K.I.Nと宇多丸 日本のフリースタイルラップバトル誕生の瞬間を語る

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メローイエローのK.I.NさんがTBSラジオ『タマフル』に出演。K.I.Nさんが日本の中でいちばん最初に即興ラップを始めた件について、宇多丸さんと振り返っていました。



(宇多丸)今夜お送りする特集は、こちら! 日本語ラップ史上最も過小評価された男。日本語フリースタイルの元祖、K.I.Nという男特集! 本日、10時台のオープニングトークでも予告編的にやらせていただきましたが、現在テレビ番組『フリースタイルダンジョン』で本当にもう大ブレイク中。いま、巷は空前のフリースタイルラップブーム。即興ラップブームでございます。テレビやラジオ、雑誌などあらゆるメディアで特集が組まれておりますが、特にやっぱり突っ込んだ特集をやるかな? なんて思っている音楽的なことをやる雑誌で、あれ? なんでこの男の名前が1回もでないの? おかしい……っていうか、取材に来ないのがおかしいだろ?っていう。この番組にも前に出ていただきましたDABOくんなんかもね、ツイートで「なんでK.I.Nちゃんに話聞きに行かないのかな?」ってことを書いてくれたりなんかしましたけど。

DABOさんのツイート


ということで、本日は現在の日本語フリースタイルラップの礎と言いますか、少なくともこの男がいなければ即興フリースタイルの浸透はすごい遅れていたと思います。ご紹介いたしましょう。メローイエローはまだ解散してないもんね?

(K.I.N)解散してないです。

(宇多丸)メローイエローのK.I.Nちゃんでーす!

(K.I.N)はい、どうも~!

(宇多丸)よいしょ~! フォーッ!

(K.I.N)(笑)

(宇多丸)フォーッ! ウェーイ、K.I.Nちゃ~ん!

(K.I.N)こういう場、久しぶりなんで(笑)。嫌だなあ。あんまりこんなカジュアルな感じじゃないんですよね?

(宇多丸)カジュアルだよ、カジュアル。全然カジュアル。だって、君の知り合いとかばっかり出ている番組だよ。

(K.I.N)ああ、まあね。じゃあ、カジュアルに行きますか。

(宇多丸)小岩のスーパー銭湯の気分でいいんですよ。

(K.I.N)例のね(笑)。

(宇多丸)小岩のスーパー銭湯で海開きかなんかしているニュースを朝方、ビール飲みながら見ていて、「おっ! この子、小5ぐらいかな? かわいいなー」っていうあのくだりでいいんですよ(笑)。

(K.I.N)それで行きましょう(笑)。

(宇多丸)ということで、K.I.Nちゃんをご紹介しておきましょう。1992年、KOHEI JAPANらとヒップホップグループ、メローイエロー(MELLOW YELLOW)を結成。MCを担当。アルバム、何枚出している?

(K.I.N)3枚? 4枚?

(宇多丸)もっと出しているだろ? 5枚ぐらい出してないか?

(K.I.N)です。そんぐらい。

(宇多丸)(笑)。で、先ほどご紹介したソロアルバム『Ivory Tower』を出しておりますし、リップスライムのメンバーPESとともにメンズファッションブランド『Optimystik』を立ち上げ、デザイナーとしても活動。

(K.I.N)もうPESはいないですけどね。

(宇多丸)ああ、そう。でも、デザインをやったりとか。

(K.I.N)デザインをやったり。

(宇多丸)足立のダ・ヴィンチということで。「足立」っていうのはポイントですか、やっぱり?

(K.I.N)(笑)。まあ、足立にはいないんですけどね。たまに帰ってますけどね。

(宇多丸)という、K.I.Nちゃんでございます。まあ、僕とK.I.Nちゃんの関係性みたいなのを言い出すとキリがないので、今日はぜひ、フリースタイルの話をうかがいたい。まあ、フリースタイルブームじゃないですか。

(K.I.N)そうですね。俺、見たことないんですよ。『フリースタイルダンジョン』って。

(宇多丸)マジで!?

(K.I.N)マジで。

(宇多丸)これがやっぱりその感じか。まあさ、フリースタイル。後にむちゃむちゃ上手い子がいっぱい出てきてさ。それこそ、R-指定とかすごいじゃん。

(K.I.N)ああ、R-指定のは見たんだ。R-指定のを見てちょっとね、嫌な気分になったんですよ(笑)。

(宇多丸)嫌な気分になるだろ?

(K.I.N)「うんまー!」みたいな。「ちょっと、ヤダヤダヤダ……」っていう。

(宇多丸)この前、来てもらってやってもらったんだけど。まあ、あれでね、世間的にブレイクするのはすごくわかるんだけど、その日本語の即興でラップをするということに関して、僕の知る限り最初に……まあ、いろいろね、試みとしてはあちこにちあったと思うんだけど、特にバトル。人にバトルを仕掛けていく、コミュニケーションの手段としてのフリースタイルっていうのはK.I.Nちゃんが僕は最初だと思う。というか、たぶんそれで間違いないと思うんですね。

(K.I.N)おっ!

