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藤井健太郎と佐久間宣行『クイズ☆タレント名鑑』を語る

藤井健太郎と佐久間宣行『クイズ☆タレント名鑑』を語る 佐久間宣行のオールナイトニッポン0
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藤井健太郎さんが2020年3月25日放送のニッポン放送『佐久間宣行のオールナイトニッポン0』に出演。『クイズ☆タレント名鑑』などについて話していました。

(佐久間宣行)藤井さんは1980年の東京生まれで。僕は5個上なんですけど。最初にテレビの番組とかで原体験と言うか、一番最初に面白いと思ったのって何?

(藤井健太郎)一番最初は『元気が出るテレビ』ですよね。子供なんで、ただ単に面白いなと思って。

(佐久間宣行)それでテレビというものを志したのはいつなの?

(藤井健太郎)でもなんとなく面白そうだなと思ったのは中・高生ぐらいで。結構早めだと思うんですけども。それぐらいで『電波少年』ですね。『電波少年』で裏方が面白いことを考えて、面白いことができそうだな、みたいな感じは……明確にというよりはうっすらとですけれども。

(佐久間宣行)そうだよね。そこが全く……年齢は5個離れてるんですけれども。藤井さんと僕が全然違うのは、僕は『夢で逢えたら』とか『めちゃイケ』だから「演者が面白い」っていう番組育ちなんだよね。それを見ていた。で、藤井さんから下ぐらいの子たちになると『電波少年』があって。「制作がこれを仕掛ける」っていうのにすごく喜びを見出すクリエイターが増えるよね。

(藤井健太郎)でも『電波少年』は本当に大きいんじゃないですか? だと思います。

(佐久間宣行)そうだよね。『電波少年』がテレビでこんな悪ふざけできるんだっていう感じがすごくあったもんね。

(藤井健太郎)楽しそうだなって純粋に思うというか。

(佐久間宣行)それでTBSに入って。それで僕は何回も話してるからあれなんだけど。『TVチャンピオン』育ちみたいなものなんですよ。だから、大事な企画とかに「◯◯選手権」ってつけちゃうのね(笑)。

(藤井健太郎)フフフ(笑)。あ、笑うところじゃないですね(笑)。

(佐久間宣行)それに気づいたのがそう付けた後で。俺、35ぐらいで「あれ? 俺、大事な企画に『◯◯選手権』ってつけてる?」って思って、顔が真っ赤になったことがあるんだけど(笑)。それは『TVチャンピオン』育ちだからなんだけども。

(藤井健太郎)やっぱり育ちは出ますよね。

(佐久間宣行)育ち、出る。そうすると、藤井くんの育ちっていうのはどこなの?

(藤井健太郎)僕はでも『リンカーン』だと思います。

(佐久間宣行)ああ、やっぱり『リンカーン』? ADからだっけ?

『リンカーン』育ち

(藤井健太郎)『リンカーン』はADです。その前に情報番組……『はなまるマーケット』とかでディレクターやっているんですよ。

(佐久間宣行)えっ、そうなの? 藤井健太郎の『はなまるマーケット』があったの?

(藤井健太郎)やっていました、やっていました(笑)。再現とか撮ってましたよ(笑)。

(佐久間宣行)フハハハハハハハハッ!

(藤井健太郎)牛乳を使ったレシピとかの……(笑)。

(佐久間宣行)まあ、そうだよね。俺もだって『クイズところ変れば!?』のロケやっていたことあるから(笑)。「夫婦で行く2人の島」とか撮っていたもん(笑)。24ぐらいなのに。そうか。でも、そういえばあれだよね。『リンカーン』のADをやる前に、入社1年目かなんかで企画を通してなかったっけ?

(藤井健太郎)ああ、そうですね。それは情報の時にいて。なんか企画を6年目以下の社員からの募集みたいなのがかかって。それでまあ、見様見真似で出したら通していただいて。1年目で通って2年目の時に番組になったんですけど、特番を1本やりましたね。

(佐久間宣行)その時が……それは『キリウリ』?

(藤井健太郎)いや、それは『限度ヲ知レ』っていうあまり世の中的には知られていない単発で。なんか世の中の限度というか……公共のものに対するリミットを調べるみたいなことなんだけども。たとえば、牛丼屋さんで「◯◯抜き」みたいな特殊オーダーの限界を調べるみたいなので。「ネギ抜き」みたいなのから「肉抜き」はいけるか? 「米抜き」はいけるか? 最後は「丼抜き」もいけるか? みたいな……。

(佐久間宣行)ああ、じゃあもうあれだね。『水曜日のダウンタウン』に近いね。

(藤井健太郎)まあ、根っこは変わっていないといえば変わっていないですね。みたいな、ちょっとふざけたのをドッキリ的にそういうところに仕掛けて、どこまでOKをしてもらえるか、みたいな感じですね。

(佐久間宣行)その時に、その藤井さんの伝説の中の1個みたいなので入社1年目か2年目みたいな時に企画を通した後で、普通だったら頼まない高須光聖さんに構成作家を頼みに行ったんでしょう?

