(松尾潔)ええと、続いてはグッとサウンドの毛色が変わりますけれども。平成期も真ん中ぐらい、後半ぐらいに入ってきて。ちょっとこのR&Bの世界にも、何ていうんでしょうね。ハウスミュージック……いわゆる4つ打ちでもディスコじゃなくてハウス以降の流れ。EDMの登場を予言するようなビートっていうのがどんどんと入ってくるわけで。僕なんか、「達郎さん、こういうのはあんまりお好きじゃないだろうな」なんて思いながら当時、2000年代……いわゆるゼロ年代ですか。いろんな曲を聞いてたんですが、意外にも、達郎さんはそれこ歌で聞いてるから。目先のビートじゃないところでこれを……?
(山下達郎)いや、そうでもないんですよ。だからこれからかける曲……。
(松尾潔)ニーヨの『Closer』。
(山下達郎)アイズレーとかその後のジャム&ルイスとか、みんなそうなんですけどもポリリズムの作り方がものすごく上手いんですよ。だから、そういおうものを夢中で追いかけているんで。で、2000年代に入っていちばんそういうのがあれしたのが、やっぱりスターゲイトなんですよね。この人たちは本当にアイデアが豊富で。全く自分たちとは発想が違うっていうか。北欧だっていうこともあるんでしょうけども。この人たちは本当にトラックの作り方が勉強になるっていうかね。だからこれも歌じゃなくて、どっちかっていうとトラックなんですよ。
(松尾潔)ああ、そうなんですか。僕は全くそれ、読み違えていました。まあ、一応ここで言っておくとニーヨの『Closer』かリアーナの『Don’t Stop The Music』っていうことなんですけども。
(山下達郎)2007、8年ごろの。
(松尾潔)まあ、いわゆるスターゲイトのビートでスターの座を駆け上がっていったような印象もある人たち。まあ、リアーナはその時々のトップランナーをやってるっていう感じですけども、ニーヨなんかは特にね。
(山下達郎)前にも、松尾くんに言ったことがあると思うけども。この時代の特にR&Bのアルバムってプロデューサーが複数じゃないですか。だから本当はスターゲイトだったら全部やったらもっとすごいのができるのに……っていつも思って。ヒット曲だけ彼らがやって、あとはいろんな人がね、交代でやるっていうか。だからそういう意味で、トータリティっていうか、そういうものがやっぱり配信に合わせているっていうか。曲売りっていうんですかね? だからコンセプト売りじゃないっていう。そういう感じがすごく……。
(松尾潔)たしかに1プロデューサーでアルバムを作るということはめっきり減りましたね。スターゲイトの場合は特にそういうことはやらないですよね。彼ら自身もそういう風に心がけてやっているんですかね。
(山下達郎)まあ、スウェーデンの人たちってそういうところじゃあ、なんていうか要求にすごく応えてくれるとか。あとは上がりが早いとか。そういうのが売りみたいな人も多いですからね。
(松尾潔)スウェーデン、マックス・マーティンとか。スターゲイトはノルウェーだったかな? まあ、スウェーデンのあたりも中心になろうかと思いますが。そうですね。本当にABBAの頃から言えば歴史はあるんですけども。21世紀になってからのアメリカ、そして世界中のポップマーケットをその北欧発信のサウンドがどんどん侵略していくっていうのは……。
(山下達郎)不思議なね。まあ、今度の私のところの竹内まりやさんの『ダンボ』の。あれもスウェーデンですからね。
(松尾潔)NHKの番組で見ましたよ。レコーディングに行かれていましたね。あれもやっぱり思うところがあって北欧で?
(山下達郎)やっぱりね、日本のスタジオで録るのと若干空気感が違うんですよね。リバーブの感じとかがやっぱり、なんていうかちょっと垢抜けているっていうか。その不思議な感じとか。あとは手法が非常にオーソドックスなんですよ。で、上がりが早い。言うことを何でも聞いてくれる。
(松尾潔)いいことづくめじゃないですか。
(山下達郎)だからみんな行くんだと思うんですよ。で、いまはまたそれが通信でやり取りできるし。音を送ってきてくれて、データだけあれしてくれて、みたいな。そういうので済んじゃうんで。
(松尾潔)いまはね、曲を作る時にいわゆるコライトと言われている共同作曲っていう手法がどんどんとポピュラーになっていますけども。その時に指名相手として最も多い国のひとつがやっぱりスウェーデンのソングライターたちだったりするんですよね。
(山下達郎)彼らにとってはすごくチャンスですからね。
(松尾潔)曲、行きましょうか(笑)。じゃあ、ニーヨでこれは2008年のヒットです。『Closer』。
Ne-Yo『Closer』
(松尾潔)お届けしたいナンバーはニーヨで『Closer』でした。けどスターゲイトは本当に歌の上手い人と組めば、オケっていうのはシンプルでもいいというか、シンプルなほどいいんだと思わせてくれるようなところ、ありますね。
(山下達郎)まあ、いわゆるダンスミュージックだから、そのパターンがね、やっぱりずっと進行し続けるのが美学だったんだけど、やっぱり曲がシンプルにっていうか、よく言えばシンプルだけど、悪く言えば単純になってきているから、サビとかないし。だからその中でどうバリエーションをつけるか?っていうと、やっぱり歌の力になってくるんだろうなって。
(松尾潔)そうですね。まあ逹瑯さんに先週、今週と10曲以上のこの平成期のR&Bの曲を選んでいただいたんですが、これだけいろいろと選んでいただいた中で平成期に最も数字的にも大きな結果を残してきたソングライター、プロデューサーであるベイビーフェイスの曲が1曲もないですね。
(山下達郎)ああー、不思議だな。
(松尾潔)達郎さんってベイビーフェイスに関しての言及っていうのは?