(宇多丸)というあたりで、ちょっと今日は日本のヒップホップの歴史を確認するという意味で僕がインタビューしていきたいと思います。

(K.I.N)よろしくお願いします。

始まりは93年の夏

(宇多丸)まず、僕の認識では93年夏が始まりぐらいだったと思うんですが。あなたが初めて即興フリースタイルを。それまで、先ほど10時台にも言いましたけども、イベントごとにフリースタイルコーナーみたいなのがあって。で、オープンマイクで最後に自由にラップするっていう、これはあったんだけど。基本的には持ちネタをベースに、前後にアドリブを絡めるとか、基本的にはそういう感じだったよね。

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(K.I.N)そうっすよね。

(宇多丸)なので完全に全部、たとえばその場にある状況を読み込んで、とか。そういうのは全くないし。

(K.I.N)ないっすね。さばいたりもしていないですもんね。ちょっとなんか言ってラップを始めるもないっすよね。みんなバースをカマして終わる、みたいな。

(宇多丸)そうだね。バースの部分しかやらないのがほとんどだったし。で、ましてたとえばフリースタイルでバトルをし合うなんていう風習は全くないですよね。ゼロですよね。

(K.I.N)ないっす!

(宇多丸)フリースタイルで会話をする風習はゼロ。だから、即興でやっている人は他にいたかもしれないけど、会話はないはずなんですよ。これはK.I.Nちゃんが最初だと思うのね。それ、覚えている?

(K.I.N)最初っすか? 最初はその93年の……年代はちょっとわかんなかったっすけど、スラムダンクディスコっすね。

(宇多丸)スラムダンクディスコっていうのはですね、下北沢に当時、ZOOという名前のクラブがありまして。後にSLITSという名前になりますが。そこで、MUROくんたち主催だよね? マイクロフォン・ペイジャー主催と言っていいのかな? まあ、MUROくん。非常に世界的にも有名なコレクターであり、ラッパーであり、DJであるMUROくんとTWIGYとかね、そのへんが集まったマイクロフォン・ペイジャーというグループが中心になって……そのスラムダンクディスコというイベントはすごかったんだよね。

(K.I.N)うん。

(宇多丸)僕らRHYMESTERも出ているし、YOU THE ROCK★も出ているし。まあ、後に雷になっていくようなメンツがいっぱいいたりとか。

(K.I.N)LAMP EYEも。

(宇多丸)まだ組んでなかった時代に。

(K.I.N)キミドリもいたな。

(宇多丸)キミドリもいた。SHAKKAZOMBIEになっていないけど、SHAKKAZOMBIEのオースミとかもいた。ECDもいた。で、たとえばレゲエからもBOY-KENとかもいたとか。もうみんなシーンのこのぐらいのレベルのやつがそこに。

(K.I.N)みんないた。

(宇多丸)そして客は別におらず。お互いにカマしあうというか、ピリピリしながらもカマしあうというようなのがあって。で、僕もスラムダンクディスコだと記憶しております。

(K.I.N)そうなんですよ。

(宇多丸)で、RHYMESTERとかも出てライブをやって。メローイエローはその時、レギュラーじゃなかったけど……

(K.I.N)あの、RHYMESTERに……諸先輩方じゃないですか。みんな、ある種。ジェネレーションが1個、実は違うから。

(宇多丸)下だから。

(K.I.N)RHYMESTERにたのんで、「RHYMESTERの枠でちょっとやらせてくんないですか?」っていう感じだったんですよ。

(宇多丸)そんな感じだっけ?

(K.I.N)そう。で、曲も、メローイエロー自体もまだ結成して間もなくて。で、曲もあんまりないから、「ちょっと1、2曲やらせてください」みたいな感じでフェードインみたいな感じ? で、あとからメローイエローで枠はもらえるんだけど。名前もクレジットされるんだけど、その当初はRHYMESTER枠ですよ、俺らは。

(宇多丸)で、93年。それまでは普通にイベントをやっていて。そのイベントの中で、実はそれまで、その前のシーンっていうのは、たとえばMUROくんと俺たちっていうのは全然違う場所でやってそんなに交流がなかったんだけど、92、3年ぐらいからみんな集まりだして、スラムダンクディスコを。やっぱりマイクロフォン・ペイジャーの登場は大きかったからね。

(K.I.N)ペイジャーだよね。

(宇多丸)ペイジャーだよね!

(K.I.N)衝撃だったでしょ? テープをさ、みんなで。

(宇多丸)92年の暮れにマイクロフォン・ペイジャーのテープが。

(K.I.N)テープが出回って。そればっかり聞いてたの!

(宇多丸)本当だね(笑)。だって、K.I.Nちゃんの車でずーっと俺らね。

(K.I.N)ずーっとペイジャーなの(笑)。

(宇多丸)だし、ペイジャーの歌詞を全部。

(K.I.N)全部そらで歌えるもんね。

(宇多丸)君なんかもう、替え歌を歌えるようになってね(笑)。

(K.I.N)そう(笑)。

(宇多丸)しょーもない替え歌を(笑)。でもやっぱさ、ペイジャーの……俺らはずっとその前から活動をしていたけど、やっぱり仲良しこよしじゃねえぞ!っていうか。ちゃんとヒップホップグループ同士戦って、レベルを上げていかねえとダメだっていうあの姿勢にすごいやっぱり刺激を受けて。まあ、その中でスラムダンクディスコ。だからやっぱりあのペイジャー空気の中でのフリースタイル開始だと思うんだけどさ。さあ、K.I.Nちゃん。それでなぜ、始めた?

