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山下達郎と松尾潔 90年代R&Bを語る

山下達郎と松尾潔 90年代R&Bを語る 松尾潔のメロウな夜
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山下達郎さんがNHK FM『松尾潔のメロウな夜』に出演。松尾潔さんと平成、特に90年代のR&Bについて、自身が選曲した楽曲を聞きながら話していました。

(松尾潔)今夜は番組10周年突入を記念いたしまして特別ゲストに山下達郎さんをお迎えします。『メロウな夜』にはおよそ8年ぶりのご出演となりますが、ご登場いただく前にまずは達郎さんのメロウな1曲、お届けしましょう。山下達郎さんで『Misty Mauve』。

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山下達郎『Misty Mauve』

(松尾潔)お届けしたのは山下達郎さんで『Misty Mauve』でした。これは2002年にリリースされた『Rarities』に収録されていました。ご存知、鈴木雅之さんへの提供曲のセルフカバーとなります。改めまして松尾潔です。『松尾潔のメロウな夜』、今日は皆さんお待ちかねのこの方をゲストにお招きいたしました。山下達郎さんです。

(山下達郎)こんばんは。

(松尾潔)ご無沙汰しております。

(山下達郎)よろしくお願いします。

(松尾潔)よろしくお願いします。

(山下達郎)でも、そんなに出ていないんだ。

(松尾潔)この曲を聞いている間にね、最後にお出になったのはいつか?っていうお話をしていたんですが。2011年の9月14日。

(山下達郎)10周年、おめでとうございます。

(松尾潔)ありがとうございます。

(山下達郎)昔はNHKは3年以上はやらせていただけなかったっていう。私がやっていた頃は。

(松尾潔)この番組を始めた時にゲストにお出になった時もそのことをおっしゃっていて。私にもう呪文のようにのしかかっていたんですけども。

(山下達郎)すごいですね。

(松尾潔)いつの間にかこんなになっていました。

(山下達郎)でもNHK、長寿番組が増えているんですよね。

(松尾潔)そうみたいですね。全般にね。

(山下達郎)いいことですね。とてもいいことだと思います。

(松尾潔)なかなかありがたい話だと私は思っていますけどもね。

(山下達郎)3回目でしょう? 今回、僕。

(松尾潔)そうです。

(山下達郎)「名曲ジャンケン」とかありましたよね?

(松尾潔)そうですね(笑)。2010年、2011年と名曲ジャンケンにお付き合いいただいて(笑)。それからとんと飛んで令和になっちゃったっていうことなんですが。今日は僕自身が達郎さんの選曲を味わい尽くしたいなっていう気持ちもありまして。

(山下達郎)そんな大層なもんじゃないよ(笑)。

(松尾潔)今日は聞き手に専念して。ちょうどね、この令和になったタイミングでお越しいただくっていうのもなにかの縁かと思いましてね。平成期のR&Bというところに特化して達郎さんに曲を選んでいただきましたので。ちょっとね……(笑)。もちろん達郎さんがいまモヤモヤっといだかれていることを私、言いますけども。それはR&Bの営みと平成・令和ってなんも関係ないっちゃあ関係ないです。

(山下達郎)いや、でも結構スタイルは変わってきていますからね。

(松尾潔)それにね、平成っていうのは1989年でしょう? 1989年から始まってR&B、まさにおっしゃったスタイルがいちばん大きく変わったのって80年代だと87年の終わりから88年ぐらいにブワーッとニュージャックスウィングっていう。要はあれでヒップホップと歌物R&Bのトラックがほぼ一緒になったという。それが奇しくも日本では平成の始まりぐらいと重なっているんで。ちょうどこの30年を振り返るにはいいんじゃないかなと思いまして。

(山下達郎)いろんなファクターが一度に来たんですよね。アナログからデジタル。それからいわゆるドラムマシーン。要するにストリート化っていうかね。再びストリート化っていう。スタジオからまた表に出てきた。まあラジカセのでっかいのとか。そういういろんな、それがやっぱりヒップホップというカルチャーに大きく……あとはクラブカルチャーもありますし。

(松尾潔)あの、一口で我々は「打ち込み」とか言いますけども、80年代前半のそれこそマーヴィン・ゲイがまだ生きていた頃のヤオヤ(TR-808)を使ったあの『Sexual Healing』とかの打ち込みと80年代後半のテディ・ライリー主導のオケヒビャンビャンの感じっていうのは……。

(山下達郎)全然違うもんですよね。

(松尾潔)同じ「打ち込み」と言っても似て非なるような、情報量も違いますし。だからやっぱりグワーッと波が来たのが80年代の終わりだったっていう。

(山下達郎)だからやっぱり我々みたいなオールドスクールで育った人間はものすごく戸惑いましたよね。デジタルに戸惑って。それでマシーンに戸惑って。ヒップホップっていう、なんていうかそれまでのプロの仕事じゃない、素人芸が突出して……まさにだから50年代のロックンロールと非常によく似たものが出てきているっていう。ブルースなんかでもそうですけども。

