町山智浩さんが2020年11月17日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中で映画『ノマドランド』を紹介していました。
(町山智浩)今日はですね、『ノマドランド』という映画を紹介します。これね、一応今年のアカデミー賞の作品賞にノミネートされるだろうと言われてる映画です。ただ今年、アカデミー賞があるのかどうかよくないんですけども(笑)。もう全然作品が揃っていない状態なので、もしかしたら中止なのかもしれないっていう。
で、この映画はノンフィクションが原作で。これ、日本でももう既に出版されてるんですけども。2017年に出版されたの『ノマド 漂流する高齢労働者たち』というハードなタイトルの本がありまして。これはね、「ワーキャンパー」と呼ばれる人たちの話なんですね。
(赤江珠緒)うん。
(町山智浩)ワーキャンパーていうのは「ワークキャンパー」の略なんですけども。キャンピングカーでアメリカ中を移動しながら仕事をしているお年寄りの人たちなんですよ。
(赤江珠緒)ああ、高齢なんですか?
(町山智浩)高齢なんですね。皆さん、だから60歳以上なんですけども。この人たちがすごくアメリカでは増えていて。非常に重要な労働力になっているんですよ。アメリカの。で、これをドラマ化したものなんですね。主人公を演じるのはフランシス・マクドーマンドという女優さんで、アカデミー賞をすでに2度、取っている人です。『ファーゴ』という映画で婦人警官をしていて。ご覧になりましたか?
山里:はい。
(町山智浩)あの雪深いミネソタの警察官役をやってましたけれども。で、その次に『スリー・ビルボード』という映画で娘が殺されて、その犯人を追うお母さんの役でまたアカデミー賞を取ってる人なんですけども。今回、演じるのはファーンという女性で。この人が住んでいた街がなくなっちゃうところからこの映画は始まります。
山里:街がなくなる?
(町山智浩)はい。アメリカってひとつの街で、ある工場があって。その工場の労働者だけで成り立っている街っていうのが結構あるんですよ。日本も田舎行くとありますけどね。で、その工場が閉鎖になったんで、その街自体の住民がいなくなっちゃんですよ。で、ずっと一緒に暮らしていた旦那さんも亡くなってしまって。要するに、労働者がいなくなると住民がいなくなって、そうするとインフラとかも全部なくなっちゃうわけですよ。電気とか水道とかね。もちろん食料品店とかもなくなるので、そこに住むことができなくなるんですね。
で、もし家を持っていたとしても、その家の価値はゼロになりますよね。1円にもならないので、もうそこから出るしかないんですけども。まあ、そういう人が結構アメリカにはいっぱいいて。この間、僕はペンシルベニアの山奥に行ってきたんですけども。ペンシルベニアはね、石油とか石炭、鉄鋼所の州なので。あっちこっちにゴーストタウンがあるんですよ。
(赤江珠緒)ああ、そうかー。
(町山智浩)街らしいものがあって、いろんな……郵便局とか教会とかの跡があるんですけれども、誰も住んでないっていう。そこにあった炭鉱がなくなったとかね、鉄工所がなくなったとか。そういうところがいっぱいあるんですけど。まあ、そういうところのひとつなんですね。で、そういう人がワーキャンパーになっていくんですよ。でも、ワーキャンパーで一番多いのは歳を取って……ずっと低賃金で労働していて、家賃が払ってきたんだけれども、年金生活者になれなくてワーキャンパーになる人っていうのが実際には多いらしいです。
というのはね、この原作の方に出てくる主人公はリンダさんって人なんですけど。年金がもらえる額というのがだいたい600ドルっていうんですよね。500ドルから600ドル……だから月に5、6万円ぐらいなんですよ。そうするとアメリカは今、家賃がものすごく上がってるんで、これは家賃が払えないので暮らせないんですよね。
(赤江珠緒)そうですね。それだけではとてもね。
(町山智浩)それでどうするのか?っていうことで、キャンピングカーないしはバンに自分の寝る寝床を作って、そこで暮らすようになるんですよ。日本だといわゆる車上生活者というものになっていくんですね。それで、うちの近所……僕の住んでいるバークレーの公園とかにもいっぱいそういう車がずらっと並んでいて。そこで暮らしている人たちがいっぱいいるんですけど。で、そういう人たちはでも生活費は稼がないとなんないし、その駐車場のお金なんかも必要だし。水とか、そういうものも必要なので働いてるんですが、まずどこで働くかというと、アマゾンで働くんですよ。
