吉田豪 アントニオ猪木を追悼する

吉田豪 アントニオ猪木を追悼する アフター6ジャンクション

吉田豪さんが2022年10月17日放送のTBSラジオ『アフター6ジャンクション』の中でアントニオ猪木さんを追悼していました。

(宇多丸)この時間のゲストはプロ所評価・プロインタビュアーの吉田豪さんです。ということで今日はアントニオ猪木さんのお話ということで。よろしくします。

(吉田豪)はいはい。お願いします。

(宇多丸)お亡くなりになられて。79歳、まだまだお若い感じだけれども。吉田さんにとって、こんなこんな短い時間に入りきるのかということですけど。ぜひよろしくお願います。

(吉田豪)はい。でも本当に想像以上の喪失感というか。本当、いつでもどんな時でも「こういう時、猪木ならどうするか?」みたいなことを考えて生きてきた気がするんですよね。だから本当、全然関係ない話題をやってる時でも、なにかというと猪木の引用というか、そんなことばっかりやってきたので。ちょっと、ものすごいショックは受けてるんですけど。

ただ、でも僕は複雑なんですよ。アントニオ猪木という人に対して。僕、元々全然猪木ファンじゃないんですよ。猪木さんを好きになったのはすごい遅くて。もちろん子供の頃から見てはいたんですけど。そして、結論としてというか。僕は「アントニオ猪木はプロレスラーとしては最高だけど、人としては一切信用ができない」っていうことを言っていて。

(宇多丸)まあね。周りの人はね、本当に大変な目にあったりしてますからね。

レスラーとしては最高だが、人としては一切信用できない

(吉田豪)振り回され続けて。なので一時期の「プロレスファンならアントニオ猪木に投票しよう!」みたいな空気とか、本当に最悪で。「バカなの?」って。猪木ぐらい権力を与えちゃいけない人、いないんですよ。何をするかわからない。

(宇多丸)そっちが一番ダメだろ、みたいな。

(吉田豪)そうなんですよ。あれもただ、当時猪木さんがプロレス界にとってちょっと厄介な存在になりつつあったから、「猪木さんに新日本プロレスからいい形で出て行ってもらおう」みたいな流れではあったんですけど。それにしても……っていうね。厄介な人を押し付けてるだけじゃないかっていうね。

(宇多丸)っていうか、そもそも政界に行く大きな推進力が「ちょっとやんわり出ていってもらおう」でもあったっていう……(笑)。

(吉田豪)そうなんですよ。「現場にいてもらうと困る」っていうやつだったんで(笑)。

(宇多丸)どのぐらい扱いが大変かってことだよね。それはね(笑)。

(吉田豪)もちろん、だから強さを追い求めるストイックさとか、当時結婚してた賠償美津子さんとか、モハメド・アリから学んで表現力とかはプロレスラーとしてもちろん素晴らしいのは当然なんですけど。まあ、それ以外が本当にひどかったわけですよ。たとえばその先輩の豊登っていう人が、山下財宝を探すためにフィリピンにまで行ったりとかしてた人なんですけど。そういう人の影響とか、あとは家系の影響もあるんですけど。山っ気がものすごくて。うさんくさいビジネスを……。

(宇多丸)ああ、一発当てるだ。

(吉田豪)一発当てるです。常に発想はそれです。しかも普通のビジネスで一発当てるんじゃなくて、よりうさんくさいというか、怪しいというか、そういう方に惹かれやすいタイプで。

(宇多丸)一発大逆転(笑)。

(吉田豪)そうなんです。永久電気とか、そういうものにばかり惹かれちゃうタイプなんですよ。しかも、そういうのが好きだから「宗教風見鶏」って言われるぐらい、宗教にも片っ端から入るし。

(宇多丸)ああ、そうなんだ。

(吉田豪)そうなんですよ。「宗教に入ったら会場の動員ができるぞ」って思ったら、平気で入っちゃうし。

(宇多丸)今どきの先取りで。

(吉田豪)先取りです。どんどん、何でも入りますよ。あの人は(笑)。矛盾とか、関係ないんですよ。「こことここは合わせちゃダメでしょ」みたいなことがない。それもそうだし。怪我した選手に手かざし治療してたぐらい、そういうものにもはまっていたし。