(松尾潔)1回、シャッフルされたような感じになりましたよね。

(山下達郎)だから清算されるんだよね。アナログからCDになるでしょう。そうなると、強制的に清算される。そういうようなことの……アメリカのカルチャーってそれの繰り返しだから。

(松尾潔)大波が来て淘汰されるっていうようなところ、ありましたね。

(山下達郎)そうすると「いや、俺はそんなもん絶対に認めない!」っていうやつと、どんどんどんどんと「これからはこれだよ!」っていう人と。その間でどうしていいかわからないみたいな、そういう人とね(笑)。

(松尾潔)それ、よく日本で言うとホトトギスのたとえじゃないですけども。達郎さんは「鳴くまで待とう」っていうスタンスに見えて、ずっと準備もされてたっていう感じですか?

(山下達郎)いや……でも、ヒップホップはできませんもん。だって自分には。

(松尾潔)自分がその時にティーンエージャーだったらやってただろうっていう?

(山下達郎)たぶんやっていましたね。だから、いまから思うとそういう、結局ね、そんな話でいいのかどうかわかりませんけども。アメリカのいまのポップミュージックで生き残ってる人ってほとんど全部がルーツミュージックなんですよね。

(松尾潔)うんうん。それは興味深いですね。

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生き残っているのはルーツミュージック

(山下達郎)ミドル・オブ・ザ・ロードみたいな。だからクラプトンは大丈夫なんですよ。B・B・キングもそうでしょう?

(松尾潔)むしろ復権した感じですよね。

(山下達郎)だけどラッパーの場合はさっぱり……短くて3年、長くて5年とか。だからハンマー、どこに行った?っていうね。

(松尾潔)そうですね。長寿の人は本当に限られますよね。

(山下達郎)でも、たとえばSFの世界なんかもそうで。やっぱり消耗が早いんですよね。ライターもね。だから、何が生き残るのかってあれすると、やっぱりアメリカのポップミュージックの場合はいまの段階ではやっぱりルーツミュージックが強いですよね。そういう感じがある。でも、ロックというものはもうなんか、聞いた話ですけどここ数年のグラミーで、いわゆるロックバンドは入らなくなった。切られたっていうか。だからそういうこう、「使い切る」っていう文化でしょう? アメリカって。もう搾り取るっていうね。やっぱり共同騒擾っていうかね。そういうものにどんどんと全世界的にポップミュージックは……だから僕、「世界総盆踊り文化化」って言っているんだけど。

(松尾潔)フフフ(笑)。

(山下達郎)この間のクイーンの映画(『ボヘミアン・ラプソディ』)なんかも、映画館でみんなで大合唱するとかね。そういう、要するに盆踊り化ですよね。その反面だけど、家でイヤホンでインナーワールドに耽溺するっていうか。そういう両極で塩梅のいいところっていうのがだんだんなくなってきてるっていうかね。

(松尾潔)そうか。聞き方としてもミドル・オブ・ザ・ロードっていうのは難しくなってきているっていうことか。

(山下達郎)難しくなってきている。だからちょうどこの平成に入るか入らないかぐらいのところのR&Bの変化っていうか。特にラップとヒップホップの勃興っていうのをどう捉えていいのか?っていうのは何年もそれは……それで、それまでやっぱり「ソウルミュージックが」って言っていたような人が「これからはマシーンだ。マシーンを拒否するやつはR&Bを聞く資格がない!」みたいなね。「そうかな?」ってね。で、いまごろになって今度は「アナログの復権」とかって……いい加減にしてくれる?っていうね(笑)。そういうものの繰り返しですね。うん、本当に。

(松尾潔)まずは1曲、選んでくださいましたのはR.ケリーでございます。このR.ケリー、曲聞いてみましょうかね。平成に入ってもう数年経ってからの、2枚目になりますね。セカンドの『12 Play』に収録されておりましたR.ケリーで『Your Body’s Callin’』。

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R. Kelly『Your Body’s Callin’』

(松尾潔)お届けしたのはR.ケリーで『Your Body’s Callin’』でした。1993年リリースのアルバム『12 Play』に収録されておりました。

(山下達郎)本当はね、テリー・テイトの『BABIES HAVING BABIES』から始めようと思ったんだけど(笑)。あれは松尾くんがライナーノーツを書いているし(笑)。

(松尾潔)恐れ多いです(笑)。

(山下達郎)R.ケリーのこの曲も実は松尾くんに教えてもらったんですよ。

(松尾潔)ああ、そうでしたっけ?

