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松尾潔 1978年アメリカ ソウルチャートを振り返る

松尾潔 1992年アメリカR&Bチャートを振り返る 松尾潔のメロウな夜
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松尾潔さんがNHK FM『松尾潔のメロウな夜』の中で1978年のソウルチャートを振り返り。この年にヒットした曲を聞きながら、解説をしていきました。

(松尾潔)続いては、こちらのコーナーです。いまでも聞きたいナンバーワン。2010年3月31日に始まった『松尾潔のメロウな夜』。この番組は、メロウをキーワードにして、僕の大好きなR&Bを中心に大人のための音楽をお届けしています。ですが、リスナーのみなさんの中には『そもそもR&Bって何だろう?』という方も少なくないようです。そこでこのコーナーでは、アメリカのR&Bチャートのナンバーワンヒットを年度別にピックアップ。歴史的名曲の数々を聞きながら、僕がわかりやすくご説明します。

第16回目となる今回は、1978年のR&Bナンバーワンヒットをご紹介しましょう。1978年といいますと、昭和53年。この年に何が起こったのか?というのはもう、みなさんそれぞれ思い出していただければと思います。あの、最近はね、インターネットなんかで年号を入れると、その年の出来事がバーッ!っと出てきますから。ここでそのひとつひとつを取り上げるのも野暮かと思いますけども。

個人的にひとつだけ申し上げたい。僕はこの頃はね、それまでのプロ野球熱から、大相撲熱へとちょっと移行している時期だったんです。で、本当にね、当時、もうみんな口を合わせるかのように使っていた表現。『憎らしいほど強い』と言われていた北の湖の全盛期でありまして。この年、北の湖は年間6場所のうち、1、2、3、4、5と優勝して、さあ九州場所で有終の美か?というところで若乃花が優勝した、そんな1978年でございました。

ナンバーワンヒット、2曲ご紹介したいと思います。まずはシック(Chic)で、『Le Freak』。これ、『おしゃれフリーク』という邦題で知られてますね。これはもう、ディスコ時代を象徴する1曲。そして、1978年。ディスコの時代、ディスコ一色だったかと言うと、さにあらず。ファンクの年でもありました。まあこの年にヒットしたファンクナンバー、いろいろあります。後ほどご紹介しますけども、中でも極めつけはこちらとなるでしょう。ファンカデリック(Funkadelic)で『One Nation Under a Groove Part 1』。それでは、シックとファンカデリック、2曲続けてどうぞ。

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Chic『Le Freak』

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Funkadelic『One Nation Under a Groove Part 1』

第16回目となりますこのコーナー。いまでも聞きたいナンバーワンなんですけれども。いちばんメロウじゃなかったかも?(笑)。はい。ちょっと狙ってこの2曲をご紹介しました。そういう1年なんですよ。シックの『Le Freak』。どの言い方でもいいと、ナイル・ロジャースは言ってますね。だったら日本人は、『おしゃれフリーク』っていう邦題で言っちゃおうかな?っていう、そんな気分ですけども(笑)。この頃の邦題っていうのは本当、面白いですね。

シックのこの『おしゃれフリーク』は1978年の12月の2日から12月30日までという、この年の本当、終わりの1ヶ月。12月はこの曲一色という、5週間連続のナンバーワンを記録しておりますが。年間を通して最大のヒットとなりましたのは、9月の30日から11月の頭まで。つまり、10月をすっぽりと覆う形で、6週に渡ってナンバーワンに輝いたファンカデリックの『One Nation Under a Groove』でした。

まあ、ディスコとファンクという風にこの2曲、それぞれカテゴライズされますが。どうしてもブラックミュージックラバーからすると、ファンクっていうのはより尊いもので、ディスコっていうのはダンス音楽、ダンスという機能を拡大解釈したという、商業音楽ではなくて、商用音楽と揶揄されることもあるのですが。まあ、いまこうやって聞いてみますと、やっぱりシック、ファンカデリックもそう遠くないというか。まあ、こういうことを言うとまた暴論と言われるかもしれないけども、地続きという感じは、やっぱり僕はしますね。うん。

だからこそ、同じ時代に同じ人たちが愛したんじゃないかな?と思います。78年にR&Bチャート、ソウルチャートのナンバーワンを記録した曲は全部で22曲ございます。程よい数ですね。この頃はだいたい年間20曲ペース何ですよね。70年代後半っていうのは。ざっとご紹介しましょうか。Con Funk Shunの『Ffun』に始まりまして、

Natalie Cole『Our Love』。

Stargard、The Commodores、Enchantment、Parliament、Bootsy’s Rubber Band。このあたりは後ほど説明いたします。そして、Roberta FlackとDonny Hathawayのデュエットで出た『The Closer I Get to You』。

Johnny MathisとDeniece Williamsのやはり男女デュエットで『Too Much, Too Little, Too Late』。

The Isley Brothers『Take Me to the Next Phase』。

The O’Jays『愛しのマイ・ガール Use ta Be My Girl』ですね。

そしてQuincy Jones、Teddy Pendergrass、Rick James、A Taste Of Honey、再びのThe Commodores、Foxy。で、L.T.D.、Earth, Wind & Fire、Funkadelic、Chaka Khan、Chicと続きます。秋以降ね、ファンカデリック、チャカ・カーン、シックというのは、チャカ・カーンがまあ、ルーファス(Rufus)というファンクバンドのメンバーであったことを考えますと、興味深いですよ。もう本当。そうだ。その前からですね。8月からか。A Taste Of Honey、The Commodores、Foxy。で、L.T.D.、Earth, Wind & Fire、Funkadelic、Chaka Khan、Chicっていうのはこれ、全部グループものっていうことですよ。もう、バンド花盛りの時代ですね。ファンクバンド花盛りの時代ということが言えましょう。

