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吉田豪と戦慄かなの 過酷な家庭環境とJKビジネス運営を語る

吉田豪と戦慄かなの 過酷な家庭環境とJKビジネス運営を語る SHOWROOM
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戦慄かなのさんが『猫舌SHOWROOM』火曜日に出演。吉田豪さんと自身の育った過酷な家庭環境や手がけたJKビジネスなどについて話していました。

(吉田豪)でも、地上波でヤバい人を出してセーフな番組っていうのは限られているんですよ。それ、よく言っているんですよ。僕、そういう番組を見ていて思うのは、やっぱり地上波に出すには「反省」をさせなきゃ出れないんですよ(笑)。

(戦慄かなの)フフフ、そうですよね。

(吉田豪)ただダメなだけだと出づらいんですよ。ひとつのペナルティーが加わることで……。

(戦慄かなの)「少年院で更生したと思ったのに○○をしてしまいました」っていうのを反省しに……みたいな(笑)。

(吉田豪)でも、反省すること実際にいっぱいあるじゃないですか(笑)。

(戦慄かなの)あります(笑)。懺悔になる(笑)。

(吉田豪)死ぬほどあるんで、いくらでも行ける人ですよね。

(戦慄かなの)そうですね(笑)。(コメントを読んで)『ザ・ノンフィクション』なわけないでしょうが!

(吉田豪)まあでも『ザ・ノンフィクション』でも全然いけますよ。

(戦慄かなの)いけますか?

(吉田豪)フジテレビの『ザ・ノンフィクション』、1時間見たいですよ。親御さんのインタビューとか込みのすごいちゃんとしたやつ。

(戦慄かなの)いちばん荒々しい『ザ・ノンフィクション』になりますよ(笑)。いちばんしんみりしない……。

(吉田豪)少年院を訪ねるところから始まるみたいな。「私、ここにいたんです」みたいな(笑)。

(戦慄かなの)しっかり番組構成も練ってくださって(笑)。

(吉田豪)めちゃくちゃ見たい。

(戦慄かなの)(コメントを読んで)『ヒルナンデス!』は無理だね。

(吉田豪)だからそういう人の原点をちゃんと聞きましょうよ。まず、どうしてこういう人になっていったのか。家庭環境の話から始まるわけですよね。

(戦慄かなの)そう。小さい頃にお父さんとお母さんが離婚して。お母さんはお父さんに暴力をふるっていたんですよ。お母さんが。

(吉田豪)逆DV状態で離婚する前、まだお父さんが家にいた頃はお父さんがずっとボコボコにされていた?

(戦慄かなの)そうです。お父さん、いつも血まみれで壊れた椅子とかをガムテープで補強しているところを寝ながら見ていた。

(吉田豪)要は椅子で叩いているわけですね。僕のアー写みたいな状態なわけですよね(笑)。

(戦慄かなの)アハハハハハッ! あれってそういうイメージで撮っていたんだ(笑)。

(吉田豪)全然。僕は叩いたことないですよ。椅子でも素手でも(笑)。

(戦慄かなの)ああいうのを想像していただければ。

(吉田豪)ああいう状態が家庭内でおこなわれていて。お父さんが血まみれに。

(戦慄かなの)で、別れるじゃないですか。

(吉田豪)まあお父さんは耐えられないですよね。

(戦慄かなの)そうそう。でもお母さんは男好きだったんで結構家にも帰ってこなくて。もうお父さんと一緒に住んでいた時からそうで。で、離婚してからも……。

(吉田豪)じゃあ当時から外に男がいたぐらいの感じ?

(戦慄かなの)そうです。そうです。で、妹と私とお母さんの3人暮らしになって。でもお母さんの生活リズムは変わらなかったんですよ。朝、仕事に行って、男の人と遊んで家に帰ってこないみたいな生活リズムは変わらず。で、家に帰ってきたら暴力の矛先は私と妹になって。

(吉田豪)前はお父さんがいたから、それなりに家事とかもしてくれていた。お母さんがいなくても。

(戦慄かなの)そう。お父さんが家事をしてくれていたんですけど、お母さんは家事をびっくりするぐらい……まあ洗濯とかはしてくれるんですけど。料理とかが……1ヶ月、同じ鍋に具材を継ぎ足し継ぎ足しで。1ヶ月間同じ鍋みたいな時があって。

(吉田豪)そんな、秘伝のタレじゃないんだから(笑)。

(戦慄かなの)そう。「腐っとるがな!」みたいな。いや、マジで腐っていたんだと思う。

(吉田豪)夏場はヤバいでしょう?