偉大なる2回の勘違い

(K.I.N)これ最初、結構偉大なる勘違いが2回あるんですよ。僕、フリースタイルをやるまでに。

(宇多丸)ほうほう。

(K.I.N)それは『The Source』を読んだ時に……

(宇多丸)『The Source』っていうアメリカのヒップホップの雑誌です。

(K.I.N)アメリカの超有名な雑誌なんですけど、91年か92年ぐらいでフリースタイル・フェローシップかソウル・オブ・ミスチーフか忘れたんですけど、フリースタイルについて誰か語っているんですよ。

(宇多丸)ほう。フリースタイル・フェローシップっていうのはね、カリフォルニアのもう伝説的な……

(K.I.N)フリースタイルのチャンピオンを集めて組んだみたいな即興グループみたいな。らしいんだけど、実際はよくわからないですけどね。で、その「フリースタイルをカマして」っていう記事を読んだ時に、それが即興なのかどうなのかわからなかったですけど、俺の英語力じゃそれはわからなくて。「アメリカじゃあもうライブとかも即興なのか! これは日本では誰もやっていないから、ちょっと練習した方がいいな」っていう勘違いがあって。

(宇多丸)うんうん。

(K.I.N)で、その記事は実際はたぶん違うと思うんですよね。「フリースタイルは即興だ」っていう話じゃないかもしれないんだけど……

(宇多丸)まあ、フリースタイル・フェローシップはできたかもしれないけど。さっきもね、10時台に言ったけど、ハイエログリフィックスとかは書いた歌詞で勝負していた。それを指摘されて、バトル負けちゃっているっていうのもあるから。しかもそれ、94年なんだ。アメリカで。

(K.I.N)へー!

(宇多丸)94年に即興でやるべきか? 論争がアメリカで起きているぐらいなんだって。だから、実は全然統一見解がないんだよ。

(K.I.N)ないんだ。それで、俺が19、ハタチぐらいに……だからそのスラムダンクディスコの1年か半年かわからないですけど、そのぐらいに結構大学で――東海大学だったんですけど――やることがなくて。で、ずっと友達のタンタンの家でずーっとフリースタイルを練習していたんですよ。

(宇多丸)やっていたんだ! 92年に。

(K.I.N)やっていたんですよ。で、フリーメイソンことGALAXYの例会に……

(宇多丸)あの、説明が必要だけど、(GALAXYというのは)早稲田のソウル・ミュージック研究会で。RHYMESTERであり、メローイエローであり、いろんなグループの母体になったというね。まあ、ジェーン・スーもいましたよ。

早稲田大学 Galaxy出身者たち、パネェ! #サイゾー

みやーんZZさん(@miyearnzzlabo)が投稿した写真 –


(K.I.N)そうそう。それの例会に行くのに、僕は東海大学だったんで2時間ぐらいかかるんですよ。

(宇多丸)ああ、遠かったんだ。

(K.I.N)で、タンタンっていう友達と2人で車の中でずっと、「イエーッ! 前に走っている車が……♪」みたいなことをやっていたんですよ。暇で。

(宇多丸)ああ、やっていたんだ。そうなんだ。それ、知らなかったわ。

(K.I.N)そうなんですよ。で、ある日、やっぱりフリースタイルがちょっと上手くなったっていう自負っつーか。「ヤバいんじゃねえか?」みたいな感じでGALAXYの飲み会で士郎さんに俺、言ったんですよ。

(宇多丸)「士郎さん」というのは私のことでございます。

(K.I.N)ああ、士郎さん(笑)。宇多丸さんにね。飲み会でですよ。

(宇多丸)これ、92年?

(K.I.N)92年ぐらいだと思うんですよね。まだこのスラムダンクディスコの前。その時に、「士郎さん、フリースタイルってあるじゃないですか。みんながバースをカマしあうやつ。あれを即興でやるべきだと俺は思うんすよね。俺、いま即興を練習してて……」って。覚えてないですか?

(宇多丸)全然覚えていない。

(K.I.N)全然覚えていない? で、ビールが置いてあって、そん時に俺がなんかやるんですよ。「ビールがあって、それを注いで、飲んで……♪」みたいな。韻も踏んでないのよ。そしたらその時、士郎さんは「へー。K.I.Nちゃん、がんばんなよ」みたいな感じで(笑)。

(宇多丸)(笑)

(K.I.N)「冷てえ!」みたいな(笑)。すげーかわいがってくれてたのに、士郎さん。「K.I.Nちゃん、がんばんなよ」みたいな。

(宇多丸)なんだろうね、それ?

(K.I.N)あれ、なんだったんだのかな?って。

(宇多丸)ごめん。悪いけど、なんにも記憶にないわ。

(K.I.N)で、そこから……士郎さんは俺に理解があったから、「士郎さんでもこんなもんなんだ。これはあんまりライブでやっちゃいけねえな」っていう感じになっていたんですよね。

(宇多丸)ああ、そうか。ごめんね。それは俺が悪い。

(K.I.N)(笑)。それから、まあそういうフリースタイルっていうみんなの持ち歌詞を出す場があったけど、そこでは披露してなかったんです。

(宇多丸)まだね、やっていなかった。

(K.I.N)まだやっていなかったんだけど、2回目の勘違いがね、スラムダンクディスコであったんですよ。それはね、ZOO(SLITS)の入り口でね、YOU THE ROCK★が後輩か誰かにすごい怒っていたの。すぐ怒るじゃん?

(宇多丸)うん。YOU THE ROCK★が後輩に怒るのは、もう(笑)。

(K.I.N)「俺はさ!」みたいな。

(宇多丸)「お前さ、上野! ダメだよ、それじゃ!」って(笑)。

(K.I.N)あのトーンでさ、後輩がなんか、歌詞が飛んだのかな? わかんないんだけど。とにかく、「俺だったら、ああいう時は即興でやるね!」みたいな感じのことを言っていて。で、俺はそれを聞いていて、「マジか! YOU THE ROCK★、できるんだ!」って。まあ後日、できないことがわかるんだけど(笑)。

(宇多丸)(笑)

(K.I.N)当時やっていないしね。YOU THE ROCK★はね。

(宇多丸)これ、ユウが悪いんじゃなくて、要は「部分的に飛んだとしても、それはカバーしろよ」っていう意味なんだね?