(山下達郎)ないですね。
(松尾潔)あんまりないですよね。
(山下達郎)うん。僕は圧倒的にだけど……。
(松尾潔)ジャム&ルイス派?
(山下達郎)ジャム&ルイス派っていうか、その後のR.ケリーっていうか。
(松尾潔)R.ケリー派(笑)。
(山下達郎)R.ケリーはほとんど聞いて。
(松尾潔)そうですよね。達郎さん、そうですよね。
(山下達郎)『I Believe I Can Fly』とかも本当に……あとはマイケル・ジャクソンの曲(『You Are Not Alone』)とか。あれ、よくできているな!っていう。だから、「どういうアイデアでこのトラックを作っているんだろう? このリズムパターン、どうやってできているんだろう?」っていうか。
(山下達郎)そういうのが全てなんですよね。なんだかんだ言って。だから、その上に歌をどう乗っけるか。だからベイビーフェイスはそういう意味ではボーカルミュージックとしての整合性っていうか。だからそういうのがね、僕にとってはあんまりピンと来なかったっていうか。そういうあれかな。
(松尾潔)それは好みの問題?
(山下達郎)好みの問題でしょう。だから、マライア・キャリーとかもほとんど通っていないし。
(松尾潔)ああ、そうですね。
(山下達郎)でも、ビヨンセは結構あれなんで。だからそれはなんでか?って言っても、ラジオで聞いた時にグッと来るか来ないかっていうあれかな?(笑)。
(松尾潔)なるほどね。それで言うとこの間、番組の中でもお話をしたんですけども。メイズ feat. フランキー・ビヴァリー。いま、ビヨンセが『Before I Let Go』をカバーしているじゃないですか。
(山下達郎)うん。
(松尾潔)で、いまさらながらフランキー・ビヴァリーってあの人、グラミーに1回もノミネートされたことがないんですよね。
(山下達郎)だけどゴールドアルバムはたくさんあるからね。だから完全にアフリカン・アメリカンのコミュニティーだけだもんね。
(松尾潔)いや、だけど本当はベイビーフェイスとかダイアン・ウォーレンみたいな人は今後、出てくるのは難しいのかな? みたいな。特にダイアン・ウォーレンみたいに自分で歌えもしないと難しいのかな?っていう。
(山下達郎)僕、言ったことありましたっけ? ダイアン・ウォーレンって初めて曲を使って上げたの、僕なんですよ。
(松尾潔)日本で?
(山下達郎)アン・ルイスのアルバムに『Just Another Night』っていう曲が入っているんですけども。これがダイアン・ウォーレンがレコード化された最初の曲なんです。で、アラン・オデイと同じ事務所にいたんですよ。
(松尾潔)えっ、アメリカでもまだレコード化されていない時に?
(山下達郎)アメリカでも。全然無名でね。で、もう全然曲が売れないんで、もうやめようと思ったんでアラン・オデイがアン・ルイスのプロデュースをやった時に「こういう優秀なソングライターがいるんで聞いてくれ」って。それで僕がその曲がよかったんでアルバムで使ったんですよ。で、彼女はそれではじめて作品がレコードになったんで。それで……。
(松尾潔)自信になったんでしょうね。
(山下達郎)それでいまのダイアン・ウォーレンになるっていうね。あんまり人に言ったことはないですけども(笑)。
(松尾潔)へー! これは達郎さんの耳のよさを示す話でもありますよね。
(山下達郎)いえいえ、それはアランの売り込みですから……。
(松尾潔)とはいえ、アランも当然耳がいいわけですから。達郎さんもそれを聞いて「これなら行ける」って。
(山下達郎)うん。いい曲だったんですよね。
(松尾潔)へー! やっぱり理由があるな(笑)。
(山下達郎)そういうのって縁じゃないですか。だから人間の、特にこういうミュージックビジネスみたいなアートの世界ってそういう人のつながりがものすごく大きいから。
(松尾潔)僕、だっていまたとえ話として「ダイアン・ウォーレン」って軽く投げた球がここでビーン!ってピッチャー返しされてびっくりですけどね!
(山下達郎)大作曲家ですね。
(松尾潔)本当ですよね。
(山下達郎)でもいまはもうそういう作曲家のパーソナリティーっていうのもすごい希薄な……特に日本ではね。作詞家、作曲家っていうのは誰だって、誰も気に留めない。それ、どうなんでしょうね、これからね?
(松尾潔)ねえ。うん……まあ、これも達郎さんが前におっしゃっていたかと思いますけども。音楽産業はなくなっても、音楽はなくなりませんからね。
(山下達郎)なくならないですからね。
(松尾潔)好きなのであればそんなに……逆に心配することもないかなと思う時もありますね。
(山下達郎)だから、いまから11年前にライブを再開して、これからライブでやっていこうと思った時がそういうことを思いましたから。「レコードが生まれる前に戻りゃいいんだった」って思ったんですよ。それまでは、ライブですから。レコードがないから全部、譜面でしょう。楽譜を売って。
(松尾潔)シートミュージックですね。
(山下達郎)シートミュージックの時代。そこに戻ればいいんだっていう。
(松尾潔)フフフ(笑)。