(赤江珠緒)ほう。ええ。
アマゾンで働くワーキャンパーたち
(町山智浩)アメリカはアマゾンの倉庫が家賃の安い荒野のど真ん中にいっぱいあるんですね。都会に近くなると高くなっちゃうから、もう何もない荒野にアマゾンの倉庫があって。そこにいろんな物品が集まって、それを労働者の人たちが指令通りに箱に入れて送るっていうのをずっとやってるんですよ。で、そこで働くんですね。アマゾンは完全にこのワーキャンパーの老人たちなしにはもう運営をできない状態になっているんですよ。現在では。
(赤江珠緒)ああ、そんなに主力になっているんですね。労働力として。
(町山智浩)はい。日本でもね、ご高齢者の方、お年寄りの方がアマゾンでかなり働いてることがテレビコマーシャルとかで放映されてますけども。ただ、この倉庫の労働っていうのはものすごくきつくて。毎日10時間ぐらい働くらしいんですけど。その間、休みなしで立ったままですね。それで棚にある商品を指令通りに箱に入れるっていうのをずっと繰り返すんですよ。だから歩きっぱなしなんですね。1日に20キロぐらい歩くらしいんですよね。多い時には。だからもう体中、あちこちおかしくなってくるらしいんですね。座ることもほとんどできないので。
で、まあそういう労働をしながら、わずかなお金を稼ぐんですが、アマゾンはそういう人たちのために駐車場をタダで使わせてるんですよ。だからその人たちに一番必要なのはキャンピングカーを置く駐車場なんで。で、アマゾンにはもうその人たちがバーッと集中する。で、特にアメリカではもうすぐサンクスギビングデーという感謝祭になるんですけども。その時にアメリカ人って一番物を買うんですよ。ブラックフライデーと言われてるんですが、感謝祭明けの金曜日にものすごく物を買うんですね。その年の最後の買い物っていうことで。それとクリスマスのプレゼントのシーズンはアマゾンはこのワーキャンパーの老人たちでフル回転してるんですよ。
でも、それが終わると今度はアマゾンの仕事はなくなるので、このワーキャンパーの人たちは全米に散らばるんですね。で、春と夏は結構仕事があって。それは、キャンプ場なんですよ。アメリカってすごく各地に国立公園があって。素晴らしい景色の……グランドキャニオンとかご存知のようにね。で、そういうところにキャンプ場がいっぱいあるんですけど、そこで働くんですよ。ワーキャンパーの人たちは。で、そういうキャンプ場ってトイレが水洗じゃないから、トイレ掃除が大変なんですが。まあトイレ掃除をしたり、キャンプファイアーの後片付けしたり。それをずっとしていくんですけど。
まあ、ものすごく過酷で低賃金なんですけどね。それで今度、秋になるじゃないですか。秋になると今度は収穫なんですよ。いろんな作物が取れますよね。果物が多いですけども。ブドウだったり、ブルーベリーであったりね。ブルーベリーは違う季節かな? まあ、だいたい春から秋にかけては収穫があるんで、アメリカ中を回っていろんなものを摘みに行ってるんですね。まあ、これも結構腰が痛かったり、手でやるから大変なんですけども。そうやって暮らしている人たちがいっぱいいるんですよ。
それで、人口的にはちょっと分からないんですけれども。この本が出た時の調査だと、アメリカの老人でリタイヤ後……つまり60歳から65歳ぐらいを過ぎた後にこういう労働をしないで暮らせる人のパーセンテージが17パーセント以下らしいです。
(赤江珠緒)厳しいな……。
(町山智浩)そう。だからほとんどの人が日々の生活を支えるために歳を取っても働き続けないとならないんですね。で、それは年金がものすごく安いからなんですよ。
(赤江珠緒)そうですね。
(町山智浩)でね、多くは女の人。女性の方が年金が安いんですね。やっぱり、年金ってそれまでに働いてきた額と関係してますんで。日本の人も女性の方が年金をもらう額は安いですよね。それでいて、女性の方が生き残っちゃうんですよね。
(赤江珠緒)そういうケースが多かったりしますね。平均寿命でもね。
(町山智浩)男性の先に死んじゃうんで。しかも、男性なんかはそれまで働いていた経験とかを生かして働くことができたりしますけれども、女性の場合にはそれも難しいということで、非常にその女性のワーキャンパーの人たちがアメリカでは増えていて。日本だとまあ車上生活をしてる人は女性はそんなに多くないでしょうけど、車上生活って日本でも増えてますよね。ご高齢の方の。で、そういう風に聞くとものすごく悲惨な話のように聞こえるでしょう? この映画って。でも、それがそうじゃないんですよ。
(赤江珠緒)ええっ?