(K.I.N)っていう意味だと思うんだけど、もう「即興でやるんだぜ」みたいなことをYOU THE ROCK★が言っていて。

(宇多丸)やっぱりK.I.Nちゃんの頭の中にはずっと「即興でやれるんじゃないのかな? でもな……」っていうのがあるから、「即興」っていう言葉にビーン! カーン!って。

(K.I.N)「ほら! YOU THE ROCK★も言うとるがな!」みたいな感じになって。

(宇多丸)(笑)

(K.I.N)それで、そのたぶん次の月なんですよね。スラムダンクディスコでフリースタイルで「みんな、集まれ!」みたいな時に「ここで即興だ!」って。

(宇多丸)ああ、そう? その時ってさ、たとえば事前に「今日、やろうと思うんですよ」みたいなのを俺に言ったりとかもしていなかったっけ?

(K.I.N)していないんですけど、きっかけがあるんですよ。

(宇多丸)ほー! お前は面白いな! おい、面白いな、おいっ!

(K.I.N)TWIGYのいまの本、あるじゃん?

(宇多丸)TWIGYさんという日本を代表する素晴らしいラッパーが『十六小節』という彼の自伝が出ていて。まあ、これはTWIGYの記憶とこっちの記憶というか記録が違うんだけど。微妙に時代の感覚が違うんだけど、でもK.I.Nちゃんとフリースタイルで舞台に立って……これ、でもTWIGYがこの書き方をするのはすごいよ。「コテンパンにやられた」って。「俺らのフリースタイルはおぼこかったみたいな(笑)」。K.I.Nちゃんたちは要するに鍛えていたからすごかったみたいなことを書いてあるんですけども。

(K.I.N)すごい。TWIGYに言われるって。

(宇多丸)TWIGYに言われるのはすごいよ!

(K.I.N)すごいよね。(TWIGYのモノマネで)「ハハーイ!」でしょ?

(宇多丸)うるせえ!(笑)。要するにペイジャーをね……

(K.I.N)ペイジャーへのリスペクトっすよ!

(宇多丸)俺たち、ペイジャーの曲を一時期聞きすぎて(笑)。

(K.I.N)おかしくなっちゃって(笑)。

(宇多丸)ごめん。それで、スラムダンクディスコで要するにみんな持ち歌詞を披露する時代がまだ続いているフリースタイルの場に?

(K.I.N)その時に、「やろうかやるまいか……後輩だし、いちばん年下だし、あんまりガツガツ行くのもあれだな……」とか。こうやってやきもきしていたら、実はその時にTWIGYがマイクを持ってフリースタイルっぽいことをやっていたんですよ。でも、「ステージが四角、四角、四角……」みたいな。

(宇多丸)でも、場を読み込んでいる。

(K.I.N)その場のことを言うみたいな。でも、まあラップにはなっていなくて結果的には持ち歌詞をやるんだけど。でも、それは指差しながらやっていたから、「ああ、これは即興でなにかをやろうとしている! キタコレ!」みたいな。

(宇多丸)これってすごいさ、この本のTWIGYの意識ともすごく一致して。要するに、フリースタイルっていうのはやっていたんだけど……っていう。だから、その場のアレを読み込むという意識は絶対にTWIGYにはあったんだよ。当時ね。で、それを見てそのK.I.Nちゃんは「GOサインが出た!」と?

(K.I.N)「これだ! TWIGYがやっているんだから!」みたいな。で、そっから俺も最初に「四角……」ってTWIGYのをなぞるんだよね。

(宇多丸)あえて。それを受けて。

(K.I.N)受けて、即興でやっているっていうTWIGYのスタイルで、TWIGYはそっから先に行かなかったけど、「四角、四角……」から、「ステージの上はどうのこうの……」って即興で、客もいじって……みたいなことをやった記憶がある。

(宇多丸)へー!

(K.I.N)まあ、ウケなかったよね!

(宇多丸)ああ、そう?

(K.I.N)シーン! だよね。

(宇多丸)(爆笑)

(K.I.N)シーン!っていうか、フワーン!っていうか。「あ、じゃあ次!」みたいな。

(宇多丸)あ、ああ。

(K.I.N)みんな、わかんないじゃん。

(宇多丸)即興かどうかわからなかった可能性もある?

(K.I.N)うん、それも……俺の中ではほら、緊張しちゃっているからさ。「ここで即興をやってやった!」とは自分では思っているけど。

(宇多丸)そん時、俺も当然いるじゃん。俺、どういう反応していた? 全然思い出せないんだ。

(K.I.N)いや、俺もなんか反応がないなっていう。「K.I.Nちゃん、がんばったじゃん」っていう、あのビールの件と全然近いっすよ。

(宇多丸)でも、やっぱりたぶんその場ではなにが起こったか、みんな本当には理解してなかったっていうことじゃない? たぶん。そのK.I.Nちゃんが「いまのは完全即興です」っていうのはわかってかもしれない。

(K.I.N)そうかもしれないですよね。でも、結構その即興はステージ上ではないところではやっていたから、まあもしかしたら士郎さんは「あ、やっている」ぐらいかもしれないけど。

(宇多丸)ああ、事前に身内ではそろそろ始まっていたと?

