町山智浩『ファーザー』を語る

町山智浩『ファーザー』を語る たまむすび

町山智浩さんが2021年3月2日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中でアンソニー・ホプキンス主演の映画『ファーザー』を紹介していました。

(町山智浩)それで今回紹介する映画はこのゴールデングローブ賞でも作品賞と主演男優賞、助演女優賞、脚本賞にノミネートされていた映画で『ファーザー』という映画です。これ、日本では5月14日から公開予定ですけども。『ファーザー』、お父さんですね。で、主演はアンソニー・ホプキンス。『羊たちの沈黙』のレクター博士ですよ。もうそれでアカデミー賞を取っていますけどね。で、今回は彼も83歳なんですけども、お父さんの役で。認知症になっちゃった老人の役なんですよ。

(山里亮太)へー!

(町山智浩)それで娘と2人暮らしをしてるんですけども、認知症が進んでいって、どんどん記憶がなんというか、短くなっちゃうんで、その複数の日が繋がっていくんですよ。だからちょっとした記憶しかないんだけれども、記憶が断片的に、しかも連続していくっていうのをその老人の視点から描いてるんですね。

(赤江珠緒)ほう! うん。

(町山智浩)だから観客に認知症の老人はどういう風に世の中が見えているのか? どういう風に時間感覚があるのかというのを体験させられる映画です。

(赤江珠緒)そっち視点っていうのはあんまり今までなかったですね。ありそうでなかった。

認知症の老人の世界を体感

(町山智浩)はい。完全に老人の側の視点になっています。で、たとえば要するにある部屋に入ったんだけども、その部屋に入った理由を忘れちゃうんですよ。で、何をしたのかがわかんないだけじゃなくて、そこにいる人が誰だかもわからなくなるんですよ。で、「娘だっけ?」みたいな話になるんですけど。娘もわからなくなってきて。「この女の人、誰だっけ?」「娘よ」「あれ? 娘、さっきと人違うけど?」みたいな。

(赤江珠緒)うんうん。そうか。そういうことか。

(町山智浩)そういうことなんですね。飛んじゃうんですよね。

(山里亮太)それをどうやって映像で表現しているんですかね?

(町山智浩)繋いじゃうんですよ。何日か、数日間の出来事を飛び飛びで。で、家だと思ってドアを開けると病院の部屋にいたりするんですけど、その間の記憶がないんですよ。短期記憶が失われるんで。

(赤江珠緒)わーっ! それって怖いことですね!

(町山智浩)これね、ホラー映画ですよ。ほとんど。全然知らない人がいたり。「あなたは誰ですか?」とか言うと「いや、娘さんの彼氏ですけど」「本当ですか?」「本当ですよ!」って言うんですけど、信じられないんですよ。記憶がないから。そういう怖い感じなんですよ。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)これはね、やっぱり本当に……認知症を外側から見ている映画っていっぱいあったんですけど。でも、内側から見るっていうのはね、本当に珍しい映画だと思いますね。それで僕、アンソニー・ホプキンスさんにインタビューをしました。自宅でステイホームをしていて。ハリウッドの方の家でね。でね、やっぱり不思議ですよ。こんな、もうすごいスーパースターの俳優の自宅を見ながらインタビューをするって(笑)。すごい変な感じですね。

(山里亮太)やっぱりちょっと映ってる家ってすごいなって感じなんですか?

(町山智浩)あのね、海辺のおしゃれな家でしたよ。庭が見えて。でもね、アンソニー・ホプキンスさんはね、「ボケると困る」って自分で言っていて。それでピアノを弾いたり、猫と遊んだりするのをガンガンにネットで中継してる人なんですよ。

(山里亮太)へー!

(町山智浩)ピアノがすごい好きなんですけどね。だからまあ、とにかく人から見られなくなると、やっぱりほら、だんだん気合が入ってこなくなっちゃうじゃないですか。見られないと。

(赤江珠緒)まあ、そうですね。うんうん。

(町山智浩)だから「わざと見られるようにして、ボケけたりしないようにってことで頑張ってる」という風に言ってましたけどね。で、「今回演じた役はどういう形で認知症を研究したんですか?」みたいな話を聞いたら、「自分のお父さん」ってことでしたね。

(赤江珠緒)へー! ご自身のお父様が?

(町山智浩)「自分のお父さんを演じてる感じになった」って言ってましたね。で、非常にそのへんは泣ける話なんですけど、同時にやっぱり非常に怖い映画でしたね。僕も本当に最近、記憶力が落ちてきて。「さっき、その話したよ!」とかね、娘に言われるんですよ(笑)。「それ、さっき聞いた!」とか。言ったことを忘れちゃうんですよ。

(赤江珠緒)そういうこと、やっぱり増えてきますもんね。

(町山智浩)これ、怖いんですよ。

(山里亮太)見ながらそういうの、わかるんだ。「こうなるんだ」みたいな。

(町山智浩)そうそう。だからそれを体験しておくためにもこの『ファーザー』っていう映画は非常に重要な映画なんだろうなって思います。

(赤江珠緒)そうですね。そういう認知症の人と接する時にも「こういう風に見えてるから、こういう反応になるのか」っていうのもね、経験しないとわかんないですもんね。

(町山智浩)うちの向かいのお爺さんがね、認知症になって。時々、うちに来たりしてたんですけど。「何ですか?」って言うと「わしの車が盗まれたんだ!」とか言ったりするんですよ。あのね、「誰かに物を盗まれた」っていうことをすごく妄想することが多いらしいんですよ。認知症になると。それで「警察を呼んでくれ」とか言われたりね。結構大変だったんですよ。

(赤江珠緒)でもそやって内面から見ると、たしかに世界が飛んでいったり、わけが分からないことがあると常に不安っていうのはあるから。やっぱりそういう心理になるのかもしれないな。

(町山智浩)そうなんですよ。そういう人の不安をわかってあげるためにも見ておいたがいい映画かなと思いました。

『ファーザー』予告

<書き起こしおわり>

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