(町山智浩)この主人公の女性はずっとひとつの田舎街、工場の街で働いてきて。初めてこれでアメリカ中を回ることになったんですよね。アメリカは本当に広いですから。ほとんどそれを知らないで死んでいく人も多いんですよ。ところが、目の前にものすごい巨大な世界が開けて、新しい生活に入っていくんですね。だからね、このワーキャンパーの人たちはたしかに生活はギリギリなんですけれども。たとえば車が故障したら、それを修理するお金がないんですよね。それで病気になっても、病院に入るお金もないんですよ。だからもう本当にギリギリの綱渡りはしているんですけども、その一方でなにも頼るものがないからこそ、逆に完全な自由になってるんですよ。
(赤江珠緒)うんうん。
(町山智浩)でね、ボブ・ウェルズというワーキャンパーの1人がワーキャンパーの人たちの間で一種の教祖様のようになっていて。それで「我々はずっとお金でとか、将来とか、老後というものに縛られて働いてきた。お金のために働いて、『老後、老後、老後……』ってことで働いてきたんだけども今、何もかもを失ってしまった。車以外、何もなくなってしまった。それで私たちは、それから縛られなくなったのだ」っていう。
(赤江珠緒)ああ、考え方を変えるとね。
(町山智浩)そう。「今までは『老後、老後……』って縛られてきたじゃないか。でも、私たちにはもう老後はないんだ。もう老後だし、そのために金を稼ぐ必要もないんだ。自由じゃないか。これを楽しもうじゃないか!」っていうことを言い出したんですね。ボブ・ウェルズっていう人が。で、その人は実際にこの映画に出てるんですよ。おじいちゃんですけどね。で、そのワーキャンパーを集めた集会とかもやってるんですよ。そこでみんな歌ったり踊ったりしながら、老人たちが楽しむんですよ。だから、それまで知らなかった新しい世界と今まで触れ合わなかった大自然の中に入っていってそこで生きていくという、新しい人生を歩み始める話になってるんですよ。
(赤江珠緒)はー! まあ、冒険心という意味ではすごく満たされますよね。日々、違うところに暮らせるっていうのもあるしね。
(町山智浩)そうなんですよ。しかもまあ、アメリカの景色ってのはすごいですから。この映画、とにかく映像がものすごくきれいで。もうね、見ていると吸い込まれていくような映像なんですね。だからね、これは本当にスクリーンで見るべき映画なんですよ。
(赤江珠緒)ああー、なるほど。
大スクリーンで見ないと意味がない
(町山智浩)本当に大スクリーンで見ないと意味がない映画なんですけど。その景色の中に溶け込まないとならないので。それでこれ、監督は中国の人です。中国出身の女性で、この人はクロエ・ジャオという女性なんですけども。彼女も広大な中国からアメリカに渡ってきた人なんですよね。で、本当に美しくアメリカの景色を撮っているんですけれども。すごく面白いなと思ったのが、この今、アメリカでワーキャンパーをやってアメリカ中を渡り歩いてる人たちって、だいたい60歳から70歳ぐらいですね。その人たちの若い頃はやっぱり旅がブームだったんですよ。いわゆるヒッピーの世代ですよね。団塊の世代ですからね。60代、70代っていうと。
で、その頃っていうのはアメリカ中の若者が家を飛び出して、アメリカ中を回っていた時代ですよ。まあ映画とかで見たことあると思うんですけども。ヒッピーの人たちがヒッチハイクをしてね。若者たちが。それとか、フォルクスワーゲンのバンに乗ったり、『イージー・ライダー』みたいなバイクに乗ってアメリカ中を回っていた人たちなんですよ。だから、その人たちがまた歳を取って、また同じような……結局、彼らが夢見たアメリカを旅するという生活に戻っていってるとも言えるんですね。
(赤江珠緒)へー!
(町山智浩)で、もっと大きい視野から考えると、アメリカに来た人たちって全員……この映画は『ノマド』っていうタイトルになってますけどね。ノマドっていうのは「遊牧民」とか「非定住民」とか「流浪の民」っていう意味ですよね。家を持たない、定住をしない人たちなんですけど。アメリカって、無理やり奴隷として連れてこられた黒人以外はみんな、そういう人なんですよ。そういう人たちの子孫なんですよ。
(赤江珠緒)うんうん。
(町山智浩)元々、ヨーロッパの方に暮らしていて。ほとんどが農民で、土地に縛られて生きていた貧しい農家の人たちがアメリカに夢を見て。約束の地だと信じて渡ってきたんですよね。財産とか全部売り払って、親戚からお金を集めて。どんな国かも分からないのに、英語もしゃべれないのに。ロシアとかチェコとかアイルランドとかから奥さんと2人だけとか、子供を連れてアメリカに渡ってきたんですよ。何ができるかもわからない。英語もできないのにね。そういう人たちの子孫なんですよ。元々、アメリカ人ってみんな。でね、先住民もそうですよ。アメリカ先住民って中国から渡っていったんですよ。シベリアとか。
(赤江珠緒)ああ、さかのぼればそうなりますか。
(町山智浩)インディアンの人たち、先住民の人たちってアジア人ですからね。だから彼らもなにも……アメリカなんて、要するにベーリング海峡を渡ったわけですけども、その先になにがあるのかもわからないのに旅をしていったんですよ。「この先になにかあるかもしれない」っていうことでアメリカに渡ってきた人たちなので。元々、アメリカ人のDNAにはアジア人であろうと、ヨーロッパ人であろうと、勇気あるノマドの血が流れてるんですよ。で、結局一時的には定住したけれども、そこには何もなかった。アメリカンドリームっていうのは家を持つことだったんですけども、本当アメリカンドリームっていうのはこの広大なアメリカを自由に旅することがアメリカンドリームだったんじゃないか?っていう話になってきているんですよ。
(赤江珠緒)うわーっ! 非常に哲学的。へー!
