町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中でフィギュアスケート選手、トーニャ・ハーディングの伝記映画『I, Tonya』を紹介していました。
(海保知里)じゃあ、そろそろ今日の映画の方を。もっと(『最後のジェダイ』について)うかがいたいところなんですけども……。
(町山智浩)あ、はいはい。今日はですね、トーニャ・ハーディングについての映画で、『I, Tonya(私はトーニャ)』という映画です。
(町山智浩)はい。いま流れているのはシカゴというバンドの『長い夜』という有名な曲なんですけども。こちらがこの映画の中で非常に感動的にかかるんですけどね。トーニャ・ハーディングって覚えていますか?
(海保知里)覚えています! すっごい衝撃的なニュースでした。
(山里亮太)ナンシー・ケリガン襲撃事件の。
(町山智浩)そうそうそう! リレハンメルオリンピックの時ですね。アメリカのフィギュアスケートの選手で、アメリカ代表の座を争っていたライバルのナンシー・ケリガンを何者かを雇って、膝を折ろうとして殴らせたと言われていた人ですよね。で、本番を覚えていますか? 結局、そういうスキャンダルが起こって、彼女が主犯じゃないか?って言われている中でオリンピックに出たんですよね。
(海保知里)そう。
(山里亮太)オリンピックに出て、あのね、有名なシーンですよね。足を上げて、「靴紐が切れたよ!」って。
(町山智浩)はいはい。「靴紐がおかしいわ! もう1回やらせて!」っていうね。で、彼女はナンシー・ケリガン襲撃事件の犯人として裁かれてしまって、永遠にスケートができないという、フィギュアスケート協会から永久に除名をされたんですよね。だからすごい刑罰を受けてしまって、ものすごく世界的な悪役にされてしまったんですけど……今回の映画は本当はいったいどうだったのか?っていう映画なんですよ。この『アイ、トーニャ』は。
(海保知里)はい。
(町山智浩)で、全て関係者のインタビューをもとに構成しているんですね。このトーニャ・ハーディングを演じる人はマーゴット・ロビーっていう人なんですけども、そっちに写真がありますよね? この人は……。
(海保知里)うんうん。ハーレイ・クインですよね。
(町山智浩)『スーサイド・スクワッド』の。あの映画の中で唯一素晴らしかったのが彼女なんですけども……。
マーゴット・ロビー主演
今日7/2はマーゴット・ロビーの27歳のお誕生日!おめでとうございます!『スーサイド・スクワッド』ではハーレイ・クインを熱演して本作の大ヒットに貢献!彼女が主役のスピンオフ『ゴッサムシティ・サイレンズ』が製作予定! pic.twitter.com/TKhU1ApcDG
— アメコミライフ (@AmeComiLife) 2017年7月2日
(海保・山里)アハハハハッ!
(町山智浩)まあ、この人は最初こんな感じで出てきて、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』のディカプリオの奥さんとして出てきて。だから、いかにもモデル上がりみたいな金髪の……これね、英語で「ビンボー(Bimbo)」っていう言葉があるんですよ。
(海保知里)あんまりいい言葉じゃないですよね。
(町山智浩)いい言葉じゃないです。すごく差別的な言葉で。美人でセクシーだけど頭は空っぽの女の人のことを英語で「ビンボー」って言うんですよ。これは言っちゃいけない言葉なんです。バービー人形みたいなタイプの人に対しての差別的な言い方なんですよ。で、このマーゴット・ロビーさんはいわゆるビンボーの役を演じることで出てきたんですね。
(海保知里)うんうん。
(町山智浩)ただ、この『アイ、トーニャ(私はトーニャ)』ではすさまじい演技力を見せるんですよ。
(海保知里)ええっ、そうなんですかー。
(町山智浩)だから彼女はこれでアカデミー主演女優賞候補になる可能性があると、いま言われていますね。
(海保知里)へー!
(町山智浩)で、彼女自身も自分の演技力を見せるために……要するに、「私はビンボーだって言われてるけども、そうじゃないのよ!」っていうところを見せるために、自分でお金を出しているんですよ。
(海保知里)えっ、出資ってことですか?
