町山智浩『私はモーリーン・カーニー 正義を殺すのは誰?』を語る

町山智浩『私はモーリーン・カーニー 正義を殺すのは誰?』を語る こねくと

町山智浩さんが2023年10月17日放送のTBSラジオ『こねくと』でイザベル・ユペール主演の映画『私はモーリーン・カーニー 正義を殺すのは誰?』について話していました。

(町山智浩)それで、もう1本はちょっとヘビーな映画なんですけど、実話で。フランスでついこの間、起こった事件を映画化したもので。『私はモーリーン・カーニー』という映画ですね。これ、すごくややこしいんでね。聞いていてもね、なんだかわかんなくなるかもしれないですけど、まず言いますと……主人公のモーリーン・カーニーという人は、労働組合のリーダーです。で、フランスとかアメリカとかヨーロッパとかの労働組合っていうのは横で広がっていて。たとえば出版社だったら、編集者の組合っていうのが存在するんですよ。それから俳優組合っていうのがあって、各職種ごとに組合があるんですね。だから中小企業も大企業も全部、その組合に入るんですよ。ある種の職種に入っている人は。

で、彼女が代表しているのは原発労働者の組合なんですよ。原子力発電所のね。で、日本は縦割りだから、各会社ごとに労働組合があるんで、分断されちゃって全く共闘ができないんですよ。日本は。だから、組合がものすごく弱いんです。でも他の国はそういう形で組合が強くて。さらに、このモーリーン・カーニーさんは組合代表として世界最大の原子力企業であったアレバというフランスの国営企業……半官半民なんですけども。その経営にも参画しています。ここがちょっと理解しにくいと思うんですが、これをね、サンディカリスムというんですが。組合とか労働者の代表者が経営に参加するという形があるんです。

(石山蓮華)ふーん!

(町山智浩)で、日本とかはほとんどがその社主が経営していて。ないしは、株主が経営者を決めてっていう形になってるんですけども。ただ、日本にもいくつかの会社で労働者が主導権を握ってる会社っていうのはあります。経営者とかオーナーじゃなくて。小学館とか文芸春秋は比較的、そういう会社です。アメリカでもゼネラル・モーターズなんかは労働組合が経営に参画してるんですよね。で、まあそういう体制の会社で彼女は原発労働者の代表として経営に入ってるんですけれども。そこでですね、ある内部告発を受けるんですね。それは、そのフランスの国営企業のフランス電力公社の内部の人からですね、「実はアレバというのは会社としてかなりやばいんだ」って。

で、それがどうしてやばいか?っていうと、フランスという国が国策で、その電力……原発で儲けようとしたわけですよ。ところが2011年に日本で福島の原発が大変なことになっちゃいましたよね。あれで、世界中で原発見直しってことになっちゃったんですよ。で、このフランスの原発会社っていうのはフランスで原発を作るんじゃなくて、フランスからヨーロッパとか世界中の各地に原発を作って運営するっていうことで儲けようとしたんですね。日本でも調子悪くなっちゃった、というか、上場廃止になってしまった東芝なんかも、それをやろうとしていたんですね。あれも日本政府の国策でした。

でもとにかく福島の原発事故でそれがもう無理になったということで。で、そのアレバという会社の経営が非常にまずくなったんですね。それで、フランスの電力公社とアレバが密かに原発事業そのものを中国に売っ払っちゃおうとしてるっていうことがわかってくるんですよ。でもそれは、原発というものって非常に安全保障と繋がるようなものですよね? で、その技術自体を中国に渡すっていうことは、非常に危険だっていう。その、中国という国の体質から考えると。それと、もうひとつはその彼女が守っている原発の労働者の仕事がなくなっちゃうんですね。

