町山智浩『ラストナイト・イン・ソーホー』を語る

町山智浩『ラストナイト・イン・ソーホー』を語る たまむすび

町山智浩さんが2021年11月29日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中で映画『ラストナイト・イン・ソーホー』を紹介していました。

(町山智浩)ということで今回の映画のお話をします。今回はですね、イギリス映画なんですけど。音楽がかかってきましたね。

(赤江珠緒)フランス語ですね。

(町山智浩)この曲はですね、ペトゥラ・クラークというイギリスの歌手の『Downtown』という歌のなぜかフランス版がかかってますけど(笑)。これ元々は英語です。

(町山智浩)これが主題歌でかかる映画で『ラストナイト・イン・ソーホー』という映画を今日は紹介します。ソーホーというのはロンドンの繁華街なんですけれども。説明するのはすごく難しいんですが。ピカデリーサーカスってご存知ですか? ロンドンの一番ど真ん中で。そこにはリージェントストリートっていう銀座の三越あたりみたいな高級ブティックが並んでる道があるんですよ。目抜き通りみたいな。で、その近くっていうか、その90度曲がったところにレスタースクエアっていう、そこは高級な劇場がいっぱい集まってるところで、だから日比谷みたいな感じですね。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)ミュージカル劇場とか映画館とか、一番高級なのが集まってるところがあって。そこの2つの高級なところに挟まれたところにソーホーというところがあるんですね。90度の角度で挟まれているんですが、そこはものすごくいかがわしいところなんです。だから昔はストリップバーとかがいっぱい集まっていて。風俗系の店が集まってるところなんですよ。で、すごく面白いのは、だから日本で言うと銀座とか日比谷に歌舞伎町がある感じなんですよ。ロンドンに行く人はね、結構びっくりすると思うんですね。

表通り、もう超高級っていうところでそこから1本、裏に入るとヤバい感じの店があるんですよ。でも今はだいぶ高級化したんでなくなったんですけど、僕が初めてロンドンに行った時は結構びっくりしましたね。85年ぐらいだったんですけど。で、その「ソーホーで昨夜」っていうタイトルの映画がこの『ラストナイト・イン・ソーホー』っていうタイトルの映画なんですが。これですね、ホラー映画ですね。で、ミュージカル映画です。

(赤江珠緒)ホラーでミュージカル映画?

(山里亮太)共存するの?

(町山智浩)これ、共存するんです。で、タイムトラベル物なんですよ。で、基本的には青春映画です。

(山里亮太)えっ、いろんな要素がいっぺんに……。

(町山智浩)これ、詰め込みすぎているんですけども。これ、監督はですね、『ショーン・オブ・ザ・デッド』とか『ベイビー・ドライバー』とかを作ってきた人で。僕は何度もインタビューしてるオタク系のエドガー・ライトという監督なんですけれども。その彼がですね、若いんですけど、子供の頃からお父さんとお母さんから1960年代のロンドンとかイギリスで流行ってた歌をずっと聞かされてきて。自分がまだ生まれてなかった60年代のロンドンに憧れて作った映画がここの『ラストナイト・イン・ソーホー』なんですね。

1960年代ロンドンへの憧れ

(町山智浩)で、これ、ストーリーはまず20歳になったばっかりのイギリスの田舎に住んでる女の子が、おばあちゃんがずっといつも聞かせてくれる60年代のイギリスのポップス、歌謡曲に憧れて。その60年代のファッションとか60年代の映画とかを見て、「60年代に行きたいな」っていう気持ちになって。で、ファッションデザイナーを目指して、60年代風のデザインのファッションを書いて、それを応募してロンドンのファッションスクールに……ロンドンにもすごいファッションスクールが実際にあるんですけども。そこに入学を許されるっていうところから始まります。

(赤江珠緒)ああ、なるほど。うん。

(町山智浩)で、その女の子はエロイーズっていう名前で。トーマシン・マッケンジーという『ジョジョ・ラビット』っていう映画でヒロインを演じた、本当に20歳ぐらいの女優さんが演じてるんですけど。その彼女が60年代のロンドンに憧れて、現代のロンドンに行くとですね、まあ全然彼女の思ってたようなものと違うわけですね。想像したものと。で、やっぱり昔のことばっかり好きで、今の友達となかなか仲良くなれないんですよ。溶け込めないんですね。現在のロンドンに。