(町山智浩)製作しているんです。これ、プロデューサーは彼女自身です。
(海保知里)ええーっ! そうなんですか。
マーゴット・ロビー自身が製作
(町山智浩)お金集めをやっているんですよ。で、自分の演技力を見せるためにやっているんですけど、まあとにかくすごい映画なんですよ。この映画は。これ、マーゴット・ロビーが演じているトーニャ・ハーディングがインタビューをして、「なにがあったのか、私がこれから話すから」って言いながら、カメラに向かって話し始めて。で、子供の頃からのすさまじい育てられ方が見せられていくんですよね。
(海保知里)ふーん!
(町山智浩)で、いちばん最初にトーニャ・ハーディングが言うのは、「私はね、レッドネック(貧乏白人)やホワイトトラッシュって言われているけど、好きでそうなったわけじゃないから!」とか、タバコを吸いながら言ってそこから始まるんですけど。まあ、すごい貧乏なんですよ。オレゴン州の森の中で生まれて、お母さんはウェイトレスで、お父さんは何をしているのかはっきりと出てこないんですけど。子供の頃から、楽しみと言えば森に行ってウサギを撃って、ウサギ狩りをして……。
(海保知里)ウサギ狩りですか? かわいがるんじゃないんだ。
(町山智浩)かわいがるんじゃないんですよ(笑)。食べ物ですから。リスとかウサギはアメリカのいわゆる貧乏な人たちは本当に食べ物として獲っていて。で、しかもその革を毛皮で縫い合わせたコートを着るんですよ。冬の。
(海保知里)へー!
(町山智浩)そういう家に育って、親は「この子はフィギュアスケートができる!」っていうことで、それで金儲けをしようとして、死ぬほどフィギュアスケートをさせて、まともに学校にも行かせてもらえないんですね。このトーニャ・ハーディングは。
(海保知里)ええーっ!
(町山智浩)「友達がいないから、学校に行きたい!」って言うと、バーン!って蹴っ飛ばすんですよ。お母さんが。「口答えするんじゃねえよ!」って言って。
(海保知里)かわいそう……。
(町山智浩)だからものすごい虐待をされていくんですよ。で、蹴られながらトーニャ・ハーディングはカメラに向かってこう言うんですよ。(マーゴット・ロビーが)演技をして蹴られているんですけど、蹴られながら「ナンシー・ケリガンは1回殴られたぐらいで世間の同情を買っているけど、あたしは100万回殴られているから!」とか言うんですよ。
(海保知里)おおーっ!
(町山智浩)要するに、殴られるお芝居をしながら、カメラに向かって言うんですよ。
(海保知里)ほうほう。そういう……。
(町山智浩)いわゆる「第四の壁を破る」というやつですね。演技をしていたかと思うと、突然カメラに向かって、観客に向かってしゃべりかけるという感じの映画なんですよ。で、どうしてか?っていうと、これはトーニャ・ハーディングがいったい何をしたのか?っていうのは、証言者によって全部違ってきているんですよ。
(海保知里)食い違っているんだ。
(町山智浩)食い違っているんです。だから、旦那がまず最初に捕まって、旦那が「ナンシー・ケリガンを殴らせたんだ」という風に警察に追求されたんですね。その時に、司法取引があって。「トーニャ・ハーディングが『殴れ』と言ったんだろう? そういう風に証言してくれれば、あなたの刑を取り下げるから」っていう取引を旦那にもとめて、旦那がそれを飲んじゃったんですよ。
(海保知里)なんで? 旦那さんなのに……?
(町山智浩)旦那なのにね。だから、証言が旦那とトーニャ・ハーディングの間で食い違っているんですよ。それをね、両方見せちゃうんですよ。食い違っているものを、この映画は。これはだから「He said, She said」とか英語で言いますけども。英語でも、こういうのを「Rashomon-Style(羅生門スタイル)」って言いますね。
(海保知里)「言った言わない」みたいな?
(町山智浩)うん。だから『羅生門』ですよ。英語で「Rashomon-Style」。『羅生門』っていうのは黒澤明監督の映画で、芥川龍之介原作の、婦女暴行事件が大昔、平安時代かなんかにあって。その時に、本当に婦女暴行事件だったのかどうかっていうのは証言で全部食い違っていて、それぞれの証言の再現ドラマを連続で3つ見せるというのが黒澤明の『羅生門』という映画だったんですね。
(海保知里)ふーん!
