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高田文夫 吉本興業と芸能史を語る

高田文夫 吉本興業と芸能史を語る ニッポン放送
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高田文夫さんがニッポン放送『ラジオビバリー昼ズ』の中で注目の吉本興業記者会見についてトーク。日本の芸能史と合わせて話していました。

誰も書けなかった「笑芸論」 森繁久彌からビートたけしまで (講談社文庫)

(松本明子)選挙も無事に終わりまして……。

(高田文夫)無事じゃないだろ。もうわかんないよ。早くもう、2時の記者会見が気になっちゃって。冗談じゃないよ。「会見、どうなっているんだろう?」って。冗談じゃないよ! ファイアーヒップスが稽古やるっていうから顔を出そうかなと思っていたんだけどさ、それよりも社長の会見を見た方がいいかなって。東MAXはどうでもいいやって思ってさ。会見が気になっちゃって。なあ?

(松本明子)気になっちゃって、気になっちゃって大変ですね!

(高田文夫)いやー、まあ大変だね。しかし。いろんなことが、長いことあるから。なあ。いろんな会社の経営側と芸人さんとのさ。でも芸人をあそこまで追い詰めて泣かせちゃいけないね。やっぱりさ、ダメだよ。昔からやっている吉本のいろんな歪がきちゃったんだろうな。だから結局、反社会勢力がどうのっていろんなことがあってさ。

芸能っていう歴史はちょっと勉強をすればわかるんだけども。どうのこうのっていうのがあって。それで戦後、もうそういう世界との縁を断ち切ろうっていうことで君がいるところの渡辺プロ、ナベプロっていうのを昭和30年代に立ち上げて。それで芸能界の近代化っていうものを図って、ちゃんと大学出の社員を取ってちゃんと芸能・エンターテイメントを近代化しようって。それが君んところの会社の渡辺晋さんと美佐さんだからね。

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芸能界を近代化したナベプロ

それで売り出したのがクレージーキャッツとザ・ピーナッツだよ。それで作家で入ったのが青島幸男さんだからね。それが近代の芸能の歴史でさ。それまではやっぱり、いまでもそうだけどさ。やっぱりなんだかんだ……もともと江戸時代なんかはさ、ちょっと本を読んだらわかるけども、そういう人たちが取り仕切っている世界だったのよ。

(松本明子)そうですよね。

(高田文夫)お祭りなんかに行ってもみんなそうじゃない? テキ屋さんもいるし。当然、そうだよ。それが日本の文化の歴史だったのよね。それでもともと育っていたのがずーっとなって、いろんなことがあって。あとからさ、芸能マスコミとかテレビとかラジオがその世界に入ってきたの。もともとはそっちの世界の仕事だったようなものがいまね、ラジオとかテレビやなんかがその仕事をやらせてもらっているっていうようなこともいろいろとあるんだけどさ。まあ、大変な……。

(松本明子)歴史がありますね。芸能の世界は。

(高田文夫)歴史があるから。だから今日さ、社長が会見をするらしいけども。そうだよな。ダウンタウンと一緒にあの(会長の)大崎くんっていうのはこっちに出てきてね。ちょうど89年だよ。ちょうどビバリーが始まる年だよね。4時ですよーだっていうのがすごい大阪で人気で。子供向けだったの。で、こっちも漫才ブームが終わって、ひょうきん族が終わる年で。ちょうどビバリーが始まる年に大崎くんとダウンタウンと3人、夜汽車に揺られて東京に来るの。そこからだからね。この吉本の歴史っていうのは。それまでは赤坂に黒電話を1本引いている部屋だけで。

(松本明子)みたいですね。

(高田文夫)そうだよ。いまでもあるじゃん。TBSの横の旅館さ。俺、よくああいうのの打ち合わせがあるんで行くんだよ。するとさ、狭い四畳半か六畳の部屋で、電話1本しかないんだよ。で、「高田ちゃんさ、お願いするよ。さんまちゃん、こういうのを……」なんてさ。そこで打ち合わせをやっていたんだもん。電話1本の四畳半の一間で。それがいま、芸人が6000人いるっていうんだろ? そりゃあ歪が出ちゃうよな。