(宇多丸)ああ、そうなんだ。

(吉田豪)古舘さんから何から「腰が痛い」っていう選手に「俺に任せろ」って言って手かざししていたような人なんで。

(宇多丸)ああ、なんかこの間、RECもね、たしかにちょろっと言ってたわ。ちょっと、なんていうかスピリチュアルというか。そういうことを言い出した……「元気があれば何でもできる」とか、よく考えればそういうことだよねっていうさ。

(吉田豪)猪木さんって本当に、なんだろう? 本も自己啓発本的な要素も強くて。で、猪木さんの発言もよくよく後から調べてみると、自己啓発本のフレーズを結構使ってたりするんですよ。「気づきが……」とか。で、セミナーに行くようになって、そこから帰ってきてから猪木さんの性格が変わったっていう前田日明の証言もあったりとかして。

(宇多丸)ねえ。前は全然しゃべれなかったのに……っていうね。

(吉田豪)そうなんですよ。ただ、そういう人が段々変わっていって、そういうようなビジネスに目覚めた結果、サイドビジネスに団体の資金を投入しすぎてクーデターを起こされて。それで選手も大量に離脱したりとか。基本的には猪木さん、「人をあっと言わせたい」っていう発想も人なんですよね。だから、あっと言わせる展開のプロレスをやって、観客に暴動を3回、起こされているんですよ。

(宇多丸)暴動?

(吉田豪)「ふざけるな! なんだ、この結末は!」ってなって。猪木さんが、本当にあっと言わせることをやったんですよ。ただ、そのあっと言わせるのがハッピーな方向だけじゃない人なんで。謎の海賊男が乱入とか、ビートたけしさんをプロレスのリングに上げたりとか。そういうことをやったんで、それに対して「ふざけんな!」っていう風なことばっかり繰り返してやってきた人だから。そんなの、政治家には向いてるわけがないですよね。

(宇多丸)要は面白ければっていうか、揺り動かせばいいみたいなことですもんね。

(吉田豪)そうなんですよ。

(宇多丸)まあ、遠くから見てる分には面白いですもんね。だってね。

(吉田豪)それなんですよ。部下とかは最悪だろうし、振り回される人には迷惑だけど……だから政治家とかじゃなければいいかな、くらいのスタンスですね。

(宇多丸)一般市民に迷惑をかけないようにって……(笑)。

(吉田豪)そうそう。だから1994年に猪木スキャンダルっていうのがあったんですよね。週刊現代がスクープしたやつなんですけど。女性秘書と、あとかつての片腕だった過激な仕掛け人・新間寿さんっていう、その2人が猪木さんの政治資金規正法違反だの、収賄だの、脱税だの、右翼との癒着だの、何だのと次々と告発していったんですけど。正直、こっちとしては何の意外性もないというか。「まあ、猪木だしな」っていう話だったんですよ。ただ、僕が猪木にハマったのはそれぐらいの時期からだったんですよ。

(宇多丸)おお、逆に?

猪木スキャンダル期に猪木にハマる

(吉田豪)逆に。僕、元々馬場派というか、ジャンボ鶴田が大好きで。で、鶴田の師匠であるジャイアント馬場っていうのは本当に信用のできる経営者だと思ってて。信用できない猪木には興味がなかったんですよね。で、この特に象徴的なエピソードがあって。昭和天皇が崩御した時に、新日本系のUWFの選手たちは全員、記帳に行ったんですよね。それはその直後に武道館で大会を開催する上での配慮でもあったらしいんですけど。で、新日本プロレスは選手と観客で黙祷とかをしてる時に、ジャイアント馬場は「そういうことはお客さんに強いるようなものではない」って言って、控え室で選手だけで黙祷したっていう話を聞いて「信用できるな」っていう。

