町山智浩『娘は戦場で生まれた』『The Cave』を語る

町山智浩『娘は戦場で生まれた』『The Cave』を語る たまむすび

町山智浩さんが2020年1月28日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中でシリア内戦を描いたドキュメンタリー映画『娘は戦場で生まれた』『The Cave』について話していました。

(町山智浩)でね、そういう(コービー・ブライアントの)暗いニュースの後にね、きょう紹介する映画も明るい映画じゃないので気が引けるんですが。僕ね、2月10日にアメリカのアカデミー賞の授賞式中継がWOWOWであるんですけども。それでずっと僕、毎年解説をやってるんですね。そのためにずっと日本とアメリカをもう1月、2月は行ったり来たりしながら。こっちでインタビューして日本で番組を撮って……ってやっているんですけども。で、その流れで今日はちょっと長編ドキュメンタリー部門の候補作についてお話させてください。

(赤江珠緒)はい。

(町山智浩)というのは、公開が近いですよ。『娘は戦場で生まれた』という映画で2月29日から公開の映画と、もう1本は『The Cave』というタイトルでこれは日本公開はまだ決まってないんですが。どちらもね、シリア内戦のドキュメンタリーでシリアの内戦における病院と女性の物語なんですよ。

(赤江珠緒)うん。

シリア内戦における病院と女性の物語

(町山智浩)それで一緒に紹介しようと思ったんですけれども。で、まあちょっとざっとシリア内戦について言いますと、2011年にアサド大統領の政権に対してその独裁に反対する人々が蜂起したんですが、一気にその蜂起の人たちの方が広がって、国土の7割ぐらいが彼らに制圧された形になったんですよ。一時的に。ところがそこにイランとロシアがアサド政権を支援するために軍事的に参戦してきたんですね。

で、一気に逆転して、反アサド政権側の人たちはいくつかの都市に追い詰められていって、包囲されていって、潰されていったんですよ。で、まず最初の映画の『娘は戦場で生まれた』はですね、これはアレッポというシリアで二番目に大きな町で。古代ギリシャからずっと続く、あとシルクロードの拠点でもある、なんて言うか、古都ですね。だから世界遺産にもなっていたし、昔は日本からもいっぱい観光客が行ってたところなんですよ。

(赤江珠緒)ああ、行けたのか、そうか!

(町山智浩)そうですよ。昔、よく新聞に「シルクロードの旅」とかって広告が出ていたじゃないですか。旅行パックの。あれで結構みんなアレッポに行ってたんですよね。日本人が。

(赤江珠緒)ああ、そうなんだ……。

(町山智浩)でも、それがロシアの空爆でもう完全に廃虚になったわけですけれども。そこでずっと病院で働いていた夫婦の話が『娘は戦場で生まれた』なんです。これね、監督はワアド・アル=カデブという女性で、彼女がそのアレッポの病院の中で撮り続けた映像をまとめたものですね。で、これ旦那さんがハムザさんという人で、この人が内戦でアレッポが包囲されてもそこから逃げないで……「ケガをしたりする人がいるから、俺は医者だからそれを治し続けなきゃいけないんだ」っていうことで、そこに残って治療を続けるんですよ。

(赤江珠緒)うん。

『娘は戦場で生まれた』

(町山智浩)で、この人は最初は奥さんじゃないんですよ。この2人、最初は学生で反体制学生だったんですけれども。ハムザさんが「残る」というのを聞いて。それで奥さんの方はね、ドキュメンタリー映画作家だったんですね。このワアドさんという人は。で、その彼を撮ろうと思って残るんですけども、そのハムザさんっていうお医者さんは両親はトルコに逃げちゃんですよ。で、このハムザさんもその時、奥さんに言われたんですよ「あなた、一緒についてくるか、離婚するかのどちらかよ」って。そしたら彼は離婚を選んで。奥さんだけを逃がしたんですよ。

(赤江珠緒)はい。

(町山智浩)それでもう怪我人が次々と空爆で出る中、ハムザさんは治療をし続けて。それをその監督のアワドさんは撮り続けるんですけど……恋に落ちましたね。

(赤江珠緒)そうですね。町山さん、私もね、もうこの映画を見たんです。事前に。

(町山智浩)ああ、そうですか!