で、なにが言いたいかと言いますとですね、この時にまあ、音楽史的に、78年は何の年か?って言われると、Pファンクの1年なんですね。Pファンクというのは、ジョージ・クリントン(George Clinton)という、この人はもともと床屋さんだったっていう、まあ本当に有名な話。このエピソード、愛されているんですけども。で、そこの床屋さんに集う人たちでグループを作って。割とオーセンティックな形式のドゥワップグループで。パーラメント(Parliament)という形でデビューして。それがどんどんどんどんファンク寄りになっていって、パーラメント。そしてもう別名義でまた、ファンカデリックっていう、まあ実態はほとんど一緒なんですよ。でも、別名義でもヒットを飛ばすという離れ業をやってのけまして。それが78年のことです。

で、しかもそこでベースを弾いていたのがブーツィー・コリンズ(Bootsy Collins)という人なんですけども。さっきもお話しましたけど、3月はね、パーラメントの『Flash Light』と、ブーツィーのソロユニットであるBootsy’s Rubber Bandの『Bootzilla』っていうのが1位のバトンリレーをしてますからね。この78年の音楽的な色合いを語る上で、Pファンクの1年ということを象徴する出来事でした。


このね、Pファンクというのはとにかくね、もう猥雑なところが・・・まあ、猥雑っていう言葉でもまだちょっと気取った言い方かもしれない。雑なんです。雑。で、雑の中に緻密な反復性とかがあって。ここの泥沼に1回入っちゃうと、なかなかもう帰ってこれませんね。そういう人、たくさん知ってます。僕がね、1990年代に・・・90年代の頭ですね。何年だったんだろう?初めてニューヨークに行った時に、別件で行ったんですけど、旅先でPファンクオールスターズがライブをやっているっていうんで、ちょうどね、これ、作り話みたいなことなんですけど、ソーホーの路上で中西圭三さんとばったり会ったんですよね。

で、僕、東京で1回くらいしかお目にかかった事なかったんですけど。まあ、旅先の気安さで、『中西さん!』って。んでね、『中西さん、ニューヨークはよく来るんですか?』『初めてなんですよ』って言ったら、『ああ、そうなんだ』って言ってね。まあ、僕が1日やってくるのが早かっただけで先輩面して。それで、Pファンクオールスターズ、一緒に見に行ったんですよね(笑)。後にも先にも、中西さんと夜を過ごしたのはその時1回きりっていう、こういう・・・(笑)。

いま考えてみますとね、Pファンク旋風が吹き荒れた78年から、まだ15年もたっていない頃ですからね。まだまだ勢いありましたけれども。うん。アース・ウィンド・アンド・ファイアーなんかの全人類対応ファンクっていうのに比べると、もうファンカデリックとかパーラメントはちょっと聞く人を選ぶような、それゆえにワンアンドオンリーの集団としてこの年、大活躍しましたね。で、その一方で、Johnny MathisとDeniece Williams、Roberta FlackとDonny Hathawayのような、本当に美しい男女デュエットっていうのが長きに渡ってヒットした、そんな時期もありましたね。この2組合わせて6週間、ナンバーワン担ったんですけども。

そんな中でね、僕が最後にご紹介したいのは、エンチャントメント(Enchantment)というボーカルグループです。この年、オージェイズ(The O’Jays)の『Use ta Be My Girl』という曲がヒットしたのですが、全般的にはちょっとボーカルグループよりもバンド形式のファンクな人たちが優勢だったんですが。そんな中で気を吐いた、言うなればね、強い。もう本当、二日酔い必至の強いお酒の中で岩清水のような響きを見せてくれたのがこの人たちでした。大好きな曲です。エンチャントメント、1978年2月25日付け。1週きりのナンバーワン。そして彼らにとっての唯一のナンバーワンヒットです。『It’s You That I Need』。

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Enchantment『It’s You That I Need』

ボーカルグループっていう形態が僕は大好きですね。この番組で何度も言ってますし、実際に日本のそういうグループのプロデュースもよくやっていますけど。オールタイムでナンバーワンの曲って何ですか?っていうことを聞かれるたびに、僕はこの曲。つまりもう、ソウル・ミュージック史上ナンバーワンのボーカルグループナンバーだと思っています。まあ、ナンバーワンボーカルグループかどうか?ってういうのはここでは、断言できませんけどね。エンチャントメント。『It’s You That I Need』。それはそれは美しい曲ですね。いろんなカバーも出ています。

ゴスペラーズのね、酒井雄二さんに初めて会った時かな?2回目かな?まだ彼が大学生の時に、『君は本当にエンチャントメントのエマニュエル・ジョンソンに似てるね!』って言った時に非常に対応に困っていたことを、いまフッと思い出しましたね。

<書き起こしおわり>
https://miyearnzzlabo.com/archives/32657

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