町山智浩さんが2021年5月11日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中で映画『RUN/ラン』について話していました。
(赤江珠緒)そうだ。町山さん、『ザ・ホワイトタイガー』を見ましたよ。先週ご紹介いただいた。
(山里亮太)見ましたよ!
(町山智浩)ああ、どうでした?
(赤江珠緒)全編、よくよく考えたらすごい悲劇なのに、なんかポップな感じで流れていくのが、「おおう……」って(笑)。
(山里亮太)どえらいことをやっているのに(笑)。
(町山智浩)テンポが早くてコメディみたいなのに、いきなりすごい悲劇が起こったりね。「なんだろう?」って思うんですけどね。
(赤江珠緒)混沌とした状態で、ぬけぬけとしたたくましさみたいなのがすごいですね。
(山里亮太)あれがインドの状況なわけですもんね?
(町山智浩)そうですよ。で、主人公は全然いい人じゃないんだよね(笑)。
(山里亮太)そこなんですよ!
(町山智浩)「なんだ、こいつ?」っていうやつなんですけども。
(赤江珠緒)でも、面白かったです。
(町山智浩)僕は結構切なかったですね。あのお金持ちの、その彼の雇い主との間の友情があるのに、こうなってしまって……っていうところで。だからやっぱりインド映画のその涙あり、笑いあり、何でもありっていうのはちょっと入ってるなと思いましたね。
(赤江珠緒)すべての感情がもうね、いろいろとないまぜになっていました。Netflixで見ることができますね。
(町山智浩)今日、紹介するね映画は結構アメリカではこのロックダウンされてる時に公開されて。劇場では入らなかったんですけども。完全に劇場が閉まっていたんでね。でも、配信ですごい大ヒットした映画で映画『RUN/ラン』っていう映画なんですが。「逃げろ」っていう意味ですね。「RUN」って「走れ」なんですけども、英語だと「逃げろ」という意味なんですよ。
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(町山智浩)で、これ、主人公は未熟児で生まれた少女で、17歳になるんですけど。体中に障害があって、ずっと家に閉じ込められた大きくなった女の子なんですね。失調とか喘息とか糖尿病とか。あと腰から下が動かないんで車椅子なんですけども。で、その子がですね、外部と接触しないまま母親と2人暮らしなんですけれども。なんとか、そこから出て行きたいと思って、大学に願書を送り続けるんですよ。ところが、なかなか受理されないで、非常に悩んでいる。
ただ、そのお母さんはすごくいいお母さんで。もうすごく子供をかわいがってくれて。すごく信頼関係はあるんですけど。でも、大量の薬を毎日、その女の子は飲まなきゃなんないんですよ。クロエっていう子なんですけれども。でも、その薬を飲むシーンを見ると観客はみんな「あれっ?」って思うんですよ。それはね、薬に書いてあるはずの識別コードが書いてないんですよ。母親が娘に渡す薬にはなぜか、番号とか識別コードは書いてないんですよ。
(赤江珠緒)ああー、識別コードってありますね。
(町山智浩)そう。処方薬だとあるんですよ。医者が処方した薬だと。だから、おかしいんですよ。で、クロエちゃんは疑惑を持ち始めるんですよ。「私の飲まされてるこの薬、一体何かしら?」って。それでインターネットで調べようとすると、インターネットが切断されちゃうんですよ。
(赤江珠緒)えっ?
(町山智浩)回線が。で、その薬は一体何?っていう話なんですよ。子供の頃から飲まされてるその薬の正体は一体何?っていうことなんですね。という、怖い話で。これは言っちゃうと……難しいな。これ、どこまで話したらいいの?(笑)。
(山里亮太)結構キーですもんね。なんか今、感じ的に。
(町山智浩)そう。で、とにかくクロエちゃんがこの家から脱出しなきゃならないという状況になるんですよ。母親の元から。すると、母親は鍵をかけちゃって、階段も降りられないようにしちゃうんですね。で、しかも彼女、クロエは糖尿病なんで、過激な運動をすると心臓がバクバクになっちゃうんですよ。しかも、腰から下は動かないんですね。これを演じている女優さん自身が本当に足が動かない人なんですよ。
(赤江珠緒)へー! うん。
『search/サーチ』のアニーシュ・チャガンティ監督
(町山智浩)で、そこからどうやって脱出するか?っていう、その母親との知恵比べ映画に後半、なってきます。これ、監督は前に紹介した『search/サーチ』っていう映画の監督なんですね。これは娘が行方不明になってしまって。韓国系の一家で。娘が残したパソコンのデータをお父さんが探って、一体誰と娘が接触をしていて、誰が誘拐をしたのか。誰のところ逃げたのかっていうことをどんどん探っていくというのをパソコンの画面だけで映画にしたのが『search/サーチ』という作品だったんですよ。その監督のインド系の人で、アニーシュ・チャガンティっていう人が監督なんですね。
(町山智浩)今回の『RUN/ラン』も。で、前回は全部インターネット、パソコンの中だけで話を進めたので、今回は一切インターネットが出てこないんですよ。インターネットを使えない状態にされているから。携帯も何も使えない。それで、どうやってたとえばその薬の正体を調べるか? どうやって助けを求めるか?っていうサスペンスになっています。
(赤江珠緒)ああーっ! そうね。究極にアナログだね。そうなるとね。
(町山智浩)そう。究極にアナログで。じゃあ、どうやってるのか?っていうことなんですよね。でね、やっぱりアメリカはずっとみんな家にとじこもってた状態で、家から出られない状態でしたので。この映画が公開された時は。なので、誰でも非常に共感して、この映画が配信でヒットしたんですけども。ただ、この話って実話を元にしてるんですよ。
(山里亮太)今のが?
