山下達郎さんが2023年5月4日放送のNHK FM『今日は一日“山下達郎”三昧 レコード特集2023』の中でデジタルレコーディングとアナログレコーディングの違いについて話していました。
(杉浦友紀)さあ、続いては制作者目線でお話を伺っていきます。アナログとデジタルの違い。これはもう本当に大きいところだと……特に達郎さんは感じられてるところだと思うんですけれども。
(山下達郎)こういう仕事っていうのはやっぱり経験則なんですよね。だから最初に見たのを親だと思うっていうか。最初にスタジオに入った時は、僕の時代はもう70年代……73、4年の話なんで。もう既にマルチトラックのテープレコーダーがあって。コンソールもあって。で、スタジオでレコーディングをするっていうね。それでだんだんだんだん、いろいろと機材が増えていって。そういう経験をあれして。でも、全てアナログだったんですね。
だからそのアナログの聴感というか。そういうようなものが体に染み付いていて。それを元に音楽を作っていくわけですけど。それがデジタルに変わると、聞こえ方が根本的に変わるんですよね。それにものすごく迷ったんですけど。それは僕だけじゃなくて、エンジニアなんかもそうなんで。それをどう克服しようか?っていう、そこからまた七転八倒をみんな、やっていくんですよね。で、デジタルがね、全部悪いわけじゃ当然なくて。デジタルの一番いいところは、保存がきくんですよ。アナログっていうのは、とにかく録音したその瞬間から、劣化が始まるんですよ。
録音した瞬間から劣化が始まるアナログ
(山下達郎)で、とにかく『FOR YOU』の時代はテープレコーダーのテープの録音性能がものすごく上がったんですよ。高域とか中域がものすごく、豊かに伸びるんですけど。録音した瞬間にそれがどんどんどんどん、劣化していくんです。磁気テープだから。だから磁性が落ちてくんですよ。だからもう、初めからイコライザーなんかも過剰にかけておいて、落ちても大丈夫なようにしておくんですね。
(杉浦友紀)ああ、そうなんですね。へー!
(山下達郎)だから当時のレコードでしばしばあるんだけど。CDにするとめちゃくちゃ硬いとかね。あと、60年のレコードだったらリバーブがめちゃくちゃ多いんですよ。分離が悪いんで。だからそれを、要するにこれでお皿に切った時の効果を考えて、初めから読み込んでやるんですよ。そうすると、今それをCDにすると、めちゃくちゃリバーブが多くてつらいとか、そういうことが起きるんですけど。
でも、デジタルの場合には一旦録ったら、基本的には音は変わらないんですよ。だから何回でもできるんです。だから今のProToolsみたいなものだと、やり直しもできれば、ずっと保存が効いて。2年前のものでも全く同じで。それで、プリセットであれすれば全く同じミックスを作れるし。だからプラスもマイナスもあるんですよ。だからそれが結局、こういうアナログブームとか、いわゆるProToolsのそういうデジタルの今までの現在のノウハウとが合わさっていけば、またもっといろいろとね、違うものができてくるっていうか。
それで実際に現場のレコーディングの人でも、たとえばこの間、木村拓哉さんのレコーディングをやった時は、ビクターのエンジニアの人は、アナログで録るんです。アナログのマルチトラックで録って。それを即、デジタルに変換して。それで完成したやつをもう1回、アナログを通してミックスダウンするんですね。そうすることによって、アナログの質とデジタルの質を両立できるっていう。それは、昔からそういうトライあるんですけど。それもね、機材が最近よくなってきてるので。どんどん。だから、そういうような工夫はみんなしてますから。
だからまあ、アナログをこういう具合に聞くのと、カセットもみんな聞くようになったし。でもまあ、こっちを見れば今、一番主流なのはサブスクリプションで。ねえ。そういうのもあるし。選択肢がたくさんあるっていうか。そういう時代になってきたのかな? わかんないけど。でも全部、マスターすることはできませんから。
(杉浦友紀)でも、そういう意味では達郎さんはレコードの時代を当然知っていて。そこから音楽が始まって。で、CD、MDがあったり。もちろんその前にテープもありますけど。で、サブスクもあってっていう、この音楽が激変していく時代とともに生きてきたっていう感じですね?