(町山智浩)そう。本当のアメリカンドリームを逆に掴んだことになるんじゃないかって。この広大なアメリカを全部自分の家にするわけですからね。家がないっていうことは、全てが家なんで。
(赤江珠緒)そうですね。全部が自分の庭だと。うん。
(町山智浩)そう。でも僕もそういう人なんでね。だって僕、いきなりアメリカに行って住んでるわけですけど。それまでもずっとアメリカ各地を流れ者してて。
(赤江珠緒)まさに「アメリカ流れ者」ですもんね。タイトルもね。
(町山智浩)そうなんです。で、子供が生まれたから家を買ってここに住んでますけど。でも、子供も出ていっちゃったら、またここにいる理由はなくなるんですよね。
(赤江珠緒)そうか。町山さん、どこにでも住もうと思えば住めるんだ。
(町山智浩)どこにでも行く人なんで。今までもそうしてきたんでね。だからアメリカってそういうところなんだなっていうのがよこうわかる映画なんですけれども。ただね、作ってる人が中国人だったりするのも面白いんですね。そのアメリカンドリームを夢見て来た中国の人なんですよね。
でね、これすごく僕自身も見ていて考えるところがあって。歳を取っていくとどんどんどんどん生き方がちっちゃくなっていくじゃないですか。行動範囲が狭くなっていくでしょう? どんどんどんどんちっちゃくなって死んでいくじゃないですか。「なんで?」って思うんですよ。もっとデカく生きればいいのに。どんどんどんどんデカくなった方がよくないですか?
(赤江珠緒)ああ、はい。
(町山智浩)この人たちね、歳を取るにつれてどんどんどんどん行動範囲がデカくなっていって。それでどんどん、若返っていくんですよ。
(赤江珠緒)ああ、でもそれはたしかに物を持てば持つほど動きが取りづらくなるというところはありますよね。
(町山智浩)そうなんです。でももう子供もみんな大人になっちゃってるから、責任がないわけですよ。でも、物に縛られなくてもいいし、貯金する必要ももうないんですよ。老後なんてないんだから。だったら、どんどんでっかく生きた方がいいんじゃないの?っていうメッセージにも聞こえてくるという、そういう映画なんですね。それがね、『ノマドランド』という映画で。
どんどんでっかく生きた方がいい
(町山智浩)まあ、だんだんその物質に囲まれて生きてきた現代人たちがどんどん物質を剥ぎ取られて、何もかも……車以外、何もなくなっちゃうんですから。持ってるものが。お金もなくなっちゃうんですから。それで、どんどん大自然に近くなっていく。溶け込んでいくようにして死を迎えていくというね。「ああ、これは逆に正しいのかな?」って思えてきましたね。
町山智浩 アメリカ流れ者#tama954
-ノマドランド-
「現代のノマド」と言われるワーキャンパーの低賃金労働の過酷な日々を描く。
ボブ・ウェルズの言う"縛られない老後"はカウンターカルチャーを経験した団塊の世代の辿り着いた人生なのかもしれない。
ケン・ローチとは違うアメリカならではの人生観 pic.twitter.com/7WMXUDoIEW— ノビータ (@yugo1990nobu) November 17, 2020
(赤江珠緒)へー! そうなのか。うん。
(町山智浩)ただ、この映画はやっぱり大スクリーンで見ないとそれがわからないっていうね。そういうものなので。日本公開はたぶん来年ですけれども。
(赤江珠緒)そうですね。1月公開予定ですね。
(町山智浩)もうぜひ、劇場の大スクリーンでこの大自然に溶け込んで見ていただきたいなと思います。
(赤江珠緒)我々もなかなかそういうね、広い場所に行く機会も今、減ってるから。映画の中だけでもね。
(町山智浩)コロナでこもっていますからね。
(赤江珠緒)そうですね。わかりました。町山さん、今日は『ノマドランド』をご紹介いただきました。ありがとうございました。
(町山智浩)どうもでした。
<書き起こしおわり>