(赤江珠緒)でね、この当時ニュースとかでそれこそアレッポとかシリアとかアサド政権という単語自体はいっぱい聞いてたんです。で、空爆があるとか、そういうニュースで映像は見ていたんだけど、この映画を見て全部それが繋がりました。初めて断片的な情報が全部ね、この一作品で「ここでこんなことが起きてたのか!」っていうのが全部わかる内容になってますね。

(町山智浩)はい。これ、空爆がすごいですよね。ロシアの戦闘機が。

(赤江珠緒)それでどんどん逃げていく人がいるんだけど、この夫婦へ逃げないんですよね。

(町山智浩)逃げないんですよ。これね、この夫婦……まあ、さっきも言いましたが夫婦じゃないんですけれどもね。

(赤江珠緒)ああ、最初はね。

(町山智浩)このお医者さんがずっと頑張って働いてるのを撮っているうちに、まあ彼女自身はそのひどい空爆の惨状を世界に伝えようとして、インターネットでその映像を配信してるんですよ。で、その医師の活躍を撮っているうちにですね、惚れちゃうんですね。はい。ねえ、惚れちゃいますよ。

(赤江珠緒)そうですね、うん。あの働きっぷりはすごいですもんね。

(町山智浩)ねえ。それでまた爆撃されている最中にこの2人は結婚をするんですけども。で、子供を妊娠するんですよね。

(赤江珠緒)そうなんです。この状況でっていうね。

(町山智浩)それで生まれた子がサマちゃんという娘で。

(赤江珠緒)うん。これがまた、めちゃめちゃかわいいんですよね。

(町山智浩)かわいいんですよ。ねえ。これね、お母さんも青い目がすごく印象的で。

(赤江珠緒)ああ、そうですね。美人さんですもんね。ワアドさん。

(町山智浩)これね、この映画を見るとたぶんね、シリアに対してあまりよく知らない人たちわかると思うんですけども。子供とかは結構金髪なんですよね。まあ白人なんですよね、彼らはね。で、すごく青い目で。この監督はね。それでこの子供、サマちゃんという子がずっと爆撃の中で生まれているから、いくら爆撃の音を聞いても全く泣かないし、同じないんですよね。

(山里亮太)これは悲しいな……。

(町山智浩)そう。今山ちゃん、「悲しい」って言ったでしょう? このお母さんが一番最初に思ったのは「悲しい」って。「普通の子供だったら怯えたり泣いたりするのに、全く平気になってしまっている。それが悲しい」って言うんですよ。ねえ。これ、つらいですよね。

(赤江珠緒)この子にとっての世界はもう戦場しかないからね。

(山里亮太)これが当たり前になっちゃっているということでしょう?

(町山智浩)そう。それでこの子はものすごい量の血を見いるんですよね。病院の中で育っているから。そう。お母さんと一緒にいるから血まみれの患者さんとかずっと見てるんですよね、この子は。すごい精神状態になると思うんですけど。で、しかも水も電気もガスも食料もどんどんなくなっていって、どんどん追い詰められていくだけじゃなくて、途中から、2015年ぐらいからその病院をロシア軍がピンポイントでミサイルで攻撃してくるんですよ。

(赤江珠緒)そうなんですよ。それまでやっぱり病院は狙わないみたいな、なんとなく暗黙のルールみたいなのがあったのに……。

病院をピンポイントでミサイル攻撃

(町山智浩)戦争犯罪ですよ。病院を狙うのは。はっきり言って。狙ってはいけないんですよ。でもこれ、徹底的に病院だけを狙ってくるんですね。すごいんですよ。で、8つあった病院は全部、完全に破壊されちゃうんですけれども。で、このハムザさんが考えたのは、何か建設途中だか廃虚になった建物があって。地図に載っていないのがあるんですよね。で、そこを病院に改造して病院を続けるんですよ。すごい命がけのね……彼らは武器を取って戦うわけじゃないんですけれども、戦争をしてる形ですよね。

(赤江珠緒)そうですよね。

(町山智浩)で、あとこれは映画でははっきり分からなかったのはなぜ、そこに人がいっぱい……40万人ぐらい残ってるとか言ってるんですけど。なぜそうなっているのか、わかんないんですよね。これね、僕が調べたら、包囲を始まる前に逃げのびれなかった人たちがいっぱいいたらしいんですよ。その後、街が包囲されちゃったからもう出られなくなっているんですよ。まあ、もうどうしようもないですよね。

(赤江珠緒)出るに出られないという。

(町山智浩)出るに出られないですよ。だって周りは全部軍が固めてるわけだから。出ていったら誰だか分からないから狙撃兵とかに撃たれちゃうわけですよ。だから出れないんです。

(赤江珠緒)そうそうそう。

(町山智浩)これは、ひどいですよね。で、撮影をし続けてるんですけど、そうするともう子供を失ったお母さんがね、「これを撮って!」って言うんですよね。

(赤江珠緒)そう。自分の息子が空爆にあって死んだお母さんにカメラを向けると、「撮らないで」って言うのかと思いきや、「撮って!」って言うんですね。

(町山智浩)そう。「これを世界に見せて! アサドが何をやってるか、見せて!」って言うんですけども。まあ、強烈な映画で。でもその中でね、希望もあって。奇跡的な感動的な瞬間とかもあったりするんですけどね。ただね、子供は学校の勉強で言葉もちゃんとできないのに「クラスター爆弾」とか言えたりするんですよね。