(山下達郎)そうですね。最初に何が言いたかったか?っていうと、それを経験して……最初に見たのを親だと思うっていうので。だから自分の経験則が積み上がっていって職人ってできるんですよね。それで、たとえば料理人にしてもやっぱり皿洗いから始まって。背中を見て。それで調理の仕方を学んで。だけど、我々の世界は、たとえばお寿司の握り方とか言ったらやっぱり基本はそんなには変わらないと思うんですよね。魚は同じだから。
で。マグロとシャリの関係とか、それを工夫して。ヅケをどうするかとか、そういう細かいことはあるけど。でも、レコードとか、こういう音楽産業の場合はそれがもう根底から覆されていくっていうね。そうすると、たとえばレコーディングエンジニアとか、そういう人たちがその先、どうするか?っていうことがやっぱり迷うんですよね。そういう時にでも、たとえば経験則にしがみつくっていうか。「俺はこれでやってきたんだ!」っていう。それが壁になったりするんですよ。だから僕は『ARTISAN』っていうアルバムを作ってるぐらいで……職人っていうのにものすごく敬意があるんだけど。
ただ、しばしば職人って言われる人たちは、そこでつまづくんですよね。で、そこから先、それを、自分のものを捨てて。「守破離」って言うでしょう? 千利休だと思いましたが。守って、破って、離れるっていうね。そういうことがしばしば、やっぱりどこかで停滞するっていうか。「俺はこれでやってきたんだ!」っつって、そこに固執するっていうか。それを捨てないと、先に進めないんですよね。それは80年の中期のデジタルに変わった時に、もう思い知ったので。今、そういうものに関する固執っていうのはほとんどなくなっちゃっているから。
(杉浦友紀)その時に「ああ、これはもう捨てないとダメだ」って思ったっていうことですよね?
(山下達郎)そうですね。2010年代になっても、やっぱりそういうことが起こってね。で、デジタルレコーディングがやっぱりどんどん変化してくんで。で、この間の『SOFTLY』のレコーディングみたいなのでは、もう20年前と全くやり方が違ってますから。それをだから、それをやってくれる人と、そういうことをやっぱり研究してる人とやらないとダメなんで。ミュージシャンと同じで、やっぱり新しいノウハウをどんどん……新しいテクニックとか。そういうのを勉強していかないとダメなんで。それをね、こういう音楽の仕事をしていたら、それは避けて通れないものなので。それを一歩、昔懐かしむとそこで終わるんですよ。すごくシビアな世界。
どんどん新しいものを取り入れていかないとダメな世界
(杉浦友紀)その中で、一際思い出に残っている曲って、ありますか? サウンド作りで。
(山下達郎)ええとね、『ヘロン』っていう曲あるんですけど。あれは1回レコーディングしたやつを、全然ダメで。長いこと出さなかったんだけど。それを再録してっていうか、上物を変えて出し直して。初めは『泣かないでヘロン』っていうタイトルだったんだけど。それを『ヘロン』って変えて。で、98年に……元々レコーディングしたのは94年とか、それぐらいなんですけども。その間の数年間の変化っていうかね。それがすごく、今でも印象に残っていて。それでデジタルリマスタリングがようやく完成しかけて。
この『ヘロン』の音源はまさに小鐵徹さんがデジタルリマスタリングしてくれたやつなんですけど。それが、なんつったらいいのかな? 音の壁っていうか。今、こういう音って、作らないですから。デジタルでは。今のデジタルじゃもうこれは……『LOVELAND, ISLAND』も今は作れません。あの音像は。あれはアナログだからできるんです。もうアナログで消えたものっていうのがあって。でも、デジタルでしかできないこともあるんですよ。だからそれは、デジタルでしかできないことに進んでいくしかないんです。それはもう否応ないんですよ。
(杉浦友紀)やはりそこは対応していく必要があるんですね。
(山下達郎)それが時代っていうものでね。だから好き嫌いとは全く別のもので。
(杉浦友紀)じゃあ「あの頃はよかった」っていうところにとどまってちゃ、ダメですね。
(山下達郎)ダメです。それはもう、しょうがないです。
(杉浦友紀)では、曲紹介をお願いいたします。
(山下達郎)はい。『ヘロン』です。
<書き起こしおわり>