(町山智浩)だから、そのドラマが全部違うんですよ。証言者によって。それが「Rashomon-Style」で、英語でも「Rashomon」って言うんですよ。
(海保知里)英語でも言うんですか?
(町山智浩)英語でも言います。「Rashomon」で全部通じます。っていうか、世界中たぶん通じます。
(海保知里)へー!
(町山智浩)証言者の意見が食い違う状況を「Rashomon」っていうんですよ。「ラショーモン」ですけども。で、この映画はそのスタイルでやっているんですよ。だから、たとえば彼女が旦那さんに殴られていたっていうのは本当なんですけども。要するに、お母さんに殴られて育ったから、殴る人と結婚しちゃっているんですね。
(海保知里)そうなんだ……。
(町山智浩)そういうものらしいんですよ。虐待を受けた人は、虐待をする人を好きになったりするんですけども。ところが、旦那はそこで「いや、彼女も殴り返してきたよ!」とか言うんですよ。そうすると、再現ドラマになっているからトーニャ・ハーディングが旦那をバーン!って殴りながら、「いまのは私、やってないからね!」ってカメラに向かって言うんですよ。
(海保知里)アハハハハッ! そんなことを……。
(町山智浩)すごいでしょう? それで今度、彼女が旦那にバーン!って殴られたら、ショットガンを出してガチャン!って弾を装填しながら、「これからショットガンを撃つけど、私は撃ってないからね! これ、旦那の証言だからね」って言いながら、バンバン!って撃つんですよ。
(海保知里)フフフ(笑)。
(町山智浩)これ、めちゃくちゃなんですよ。コメディーとしてすっごくおかしいんですけど。だから見ている方は、両方の意見を聞いて、「どれが本当なんだろう?」って考えながら見る形なんですけどね。ただこれ、お母さんの方も旦那の方も、ただ殴るだけじゃなくて、ナイフとか拳銃を使うんですよ。
(海保知里)ちょっと、なんで……武器を使っているんですか?
(町山智浩)もう下手すれば死んじゃうんですよ。生きるか死ぬかなんですよ。この人たちの親子喧嘩とか夫婦喧嘩って。で、しかも夫婦喧嘩でボコボコになって殴り合いをしながら、セックスになだれ込んだりしているんですよ。
(海保知里)なぜ……(笑)。
(町山智浩)うーん、だからこれを見ていて思ったのは、小林勇貴監督の『全員死刑』にすごく似ているんですよ。
小林勇貴『全員死刑』に似ている
(山里亮太)あの怖すぎて笑っちゃうという?
(海保知里)間宮祥太朗さんが出ていた?
(町山智浩)そうそう。間宮祥太朗さんが。あれ、見た方ならわかると思うんですけど、田舎でとにかく人間関係が全部暴力でつながっているんですね。
(山里亮太)はいはい、見ました。
(町山智浩)それで家族同士とか恋人同士もとにかくやたらと殴り合うんですよ。でも、それでセックスしたりするんですよね。
(山里亮太)そういうシーン、ありますもんね。
(町山智浩)はい。で、とにかく貧乏で……みたいな話で。すぐ手が出ちゃうとか、すごくよく似ているんですよ。
(山里亮太)そうなんだ。
(町山智浩)それでしかも、もう両方とも笑えますからね。それで、実話を元にしているところも似ているし、すごくよく似ているんですけど。もうひとつ似ているのはね、カメラがずーっと動き続けるんですよ。この映画は。一瞬たりとも休むことがなくて、ずーっとカメラがトーニャ・ハーディングに付いて動き回りながら撮っていて、ものすごいダイナミックで。しかも、フィギュアスケートのシーンは普通だったら絶対に見たことがない、フィギュアスケートをしている……この人はトリプルアクセルをアメリカではじめて着地に成功した人かなんかなんですよね。たしか。
(海保知里)ふーん。
(町山智浩)あ、2人目かなんかなんですよ。だから、ものすごい能力はあったんですけど、それをカメラが、どうやって撮ったのかはわからないんですけど、1メートルぐらいの距離でずーっとトーニャ・ハーディングに密着したまま、トーニャ・ハーディングのすごいフィギュアスケートをずーっと見せていくんですよ。
(海保知里)へー!