(山里亮太)そうか。周りから聞こえてくるんだ。そういう言葉ばかり。

(町山智浩)そう。そういうのもすごく嫌になっちゃうような、結構怖い映画でしたけれども。

(赤江珠緒)ねえ。それでこれ、全部が事実ですからね。もちろんドキュメンタリーなんで。中にいる人たちの状況だから。この年にはアレッポはこんなことになってたんだっていう。ねえ。

(町山智浩)あの中で一番ひどいのは病院でお医者さんたちが働いてるところをミサイルで直撃されて、全員死んじゃうところ。あの瞬間が映っているんですよね。まあ、ひどいですよ。ロシアはまあとんでもないですよね。

(赤江珠緒)いや、本当に。ロシアの人にもこれ、見てほしい。

(町山智浩)そう。これ、下でどうなっているのかわかっていたら、やらないと思うんですけどね。プーチンさんもね。……プーチンさんはやるかもしれないけども。あと、やっぱりプーチンさんに「一緒に駆けて駆けて駆け抜けよう」って言っていたどこかの国の総理大臣もこの映画を見てほしいんですが。「何やってるんだ? プーチンさんは殺して殺して殺しまくっているんだから」っていうね。

(赤江珠緒)ねえ。

『The Cave』

(町山智浩)それで、もう1本の映画がすごくよく似た映画なんですけど。『The Cave』っていう映画なんですよ。これね、フェラス・ファヤード監督というシリアの監督が撮った映画で。この人は前に『アレッポ 最後の男たち』というアレッポでがれきの下に埋まった人たちを救けるホワイトヘルメットっていうボランティアの人たちの映画を撮って、アカデミーにノミネートされた人なんですけど。その人の二作目なんですが。これはね、別の街でグータという街がやっぱり包囲されたんですよ。反政府軍の拠点だとされて。

で、そこで病院をやっていたドクター・アマニ・バロールさんという女性のお医者さんの映画でした。これね、『The Cave』というのは「洞穴、洞窟」っていう意味なんですけども。なんでかっていうと、ここでも病院を徹底的に空爆されて、どうしようもなくなっちゃったんで地下にすごいトンネルをほって、そこを病院にするんですよ。で、それを「The Cave」って呼んでいたっていう話なんですよ。

(赤江珠緒)はー! 同じ状況だ。

(町山智浩)同じ状況なんですけど、ただこれ医院長が女性なんですよ。このアマニ先生っていう人で、この人は29歳で。その病院ね、外科医の男の人を除いてほとんど全部女性なんですよ。

(赤江珠緒)すごいな……。

(町山智浩)すごいんですよ。それでもう子供たちを助けていくんですけど。このアマニ先生は子供が好きで小児科のお医者さんになったらこんなことになっちゃった言うんですけども。それでこのアマニ先生のところにずっと電話がかかってくるんですよ。お父さんから。それで「そんなところ、早く逃げ出して家に帰りなさい!」っていう電話なんですよ。

(赤江珠緒)ああー、まあ身内からするとね、そういう気持ちになるでしょうね。それは。

(町山智浩)『娘は戦場で生まれた』の方の夫婦も、旦那さんもトルコに1回、脱出するんですよね。命からがら。

(赤江珠緒)1回、用事があったから行っていたもんね。

(町山智浩)用事っていうか、あれは孫を見せに行ってたんですよ。ところがその後、命がけでまたアレッポに帰るんですよね。

(赤江珠緒)これがすごい……そう。もうその時点で「包囲されているから、もう戻れません」って言ってもいいような感じなのにね。

(町山智浩)そう。でも「そこで待ってる患者がいるから」って言って帰るんですよね。まあ、すごいんですよ。で、こっちの『The Cave』の方のアマニ先生も、もう親から「帰れ」って言われても、「私はここに患者、子供たちがいるから絶対に帰らないの!」って言って帰らないんですけど。その……イスラムだから、お医者さんが女性だっていうだけで「女かよ!」って言うやつがいるんですよ。

(赤江珠緒)ええっ! こんな状況で?