(藤井健太郎)フフフ、そうです。高須さんにお願いしたのはそれです。

(佐久間宣行)それ、すごいよね。

高須光聖さんに構成作家を依頼

(藤井健太郎)それはでも自分からというよりは編成の人が、僕は普段は情報の部署にいたので周りにザ・バラエティーの作家さんとかがいなくて。「せっかくこういう機会だからやってみたい人とちゃんとやった方がいいぞ。ビッグネームでもいいから頼んでみたら?」みたいなこと言ってくれて。「じゃあ……」っていうことで。

(佐久間宣行)23か24ぐらいの時に?

(藤井健太郎)そうですね。

(佐久間宣行)その時の高須さんってだってもうダウンタウンの番組をブワーッとやっている、もう一番売れている構成作家みたいな頃でしょう? それはすごいよ。俺、同い歳のオークラさんと始めたもん。フハハハハハハハハッ!

(藤井健太郎)うん……まあ、そうですね。もちろん自分からっていうよりは多少の後押しはありつつですが。でもまあ、当時2人で本当に何回も打ち合わせさせてもらったんで。それは本当に貴重な経験というか。

(佐久間宣行)そういう高須さんと『限度ヲ知レ』みたいな尖った番組を作っている時も『はなまるマーケット』を?

(藤井健太郎)ええと、その時は『はぴひる!』っていう(笑)。これ、知っているかな?

(佐久間宣行)フフフ、『はぴひる!』……ごめん。知らないわ。

(藤井健太郎)『はぴひる!』はお昼の枠で半年で終わったんですけど。長嶋一茂、磯野貴理子、田中律子のMCで。3人MCでオールスタジオで始まって、視聴率のあまりの低さに2週目からもうVを発射するっていう(笑)。もうとんでもないバタバタで。

(佐久間宣行)「トーク番組です」って始まって、途中から街録が入ってきたりするやつでしょう?(笑)。

(藤井健太郎)ものすごい勢いで変わっていった……すごかったですね。そんな番組をやっていました。

(佐久間宣行)ああ、それをやって、その『はぴひる!』をやりながら『水曜日のダウンタウン』の原型みたいな番組を作っていたっていう?

(藤井健太郎)まあ、自分のやつはそっちでやって……みたいな。

(佐久間宣行)なるほどね。あの、過去10年の藤井さんの作品みたいなので。昔、ツイートをしていたやつを見ると、2009年が『キリウリ』で2010年が『クイズ☆タレント名鑑』。2011年が『ガチ相撲トーナメント』。2012年が『テベ・コンヒーロ』。2013年に『クイズ☆正解は一年後』。2014年に『水曜日のダウンタウン』が始まっているんだけども。やっぱりこの転機になった番組っていうのはどれなんですか?

(藤井健太郎)うーん。まあ、もちろん最初は『クイズ☆タレント名鑑』がレギュラーとしてあったのが大きいですが。まあ、世の中で認知をされたという意味では『水曜日のダウンタウン』ですよね。たぶん。

(佐久間宣行)あの、演者……まあダウンタウンはたぶん藤井さんがダウンタウンとやりたいというよりはダウンタウンの番組を考えようっていうところから始まったのかもしれないけども。あの、ダウンタウンぐらいの大物になると。でも、最初に「うわっ、こいつとなら面白いのができそう」っていうのは淳さんなの?

(藤井健太郎)企画とのマッチングですかね。『クイズ☆タレント名鑑』っていう企画が先にあって。ああいう企画をいっぱい出す中で、なんか芸能人とか芸能界のクイズだけをやるクイズ番組みたいなところで。まあ最初はもうちょっと普通なというか、もうちょいフラットな番組の企画書だったんですけども。で、誰がやったら面白そうかな?っていうところでの淳さんで。

『クイズ☆タレント名鑑』

(佐久間宣行)俺はあれ、衝撃的だったのはさ、最初に特番をやるっていうので作家の大井洋一っていう、まあ俺は『キングちゃん』とかを一緒にやっていて。構成作家兼THE OUTSIDERのチャンピオンっていう(笑)。

(藤井健太郎)現役のね(笑)。

(佐久間宣行)現役のTHE OUTSIDERのチャンピオンっていう構成作家が、まあ藤井くんともやっているのよ。で、「『クイズ☆タレント名鑑』をやるんですよ」っていうことで企画を聞いた時、その企画だけ聞いて中身を見ていなかったから「あれ? これ、藤井くん、普通じゃねえか?」って思ったのよ。と、思って番組を見たら、「出演者とMCとスタッフのノリにより、クイズというテイで悪口とかも言えちゃうシステムの番組なんだ。うわっ、すげえ!」って思ったんだけども。それは初めから意図をしていたの?