で、1人で寮を出ちゃって、ある下宿に入るんですけれども。その下宿があるところはソーホーなんですよ。ただ、ソーホーはそんなにもういかがわしくないんですよ。今は。世界中、どこの都市も家賃が上がっちゃったんで、ヤバいところはどんどん消えていってるんですけども。で、その彼女がソーホーの下宿で夜、寝るとですね、夢の中で1965年のロンドンに行っちゃうんですよ。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)でも、鏡を見るとその鏡の中にいるのは自分じゃないんですよ。それはね、後からわかるんですが、サンディという1965年に実在した女性の中に彼女が入っちゃうんです。夢の中で。それで現代の20歳ぐらいの女の子と1965年の20歳ぐらいの女の子が夢の中でリンクするっていう非常に奇妙な映画なんですね。で、サンディっていう60年代の女の子を演じているのはアニャ・テイラー=ジョイという、『クイーンズ・ギャンビット』の……。

(赤江珠緒)ああ、すごく印象的なね、眼力の強い女優さんですね。

(町山智浩)そうです。ものすごい眼の力の人。彼女なんですけど。彼女は1965年にロンドンにやってきた子なんですね。歌手を目指して。で、そこに行くと1960年代のロンドンっていうのは実は世界の中心だったんですよ。これはね、ちょっと説明しないとわからないところなんですけども。ビートルズが出てきたでしょう?

(赤江珠緒)ああ、そうか。はい。

(町山智浩)それでミニスカートが出てきたんですよ。ロンドンから。

(赤江珠緒)ツイッギー?

世界の中心だった1960年代のロンドン

(町山智浩)そう。ツイッギーです。よくご存知ですね。で、そのファッションとか音楽とかカルチャーは全部ロンドンから世界中に向けて発信するという時代で。60年代は。とにかく60年代のロンドンっていうのは世界の全ての文化がそこから生まれるっていう時代だったんですよ。あの『007』、ジェームズ・ボンドもいましたしね。そこで流行ったものは全部、世界で流行るっていうことで、もう全世界からお洒落な人が来て。で、もう町中ものすごくお洒落で華やかで、超楽しい世界になってるんですね。で、その60年代のロンドンに憧れている現代の彼女が60年代の女の子の体の中に入って、もう60年代ロンドンを超楽しむわけですよ。

(赤江珠緒)ああ、それは堪能できていいんですね。本人もね。

(町山智浩)そう。そこはすごい楽しいです。で、そこにまたハンサムな彼氏が来てですね、「君は素晴らしい才能を持っている。君をスターにしてあげよう」って近付いてくるんですね。彼が。で、彼と恋に落ちるんですけど……ただ、その時にロンドンのその華やかなショービジネスとかファッションの中心のところのわずか1ブロック、裏に入っただけで恐ろしい闇の世界が広がってるんですよ。だからこれ、本当にロンドンが独特で。世界中、どこでもそんな話はできないなっていうことなんですね。つまり、すごく高級なところとものすごく怖い暗黒街、風俗街が本当に1ブロック、2ブロックで繋がってるっていうのはロンドンぐらいなんですよ。他はみんな、棲み分けてるじゃないですか。

(赤江珠緒)そうですね。そんなに隣接はしないですね。それはね。

(町山智浩)普通は隣接してないんですよ。でも、ロンドンだけはなぜかしてたんですよ。で、彼女は華やかなスターの方に行けると思ってるんですが……っていうことで、大変なことになっていくんですね。そのサンディっていう60年代の女の子は。で、それを夢で体験して。「これは夢なのかしら?」ってその現代のエロイーズさんは思うんですけど、調べていくとこのサンディが実在していることがわかってくるんですよ。

(赤江珠緒)うん!