(宇多丸)なるほど。ちゃんとしてる。

(吉田豪)ちゃんとしてるんですよ。なんで僕、馬場派だったんですけど。でも、そのぐらいで途中で考え方が変わったんですよ。「僕、別に全日本プロレスに就職するわけでもないんだから、信用とかどうでもいいんじゃないか?」っていう気になってきて。そうなんですよ。「とにかくでたらめで信用できなくても、面白ければそれであり」みたいなことをアントニオ猪木に教わっちゃったっていうか。僕の価値観を決定的に変えたのが猪木だったんですよ。

(宇多丸)なるほど、そうか。これはまあ、良くも悪くもと言いましょうか。

(吉田豪)良くも悪くも。本当に(笑)。まさに。僕の常識がそこで崩されちゃったんですよ。

(宇多丸)まあ90年代という時代の空気もね、それはもちろんあるかもしれないしね。

(吉田豪)ありますね。そう。だから引退後も権力を握り続けた猪木に振り回されてた新日本プロレスとかは地獄だったとは思うんですけど。そういうのも外から見る分には面白かったし。みたいな感じで、そもそも猪木スキャンダルが本当に面白かったんですよ。これ、今となってはあまり検証もされてないと思うんですけど。元々、猪木さんって猪木夫妻、倍賞美津子さんと伊勢丹で買い物していた時にタイガー・ジェット・シンに襲撃されて。警察沙汰になって。これ、「本当の喧嘩であれば猪木がシンを傷害罪で告訴して被害届を出すこと。パフォーマンスならば道路交通法違反で処分する」みたいな風に厳重注意されたっていうような伝説もあったわけですけど。猪木さん、そのノリを国会に持ち込んだんですよね。本当にどうかしてたんですよ。

(宇多丸)国会でどんなことを?

(吉田豪)要は右腕だった新間寿さんの記者会見をワイドショーで1時間ぐらい生中継して。放送禁止用語を連発する、すごい会見があったんですよ。「女性の方は耳をふさいでください。アントニオ猪木のPKO。Pはパンパン、Kはこいこい……」みたいな。「新間さん、なにを考えているんだろう?」みたいな。それでワイドショーのレポーターが大爆笑みたいな。あとはまた別の日には、トイレその新間さんに猪木の公設第2秘書の男性が襲撃されて。「助けてください!」っていう声がワイドショーから流れてきたりとか。

(宇多丸)ちょっともう、悪ふざけっていうか(笑)。

(吉田豪)まあ、本当にもめてるのは間違いないんですけど。なんだろう? なんでこんなことが……もう世間が完全に猪木に巻き込まれている感じ。あの時代、すさまじかったんですよ。

(宇多丸)でも、それを国会議員がやっちゃダメだよね。

(吉田豪)それなんですよ。本当に。本当にその一言ですよ。だから僕、周りに猪木さんに投票した人間、いっぱいいたんですけど。「一生後悔しろ!」って言い続けてますからね。

(宇多丸)ああ、まあね。本当だよね。

(吉田豪)で、ちなみにその襲ったりとかしていた新間さんっていうのはどういう人か?っていうと、クーデターの時に新日本プロレスを追われた後、何をやったか?っていうと、いろいろ悪名高いジャパンライフの役員になって。ジャパンライフの本まで出したりするような、そういう猪木イズムの人ですね。

(宇多丸)ああ、ジャパンライフっていうのは、そういう悪徳商法的な?

(吉田豪)悪徳商法で何度も話題になり続けている会社で。で、もっと言うと新間寿さん、僕がプロレス雑誌に入った後、僕も襲撃されてますね。

(宇多丸)あらま! 「助けてくださーい!」って?

(吉田豪)僕も編集長と間違えられて「この野郎!」って。編集長の山口日昇と間違えられて襲われるっていう。でも、襲われた後に仲良くなるっていう(笑)。

(宇多丸)ああ、まあそれも込みなのかもしれないけども。

(吉田豪)本当、猪木さん周辺の世界はそんなのばっかりです(笑)。

(宇多丸)なるほど。でもちょっとその星座に入っちゃってるじゃないですか。劇場に。

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