(戦慄かなの)夏は鍋じゃなかったけど。夏場になるとお金だけ置いて放置することが多くなって。お母さんが。で、やっぱり子供だから自分の栄養とか考えられないし。

(吉田豪)お金を渡されてもね。

(戦慄かなの)そうそう。だから「ご飯とか食べてね」って言われていたけど、もう好きなものしか食べたくないから。

(吉田豪)お菓子とかね。

(戦慄かなの)そうそう。コーラとかグミとかそういうのを食べていて。結構倒れたりとかもしていましたね(笑)。でも、わかんないじゃん。ご飯が原因だって。

(吉田豪)食べているつもりでいるからね。

(戦慄かなの)そうそう。ミンティアとグミとかさ(笑)。ミンティア、美味しかったんだもん。

(吉田豪)そりゃあね。しょっぱいものよりかは甘いものが……ってなるよね。子供はね。

(戦慄かなの)そうそう。で、そんなこんなで。

(吉田豪)3人暮らし?

(戦慄かなの)ずっと3人暮らしでした。

(吉田豪)マンションとかで?

(戦慄かなの)そうです。で、暴力とかも電子レンジを投げられて左手の薬指を骨折したり。

(吉田豪)おおう。それがいくつぐらい?

(戦慄かなの)小3です。で、あとは結構私とか妹の肌を叩く用の木の菜箸があって。結構シュンシュン行くんですよ。それが。で、それで叩かれてミミズ腫れとか。腕とかにはバレちゃうからやらないんですよ。お尻とかを菜箸とかで叩いて。

(吉田豪)めったに帰ってこなくて、帰ってくるとそういう?

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あまり帰ってこないお母さん

(戦慄かなの)めったにっていうわけではないです。一応、2日に1回とかは絶対に帰ってきていたんですけど。で、帰ってきたらなにか絶対気に障ることが……。部屋が汚いとか宿題をやっていないとか、そういうので殴られてミミズ腫れが絶えなかったりとかして。で、ある時、1週間帰ってこない日があって。それがなんか、私はすごい覚えているんですけども。3日目ぐらいまでは置いてあったお金でご飯を食べていたんですけど、そのお金がなくなっちゃって。で、冷蔵庫とかの物も全部一通り食べ終わって。残りの3日ぐらいはずっと水道水とかでしのいでいて。で、小さい頃だと家から出るのが怖くて。「家から出る」っていう選択肢がないんですよ。

(吉田豪)ねえ。だからいまコメントで「施設に入ればよかったのに」とかあったけど、そういうのもね、子供が選択できるわけもないし。

(戦慄かなの)そうなんですよ。

(吉田豪)ねえ。周りの大人に気づいてくれっていうのも難しい。

(戦慄かなの)そう。難しいんです。貧困とかすごい貧しいとかだったらわかりやすいSOSかなとも思うんですけど、私のところは全然、別に貧乏ではなかったんですよ。私はそういうひもじい思いはしていたけど、周りから見たら全然貧乏じゃなくて。だから誰からも気づかれなかったんですよね。で、結局その1週間後に帰ってきて。その時はお母さんは彼氏とニューヨークに旅行に行っていたっていうオチなんですけど(笑)。

(吉田豪)はいはい。呑気にね(笑)。

(戦慄かなの)ふざけるなですよね。でも私は、お母さんを憎むというよりはお母さんがどこかで死んじゃったんじゃないかとか、そういう心配だったんで。帰ってきた時にはうれしくて泣きました。

(吉田豪)そのへんがややこしいのは、やっぱり基本家庭環境でいろんな影響って出るじゃないですか。戦慄さんは話していても、母親にすごいひどい目にあったみたいな話をしながらも、ベースには「母親に認められたい」とかそういうのがすごいあるんですよね。そのへんが……。

(戦慄かなの)憎めないんですよね。親を……本当にその時は自分が暴力を受けているって気づかなかったんですよ。児童虐待とかそういう言葉も知らないし。

(吉田豪)もちろん。「全部私が悪い」っていう風に思うだろうね。

(戦慄かなの)そうそう。自分が怒られてやられていることだから、自分に非があるって思っていて。やましい気持ちだったんですよ。だから「自分はなんでできないんだろう?」とか。それで……しかもその世界が全てだから。私にとってはその家の中で起きていることが全てだから、それが当たり前だと思っていたし。それがおかしいって気づくタイミングもなかったし。だから、お母さんのことを嫌いになるタイミングがなくて。それが暴力だった、虐待だったんだって気づいたのは本当に……虐待自体は小学校の時がピークだったんですけど。中学2年とか3年とか。それぐらいで気づきました。

(吉田豪)そのぐらい……まあ、家庭がそうで。学校でも上手くいかなくなっていくわけですか?

