(町山智浩)でも、よい子の僕はそれでがっつりと心をつかまれたんですよ。でね、その次はね、1975年の『仁義の墓場』という映画で。これが渡哲也さんの映画の中では最高傑作と言われてる映画で。『仁義なき戦い』の深作欣二監督の作品ですね。
(赤江珠緒)ああ、そうですか!
『仁義の墓場』
(町山智浩)これは実録物で、渡さんが演じるのは実際にいた人がモデルなんですけど。石川力夫というヤクザなんですね。で、この石川力夫というのは日本暴力団史の中で「最も恐ろしいヤクザ」と言われて。完全に、もう何でも殺しちゃうんですよ。
(赤江珠緒)何でも?
(町山智浩)自分を世話してくれた暴力団の組長を刺して。それで庇ってくれた兄貴分も殺しちゃうんですよ。
(赤江珠緒)節操なくですか?
(町山智浩)敵でも味方でも、何でも殺しちゃうんですよ。石川力夫って。なんにもない。だから『仁義の墓場』なんですよ。
(山里亮太)ああ、なるほど!
(町山智浩)で、それを渡さんが演じながら、なおかつ見てる人が彼に共感するんです。
(赤江珠緒)最も共感しづらい人を主人公してますもんね?
(町山智浩)それを成し遂げているのがこの『仁義の墓場』なんですよ。で、これはなんていうか、すごく純愛物でもあるんですよ。多岐川裕美さん扮する奥さんを本当に愛してるんです。すごいでしょう? 考えられないでしょう? 何でも殺す男の純愛メロドラマで、観客が彼に共感するっていう。
(赤江珠緒)ええーっ?
(町山智浩)そんな奇跡のようなことが昔はあったんです。はい。ディズニー映画の奇跡よりも素晴らしい奇跡ですね、はい。
(山里亮太)真逆に位置しますけどね?(笑)。
(赤江珠緒)本当ですよ(笑)。
(町山智浩)これはテーマがあって。この石川力夫っていうのは終戦直後……つまり、戦争の時に国家を信じてみんなが戦ってたのが全部、崩壊して。それで何も信じられなくなった終戦後の、完全にモラルも秩序もなにもないという。誰も権力も信じない、法律も信じないっていう完全な無秩序を象徴したのがこの石川力夫なんですよ。
(赤江珠緒)そういうことか。ちゃんとその時代背景が……「なるほど」というところがあるんだな。
(町山智浩)そう。何も信じられなくなってしまった、かわいそうな男として描かれているんですよ。ところが、社会がまた何事もなかったように、戦争のことなど忘れて、新しい秩序を作ろうとする時に彼だけ置いてきぼりになってしまうっていう話なんですよ。というね、非常に切ない映画でもあるのがこの『仁義の墓場』で、僕は石川力夫さんのお墓にもお墓参りに行きましたけども。新宿にあります。新宿警察の近くなんですよ。
(山里亮太)新宿警察の近くにあるんですか?
(町山智浩)新宿警察の真向かいにありますね。真向かいにあって「仁義」とだけしか書かれていないお墓があります。
(山里亮太)へー! 本当の仁義の墓場だ。
(町山智浩)それが石川力夫さんのお墓なんで。だから『仁義の墓場』っていうと象徴的なタイトルかと思うけども、実際に「仁義」としか書いてないお墓があるので。ただそのことを言ってるんですけどね。
(山里亮太)へー!
今日は石川力夫。
仁義の墓場。
昭和を駆け抜けた狂犬。
見よんけどやっぱおもれーわ。
墓に仁義の文字。
マジで墓参りに行こ。。。 pic.twitter.com/V4vY1c3fCh— タイ (@OnoTai_38) August 17, 2015
(町山智浩)はい。豆知識でした。で、その次に渡さんがやったのは、その『仁義の墓場』が当たったので、『やくざの墓場』っていう続編に近い映画を撮るんですよ。これが大問題になりました。
(山里亮太)えっ?
(赤江珠緒)うん?
『やくざの墓場』
(町山智浩)大阪警察という警察と山城組という広域暴力団……どう聞いても山口組ですね。その癒着と腐敗を描いているので、大阪府警が「製作を取りやめろ!」って撮影中に東映に殴り込みに来ました。
(赤江珠緒)ええっ?
(町山智浩)というような映画が『やくざの墓場』なんですよ。で、渡哲也さんは刑事なんですけれども。マル暴っていう暴力対策の刑事なんですね。ところが、彼がそれをやってるうちに、その梶芽衣子さん扮するヤクザの奥さんと愛し合ってしまうんですよ。だからやっぱり純愛メロドラマなんですよ、常に。渡哲也さんって。
(赤江珠緒)状況は状況ですけども。なるほど。うん。
(町山智浩)ところが、梶芽衣子さんの旦那は刑務所に入っているので、それは大変な裏切りになっちゃうんですね。で、ましてやそのヤクザの奥さんとつるんでるっていうことで、警察からもヤクザからも渡さんが狙われるんですよ。で、その時にそれを庇ってくれるのが、梅宮辰夫さん扮するもう1人のヤクザの幹部なんですね。
(赤江珠緒)ほー!
(町山智浩)「お前を助けてやる。そのかわりに俺と兄弟盃を交わすんだ」ってことで。その渡さん扮する刑事と梅宮さん扮するヤクザが兄弟盃を交わすっていう、すごいドラマなんですよ。で、その中で愛する梶芽衣子さんを守っていこうとすると、だんだん警察とヤクザの腐敗、癒着が見えてくるんですね。で、渡さんがそれと戦ってると「邪魔だ!」って言ってその警察とヤクザのつるんだやつらに捕まって、ヘロインを打たれてヘロイン中毒にさせられちゃうんですよ。すごいドラマなんですよ、これは。
しかもですね、この梶芽衣子さんと梅宮辰夫さんが演じる役はですね、在日朝鮮人か在日韓国人という設定になっているんですよ。で、それもね、タブーの部分なんですよね。それでなぜ、その在日の人がヤクザにならなければならなかったのか?っていうことをちゃんと語っている映画でもあるんですよ。
(赤江珠緒)ああー、そうなんですね。
(町山智浩)それで梅宮辰夫さんは他の映画でも、『京阪神殺しの軍団』っていう作品でも実在の在日朝鮮人のヤクザを演じてですね。他の俳優さんたちが嫌がる役をやっていたんですね。梅宮さんも亡くなりましたね。
(赤江珠緒)そうですね。うん……。
(町山智浩)というね、梅宮さんは男気のある俳優さんだったんですけどね。それでですね、さっきから、昼間からこういう話をしていて素晴らしいラジオだなと僕は聞きながら思っていましたが。
(赤江珠緒)ここまで渡さんのキャリアを見ると、壮絶に人を殺しまくっている役が多いんですね。