(町山智浩)ものすごいですよ。アクション映画みたいでしたよ。『マトリックス』みたいな感じなんですけども。だからね、フィギュアスケートのシーンはすごいし、ずーっと喧嘩とコメディーと……すごくそういうところも『全員死刑』に似ているんです。『全員死刑』ってカメラがすごく動くんですよ。だからこれはすごい、ある種の新しい流れなのかなと思って、ものすごく面白かったですね。
(海保知里)へー!
(町山智浩)ただ、やっぱりみんなトーニャ・ハーディングを悪役に仕立て上げたじゃないですか。
(海保知里)そうですね。そういう風に思い込んでますもん。
(町山智浩)世界中が「この人は悪い人なんだ」って思い込んだじゃないですか。でも、これを見るとあまりにも悲惨でね。これは本当にかわいそうですよ。
(山里亮太)ああ、そうなんだ。実はそういうのがあったんだ。
(町山智浩)だからも本当に……だってこの人、フィギュアスケートをやりながらもウェイトレスとして働いていたんですよね。
(山里亮太)へー! そんな代表になるかどうかっていうぐらいのレベルなのに?
(町山智浩)そう。だからお金が全然ないから。なぜか?っていうと、スポンサーが全く彼女には付かなかったんですよ。こういう人だから(笑)。
(海保知里)こういう人だからね。
(町山智浩)しょっちゅう警察沙汰になったりしているから。だから本当にお金がない状態でがんばって。しかも、才能はすごくあったんですよね。だからもうやっぱりね、世の中は常に悪役を求めているんですよね。
(山里亮太)そうか……そうだな。
(町山智浩)だから、みんながワイワイ美談の人として盛り上げたかと思うと、急に悪役扱いしてっていうのが、日本もすぐそうじゃないですか。
(山里亮太)まさにそうですね。
(町山智浩)ねえ。乙武さんとかそうですよね。あんなに過剰にヨイショして、すぐに落とすっていうね。なんかもう、悪役と英雄を勝手に作り上げて。さっきの『スター・ウォーズ』じゃないですけども。本当にね、やっぱりいちばん怖いのは大衆で。この中にも出てくるんですけど、トーニャ・ハーディングが「私は彼女に1回アタックしたって言われているけども、私はもう何億人からもアタックされているのよ!」って言うんですけど。
(山里亮太)そうか。叩かれて。
(町山智浩)そう。「私は彼女を1回叩いただけなのに、何億人からも叩かれていると思っているの?」っていうね。でもね、本当にこれは面白かったですね。で、いま彼女は格闘家になっているんですよね。トーニャ・ハーディングってね。
(山里亮太)そうですよね! いろいろとやって格闘家にたどり着いたっていう。
(町山智浩)格闘家になっているんですけど、それも「私はね、ちっちゃい頃から殴られるのには慣れているから」とか言っているんですけど。それはかわいそうだよね。
(海保知里)うーん。
(山里亮太)ちょっとね、自虐で言っているけど。
(町山智浩)そうなんですよ。でも、これをジメッとした話にしないで、徹底的にコメディーにしているのもすごいですよね。これはだからね、面白かったですよ。もう、マーゴット・ロビーはアカデミー主演女優賞に引っかかるんじゃないかな?って僕は思いましたね。ボコボコに殴られながらやっています。他のキャストはボコボコに殴る旦那の方が、『キャプテン・アメリカ』のバッキーですね(笑)。ウィンター・ソルジャーのバッキーくんがバキッ!って殴ってますね(笑)。
(海保知里)ああーっ!
(町山智浩)もう最低の旦那をやっていて、めちゃくちゃだったですね。このお母さんの人もひどかったですよ。ひどかったっていうか、すごい演技でひどいんですよ。
(山里亮太)なるほど。毒母。
(町山智浩)最近毒母映画ばっかりですね。なんかね。なんでこんなに毒親映画ばっかりなのかと思いますが。とにかく面白かったんですが、日本公開はまだわからないです。『アイ、トーニャ(私はトーニャ)』。トーニャ・ハーディングの伝記映画です。
(海保知里)はい。なんかね、2018年夏頃という話も出ているのかな? でもまだわからないということなんですね。今日は『アイ、トーニャ』を紹介していただきました。町山さん、どうもありがとうございました。
(町山智浩)はい。どうもでした。
<書き起こしおわり>