(町山智浩)そう。「女の医者なんか信用できねえな!」とか言うやつがいるんですよ。で、このお父さんもね、「お前が男に生まれてくればな……」とか言うんですよ。で、あとね、旦那さんを失った女性がいて。子供がいるんですけど、子供たちはみんなその栄養失調なんですよ。で、「うちの病院で働けば、子供たちにご飯も食べさせられるし……」っていう風にこのアマニ先生が言うんですけども。でも女性が……その女性は顔を全部ベールをかぶっていて。まあ、イスラム教原理主義者なんですね。で、「私たちは宗教的に女性は働くことが許されないんです」って言って。「じゃあ、子供は死んじゃいますよ?」って言うんですけど、「私はできないんです」って断られるんですよ。「女は働いちゃいけないと言われている」と。

(赤江珠緒)ああー……。

(町山智浩)だからこれね、敵はロシア軍であり政府軍なんですけども、その身内の中にも女性差別っていう敵があるんですよ。

(赤江珠緒)そんな事態に及んでまでね。

女性差別という敵

(町山智浩)及んでまでね、やっているんですよ。で、親を失ったちっちゃい女の子に「大きくなったら何して働くの? どんな仕事をするの?」って聞くんですけど。このアマニ先生が。そうすると「えっ、働くの?」って言われるんですよ。「女の子が働く」っていうそのオプションがないんですよ。

(赤江珠緒)うーん……。

(町山智浩)だからそれに対してアマニ先生がこう言うんですよ。「誰かの役に立つ仕事がいいわよ。お医者さんはどう?」って言うんですけど。そうやって、彼女は女性たちを集めてきたんですよ。それで、女性ばかりの……その看護師さんとかの病院を作って、男たちがバカな戦争をやっているその被害にあっている子供たちを助けていくっていう話なんですよ。

(赤江珠緒)何重に戦わなきゃいけないんだ?っていうね。

(町山智浩)そう。大変なんですけど。まあどんなに頑張っても、どうしても子供が救えなくて悔しくて地面を蹴飛ばしたりするシーンとかも出てくるんですけどね。でもね、爆撃されるだけじゃなくて、どんどんと今度はね、輸血用の血がなくなってくるんですよ。あと、子供たちは栄養失調でどんどんどんどん成長しなくなっていくんですね。

(赤江珠緒)ねえ。封鎖されてますからね。

(町山智浩)そう。で、徹底的に追い詰められながらもね、「私、戦争が終わったらお化粧してみたいわ」とか言ったりね。サプライズでお誕生祝いをしたり、クリスマスをお祝いしたりとかするんですけど。で、何とか元気に明るく、そんな状況でもしようとしたり、冗談とかいっぱい言うんですよ。でも冗談とか言ってゲラゲラと笑ってる時も、後ろから「ドーン!」っていう音がずっと聞こえてるんですよ。「ドーン!」とかね。

(赤江珠緒)そうですね。『娘は戦場で生まれた』でもね、「柿が手に入ったのよ」って言って喜んでるシーンとか、ありましたもんね。そういう日常の話もあるのに。そうそう。

(町山智浩)あと、あの映画の中で病院が直撃を食らってドーン!ってなって。「うちのサマちゃんはどうしたの!?」って行くと、ぐうぐうすやすやと寝ているっていうシーンがあったりして。あの子、全く感じなくなっているんですよ。あれもすごいですけども。で、その中で戦って、もう水も食料もなくなって、ガスも薬もなくなっても、どんどん治療をし続けるんですけど……決定的に打ちのめされるようなことが起こるんですよ。病院に大量の子供たちが運ばれてくるんですよ。バーッと。でも、どこにも外傷がないんですよ。全く外傷がないんですけど、次々に死んでいくんです。

(赤江珠緒)えっ、何で?

(町山智浩)毒ガスですよ。化学兵器なんですよ。これは治せないんですよ。もうこれ、ひどいですよ。

(赤江珠緒)地獄ですよ。本当に。

(町山智浩)うーん。でも、その中でもね、本当にこのアマニ先生とその『娘は戦場で生まれた』のこの夫婦はそれでもくじけないんだよね。限界まで。これはすごい戦いですよ。これ、銃を持って戦うよりすごいですね。

(赤江珠緒)うん。それでついこの間というかね、我々が今、こうして大人として生きているこの時代に起きていることですからね。

(町山智浩)はい。それでここからまた、難民の人たちがヨーロッパに逃げていく間も、その地中海で2万人が溺れ死んでいるんですよね。まあこれ、すごいことになっちゃっているんで。まあ、シリアの状況ってすごく複雑でわかりにくかった人も多いと思うんですけども。この映画を見るとね……。

(赤江珠緒)そうなんです。この映画を見ると本当に断片的だった情報がパッと繋がる感じがします。

(町山智浩)はい。実感として。でもアレッポもね、グータも完全に制圧されてしまったんですけどね。はい。で、『娘は戦場で生まれた』は2月29日から。イメージフォーラムかな?

『娘は戦場で生まれた』予告編

(赤江珠緒)そうですね。シアターイメージフォーラムほか、全国順次公開となっております。

(町山智浩)『The Cave』の方はまだ公開予定がないようなのですが、ぜひ見ていただきたいと思います。両方ともアカデミー賞の最有力候補です。

『The Cave』予告編

(赤江珠緒)そうですか。はい。町山さん、ありがとうございました。

(町山智浩)どもでした。

<書き起こしおわり>

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