(K.I.N)うん。と、思うんだよな。

(宇多丸)まあでも、スラムダンクディスコって月1じゃん? そこでやってみました。そっから継続的にというかさ、やっていくうちにだんだんK.I.Nちゃんというか俺たち周辺は完全即興のフリースタイルで、しかも人にケンカを売ってくるっていうのが定着していくわけじゃん?

(K.I.N)そうだね(笑)。

(宇多丸)そのへん、どうなっていったのか、覚えている?

(K.I.N)いや、そこのスラムダンクディスコから……スラムダンクディスコのフリースタイルっていう時間があったじゃん。あそこでそれほど即興即興はしていなくて、結局、俺はその後もやってんのよ。で、「出てこいよ!」とか言ってるんだけど、誰も出てこない。

(宇多丸)ああ、だってそりゃそうだよ。これ、問題は完全即興のフリースタイルをやっている人間が他にいない以上、バトルもクソも……っていうことなんだよね。

(K.I.N)で、またFG(Funky Grammar)が虐げられていた時代でもあるから。虐げられていたっていうか……

(宇多丸)まあ、コンプレックスが。

(K.I.N)コンプレックスがあるから、なんかさ、「これだ! これでやつらに勝てる!」みたいな。

(宇多丸)ああー。でも、それはあったよね。つまり、さっき言ったペイジャーショックがあって、ある意味、ちゃんとペイジャーに学んで、「あいつらにちゃんと認めさせねえとダメだ!」っていう気持ちが俺ら、RHYMESTERも強かったじゃん。で、すっごい気合いを入れて常にスラムダンクディスコのライブに臨んでいて。で、その一貫としてフリースタイルを……たぶんその帰りなり後で、「これだ!」みたいな。で、俺たちはここでそれを磨いて……要するに、一段ネクストレベルのテクノロジーの武器を手に入れているわけじゃん?

(K.I.N)そうそうそう(笑)。

ネクストレベルの武器を手に入れた

(宇多丸)誰も銃を持っていない時代に、ドゥラララーーーーッ! だよ、もう(笑)。

(K.I.N)(笑)

(宇多丸)ダーーーーーーッ!っていう。たしかに、その意識も当然あったし。あとね、K.I.Nちゃん、俺、ひょっとしたらこれ、記憶を書き換えちゃっているかもしれないけど。当時、いわゆる日本語ラップ冬の時代で僕らもファーストアルバムを出したけど、その直後にたとえばソニーっていう当時唯一日本語ラップを出してくれる可能性があるインディー会社ファイル・レコードの親会社が「もう日本語ラップには金を出しませんよ」っていうのを会議で決定して下に通達が来るという、もう信じられない……俺らにとっては「終わった……」っていうさ、あったじゃない?

(K.I.N)うんうん。

(宇多丸)で、もうみんな怒り狂って。それこそスラムダンクディスコのチームはもうさ、「許せねえ!」みたいな感じで。その時代に、俺が覚えているのはK.I.Nちゃんはそういう時に「腐っていてもしょうがなくないっすか?」みたいな。俺、結構説教された覚えがあるんだけど。

(K.I.N)マジっすか?

(宇多丸)うん。「だから即興とかいろいろ新しい試みをいま、やってみなくちゃダメなんじゃないですか?」みたいな。で、俺はたぶんずっと……

(K.I.N)……言ってました!(笑)。

(宇多丸)どっちどっち? 本当に? それとも、思い出せない?

(K.I.N)うーん、思い出せない。

(宇多丸)で、僕はやっぱさ、自分のラップのスタイル的にね、カッチリカッチリ作っていくタイプだから基本、渋ったと思うのよ。相当、即興をやることを。それ、覚えていない? 最初、渋っていたのを。

(K.I.N)覚えている。だからそのビールの一件から士郎さんがやるまでにやっぱりGALAXYの夏合宿ぐらいっすよ。

(宇多丸)それ、93年の夏ね。

(K.I.N)士郎さんがガンガン乗ってきてくれたのは。

(宇多丸)ああ、だからやっぱりその時には「これはすごい!」って。だから、「やらないと!」っていう感じにもなってきていて。

(K.I.N)なっていたのかな?

(宇多丸)で、K.I.Nちゃんにそう言われて渋々始めたら、まあ楽しくて。で、まさにいま聞いた93年の夏、もう一緒にさ、だって合宿だけじゃなくて普通に海に遊びに一緒に行って。で、行き帰りとか海でもずーっとね。

(K.I.N)ずーっとね。

(宇多丸)ずーっとフリースタイルやって。

(K.I.N)(笑)。「信号が……」っていうね、どうでもいいやつ(笑)。

(宇多丸)もう帰り道、完全にフリースタイル、クオリティーが下がりすぎてて(笑)。俺たち、自分たちも「これ、もうラップじゃなくね?」って(笑)。

(K.I.N)「そこに、信号が……」って(笑)。「ダメだろ、これ?」っていう(笑)。「車が、ある~♪」って(笑)。

(宇多丸)(笑)

(K.I.N)「あるぜ~♪」(笑)。

(宇多丸)まあでも、そうやって結構夢中になったっていうこともあったし。あとさ、これもK.I.Nちゃん、ちょっと覚えているか聞きたいんだけど。その直前ぐらいに、V.I.Pクルーだと思うんですけど、レゲエ勢と僕らFGがなんか営業みたいなのがクラブで1回あって。で、要はレゲエ勢のパフォーマンスを見て、即興っていうかすごくフレキシブルに状況を読み込んでいろいろやっていく様を見て、俺はすごいその時にFG勢、割と真面目に「これは、マズいぞ。ヒップホップのパフォーマンス、完全に負けてるぞ。あの、ちゃんと巻き込んでいくコミュニケーション力を学ばないとダメだ」って話したの、覚えている? それ。反省会したのを。

(K.I.N)ああ、本当? それ、覚えていない。

(宇多丸)そう? これ、日時を含めちょっと岡田ちゃんとかにたしかめていこうと思うんだけど。まあ、そんな要するに土壌は会ったと思うんだけどね。

(K.I.N)なんか工夫してたよね。こうやっていった方が即興ってわかるんじゃないか? とかさ。

(宇多丸)だからそのさ、一時期初期MCバトルでよくあった「お前のかぶってるその帽子……」っていう、相手の服いじりみたいなのはその中から生まれてきたやつだよね。やっぱね。で、その後、その他のグループの反応みたいなのがどうだったんか、覚えている?

