Hotel』でデビューするんですけども

(町山智浩)この曲、『Heartbreak Hotel』って完全にブルースなんですよ。曲の構造自体、作りがね。で、それを流したんで、まずみんなこの歌は黒人が歌ってると思ったんですよ。ブルースを白人が歌うなんて、考えられないから。で、これがまた非常に美しい青年が歌ってるってことで大人気になっちゃうんですけれども。

(赤江珠緒)ああ、そういう背景もあるのか。

(町山智浩)でも、白人が歌っているから、白人が聞くラジオでも流せたんですよ。ところが聞いてた人は「黒人音楽を白人ラジオで流しやがって!」ってなって。大騒ぎになっちゃうんですね。で、「放送禁止にしろ!」とか「発売禁止にしろ!」とかで大変なパニックになるんですよ。南部の方は「白人と黒人は分離されていなければいけない」っていうのが法律で決まってましたから。その白人と黒人の隔離っていうものをプレスリーが音楽で突破しちゃうんですよ。

(赤江珠緒)本当ですね。

白人と黒人の隔離を音楽で突破する

(町山智浩)で、大変なことになるんですけど。それで今度、テレビが出てくるとテレビで歌うんですが、例の腰振りをやっちゃうんですよ。プレスリーが。で、今度はそれがテレビで放送されて、「TVでこんなHみたいな動きをして……許されない!」っていうことで、また全米が大パニックに陥るんですよ。で、コンサートに行くとその女の子たちがね、それまで、その時代の女の子たちっていうのは本当におとなしくて。日曜日になると教会に行って。それで10代で結婚する。大学なんてほとんど行かない。そういう時代なのに。そんなおとなしい、おとなしい女性たちがプレスリーを見るとみんな、「キャーッ!」って叫び出すわけですよ。で、大人とか白人のおじさんたちが「みんな、病気になっちゃった」と思うんですよ。

(赤江珠緒)そうでしょうね。そういう時代背景を聞くとね。

(町山智浩)そんなもの、見たことがないんですよ。女の子たちが叫んで。「キャーッ!」って。失神したりするわけですから、で、裁判所とか警察がですね、プレスリーに「お前、コンサートで腰を振ったら逮捕するぞ」って圧力をかけてたりするんですよ。大変なことになってくるんですね。その白人からの圧力が。「プレスリーは黒人音楽をやる白人の裏切り者だ」っていうことで。そこでトム・パーカー、トム・ハンクスはですね、「言われたよ通りにやりなさい。白人っぽくやりなさい。いい子ちゃんになって、大スターになりましょう」みたいな方向に持っていこうとするんですよ。トム・パーカー、全く音楽に興味がないのでね。

そうすると、プレスリーはどんどんつらくなってくるんですよ。そんなこと、やりたくないから。で、このメンフィス。彼が生まれ育ったところ、メンフィスに酒場がずっと並んでいるビールストリートというところあって。そこはもうドロドロの黒人音楽をいつもやってる通りなんですね。彼は、そこに戻ってくるんですよ。白人のいい子ちゃんにされそうになったプレスリーが。そこで黒人のミュージシャンたち、ブルース万たち。B.B.キングとかリトル・リチャードとか、そういった人たちに会って。黒人パワーを注入してもらってですね、それでコンサートでゴリゴリのブルースを歌って、また警察沙汰になっちゃうんですよ。という物語がこの『エルヴィス』で。

その黒人音楽のエネルギーで人種の壁を突破して、若者たちにものすごい革命のエネルギーを……プレスリーは全然そういうつもりはないのに。でも、そういうエネルギーを与える魔法を神様から選ばれて持ってしまった青年で。それを持て余しながら、白人社会がプレスリーを「普通の白人にしよう、普通の白人にしよう」とするんだけども、でも彼はつらくなってくると黒人音楽に戻って、エネルギーを注入してまた爆発するっていうのを繰り返するんですよ。

(赤江珠緒)ああ、「神話っぽい」っていうのは、そういうことなんですね。

(町山智浩)神話っぽいんですよ。で、特にギリシャ神話で「人類には炎を与えるな。火を与えるな」って言われたプロメテウスが火を人類に与えるじゃないですか。で、プロメテウスは「神を裏切った者」として処刑されるんですけども。プレスリーはこの映画の中では禁じられたものであるロック、黒人音楽というものを白人に与えたプロメテウスのように描かれているんですよ。

(赤江珠緒)なるほど!

(町山智浩)だから、プロメテウスのように罰せられなきゃならないってことで、どんどん大変なことになっていくんですね。で、特にこのパーカー大佐っていうのは当時、よくやってたんですけど。タレントに薬を与えちゃうんですよ。プレスリーに薬を与えてこき使うんですけども。そこでどんどん崩壊してくんですが。今、ちょっとかけてもらってる曲はプレスリーは本当にいい子ちゃんで。社会的なメッセージとか、ほとんど歌わなかったんですけど、1曲だけ歌ってるんですよ。それはメンフィスで暗殺されたキング牧師に捧げる歌で、それがこの歌なんですね。

(町山智浩)キング牧師は黒人の平等を達成しようとして戦って、暗殺されたんですけども。実は音楽で白人の側からそれをやったのがプレスリーだったんですよ。で、プレスリーはメンフィスから出てきて。キング牧師はメンフィスで殺されるんですよ。で、その時にメンフィスで殺されたキング牧師のことを悼んで歌ったのがこの『If I Can Dream』という歌で。キング牧師が「私には夢がある(I have a Dream)。人々が肌の色で差別されない世の中になるように」と言って、でも倒れてしまったので。プレスリーはこの歌でですね、「なぜ夢は叶わないのか? でも僕は立ち上がり、夢を見続けるんだ」っていう歌を歌ったんですよ。プレスリーっていうとメッセージソングなんかないと思ってる人もいるかもしれないですけど、これがあるんですよ。という歌がこの『If I Can Dream』という歌なんですけども。『エルヴィス』という映画は7月1日から日本公開ですね。

(赤江珠緒)今、時代超えて考えるとその当時、その当時の常識と言われたもんなんて、なんて変なことがまかり通ってたんだ、みたいに思いますけど。それを突破するのはね、そりゃあ、大変な軋轢もあったでしょうね。たしかにね。

(町山智浩)プレスリーというのはそういう人だったんですよ。まあ、知らなかった人も多いと思うんですが。この映画はものすごくわかりやすく描いてて。全然知らない人でも、わかるようにできてますんでぜひ、ご覧ください。

(赤江珠緒)『エルヴィス』は7月1日から日本公開です。

映画『エルヴィス』予告編

<書き起こしおわり>

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