(町山智浩)そう。これ、2015年に起こった事件で、「ディーディー・ブランチャード殺害事件」というのがあったんですね。これね、結構日本でも『アンビリバボー』とかのテレビで。あと、僕がやっていた『世界法廷ミステリー』とか、そういった番組でね、さんざん取り上げた事件なんですよ。すごい有名な事件で。これね、ディーディー・ブランチャードという名前のシングルマザーがいまして。で、その人が何者かに殺されたんですね。もう全身、十数箇所も刺された状態で。で、そのディーディー・ブランチャードと2人で暮らしてた娘さんが行方不明になったんですよ。で、この娘さんはジプシー・ローズという名前なんですけれども。体中にいろんな病気を抱えていて、成長が遅れて、歩けなくて。で、知能も低いと言われていて。
で、あまりにもかわいそうだということで、テレビにすごい出てたんですね。それで全米から寄付を集めてたりしていたのがこのお母さんなんですよ。で、この娘さんというのは実際は、本当はある程度の年齢に行ってるはずなのに、体中の病気で成長が遅れてるとかね。それで「かわいそうだ!」みたいな感じで。非常に有名な娘さんだったんですけれども。で、この娘さんが行方不明になっている。「これは誘拐じゃないか? 母親を殺して誘拐した人がいるんじゃないか?」っていうことで、全米で大捜査になったんですね。ところが、犯人はジプシー・ローズだったんですよ。
(赤江珠緒)えっ、娘が?
(町山智浩)そう。娘だったんです。実は、母親に幼い頃からいろんな薬を盛られて、障害者にされたんですよ。で、障害が出るような手術も受けました。
(赤江珠緒)ええっ?
(町山智浩)しかも全く知的障害がなくて、本当は頭が良かったんです。
(赤江珠緒)ええっ? それは、母の動機は何ですか?
(町山智浩)母の動機はこれはですね、代理ミュンヒハウゼン症候群と言われている、一種の障害なんですね。ミュンヒハウゼン症候群というのは、周囲の関心とか同情を引くために……要するに悲劇のヒロインになるために病気を装うことを言うんですよ。で、自分の体を傷つけたり、被害者とか悲劇のヒロインになろうとする病気をミュンヒハウゼン症候群と言いまして。これ、ミュンヒハウゼンっていうのはミュンヒハウゼン男爵……『ほら吹き男爵の冒険』という物語に出てくる有名な嘘つきがいまして。その名前から取ってるんですけど。代理ミュンヒハウゼンっていうのは自分じゃなくて、自分の子供にそれを負わせることなんです。
で、これはね、昔『シックス・センス』っていう映画があったじゃないですか。あれで、子供のお葬式に行くシーンがあるんですね。霊としゃべることができる男の子が。そうすると、女の子の霊が出てくるんですよ。で、その女の子の霊が口からなんか、ゲロを吐いているんですけども。実はその女の子は母親から少しずつ洗剤を飲まされて死んだっていうことなんですね。あれは。
(赤江珠緒)ああ、そうか。
(町山智浩)それを主人公の霊と話せる男の子が暴くというシーンがあるんですけど、あの母親は代理ミュンヒハウゼン症候群なんですよ。で、『シックス・センス』は1999年ぐらいの映画だったんですけども。だから、結構昔からあるんですね。それで日本にもあるんですよ。たとえば「自分の娘が誘拐された」って言って世間の同情を買うんだけど、実際にはその母親が同情を買うために娘を殺してたという事件がありましたね。そういうことがあって。で、さっきのジプシー・ローズの話に戻るんですけど。そのジプシー・ローズちゃんはそれで母親に障害者に無理やりさせられてしまったので、復讐を考えていて。あと脱出を考えていて。
インターネットが何かを使って、自分の境遇をある男性に知らせまして。で、その彼と恋愛状態になって、駆け落ちをしたんですよ。その時、恨みのある母親をめった刺しにして殺したんですね。そういう事件があって。結構、そこら中で起こっている事件ではあるんですけども。ただね、この映画ね、じゃあ恐ろしいだけで我々に関係ない映画なのかっていうと、そうでもないんですよ。これね、この母親が毎日毎晩、クロエちゃんが一番かわいかった頃の3、4歳の頃に撮ったビデオをいつも見てるんですよ。「かわいい」とか言いながら。
(赤江珠緒)じゃあ、愛情はあるんだ。すごい。
(町山智浩)愛情はあるんだけど、娘が大学に願書を出して、家を手ようとしたから暴走していくんですよ。
(赤江珠緒)うわーっ!
(町山智浩)自分の元から離れていっちゃうから。これは結構、誰にでもあるんじゃないですかね。
(赤江珠緒)そうですね。それは、多かれ少なかれというか。まあ、ここまで極端なのはあれですけどもね。
(町山智浩)という映画がこの『RUN/ラン』という映画で。さらにもう2回ぐらい、どんでん返しがありますね。ということで、まあすごい面白い映画でしたけれども。
(赤江珠緒)これは見応えありそうですね。
(町山智浩)いろいろと身につまされる内容でもありました。6月18日、日本公開です。子供は旅立っていくものなので……。
(赤江珠緒)そうですね。親としては切なさはあるけども。なるほどな。町山さん、ありがとうございました。
(町山智浩)どうもでした。
『RUN/ラン』予告編
<書き起こしおわり>