いろんなことがあると思うよ。まあまあ、大変。どうなることやらだよ。大変だよ、お前。渡辺プロ。来るぞ、みんな難民が。ドッと押し寄せるぞ、お前。みんな、もう「ちょっとなにかありませんか?」みたいになってさ。「渡辺プロが近代化したらしいですね?」みたいになって。もうお前と今日来るヒデちゃん。もうヒデ部屋とか松本部屋を作らなきゃダメだよ。

(松本明子)ヒデちゃん部屋(笑)。

(高田文夫)それで俺もおたくの会長に言ってさ。「記者会見、やらないのか? 会見をやらないんだったら、高田部屋をもらうよ」なんて。渡辺プロ内の高田プロ。

(松本明子)高田プロ。いいですね(笑)。

(高田文夫)だからほら、松本くんもほら、吉本興業内の松本興行を作るって言ったろう? 落ちこぼれた子たちを引き取ってなんとかするっていうけども。俺も渡辺プロ内の高田プロ。どうだ? そしたらヒデとお前とネプチューンをもらって。あとは俺の手駒、志らくがいるからさ。十分に俺、食っていけるから(笑)。

(松本明子)アハハハハハハッ!

(高田文夫)俺、死ぬほど食っていけるわ。そのピンハネで。そのピンハネでよ、俺は一生食っていけるよ。もうハネてハネて。俺、もうハネ上手だから。これがまた。で、前も話したと思うけども、もともとはだからさ、芸能のマネジメントの仕事っていうのは「ピンハネ」っていう仕事なんだよ。「10もらったら、1をハネる」。1を事務所が持っていくんだよ。それで9をあげるの。高田事務所で松本明子だとするだろ? それで10の仕事をもらったら、そのうちの1だけを俺がもらって、残りの9をあなたにあげるの。

(松本明子)ああ、ピンって……そうかそうか。

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「ピンハネ」の意味

(高田文夫)ピンって「1」のこと。だから「ピン芸人」っていうだろう? あれはサイコロの1のことなんだよ。で、「ピンからキリまで」っていうだろう? サイコロのピンが1。花札の1月から12月の12月が「キリ(桐)」。だから「ピンからキリ」なんだよ。

(松本明子)なるほど!

(高田文夫)それでだからピンハネっていうのは1割ハネるからピンハネ。昔はね。いまは吉本なんか「ピンクレ」って言われているだろう? ピン、1割だけくれて、あとは9割会社が持っていっちゃう。会社が9割持っていって、ピンクレだからね。本当にピンクキャバレーみたいになっちゃう。ピンクレだから。あれはやっぱりもっと芸人さんにあげてあげないとかわいそうだよ、やっぱり。

(松本明子)そうですね……。

(高田文夫)それでいま、いろんなこともあって。吉本、国の仕事とかもやっているんだろう? 吉本、どんどんと教育問題とかさ。これはやっぱり示しがつかないよ。いろんなのに関わっていたらな。まあまあ、大変だから。わかった? ピンハネだからね。

(松本明子)はい。勉強になりました。

(高田文夫)ピンクレだから。だから1のことがピン。ピン芸ってみんな普通に使っているけども。だから、泉ピン子ちゃんっていうのはそうだよ。ピン子、ピン。師匠がウクレレ漫談の牧伸二だから。

(松本明子)「あーあ、やんなっちゃった♪」って。

(高田文夫)1人でやっているだろう? で、そのお師匠さんが牧野周一。漫談の神様。それがだからピンだろう? それで牧野周一、牧伸二、泉ピン子。1人だからピン子。

(松本明子)へー! 1人芸人だから。

(高田文夫)そういうことよ。なんでも聞いてよ、芸能史! もう一気に芸能史の講義、やっちゃうよ! ピンハネからどこまでも。ピンクレまで(笑)。

<書き起こしおわり>

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