(石山蓮華)ああ、そうですね。

(町山智浩)だから彼女はそれを守るために、それを告発するんですよ。密かにそういうことをしているけど、とんでもないぞって。で、彼女はマスコミよりももっと直接、フランスの政府にそれを告発するんですが……それで彼女に対して「そんなことをすると、命がないよ」っていう脅迫が始まるんですよ。でも、「これは大変なことで。私は労働者を守らなければいけないんだ。国を守らなきゃいけないんだ」っていうことで彼女が告発を続けようとすると、自宅に何者かが押し入って。それで彼女をレイプしちゃうんですね。モーリーンさんをね。

で、警察に通報して、取り調べを受けるんですが……そうすると、警察が全然彼女の言うことを信じないんですよ。「まず君の家にミステリー、推理小説がいっぱいあるよね? 推理小説のファンなんでしょう? これ、でっちあげじゃないの? 君を脅したっていうナイフや、君の手を縛ったガムテープも全部、君の家にあったものだよ。これ、自作自演じゃない?」って言うんですよ。「部屋から一切、犯人のDNAが発見されないんだ。これはどういうことなんだ?」っていうことで、今度は彼女を虚偽の訴えをした犯人として警察は扱い始めるんですよ。

(石山蓮華)最悪ですね……。

(町山智浩)最悪なんですよ。

(石山蓮華)セカンドレイプ……。

(でか美ちゃん)どころじゃないっていう。

フランス警察の体質

(町山智浩)どころじゃないですよ。犯罪者扱いするんですよ。で、これね、フランスって実は……すごく女性の権利とか守られてる国ではあるんですが。警察は結構、そうではないんですよ。よくフランス警察がデモ隊にものすごい攻撃をしてるニュースが流れますよね? フランス警察って、ナチの体質を引きずってるんですよ。フランスはナチスに占領されて、フランスの警察もナチの下に入ったんですね。第二次大戦期に。その時にユダヤ人狩りを行っていたのがその時のフランス警察で。それでナチから解放された後も、そのフランス警察の人事は変わらなかったんです。ナチの下でユダヤ人狩りをやっていた人たちがそのまま、戦後のフランス警察を率いていたんです。

で、この映画でモーリーン・カーニーを演じてる人はイザベル・ユペールという女優さんなんですが。この人が昔、出ていた『主婦マリーがしたこと』という映画は、そのナチの政権下でフランスでは中絶が禁止になるんですが。「中絶をした人は死刑」っていうことになっちゃうんですよ。で、このマリーっていう人は、身近な人のために中絶をしたためにギロチンで首を切られたんですけれども。そういう役をやってた人で。常にイザベル・ユペールは『エル ELLE』という映画でもレイプした男にもう徹底的に復讐する映画でしたけど。女性の立場のために戦い続ける俳優さんなんですね。

(石山蓮華)はい。

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(町山智浩)ただね、これを見ていると「あれ?」っと思うんですよ。警察が「それはでっち上げじゃないか?」って言うんですけど、この映画の中で彼女が実際にレイプされる場面は、出てこないんですね。だから観客はそれを見てないので、「えっ、本当にあったの?」っていう気持ちになっちゃうんですよ。

(石山蓮華)うわー!

(でか美ちゃん)ちょっとそっち側に傾いちゃう瞬間が……。

(石山蓮華)観客側に起こるんですね?

(町山智浩)しかも警察があまりにも、ほとんど拷問まがいの方法で彼女に「自作自演だと自白しろ」と強要して。それでとうとう彼女は負けて「私がやりました」って言っちゃうんですね。彼女は。それで、彼女は刑事告訴されちゃうんですよ。警察から。で、これは大変で。しかも証拠もないし、どこへも行き場がないですよね? で、「どうしよう?」っていうことになるんですが、途中でね、たったひとつ、彼女がそれに対して対抗できるものが出てくるんですよ。それは、全く同じような事件が過去にあったからなんです。

