町山智浩『ディック・ジョンソンの死』を語る

町山智浩『ディック・ジョンソンの死』を語る たまむすび

町山智浩さんが2021年3月2日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中で『ディック・ジョンソンの死』を紹介していました。

(町山智浩)で、それが『ファーザー』なんですが、もう1本紹介します。これは既にネットフリックスで公開中で、日本でも見れます。『ディック・ジョンソンの死』という映画ですね。これ、ディック・ジョンソンさんっていうおじいちゃんがいまして。その人の死についての映画なんですが。その人、80過ぎで生きているんですけどね。これ、娘さんが映画監督なんですよ。で、ドキュメンタリー監督なんですけども、そのお父さんが死ぬいろんなパターンをお父さん自身に演じさせて撮影するという映画なんですよ。

(赤江珠緒)それもちょっと斬新だな! ええっ?

(町山智浩)「ディック・ジョンソンさんは車にはねられて死んだ」とか。それをスタントマンに自分のお父さんに演じさせてやるんですよ。映画にしていくんです。で、「階段から転んで頭を打って死んだ」とかっていうのを自分のお父さんに演じさせるんですよ。

(山里亮太)ええっ? 理由が全く……(笑)。

(町山智浩)すごいリアルで、頭を打った後に頭の後ろの血だまりがゆっくり広がっていくんですよ。ジワーッと。

(赤江珠緒)えっ、お父さんはそれ、ノリノリで付き合ってるってことですか?

(町山智浩)お父さん自身が演じてるんですよ。これ、結構すごくて。ものすごいプロのスタントマンを雇って、かなり大掛かりで撮影隊10人ぐらいで撮ったりしてるし。プロのエフェクトの人も呼んできて、血しぶきとかも飛び散るんですよ。で、ありとあらゆるいろんな死の状況を作って、そのお父さんを殺しているんですよね(笑)。

(赤江珠緒)「何回殺すんじゃ!」みたいになりません?(笑)。

父親の死を撮る理由

(町山智浩)でも、これには理由があって。この監督のお母さんが何年か前に亡くなってるんですよ。で、この人はドキュメンタリー映画作家なのにお母さんのこと、あんまり撮らなかったんですよね。で、撮らないうちにお母さんが亡くなっちゃったんですよ。しかも、お母さんは認知症になって。途中から、なにがなんだかわからない状態になっちゃったらしいんですよ。で、一瞬だけそのお母さんを撮った映像っていうのが出てくるんですけど。お母さんに「私は誰?」って聞くとお母さんが「どなたでしたっけ?」って言うんですよ。

「あなたの娘ですよ」「そうでしたっけ?」っていう映像が出てくるんですけど、それぐらいしか撮ってなかったんですね。お母さんについては。で、それを監督である娘さんはすごく後悔していて。それで「お父さんはまだ頭がしっかりしてから、しっかりしているうちに撮ろう。お父さんのいろんな思い出も撮ろう。しかも、お父さんもなんだかわからなくなって死ぬよりは、死とはこういうものだということを体験しておいた方がいいだろう」っていう(笑)。

(山里亮太)なんでそこがそうなるの?(笑)。

(町山智浩)そう。人ってなんだか知らないうちに死んだりするじゃないですか。ましてや、認知症になったりすると。そうじゃなくて、死というものを事前に体験させてあげようと。それで自分たちも体験することによって、悲しくない気持ちになりたいという。それで、お葬式もしちゃおうと。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)そう。だって自分の葬式って見れないじゃないですか。死んだ後、どれだけの人たちが自分のことを大事に思ってくれたか、惜しく思ってくれたか、絶対知ることができないじゃないですか。だから、生前葬もしてあげよう、みたいなね。それでやっぱり今、認知症の傾向がこのディック・ジョンソンさんにも出てきたんで、ますますそれが必要になってくるんですよ。途中から。で、この映画はアメリカで非常に評価されているんですけども。すごく重要なのは、現在コロナで亡くなった方がアメリカで50万人を超えたんですけども。その多くの人たちが入院してから火葬されるまで遺族に会っていないんですよ。

(山里亮太)そうか。会えない。会っちゃいけないんですもんね。

(町山智浩)会えないんですよ。だからこういう映画って必要だなって見ていて思ったんですよ。

(赤江珠緒)そういうことか……。

(町山智浩)お別れがちゃんとできないんですよね。お互いに。亡くなる人も、遺族の方も。」いつ、そういう状況になるか、わからない。だったら、できる時にやっちゃった方がいいっていうことですよね。

(赤江珠緒)なるほど! そういう風に聞くと、この発想にもちょっと納得してきましたね。

(町山智浩)そうなんですよ。コロナだから日本でもそうだと思いますけど。入院したら、亡くなった場合は亡くなって火葬されるまで会えないと思いますよ。

(赤江珠緒)なんかね、防護服を着てでも会えるようにとか、変わっていってほしいですけどね。そのへんはね。

(町山智浩)まあ、それもやってますけどね。でも、ちゃんとしたお別れはそれでもできないですよね。なかなか。だから、この映画の必要性っていうのは非常にあるんですけど。ただ、この娘さんね、それだけじゃなくて。天国までやっちゃおうとするんですよ(笑)。「天国に行きました」っていうね。もし、天国がなかったら困るじゃないですか。あの世がもしなかったら。で、お父さんに「何が好き?」って聞くんですよ。そうすると「ブルース・リー、バスター・キートン、ファラ・フォーセット」って言うんですよ。

ファラ・フォーセットって知らないと思いますけども。『チャーリーズ・エンジェル』の女優さんでセクシーな女優さんだった方ですけども。あとはビリー・ホリデイっていうブルース、ジャズ歌手の人。お父さんはそういった人たちのファンなんですね。それで「あの世で会える」っていうことで女優さんたちを雇って、その格好をさせて。天国を作ってあの世で会うっていうね、天国シミュレーションもやってあげるんですよ。

(赤江珠緒)そこまで?(笑)。

(町山智浩)そこまでやってあげるんですよ。ねえ。でもね、一番お父さんが会いたかった人もちゃんと用意してるんですよ。

(赤江珠緒)あっ! そうか。

(町山智浩)はい。そうすると、お父さんも死ぬのは怖くなくなるだろうと。できるだけお互いに死ぬっていうことを嫌なものにしないようにしようってことで、親子が2人で協力しながら頑張っていくという。

(赤江珠緒)そうか。町山さんもお嬢さんがいらっしゃるから、この父と娘のこういうやりとりにはグッと来ますか?

(町山智浩)僕はグッと来ますけど、娘の方はどうとも思っていないと思いますけども(笑)。僕はもうボロボロ泣きましたよ。それでね。

(赤江珠緒)そうですか(笑)。

(町山智浩)そういう映画がこの『ディック・ジョンソンの死』という映画で。これはもうネットフリックスで今、見れます。

『ディック・ジョンソンの死』予告

(赤江珠緒)『ファーザー』の方は5月14日から全国公開ということです。日本でも見れます。

(町山智浩)もう人はね、いつ死ぬかわからないし。やっぱりいつ、なにがなんだかわからなくなっちゃうかもわからないので。僕はもう最近、そうなりかけてますので。

(赤江珠緒)いやいや!

(町山智浩)非常に切実な問題として見ました。皆さんもどうぞ。

(赤江珠緒)今日は『ファーザー』と『ディック・ジョンソンの死』という2本をご紹介いただきました。町山さん、今週もありがとうございました。

(町山智浩)どもでした。

<書き起こしおわり>

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