(K.I.N)他のグループ? 当時の? そのさ、ペイジャーとの……まあスラムダンクディスコでは直接バトルはなかったんだけど、その後の(芝浦)GOLDでペイジャー主催のイベントだったのかな?

(宇多丸)芝浦にGOLDっていう巨大ディスコがあって。

(K.I.N)そうそうそう。そこで、本当にステージの右側にはペイジャー、左側にはFGクルーっていうかRHYMESTERと俺らみたいなので。あれは3階かな?

(宇多丸)まあいいや、それは。階はいいわ(笑)。

(K.I.N)そこで、ライブが終わった後にバトルみたいになったのよ。

(宇多丸)へー! ペイジャー対FG。こわいよー!

(K.I.N)怖いでしょ? で、スラムダンクディスコの件もあるからちょっとさ、ペイジャー側も練習じゃないけど……まあ、PHフロンなんだけど。

(宇多丸)PHフロンっていうね、中でいちばん若手のラッパーがいて。で、いちばん戦闘的なね。

(K.I.N)そうそうそう。フロンはね、俺がやった後に出てくるんだよね。で、ラップになっていないんだよ。「フリースタイルラップはできないけど……♪」みたいなさ。でも、やっているの。

(宇多丸)返してくれるんだ。

(K.I.N)そうそう。でも、できないけどやっているみたいな感じのがあって。それでマイクをパスし合うわけですよ。マイクを投げたりするけど、それを拾ってやったりとか。こう、バトル形式というかね。

(宇多丸)ああ、でも俺、それは覚えていて。だからフロンがいちばんペイジャー組の中の回答というか。要するに、「フリースタイルラップなんか俺は認めねえ」と言いながら、フリースタイルで返してくれたの。で、そこに俺は「おおーっ!」って思って。なんて言うの? 「う、うれしい!」じゃないけど、「ああっ!」みたいになるよね?

(K.I.N)「おおーっ!」って。

(宇多丸)「か、会話……会話ができた! 対話ができた!」みたいな、この感じがあったのはすごい覚えている。でもそれ、GOLDだったのは忘れていた。

(K.I.N)GOLD。そっからすごいフロンと仲良くなったんだよ。

(宇多丸)そうだよね。そう。結局ね、最初のスラムダンクディスコのピリピリしながらも切磋琢磨もそうだし、結局戦った方が仲良くなるんだよね。

(K.I.N)なるんだよね。不思議だよね。

(宇多丸)不思議なもんだよね。で、たぶんそのあたりで「バトル、面白い!」っていうことになって我々は各いろんなクラブに出かけていっては、当時、何度も言いますけども完全即興でラップをできる人なんかいないわけですよ。こっちは要するに次世代のウェポンを手にして……

(K.I.N)(笑)

(宇多丸)もう要するに一方的にやりに……いままでの恨みを晴らさんとばかりに人のクラブに出かけていってはまさに辻斬り。背中から斬りつけるような辻斬りフリースタイルを重ねていったという。このへんも覚えていますか?

辻斬りフリースタイルを重ねる

(K.I.N)いろいろ行ったのは覚えていますね。で、どのタイミングで……ほら、オープンマイクもなければさ、なにも当時、そういうフリースタイルっていうかオープンマイクの場所もなかったから。どういう風な形でやっていたのかは覚えていないんだけど。1回、士郎さんとCAVEに行った時に……

(宇多丸)CAVEっていう当時渋谷にあったクラブ。

(K.I.N)っていうクラブがあって。そこでブースを見たらマイクがあったんですよ。「おおっ! これ、やっちゃおうぜ!」みたいな。で、士郎さんと2人でブースにガーッ! 行って。「YO!」なんてやっていたら店員が飛び込んできて、「なにやってんすか?」みたいな。すんげー冷たく。

(宇多丸)(笑)。それで、怒られてね。

(K.I.N)うん。怒られて。

(宇多丸)で、フォローしておくとCAVEはその後、結構日本語ラッパーのたまり場になって。もう全然フリースタイルOKになったんだけど、やっぱりそれぐらい時代がね……じゃあちょっとね、その場がない中で俺たちはどうやっていたか? に関して貴重な証言がありますので。もうちょっとね、彼が登場してくるのは1年ぐらい……94年のことだと僕は思うんだけど。こんな方からコメントをいただいておりますので。お聞きください。どうぞ!