(戦慄かなの)そうなんですよ。学校だと、私はどんどんそういうので陰気になっていたので。まあ、いじめ。「汚い」とか……お母さんが帰ってこないと、子供ってお風呂に入らなくなるんですよ。なんで私も入らなかったのか、よくわからないんですけど。

(吉田豪)まあ、子供はなるべく風呂に入らない方がいいみたいな発想はありますよね。テレビとか見ていたいしね。

(戦慄かなの)そうそう。お母さんがいないのにお風呂に入らなきゃ、ご飯たべなきゃ、歯ブラシしなきゃみたいな、そういう規則正しい生活みたいなものはないんですよ。そういう規範意識が。だから、もうお風呂に入らないし服も着替えないじゃないですか。そうすると自然にいじめられますよね。学校だと。

(吉田豪)歯の磨き方もわからない。

(戦慄かなの)そうそう。それで歯科検診みたいなのがあるじゃないですか。で、歯に赤いやつを塗られるんですよ。

(吉田豪)歯垢が。

(戦慄かなの)そうそう(笑)。で、私だけ異常に真っ赤になるわけですよ。それで「あいつ、ヤバい」みたいになって。「あいつ、めっちゃ歯が真っ赤だ。汚い!」みたいになって、そこからいじめられるようになって。で、いじめは中学でも続いたんですよ。

(吉田豪)で、たぶんその家庭環境とかも影響して、自律神経失調症だのなんだの……。

(戦慄かなの)そう。小学校4年生の時にお母さんが帰ってこない不安感のまま倒れて。1回気絶したことがあって。それから本当にいま、月イチペースで不安なこととかがなくても倒れるようになっちゃって。それはパニック障害とか自律神経の病気だとか言われているけど。治らなくなっちゃった。

(吉田豪)まだ引きずってはいる。これだけ持ち直しても。

(戦慄かなの)うん。そうなんですよ。

(吉田豪)まあね、そりゃあグレますよっていう話なんですよ。

(戦慄かなの)フフフ、そうなんですよね。で、中2の時に1回、本当に死のうと思って。美術室から飛び降りました。

(吉田豪)言っていましたね。

(戦慄かなの)それは膝を彫刻刀で刺されたんですよ。そんなめっちゃバーン! みたいな感じじゃないけど。「(ブスッ)あ、刺さっちゃった。ごめーん」みたいな。そんな血も超ダラダラ出たわけじゃなかったけど。血が出てきて「ああ、もう無理だ……」って思って。授業が終わってみんなが「ありがとうございました」って帰り終わった後にその場に残っていて、その窓から飛び降りて。

(吉田豪)どのぐらいのケガだったんですか?

(戦慄かなの)それは左手と右足が骨折した。

(吉田豪)おおう……。

(戦慄かなの)そんぐらい。でも私、入院したんですけど、退院した次の日からちゃんと学校に行っているんですよ。1日も学校を休みたくなくて。そのいじめていたやつが私がいなくて楽しそうにしているのがシャクで。その面を毎日拝んでやろうぐらいに思っていたんで。メンタルはちょっと強かったかもしれないです。でもそれで、いじめも落ち着いたかな?

(吉田豪)「あいつを追い込むとヤバいぞ」っていう感じはちょっと出たんですかね。

(戦慄かなの)さすがに先生も気づくじゃないですか。そこまでしたら。だからまあ、みんなも逆に腫れ物に触るような感じで。あんまり目に見えるようないじめはなくなりました。

(吉田豪)で、悪の道に入っていくという。

(戦慄かなの)はい。そうです。ここからが人生のハイライト。まだ人生の半分も行っていない(笑)。

(吉田豪)たぶん伏線ですからね。そういう状況があって……(笑)。

(戦慄かなの)これ、そういう小説ですから(笑)。ちょっと伏線を回収していきますよ。

(吉田豪)はいはい。なにがきっかけだったんですか?

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