(町山智浩)だから「何とか彼女を助けなきゃ!」と思うんですよ。2つの時代のその時間軸が並行して進む話なんですよ。というね、非常に奇妙な、サイエンスフィクションのようでファンタジーのようでホラーでね。で、しかもずっとさっきから流れている60年代ポップスが流れているんですね。

(町山智浩)はい。これはシラ・ブラックさんという人の『You’re My World』っていう歌で。この人はビートルズとかと一緒に出てきた女性歌手なんですけども。この頃、イギリスの女性ポップス、女性歌謡曲っていうのはものすごく流行っていたんですよ。で、そういった非常にロマンチックな歌が流れるんですけど、画面で起こることはホラー映画ですから、血みどろなんですよ。

(赤江珠緒)この曲の中で?

(町山智浩)こういったもう楽しいポップスとかロマンチックな歌を背景に、ものすごく恐ろしいことが起こっていくんです。どんどん。どんどん映画がホラーに突入していくんですけど。この『ラストナイト・イン・ソーホー』という映画はそういう風に画面で恐ろしいこと起こって、音楽がすごくポップでかわいいロマンチックなって、そう言うとミスマッチに聞こえるでしょう? ところが実は結構、ミスマッチじゃないんですよ。

(赤江珠緒)えっ、なぜに?

(町山智浩)これ、歌詞を聞いていくとその当時のイギリスの歌謡曲というのは非常に絶望的な恋愛について歌ったものばかりなんですよ。だから「あなたがいなければ死んでしまう」とか、「あなたは私の全てなの」とか。で、途中でですね、『パリの操り人形』というサンディ・ショーの歌が流れるんですけれども。その歌、『パリの操り人形』ってすごく楽しい感じの曲なんですね。これ、今かかってます。はい。

(町山智浩)この曲、すごい楽しそうでしょう? この『パリの操り人形』っていう曲は大ヒットしたんですけど、これ歌詞をよく聞くと「私はあなたを愛してあなたの操り人形になってしまった」っていう歌なんです。「私はあなたの言いなりなの」っていう歌詞なんです。で、このサンディはその悪い男のために言いなりになって、恐ろしいことになっていくんですけども。この当時って、この主人公の現代の女の子は、その当時のロンドンっていうのはものすごく女性が解放されたところだったんですね。

つまり、ミニスカートをはいていたわけですよ。で、それまでのイギリス、1960年ぐらいまでのイギリスっていうのは世界で一番、非常に伝統的で女性差別的で厳しい社会だったわけですね。で、女の人は手首までかならず隠さなければならなくて、首も見せてはいけなかったんですよ。昔、イギリスでは。だから襟の詰め襟みたいなドレスをビクトリア王朝時代の女性は着ていたんですね。

(赤江珠緒)そうか、そうか。うん。

女性が解放された時代

(町山智浩)そのぐらい、ものすごく厳しくて。それで女性は何もしちゃいけないとかってなっていて。ある高級な生活をしている女性たちはもう一切、家事も何もしないで。ただ家にずっといるっていう状態だったりしたんですけども。ただ、それが急に1960年代になって、それこそミニスカートで足を出して。で、パンツが見えているわけですよ。みんな、足を出して。

で、フリーラブとか自由恋愛、結婚に縛られない恋愛をしようっていうことで女性が一気に解放されて、急によくなったと思われてたんですけども。実際にはその歌とかを聞くと、まだものすごく女性は抑圧の下に置かれていたことがわかるようになっているんですよ。で、このサンディとかこの映画のヒロインの子たちは最初は憧れて、ロンドンの開放的で自由な……女性が自由に活動できるものだと思って行ってみたら、実はその裏にあった闇に吸い込まれていくっていう話なんですね。

(赤江珠緒)おおー、そういうことか……。

(町山智浩)で、この頃ね、実は日本の歌謡曲もそうだったんですよ。その当時、1965年ぐらいの日本の歌謡曲っていうのは、イギリスのその頃の歌謡曲とすごくよく似てるんですよ。奥村チヨさんが歌った『恋の奴隷』っていう歌、聞いたことあります?

(赤江珠緒)ああ、あります。はい。

(町山智浩)どう思いました?