<コメントスタート>

(PES)『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』をお聞きのみなさん、こんばんは。PESです。いろんなイベントに行ったりすると、始まりだした1、2年間だったと思いますけども。90年代頭のらへんは。で、僕もはじめてライブでFGクルーっていうのは見ていて。その同じ年ぐらいにみんながやっているイベントにお邪魔した時にメローイエローのK.I.Nさんにはじめて会ったんですけど。で、K.I.Nさんに「はじめまして」って言ったらいきなり、「お前、フリースタイルしろ」って言われたんですよ。「ジョーダン5でフリースタイルしろ」って言われたんですけど……「すごい怖いな、この人」って思って(笑)。いろんな意味で怖いなと思ったんですけど。

K.I.Nさんとかは結構巡業形式というか。人のイベントにフリースタイルっていうコーナーがない時代に、無理やりダンスイベントとかに行ったりして、フリースタイルをやるっていう興行スタイルを始めたと思うんですよね。で、それに宇多丸さんと僕は一緒に行って。毎日のようにやっていましたね。なんか……すごいですね。いま思うとね。そのコーナーがないのに、「フリースタイルをやらせて!」っていう感じで。だからその方向性をはじめて見たのはK.I.Nさんですね。

結構ダンスイベントとか普通のパーティーの方が「ワーッ!」って盛り上がったりしていたんですよ。最初の頃は。余興みたいなところもあったんで。まあ、基本的にみんなやっていたって思っていると思うんで。もう、昔すぎてあやふやになっちゃっていると思うんですけど(笑)。まあたしかに士郎さんに「K.I.Nさんだ」って言われたら「そうかもな」って思うし。「そうじゃない」っていう人がいたら、「そうじゃないかもな」って思っちゃうぐらいの感じではあるんですけど。でも、ラップイベントじゃないところでやったのは確実にK.I.Nさんだと思うんですけど。そこの部分は元祖かなとは思いますけどね。

飽きっぽいんで、すぐに飽きちゃったんでしょうね。たぶん。『フリースタイルダンジョン』、楽しみに待っています。テレビの前で。以上、PESでした。

<コメントおわり>

(宇多丸)はい。RIP SLYMEのPESでございます。ちなみにPESがいるRIP SLYMEは来週の水曜日、7月13日にライブDVDとブルーレイ『RIP SLYME Tour of Ten FINAL at BUDOKAN』。ここに私、コメンタリーで参加しておりますので。BOSEくんと一緒に先輩風を吹かしていますけども。

(K.I.N)さすがっす!

(宇多丸)ねえ。先輩風、吹かしていいるじゃないですか。初対面で、94年だと思うけど。

(K.I.N)だからその新しいウェポンを手に入れて、俺、調子乗っていたんですよ。それでFG Nightが始まって。それで「オープンマイクにしようぜ!」って。

(宇多丸)でも、少なくとも最初の2年ぐらいは本当に無敵だもんね。だって、誰もできないんだから。

(K.I.N)無敵っすよ、本当。「この武器!」みたいな。

(宇多丸)あ、ちなみにこれ、無敵っていうことを勘違いしないでほしいんだけど。「人より上手い」っていうことじゃないんですよ。

(K.I.N)(笑)。「誰もやっていないから」。

(宇多丸)「誰もやっている人がいない」っていう(笑)。っていうことなんだけどね、でもね、「ジョーダン5。スニーカーでライムをしろ」っていうのをやったりとか。

(K.I.N)そう。チョイスでさ、偉そうにさ。俺もほら、「俺しかできねえ」って思っているからさ。ブースでこんな、ふんぞり返っているわけですよ。そしたらPESがさ、それ、はじめてかな?

(宇多丸)94年の4月にチョイスというところで……

(K.I.N)で、PESが来て。まあ先輩風を吹かせて、「お前、フリースタイルちょっとやってみろよ」みたいな感じで言ったらいきなり、「俺のジョーダン5……♪」みたいになっていて。

(宇多丸)ああ、始めたんだ、あいつ。

(K.I.N)そう! 「ええ~っ!」だよね。「俺しか持っていない武器……ええ~っ!? ジーニアス?」って(笑)。

(宇多丸)たぶんね、93年の夏に始めて、94年通してやったじゃん? で、95、6年になるともう、俺らの知らないところでやるのが広まっているの。

(K.I.N)そうなんだよ。

(宇多丸)だから、あちこちに種をまきすぎちゃった。

(K.I.N)まきすぎちゃった(笑)。「この銃はね……」って(笑)。

(宇多丸)っていうのは、ひとつはたとえば僕らが辻斬りをやっていく途中で新宿花園神社にあったミロスガレージというクラブで、クラブ・オブ・スティールっていうイベントをやっていて。それはECDとかがやっていたイベントだけど。そこに僕ら、また辻斬りを仕掛けに行って、そこのやり取りを見ていた石田さんが僕とMCジョーというラッパーのバトルが面白いということで、チェック・ユア・マイクというECDさんの方の代々木チョコレートシティーでやったイベントで公式バトル。MCジョー VS MC SHIRO(宇多丸)って。

(K.I.N)あ、じゃあ公式バトルってこれが初めてなの?

日本初のMCバトル

(宇多丸)これは断言する! 日本で最初の公式バトルは……

(K.I.N)フライヤーに載っていたもんね。バトルって。

(宇多丸)日本初。で、ちなみに勝敗は向こうのホームで観客判定だったから……

(K.I.N)ひどいね(笑)。

(宇多丸)ひでーんだよ、こんなのはよおっ!(ドンッ!)。

(K.I.N)(笑)

(宇多丸)これ、あちこちで僕、言ってますけど、これはジョーはこの時、即興じゃない。あいつ、普段は即興でやっていたのに、この日だけたぶん絶対に勝ちたかったのか、なんか歌詞を用意してきちゃっていて。しかもそこを俺につっこまれて。こうやって、「お米問題!」「お米問題、関係ねえし! 大事なのはお米問題じゃなくて、オ○コ問題!」みたいに、そういう感じ。ねー、ありました。ちなみに、その次の公式バトルは99年のB BOY PARKのMCバトルだから。たぶん。

(K.I.N)えっ、じゃあすごいじゃん!