(石山蓮華)怖いですね……。

(町山智浩)それはフランスにね、「ヴェオリア」という会社があるんですね。これは水ビジネスの世界最大手なんですけれども。水ビジネスというのは、その上下水の運営というものを、普通はどの国でも地方自治体がやってるんですね。で、それを民間として引き受ける会社なんですよ。で、これは世界的に今、問題になっていて。世界中、田舎の方が過疎になってるんですね。どこに行っても。そうすると、田舎の方はお金がないから上下水道が赤字になって運営できなくなっちゃうんですよ。それで「どうしよう?」ってなっていると、「少ないお金で何とか運営しますよ」っつって民間企業が入ってくるんですね。で、そのヴェオリアっていう会社は日本を含む、世界中の上下水道の民営化に食い込んでる会社なんです。ところが、その内部で非常に良くないことが行われていて、社員がそれを告発したらですね、その社員の奥さんがレイプされたんですよ。

(石山蓮華)うわー、最悪だな……。

(町山智浩)そしたら、手口が全く同じだから、要するに同じ犯人らしいっていうことで。

(石山蓮華)ねえ。インフラが絡んでるってところも。

インフラ絡みの告発つぶし屋の存在

(町山智浩)そう。電力とか上下水道とか、インフラが絡む告発をつぶしてる、プロのつぶし屋みたいなのが存在するらしいってことになるんですね。で、「これでなんとか突破できる!」って思うと、そのヴェオリアのレイプ事件の資料が警察から一切、消えているんですよ。

(でか美ちゃん)怖い! 消えているって、おかしいですよね?

(町山智浩)「どうするの、これ?」っていう。すごい怖い話なんですけどね。

(石山蓮華)これ、実話をもとにした?

(町山智浩)実話なんですよ、これ。これはすごいですね。ついこの間、2010年代にあった事件なんですけども。

(石山蓮華)最近……だって2011年以降の話ですもんね。

(町山智浩)それでこれはね、このモーリーン・カーニーの旦那さんがどんなことがあっても奥さんを信じて。もう奥さん自身がめげても、奥さんを支え続けるんですよ。それと彼女の娘がね。で、これが面白いのは、イザベル・ユペールっていう女優さんも、この人って今年で70歳なんですよ。

(石山蓮華)ええっ? 本当におきれいですけども。

(町山智浩)きれいで。この人、見た目が全然変わらない人なんですけども。この人、芸能生活50年とかのとんでもない人なんですけども。この人もね、旦那さんと娘に支えられてずっと仕事してる人でね。だからそこもね、だぶってるんですよ。だからね、すごく面白いですね。映画として。それでまあ、最後にどうなるかというのはね、もちろん言いませんが。これ、すごいのはその最初に言ったアレバっていう会社の社長も突然、謎の死を遂げるんですよ。

(でか美ちゃん)怖いなー。

(町山智浩)で、内部告発してくれた人に証言してもらうと思って会おうとすると、その人も死んじゃってるんですよ。めちゃくちゃ怖くない?っていうね。これで戦えるの?っていう映画なんですけど。でも、いい旦那さんが支えてくれるんですよ。

(石山蓮華)なんか戦う女性をどう支えるかっていう視点って、なかなかまだ私、知らないなって自分自身思うことが多いので。ちょっとぜひ見ようと思います。

(でか美ちゃん)ねえ。見てみましょう。

(町山智浩)という映画で、これがね、モーリーン・カーニーというね、実際の人の名前がタイトルになってますけども。10月20日公開ですね。で、『バレリーナ』の方はもちろんとんでもない、なんていうか想像力膨らましのアクション映画ですけども。本当に美しいんでね、ぜひご覧ください。

(石山蓮華)はい。今日、町山さんにはNetflixで配信中の韓国アクション映画『バレリーナ』と、今週20日からBunkamuraル・シネマ渋谷宮下などで公開される『私はモーリーン・カーニー 正義を殺すのは誰?』の2作品をご紹介いただきました。町山さん、ありがとうございましたでした。

(町山智浩)どうもでした。

『私はモーリーン・カーニー 正義を殺すのは誰?』予告

<書き起こしおわり>

町山智浩 Netflix『バレリーナ』を語る
町山智浩さんが2023年10月17日放送のTBSラジオ『こねくと』でNetflixで配信中の韓国映画『バレリーナ』について話していました。
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