(山下達郎)これ、長いことね……これ、LAでカセットを何十本も録って家に帰って聞いて。

(松尾潔)ええ。エアチェックですね。

(山下達郎)その中にこれが入っていて。でも夜中の番組だから曲名も何も言わないから。「これ、なんだろうな?」って。それでちょうど松尾くんと知り合った時に「これ、わかりますか?」「これはR.ケリーですよ!」って。

(松尾潔)フフフ、そんなこと、ありましたっけ?(笑)。

(山下達郎)教えてもらったという。

(松尾潔)ああ、懐かしいですね。でもこれ、いま聞くと黒人のAORみたいに聞こえますよね。全く。

(山下達郎)そうですよ。だからこのぐらいの時代までは、たとえばアイズレーとかああいうものの延長という感じが感じますよね。

(松尾潔)たしかに。R.ケリーがこの後にロナルド・アイズレーと大接近をすることをもうこの時点で予期してるサウンドですね。

(山下達郎)この人の二面性ってね、ものすごい暗雲たるものの……。

(松尾潔)いや、毀誉褒貶の激しいかたですが。

(山下達郎)本当に(笑)。でも、才能はありますよね。

(松尾潔)ありますね。続いて、ご紹介しますのは、まあR.ケリーよりちょっと生まれは早い60年代前半の生まれのゴスペルアーティストで、まあゴスペルシーンを変えていくと言われながら、実際それに見合った活躍をしながらも、30代の若さで90年代に亡くなったというオランダ・ドレイパーという人なんですが。

(山下達郎)この時代、結局さっき言ったみたいにラップとヒップホップがものすごい勃興をしたんで。いわゆるそれまでのキチッとした、要するにリズムセクションでレコードを作って、ボーカル・オリエンテッドな音楽を作るという流れが崩されたんですよね。というか、インディー化していくっていうか、ストリート化していくじゃないですか。それで結局みんなゴスペルに逃げるんですよね。特に南部はそういう傾向が大きいから。そこで、だからこの時代のゴスペルがいきなりドーン!って勃興するという。

(松尾潔)もう90年代の前半はこのオランダ・ドレイパーとあとミシシッピ・マス・クワイヤ。これは90年代前半、すごかったですね。

(山下達郎)ブロードウェイがね、僕が初めて76年に『CIRCUS TOWN』っていうアルバムをニューヨークでレコーディングした時にはブロードウェイの生演奏っていうのは聞くに堪えなかったんですよ。下手くそで。それはなぜか?っていうと、みんなスタジオで仕事する方がお金になるから。

(松尾潔)いいミュージシャンがそっちの方に行っちゃった?

(山下達郎)みんな、行っちゃった。ところがこの90年代のこのへんから、スタジオミュージシャンがだんだん仕事がなくなってきて。

(松尾潔)フフフ、マシーンに追いやられて(笑)。

(山下達郎)で、これから後のブロードウェイっていうのはみんなそのスタジオの人たちが戻ってくるんで。すごくいい演奏になるんですよね。それが。不思議なことにね(笑)。

(松尾潔)面白いですねー。けど、それは才能のある人たちっていうのはいつの時代も一握りしかいないということでもありますね。

(山下達郎)まあ、バンドマンに戻ったっていうかね、そういうものかもしれないですね。そういう、だからひとつのものが勃興をすると、それの反作用というか、そういうのが常にあるんですけども。ゴスペルは特に90年代前半のものはそういうのがものすごくありますね。だから夢中で聞いていた時代があるから。

(松尾潔)うんうん。まあこの方、亡くなったのが本当に悔やまれますが。

(山下達郎)発想が素晴らしい。これ、アカペラですからね。

(松尾潔)この曲があったからカーク・フランクリンの『Stomp』が出たんだろうななんて僕は思うんですが。聞いていただきましょう。1994年にリリースされたライブアルバム『Live…A Celebration of Praise』の中から『My Soul Doth Magnify The Lord』。オランダ・ドレイパー&ジ・アソシエイツ・クワイヤ。

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O’Landa Draper & The Associates『My Soul Doth Magnify The Lord』

(松尾潔)お届けしたのは『My Soul Doth Magnify The Lord』。オランダ・ドレイパー&ジ・アソシエイツ・クワイヤ。さっきも話しましたけどもオランダ・ドレイパーっていう人は98年にもう亡くなっちゃったんですね。腎不全だったかな? 34歳ですよ。

(山下達郎)そんなに若いんだ。

(松尾潔)ええ。亡くなる直前に出した『Reflections』っていうのがグラミーに輝いたりして。その人気も評価も高まったところで伝説になってしまったんですけども。

(山下達郎)ゴスペルはとにかく、別に普通のポピュラーなR&Bとスタイルと曲的にはほとんど変わらないからね。

(松尾潔)そうですね。

(山下達郎)言っている内容が違うだけで。

(松尾潔)ただ、この94年時点で、特にこれはライブアルバムっていうのもあって。これの他の曲なんかでも割とファンキーな生演奏とかが入っているんで。この時期のR&Bが失いかけたものがこのゴスペルシーンにはあるみたいなところで。

(山下達郎)そうそう。こっちにみんな逃げてくる(笑)。

(松尾潔)そういうの、たしかにありましたね。そういう快哉を叫んだところがありました。本当にこういうのってアメリカ南部の底力っていうかね。

(山下達郎)懐が深い。

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