(宇多丸)しかも、99年のB BOY PARKのMCバトルの司会だけじゃなくて、ルールづくりをしたのは俺だからね!

打ち上げ泥棒高橋芳朗の犯行記録 B BOY PARK 1999
高橋芳朗さんがTBSラジオ『タマフル』にゲスト出演。今回は『打ち上げコンサルタント』という肩書きで『打ち上げは最高!』特集を放送。その中で、コンサルタントとなる前の『打ち上げ泥棒』...

(K.I.N)マジっすか!?

(宇多丸)マジだよ!

(K.I.N)俺、ビールの件であんだねなんか……「K.I.Nちゃん、がんばんなよ」みたいな感じだったのに。GALAXYの飲み会の時に。

(宇多丸)ビールの件(笑)。まあ、ちょっといろいろ初のフリースタイルバトルで起きたトラブルの件とか、いろいろあるんだけど、ちょっと時間が……で、要は94年を通じてだんだんシーンに定着していったという。まあ、こっから先はみなさんご存知の歴史になっていくということなんだけど。だって96年? 97年かな? KREVAとか。もう「最初に歌詞を書く前にフリースタイルを始めました」っていうやつが現れて。

歌詞より先にフリースタイルを始める世代の登場

(K.I.N)言っていたじゃん。だって、フリースタイルをやっていた時にさ、「そのうち、最初に歌詞じゃなくてフリースタイルから始めましたみたいなやつが絶対出てくるよ! 」って。

(宇多丸)「出てくるよ、嫌だね~!」って。

(K.I.N)「でも10年ぐらいかかるな」っつったら、2、3年で出てきちゃった(笑)。

(宇多丸)2、3年で出てきちゃって、まさにKREVAと最初は敵だったMCUが我々のFG Nightってイベントで毎月恒例のもうむちゃむちゃ高度なバトルを繰り広げて。で、それを見て……っていうかね、その頃は俺、まだフリースタイルはやっていたんだけど、俺のを見ていた大前至っていう超ムカつくライターが(モノマネで)「なんか、士郎さんよりKREVAの方が上手いね」って言われて。

(K.I.N)(笑)

(宇多丸)で、それを言われて聞いて、「そりゃそうだろ、この野郎! んなもん、若いやつの方が上手いに決まってんだろ? ああ、絶対やらねえ、フリースタイルなんて! ぜってーやんねえ!」って(笑)。この感じ(笑)。

(K.I.N)(笑)

(宇多丸)K.I.Nちゃんはいつごろ、あんまやんなくなったの?

(K.I.N)俺、でもあれだね。バトルの形式になってから。

(宇多丸)ああー。

(K.I.N)俺、基本的にはバトルは実はあんまりやってなくて。

(宇多丸)初期の辻斬りはあれだけども。

(K.I.N)辻斬りはあれだけども、そん時も客いじりとかだから。「お前がナントカ!」とかさ、あんまりね、得意じゃないっていうか。

(宇多丸)なるほど、なるほど。ちなみに、ちょっと終わりに近づいちゃっているんで、K.I.Nちゃんの目から見て、いまのフリースタイルブーム、どうですか? 思うところとか、ありますか? 気持ちというか。

(K.I.N)いやー、さっきね、それを考えていたんだけど。いいんじゃないの?(笑)。

(宇多丸)まあ、そうとしか言いようがないけど。

(K.I.N)流行るのはいいけど、作品も残した方がいいよね。

(宇多丸)それはもちろん、いまね、ブームの中にいる人もそこはいちばん。

(K.I.N)フリースタイルから出てきて売れたっていう人、いるの?

(宇多丸)そんなこと言ったら、KREVAとかそうじゃん。

(K.I.N)いや、KREVAは最初からよかったんだよ。

(宇多丸)まあ、そうだけどさ。

(K.I.N)それでほら……

(宇多丸)ああ、まあライブがよくてね。

(K.I.N)俺らは「遊びに来なよ」って言ってるんだから。

(宇多丸)まあまあ、まさにその危惧はみんな抱いているという。

(K.I.N)スーパーナチュラルとかのさ。

(宇多丸)スーパーナチュラルはね、典型的なね……その話は長くなるから。

(K.I.N)あ、いい?

(宇多丸)でも、とりあえず今日はK.I.Nちゃんにフリースタイル……僕もそうですけど、即興フリースタイルは振らないですよ。やらせないですよと。

(K.I.N)YO!

(宇多丸)(笑)。なぜならば! なぜならば! 俺たちは、たしかに始めたが……

(K.I.N)始めたけど!

(宇多丸)始めたが……

(宇多丸・K.I.N)上手くは、なーい!(笑)。

(K.I.N)そうそうそう(笑)。上手くはなーい!

(宇多丸)でも、まあちょっと歴史の大事な話をさせていただきました。じゃあ、最後にちょっとメローイエローの曲を聞きたいと思うんだけど。なんか、貴重な音源を流していただけると?

(K.I.N)そうです。発表していない曲で。まあ、どこにも出していないんで、みんな聞いてくださいぐらいかな?

(宇多丸)じゃあ、曲紹介をお願いします。

(K.I.N)はい。メローイエローで『Unbeatable』。

(宇多丸)K.I.Nちゃん、ありがとう! フリースタイルの元祖K.I.Nちゃん特集でした!

(K.I.N)YO!

(宇多丸)やめてよ(笑)。

<書き起こしおわり>
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