(藤井健太郎)いや、企画書の段階では全然ですね。本当に問題全てが芸能人、芸能界のことっていうのは別にありだなと思って。別にそんなに尖ってもいないけど、なくもないっていう感じじゃないですか。聞いた感じは。

(佐久間宣行)で、最初はそう思っていて。

(藤井健太郎)僕もそのつもりというか。で、会議をやって具体的なクイズを考えていく中で「ああ、こういうのは面白いね」っていう。

(佐久間宣行)それであれが出たんだ。「離婚している、していないクイズ」とか。

(藤井健太郎)最初は「生きているのか、死んでいるのか」っていうのがあって。フハハハハハハハハッ! まあ、それはオンエアーはしていないですよ? でも最初、「大島渚ってどうだっけ?」みたいな話から。それが盛り上がっちゃって。しかも、当たり前だけど間違えたらめちゃめちゃ失礼っていう。そういうので、「間違えたら失礼」とか、あとは悪口が合法的に言える」とか、そういう遊び代を作っていくのがいいよねっていうところで。たぶん皆さんの印象に残っているのはあの検索ワードのやつで。「この検索ワードで検索されているのは誰?」っていう。

(佐久間宣行)あれは制作の意図と演者の悪口がすごいマッチしてるもんね。

(藤井健太郎)そうですね。で、クイズにもちゃんとなっているっていうか。

(佐久間宣行)なんかね、俺は藤井さんの番組の中であの番組、すごい好きなんだけど。『有吉弘行のドッ喜利王』っていう1回だけやった有吉さんの特番で。あれは、自分で書いた大喜利の答えが後でドッキリになって訪れるっていう企画で。俺はめちゃくちゃ面白いなと思って。ノブくんのタキシード猫とかめちゃくちゃ面白いなと思ったんだけども。

『有吉弘行のドッ喜利王』

(佐久間宣行)藤井くんのインタビューを見たら、「あれは実は大喜利とドッキリがつながってないから、構成としてはちゃんとしてないんですよ」って反省のインタビューみたいになっていて。

(藤井健太郎)反省というか、思いついた時に「ちょっと成立していないな」と思ったんですよ。やっぱりその大喜利……ドッキリとして面白くなる大喜利って「こんな◯◯は嫌だ」じゃないですか。で、「こんな◯◯は嫌だ」で出した自分の回答を「嫌だ」って言っているのになんで食らわなきゃいけないんだ?っていう、そこの理由がないのがものすごく気になって。

(佐久間宣行)気になるでしょう? 俺、全然気になんないのよ(笑)。「おおー、これ、面白い企画だな!」って思って。「これ、藤井くんに言おう!」って思ったら「あれ、ちょっと成立していないんですよね」って言っていて。すげえレベルの高い反省をしていたから(笑)。

(藤井健太郎)それで結局、オンエアーするまでには「そこも競技っていうことでまとめればいいか」っていう風に思って。その大喜利のポイントも高くドッキリの受け手としてのポイントも高いっていう、その大喜利力とドッキリ食らい力というかリアクション力の……フィギアスケートのフリーとショートみたいな、そういう総合競技なんだっていうことにしてなんとなく整理をつけたみたいな。

(佐久間宣行)そうか。だからその間に出川さんとのブリッジのMCみたいなのが……?

(藤井健太郎)かな? 2回、撮らなきゃいけないからっていうところですかね? うんうん。

(佐久間宣行)だから、規模が大きいですよね。あれだって大喜利からドッキリまでが3ヶ月?

(藤井健太郎)3ヶ月でしたかね? 開けすぎたというか、もっとみんな覚えてると思ったら全然みんな覚えてなかったんですよね(笑)。ちょっとそこは思惑と違ったというか。

(佐久間宣行)フフフ、なるほどね。「これ、俺のじゃん?」ってならないのね。

(藤井健太郎)ならないんですよ。ただ不思議なことが起こっているっていう(笑)。まあ、別に面白かったんですけども。全体としては。でもそこがちょっと誤算で。もともと思っていたそこの面白さがちょっと違ったなっていう。

<書き起こしおわり>

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