(赤江珠緒)「恋の奴隷になりました」ですもんね。「奴隷」っていう言葉が今はもう歌詞としては使われないですもんね。

(町山智浩)使えないでしょう? だってあの「恋の奴隷になりました」っていうののその後はね、「悪いことがあったら、どうぞぶってね」って言うんですよ。で、「あなた好みの女になりたい」っていう歌なんですよ。それ、さっき流したその『パリの操り人形』と歌詞がほとんど同じなんですよ。

(赤江珠緒)精神的には支配されてるってことか。なるほど。

(町山智浩)あと、弘田三枝子さんがこの頃、『人形の家』っていう歌を歌っていて。それは「あなたに捨てられた私は、捨てられた人形みたい」っていう歌なんですね。これ、実はものすごく女性と男性との関係が非常に当時、いびつだったということがわかるんですよ。

(町山智浩)で、さっき言っていたこの『ラストナイト・イン・ソーホー』っていう映画の中にある、その60年代に都会に憧れて。スターになることに憧れて田舎から出てきた女の子が騙されて……っていう話って、実は1965年頃、日本で山のように作れてたんですよ。そういう映画が。それはね、『夜の青春シリーズ』っていう映画が東映で作られていて。大抵、緑魔子さんが主演なんですよ。で、緑魔子さんが田舎から出てきた女の子で、なんか「スターになりたいな、歌手になりたいな」みたいなことで田舎から出てくるんですけども。そこで男に騙されて、その男に惚れて。で、水商売で働かされて……っていう映画が次々と作られていた時代があって。

(赤江珠緒)わあ、ここにポスターがありますけども。梅宮辰夫さんと共演されたり。

(町山智浩)そう。梅宮辰夫さんが毎回、それをやってたんですよ。で、その映画のタイトルがですね、『ひも』とか『ダニ』とかね(笑)。

(赤江珠緒)『かも』とか(笑)。

(町山智浩)そう。そういうタイトルで梅宮辰夫が次々と田舎から出てきた少女を引っ掛けて、自分に惚れさせて、働かせるっていう映画が作られていって。まあ、恐ろしい時代だったわけですよ。表側ではグループサウンズがあってね、非常に華やかな時代だったわけですけど。グループサウンズっていうのはイギリスのそのビートルズとか、そういったものに影響されて日本で出てきたものなので。そういう表の部分から闇の部分まで、実は当時の日本とイギリスはそっくりだったんですよ。

当時のイギリスと日本の類似点

(赤江珠緒)そうか。やっぱり世界が抱えている問題って今もね、格差でいろんな映画が作られるっていうことを町山さん、おっしゃいますけど。やっぱりその時代その時代にあるんですね。テーマみたいなものがね。

(町山智浩)あるんですよ。そう。だから僕は日本の方だけは知ってましたけど。同時期に生きていたから。でも、イギリスでも全く同じだったっていうのはね、今回そのエドガー・ライト監督と話してよく分かってね。ちょっとびっくりしましたね。ただ、ここでひねっているのはそこに現在の女の子が入っていって、その60年代の子をなんとか救おうとするっていう話がこの映画の新しいポイントで。で、しかもこの主人公の女の子は現代では非常に生きづらくて、友達とかあんまりいなかった子が、60年代に接することでだんだん自分を解放していくというですね、非常にいい話になっているんです。成長していく物語になってるんです。

(赤江珠緒)そうですね。何重にも仕掛けがあるみたいな感じですね。

(町山智浩)そうです。はい。で、あっと驚く結末です。「えっ?」っていう感じで。そのへんは言えないんですけど。まあ非常に優れた映画で。ちょっと怖くて嫌な気持ちになりたくないなと思う人が行っても大丈夫です。素晴らしい結果が待っていますので。

(赤江珠緒)そうですか。

(町山智浩)ぜひご覧いただきたいと思います。『ラストナイト・イン・ソーホー』です。

(赤江珠緒)12月10日からロードショーです。『ラストナイト・イン・ソーホー』。町山さん、ありがとうございました。

(町山智浩)どうもでした。

『ラストナイト・イン・ソーホー』予告

<書き起こしおわり>

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