星野源『いのちの車窓から』「出口」を語る

星野源『いのちの車窓から』「出口」を語る 星野源のオールナイトニッポン

星野源さんが2020年11月17日放送のニッポン放送『星野源のオールナイトニッポン』の中で『ダ・ヴィンチ』にて連載しているエッセイ『いのちの車窓から』の「出口」回について話していました。

(星野源)さて、先週はあまり言えなかったんですが……『いのちの車窓から』というエッセイを『ダ・ヴィンチ』に連載していまして。その感想を先週、読もうと思ったのですが時間がなくて読めなかったので。今週、またたくさん送ってくださる方が多くてですね。ちょっと読んでいきたいと思います。「今夜は今月号の『ダ・ヴィンチ』の『いのちの車窓から』の『出口』という回を読んで思わずメールしてしまいました。(本文の)『堂々と思っていい。私は最悪な気分だ』というこの1文にガツンと来きました。

私は病院の受付で勤務していますが、このコロナ禍の数ヶ月、イライラが募ってきているのか、理不尽なことがあったり、暴言を吐かれたり、時には物を投げつけられたりなどされることが増えて、毎日少しずつ精神が消耗しています。けれどなんとなく『最悪だ!』と大きな声で言えない職種なので、『腹の中で思うのは自由だ』と気持ちが楽になりました。口に出したことはないけれど『クソがっ!』と腹の叫びつつ、仕事終わりにはコンビニでコーヒーとちょっと高いチョコレートを買って食べて日々、頑張ります」。いやー、そうだよね。本当にそうだよね……。

もう、だからなんだろう? なかなか……たとえば、お見舞いとかにもなかなか行けなかったりするわけじゃない? だから、もちろんなんというか、あまりを風邪ひかないようにとか、気をつけるようになってきてるじゃないですか。だから病院に行く機会っていうのが減ってるんだけど。だから、どんな状況なのか?っていうのがあんまり想像がつかないんだけど。

そういうことがやっぱりあるんだなというのをこのメールを読むと思うよね。だから理不尽なことっていうかさ。でも、たしかにその「最悪だ!」ってなかなか言いにくい職種っていうのは、そうだろうね。だからもう本当に大変だなと思うんですけど。でもなんか、エッセイを読んでちょっと元気になってくれたのなら本当によかったです。ぜひ、ちょっと高いチョコレートを食べていただきたいと思います。本当に大事ですよ。うん。じゃあ、そのチョコレートじゃないですけども、これ。ねぶり棒です(笑)。ねぶり棒でございます。

星野源 ラジオ番組新グッズ「ねぶり棒」への反響を語る
星野源さんがニッポン放送『星野源のオールナイトニッポン』の中で番組の新ノベルティグッズ「ねぶり棒」に対する反響について話していました。

ええと、次のメール。「先日、『ダ・ヴィンチ』のエッセイを読みました。私は最近、新しい部署に異動となり、日々慣れない業務にもがき、苦しみながら過ごしていました。朝起きるたびに『会社に行きたくないな。逃げたいな』と思いながらも毎日仕事をしている今の自分に『出口がないと勘違いしない』という源さんの言葉は自分自身が勝手に責任感という重責を与えていたんだなと気づかされました。

自分はいつでも自由で、好きなことができると思っていたはずが、実際は立場や周りの目を気にしながら生活している今の状況が当たり前になってしまっていると思い、麻痺していたのだと気づきました。源さんの言葉で心が楽になりました。ありがとうございます。明日も『出口はすぐそこにある』と意識しながら仕事に行きたいと思います」という。ありがとうございます。

「出口はすぐそこにある」

(星野源)いや、ありがたいですね。もう一通。「『いのちの車窓から』の『出口を』を読みました。今年はコロナから始まって死を感じたり、考えることが多く、源さんはどのように感じているのかが気になっていたので、源さんの考えが読めてよかったです。私は『子供が私より先に死ぬこと』がこの世で一番怖いので、いじめによる子供の自死のニュースが続いた時には不安になり、スクールカウンセラーに相談したことがあります。

カウンセラーの先生によると、『人は3つの困難があるともう逃げられないと絶望をしてしまう。でも1つ、2つならまだ逃げられると思える』ということでした。それ以来、外のことは私の力ではコントロールできないので、せめて家の中だけは楽しく、いざという時には安心して逃げ込める場所であろうと心がけています。また自分自身も困難が重ならないように、早め早めの困難を小さくするか、なくすように気をつけています。出口への道を見失わないように今日もパンケーキを食べながら生きていきましょう」という。ありがとうございます。

そうですね。今回書いたテーマじゃないですけど。まあ「出口」っていうタイトルでちょっとエッセイを書きまして。本当に今年、大変な年なわけじゃないですか。で、いろんなことを思うことがあって。なんだろう? 自分の中でエッセイの連載をしていてね、「今回は何を書こう?」って思った時に……なんて言えばいいんだろう? もう本当にね、PCの前でじっとしてしまったっていうか。「こんな風にみんな大変だし、なるべくなら面白いことを書きたい」って思って向かうんだけど、面白いことを書く気にならないんですよね。

なんて言ったらいいんだろう? 面白いこと、書きたいんだけども。なんか、何かをごまかしている感じになってしまう気がして。どうしても。それで書いては消し、書いて消しっていうのを繰り返した後に、なんか「もう今のこの自分の心の状態を全部そのまま書いてみよう。たとえばそれがめちゃめちゃ暗くなったり、暴言みたいになったら書き直せばいいし……」と思って。割と心の中をまるっと書いたんですよね。

で、自分は今年、いろんな思いがあったけれども。なんかその山みたいなものをちょっと乗り越えられたような自分の感覚がすごくあるので。それで書けたっていうのもあるかもしれないんだけど。そういうのを、自分が文章を書くっていうのもそうだし。ラジオで言えることと、あとは文章で伝えられるようなことっていうのもあると思うんですけど。なんか今回は文章ってなった時に、それを1回やらないとちょっと先に進めないなとは思ったので、それをやってみました。

なので、日々仕事をしていたり、コミュニティーに属していたりね、あとは生活をしていく中でルールみたいなものとか、周りの目とか。あとは社会的なルール、規範みたいなものっていうのに人間はどうしても……どうしてもやっぱり縛られるし、それを意識して「こうしないといけない」って思ったことが多いと思うんですけど。まあなんかそれは、やっぱりどうしても、本当はそれをやらなくてもいい出口とか、その人によっていろんな種類の出口があって。その人によって違うっていうようなことを書いていて。「出口を見失わないために、どういう気持ちでいればいいのか?」っていうので「自分はこう思うよ」っていうことをちょっと書かしていただきました。

人それぞれ「出口」は違う

なのでちょっと、いつもの感じとは若干違うかもしれないですけど。まあ、なんか今、これ聞いてちょっと気になるなと思った方はぜひ。今月は僕、表紙もやらせてもらっていて。『罪の声』のこともしゃべったりとか。あとは自分がお勧めの本……『リハビリの夜』っていう本当に素晴らしい本があるんですけど。それについての話もちょっとさせていただいたりとか。表紙でも持ってるんですけど。なんかいろいろしゃべったりエッセイを書いたりしたので、ぜひ読んでいただきたいと思いますします。お願いします。

<書き起こしおわり>

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